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10.パパは娘を愛しすぎる


 オオカミ王の策略にはまり、フローラ・エルメイアのお目付役を引き受けてしまったマージェリー。彼女には、ロワーレ城の一室が与えられる。


 準備が整ったある日、城から迎えの馬車が来た。乗り込む手前で、マージェリーは家族を振り返った。


「お父様。お母様。エディお兄様。お役目を果たしてまいりますわ」


「いってらっしゃい、マージェリーちゃん」


 のんびり微笑んだのは、母のシェリルだ。流れるような銀髪に深い蒼の瞳と容姿はマージェリーに瓜二つだが、性格はとことんマイペースである。


「がんばるんだよ、可愛いマージェリー……! いつでも帰ってきていいからね……!」


 母の隣で号泣するイケオジ。説明するまでもなく、父ジョルダンである。エグエグと涙を流す夫に、母は「あらあら、まあまあ」と頬に手を当てた。


「パパったら寂しがっちゃって。いまからこんなんで大丈夫かしら? いつかはマージェリーちゃんも、お嫁に出ちゃうわけだし……」


「お、お城なんて、近くですもんね! 会いたかったらすぐ会えますもんね!」


 母の不用意な発言に、慌ててマージェリーは声を張り上げる。けれども時すでに遅し。「お、お嫁に出る……?」と、父はますます悲壮感を強めている。


 兄がやれやれと肩を竦めた。


「寂しいもなにも、父上が一番マージェリーに会いやすいでしょう。立場上、城内どこでも自由に動き回れるんですから」


 呆れた顔で突っ込みを入れる、長男のエディ。面倒見がよく、マージェリーもとても可愛がってくれている。彼も城勤めの文官のため、たまには会えるだろう。マージェリーにとってはありがたい限りだ。


「冗談抜きに、ひとりでままならない事があったら連絡をするんだよ。あと、なんでもアーニャを頼ること。そのために、彼女も城に上げることにしたんだから」


 ちらりと向けられた視線を受けて、アーニャが軽く頭を下げる。


 彼女の同行を決めたのは父だ。もちろん侍女兼用心棒として。「間者などが城に潜り込んだら大変だからね」などと父は言っていたが、本当は誰に向けての『用心棒』なのかは、今更言うまでもないだろう。


「何かよからぬ兆しがあったら報告するのだぞ」


 鼻をずびずび鳴らしながら、父はアーニャに念を押す。それからキリリと顔を引き締め、マージェリーにぐっと親指を立てた。


「安心しなさい。いざとなったらパパ、サクッと反乱起こしちゃうから」


「ひとかけらも安心できる要素がない上に、本気でやめて欲しいんですが!?」


 口は笑っているが目はマジな父に、マージェリーは悲鳴を上げた。


 このまま話していたら頭が痛くなりそうだ。そう判断したマージェリーは、最後に一度ずつ家族に抱き着く。いよいよ、アーニャと共に馬車に乗り込んだ。


「お母様とお兄様はお元気で! お父様はくれぐれも変な気を起こさないように! それでは皆様、ごきげんよう!!」






「どうなさるんですか」


 出発してほどなくして。頭を抱えるマージェリーの向かいで、アーニャが面白がるように切り出した。


「どうするって? なにが?」


「旦那様ですよ。間違いなく、お嬢様が朝帰りした日に何があったのか疑っていますよ。この分ですと、お嬢様と陛下の縁談を旦那様がまとめるかもしれませんね」


「お願いだから言わないで! 考えないようにしてたんだから!」


 耳を押さえてうずくまるが、真理である。


 どうやらユリウス王は、マージェリーを手元に置いてじわじわと狩る作戦に切り替えたようだが、父が目を光らせているのは厄介である。


(お父様って、私を大好きだし? なんだかんだ貴族令嬢の婚前交渉は傷物扱いだし? 陛下に手を出されたことを知ったら、何が何でも縁談をまとめにかかるんじゃ……)


 想像するに難しくない未来予想図に、マージェリーはガタガタと震える。敏腕宰相である父が動いてしまったら、マージェリーに勝ち目があるわけがない。


 けれども。


「きっと。ううん。絶対に大丈夫よ。こんなこともあろうかと、ずっと前から手を打ってきたんだもの」


 自分に言い聞かせるように繰り返すマージェリー。するとアーニャは、まったく期待していない顔で尋ねた。


「なぜ何年も前から対処可能できたのか疑問はありますが、一応聞いてあげましょう。なにをしてきたと?」


「『憧れの人はパパみたいな人』作戦よ」


 きりっと。銀糸のような髪を払い、マージェリーは重々しく答える。


 これこそ、前世の記憶を取り戻してからジワジワと実行してきた、第二の破滅フラグ(ユリウス)回避策である。


「うちのパパ、素敵な金髪でしょ?」


「はい。……え、はい?」


「愛するお母様は銀髪。そして、お兄様や私も銀髪。それが仲間外れみたいでちょっぴり寂しいみたいで、逆にお父様の髪色を褒めると、すっごく喜ぶのよ」


〝お父様の髪、お日さまの光を受けてキラキラ輝いて、とっても素敵だわ〟


 昔から、マージェリーがそのように褒めると、父はメロメロになって喜んだ。


 それを利用して、三年間マージェリーは繰り返し父にささやいてきたのだ。


〝結婚をするなら、お父様みたいな金髪の人がいいわ〟


 男は外見じゃないよ、とか。惹かれた相手が運命の人だよ、とか。口ではそう言いながらもまんざらではなさそうな父に、マージェリーは魔女のように刷り込んだ。


〝私の結婚相手を探してくださることがあったら、忘れないでね。素敵な金髪の方にしてね。絶対よ?〟


「はい。え、だから?」


 いまいち要領を得ない表情で、アーニャが首を傾げる。察しの悪い侍女に、マージェリーは慈愛を込めて首を振った。


「お父様は簡単に、陛下と私の縁談を取り付けたりしないわ。だってユリウス陛下は、黒髪なんですもの!」


 ばばん、と。誇らしげにマージェリーは答えた。


 事実うまくいっていたのだ。以前、母が冗談で「マージェリーちゃんは誰のお嫁さんになるのかしら」と父に話題を振ったことがある。


〝同い年のセルジュ殿下かしら? ひとつ年上のアーク公爵の御子息かしら? マージェリーちゃんほどの美人さんなら、ユリウス陛下なんてことも……〟


〝ユリウス陛下はないかな〟


 その時、即答した父。「あら、どうして?」と首を傾げる母をよそに、父はマージェリーを見る。


 ジョルダンは自身の金髪に触れながら、ぱちんとウィンクをした。


〝それは……ね。マージェリーとパパの秘密だよね?〟


「ね? お父様が自発的にユリウス陛下と私の縁談をまとめることはないのよ」


 はらりと髪を払い、得意げに振り返るマージェリー。


 呆けたような顔でアーニャは話を聞いていた。けれど話が終わるや否や、彼女はおもむろにポケットからハンカチを取り出すと、しくしくと嘆きだした。


「おいたわしや、旦那様。ポンコツお嬢様のガバガバ作戦のせいで、心に深い傷を負うことになるなんて」


「誰がポンコツよ、何がガバガバよ! どこから見ても完璧な作戦でしょ!?」


「完璧なもんですか。金髪以外の男に娘を取られて、単に旦那様のダメージが増えただけじゃありませんか」


「そんなことないわよ!」


 ぜえ、はあと。マージェリーは肩を上げ下げする。そんな彼女を可哀そうなものを見る目で一瞥してから、アーニャは嘆息した。


「まあ……。旦那様はお嬢様の同意なしに、縁談を進めるようなことはなさらないでしょう。そういう意味では、あまり心配いらないのかもしれません」


「っ! そうよね。アーニャの言う通りだと思うわ!」


 途端に上機嫌になるマージェリー。にこにこと笑みを浮かべる彼女に、アーニャは遠い目をした。


「ほんとにパクリと食べられるのも時間の問題ですね……」


「なあに? 何か言った?」


「いえ。なにも」


 かたかたと、馬車の車輪がリズミカルに回る。


 王の待つロワーレ城は、あともう少しの距離である。


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