12.前世の推しが不憫すぎる
「なーんか。もやもやするのよね」
窓の外を眺めながらマージェリーは呟いた。
彼女が今いるのは、ロワーレ城に用意された私室だ。ノエル家の屋敷よりは少し狭いが、前世の感覚からすると十分すぎる広さである。
ちなみにアーニャは席を外している。城内のことを教わるために、城が用意してくれた侍女たちとあちこちを巡っているのだ。
だから、これは完全なる独り言。気兼ねなく鬱々とした思いを吐き出すことができる。
――ユリウスとセルジュ。小説の中で、彼ら兄弟は悲しい結末を迎える。
この世界でも周知されているように、ユリウスは太后の子ではない。彼の母は、城の下働きの侍女である。
なかなか王子に恵まれなかった太后は、ユリウスを憎んだ。セルジュが生まれてからはなおさらだ。なにせその時には既に、ユリウスにはオオカミ王としての素質が芽生えていた。あの子さえいなければ。呪いのように、太后は繰り返したという。
小説によれば、ユリウスは幼いころから何度も、刺客に命を狙われてきた。裏で手を引くのが太后という証拠はない。けれどもユリウスはそう考えていたし、セルジュも同様だ。
だから彼らは、互いに引け目を感じている。兄は、弟は、自分を嫌っているはずだ。声には出さずとも、彼らは互いにそう思いあっている。
その溝を主人公は埋めようとした。瞬間的には、それは成功した。けれども最後は裏目に出てしまう。ほかでもない。壊したのはマージェリーだ。
フローラとセルジュを憎むマージェリーは、あの手この手で復讐をしようとしていた。そこを、ユリウスを快く思わない一派に目を付けられ利用される。
マージェリーは刺客にユリウスを襲わせ、犯人をフローラたちだと偽ろうとした。
タイミングが悪かった。ようやく弟に手を伸ばそうとした直後、ユリウスは突き落とされたのだ。その悲しみは、絶望は、彼を壊した。
ユリウスは刺客を難なく退ける。けれども彼は、犯人がセルジュたちだという嘘を信じこみ、魔力暴走を起こす。ちなみに小説のマージェリーは、魔力暴走に巻き込まれて死ぬ。
我を無くし、ユリウスは主人公ふたりに襲い掛かる。だが、土壇場で聖女の力に目覚めたフローラが、セルジュと力を合わせてユリウスの魔力暴走を止める。
最後、ユリウスは正気を取り戻す。それで今度こそ弟と和解するのだが、そのままユリウスは短すぎる生涯を終えてしまうのだ。
「…………」
改めてあらすじを思い返していたマージェリーは絶句した。
なんということだ。前世でも散々思ったことだが、ユリウス陛下が不憫すぎる。そして小説のマージェリーよ。お前は一体、何をしてくれちゃっているのだ。
(……なんて。今は私が、そのマージェリーなわけだけど)
溜息をついて、マージェリーは机に突っ伏す。
小説と同じことをするつもりはない。けれども、ユリウスをよく思わない誰かが、彼を傷つけないとも限らない。そうしたら彼は、生まれを呪って、弟を恨んで、小説のように魔力暴走を引き起こすのだろうか。
〝嬉しいな。これからは、すぐ近くに君がいるんだな〟
尻尾を振りながら、はにかんだユリウスの顔が頭をチラつく。途端、マージェリーはがばりと頭を起こし、罪悪感にぶるぶると震えた。
(いや。私、めちゃくちゃ人でなしでは!?)
破滅フラグを回避して大往生したい。その一心でユリウスから逃げようとしていたが、小説の通りなら、彼にこそビンビンに死亡フラグが立っている。
何も関わりがなかった頃なら、見て見ぬふりが出来た。前世の推しだろうと、自分の身のほうがかわいい。けれども今は、お酒の過ちとはいえ、ユリウスはマージェリーの純潔を捧げた相手だ。このまま見殺しにするのは、人として終わっている気がする。
それ以前に。
「……あんな顔見せられたら、放っておけなくなっちゃうわよ」
マージェリーは唇を尖らせる。断じて絆されたわけではない。これはあれだ。うっかり拾ったからには最後まで面倒を見てやらなきゃとか、そういう類のあれだ。
銀糸のような髪をかきむしり、マージェリーは天井に叫んだ。
「あ~~! こうなる未来が見えていたから、極力第二部には関わりたくなかったのに~~~!」
と、その時。
とんとん、と。扉がノックされる。
誰だろう。アーニャであれば返事を待たず入ってくるだろうし、ほかの侍女であれば続けて声を掛けるはずだ。
もしかしてフローラだろうか。そういえば庭園で別れた時、部屋に遊びに来たいと話していた。行動力満載な彼女のことだ。さっそく実行に移したのかもしれない。
「はいはい。どなたー……?」
深く考えず、マージェリーは扉を開ける。――その軽率さを、すぐに彼女は後悔した。
「ほーお? 疲れて休んでいるのかと心配して来てみれば、存外元気そうじゃないか。王のもとに顔も見せず、優雅に部屋でお寛ぎとはいい身分だな」
出会い頭に皮肉を一発。もはやお家芸のようなそれが、マージェリーに突き刺さる。
そうやって部屋の前に現れたユリウス王は、今までで一番不機嫌そうな顔を、マージェリーに向けていた。