11.ヒロインはやっぱり癒しです
マージェリーは城についてすぐ、王立学院の同級生、フローラ・エルメイアと再会した。
あらかじめ到着する頃合いを聞いていたのだろう。城に入ろうとしたところを、待ち構えていたフローラに捕まった。
「マージェリーさまー!」
ててててと小走りに駆けよってきた彼女は、ヒロインらしいキラキラとした笑みでマージェリーを見上げる。
(ああ。相変わらず、フローラ様は可愛いなあ)
ほわほわと癒されつつ、マージェリーはついとスカートの裾を持ち上げる。ひさしぶりにばっちり『ご令嬢スイッチ』を入れてから、彼女はにこりと微笑んだ。
「お会いできてうれしいですわ、フローラ様。ですが……。親しき仲と言えど、久方ぶりにお会いする方とは、きちんとご挨拶をすべきではないでしょうか?」
「ご、ごめんなさい。マージェリー様の言う通りです」
慌ててスカートの裾を摘まんでから、フローラは照れ笑いを浮かべた。
「学院でも色々と教えていただいたのに、ダメですよね。これから毎日マージェリー様と過ごせると思ったら、ついはしゃいでしまいました」
(ま、まぶしい……!)
フローラの放つヒロインオーラに、思わずマージェリーは手で目を覆いそうになった。
そんな彼女の耳に、もう一人の主人公の声が飛び込んでくる。
「ふふ。早速レッスンが始まったようだね」
「セルジュ殿下!」
陽の光の下で金髪をなびかせ颯爽と現れた王弟殿下に、フローラは再び淑女の礼を取る。セルジュはそっとフローラの肩を抱いてから、マージェリーに微笑んだ。
「君がフローラの教育係のひとりだと聞いたときは驚いたけれども、すごく嬉しいよ。マージェリーが来てくれて、これ以上に心強いことはない。また君に借りを作ってしまったね」
「とんでもございませんわ」
ここは、破滅ルート回避のために徳を積むチャンスだ。瞬時にそう判断したマージェリーは、3年間学院でそうしてきたように、しおらしく謙遜してみせた。
「ほかでもない、大切な友人のためですもの。精一杯、お役目を務めさせていただきますわ」
アーニャが「最初は断る気満々だったくせに」とぼそりと呟いたが、当然無視をした。
しかし。
(やっぱりお似合いの二人ね)
仲睦まじく寄り添うセルジュたちに、マージェリーは改めて感嘆する。
大好きだった小説の主人公という贔屓目を抜きにしても、二人とも本当に、心根がまっすぐな良い人なのだ。純真で、ひたむきで。決して驕らず、どんな時でも周囲の人々に感謝の気持ちを忘れない。
破滅ルートの回避ため、二人の親友&恩人ポジションになる。はじめは下心満載に近づいた。けれども純粋に、二人を好きになってしまったのもまた事実。
二人には幸せになって欲しい。今では純粋に、心からそう思っている。
(隙あらば家に帰りたいと思っているけど……。お城にいる間は、お力になれるよう全力で頑張ろう。ふたりに恩を売るって意味では、学院時代の方針から外れてないわけだし!)
なんのかんのお人好しなマージェリーは、そう決意を固めた。
いつまでも立ち話もなんだから、と。セルジュの一言で、マージェリーたちは中庭へと足を延ばす。先日ユリウス王と過ごしたのとは、また別の庭だ。
中を歩きながら、話題は明日からの過ごし方へと移った。
「フローラ様には歴史、教養、マナー講座などを受けていただきます。基本的にはすべて、私も同行をさせていただきますわ」
「へえ。君も、授業を受けるんだね」
「私の役割はフローラ様のサポートですから。講座はもとより、何か困りごとがあればなんでもご相談ください。もちろん私も、気づいたことはどんどん指摘させていただきます」
にこりと微笑めば、フローラは可憐にはにかんだ。
「王立学院に戻ったみたいですね。あ、でも! 私のためにマージェリー様まで来てくださったんだもの。立派な婚約者になれるよう、全身全霊で努力しますっ」
「ふふ、そうだね」
フローラが可愛くて仕方ないのだろう。セルジュがぽんぽんと優しく頭を撫でる。
どこまでも和やかで幸せな光景に、マージェリーまでほわほわと微笑んでしまった。
(はー、癒される。二人が無事にくっついてよかった)
推しカプを見守るオタク目線というより、親戚の世話焼き仲人の気分だ。ふたりが幸せそうにしているのを見ているだけで空気が美味しい。冗談抜きに。
ふと、フローラが笑顔をマージェリーに向けた。
「ユリウス陛下にもお礼を申し上げないとですね。マージェリー様を呼んでくださったのは、陛下だと聞きましたから」
突如飛び出した名前に、思わずマージェリーはセルジュを見た。
ユリウスとセルジュは母が違う。そのうえ、母の身分が低いユリウスが初代王の力を引き継いで生まれたため、正統筋であるはずのセルジュは王位を兄に譲ることになった。
そういった経緯により、セルジュとユリウスの間は微妙である。小説でも、フローラが仲をとりもとうとする時まで、避けあっている様子が描かれていた。
今回、ユリウスがフローラの件に口をだしてきたことを、セルジュはどう感じているのだろう。そんな懸念から、マージェリーはセルジュを見たのだが。
「本当だね。兄上には、なんてお礼を言ったらいいか」
微笑んだセルジュに不快の色はない。だからマージェリーは思い切って尋ねた。
「この件について、ユリウス陛下とは直接お話しを?」
「いいや。兄上はいつもお忙しいし……君も知っての通り、私たちはあまり、ね」
苦笑してセルジュは肩を竦める。
だがその後で、セルジュは照れ臭そうに頬をかいた。
「でもね、嬉しいんだ。兄上がこんな風に気にかけてくださったのは初めてだから。素直に感謝を伝えられたらいいんだけど……一度拗れてしまうと難しいね」
複雑な思いで、マージェリーは見つめた。
ユリウスがマージェリーを呼び寄せたのは、純粋にマージェリーを城に置くため。弟とその婚約者のためというのは、十中八九建前だ。
けれども、どんな理由であれ、ユリウスのしたことでセルジュが喜んでいるのも、また事実。それをユリウスが知らないというのは、ひどくもったいない気がした。
〝私には信じられる友も、信じてくれる友もいない。セルジュとは違う〟
小説のユリウスのセリフがふいに頭に蘇る。
(……さっさと仲直りをしてしまえばいいのに)
小説を読んでいたからこそわかる。二人の兄弟に横たわる溝は簡単なものではない。
それでもマージェリーは、一抹のもどかしさを感じずにはいられなかった。