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Aimer.  作者: 蒼原悠
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よん。




 男の子は、少女とは違う学校に通っていました。家のありかも遠くて、公園へはかなりの遠回りをして立ち寄っていたようでした。

 なぜ、そんなことをしているのかと尋ねたら、男の子ははにかみました。

「僕のことを知っている人がいない場所にいたかったんだ。学校じゃ、僕は嫌われ者だったから」

 それこそが、男の子を苦しめる悪夢の正体でした。男の子は学校でいじめに遭い、心がぼろぼろになるほどの傷を負っていたのです。

 長袖の服をまくってもらうと、隠されていた痛ましい傷が姿を現しました。誰にも見せたくなかったんだけど、と前置きをして、男の子はうつむきました。

「君になら見せられる。君なら、この傷が痛いんだってこと、理解してくれると思うから」

 強い、ひときわ強い信頼のこもった、男の子の言葉。少女が嬉しかったのは言うまでもありません。これほど少女に心を開こうとしてくれる人に、生まれて初めて出会ったのですから。

 男の子の苦悶はそれだけではありませんでした。暗い言動のせいか家族からは不快に思われ、時には暴力を振るわれていました。片想いの相手がいたのですが、いじめられるようになったことで嫌がられ、告白の間もなく遠ざけられてしまっていました。

 こんなにもたくさんの不幸をいっぺんに溜め込んでいる人を、少女は目にしたことがありませんでした。男の子は突き詰めれば突き詰めるほど、少女にとって“初めて”の存在でした。


 少女には決意が必要でした。

 簡単にはほどけないような、強い決意が。

(あの人は私を救ってくれた。勇気を出すってどういうことなのか、私の前で見せてくれた)

 夜、枕にしがみついて眠りにつきながら、少女は胸の内側でうずく信念を確かめました。

(今度は私が力になってあげるんだ。あの人のこと、何がなんでも幸せにする。もう、泣いたりなんてさせないんだから)

 そこに恩返しという意識はなかったように思います。多分、もっと崇高で、もっと純粋な“覚悟”の姿だったのでしょう。

 とはいえ、少女にできることには限界があります。公園で再会して、ブランコに座って話をする中で、自分なりの打開策や解決案を提案してみせたり、男の子のことを精いっぱい肯定して、褒めて、なぐさめてあげる。そのくらいです。

 だから少女はそれらを懸命に遂行しました。思い付く限りの語彙を振り絞って、男の子のことを認めてあげました。励ましてあげました。出任でまかせのような言葉だと感じても、本心はすぐに追い付いてきて、男の子は少しも疑うことなく少女の言葉を聞いてくれました。そうして、微笑むのです。

「ありがとう」

「元気、出たよ」

「君の言う通りにしてみる。なんでだろ、今度は上手くいく気がするんだ」

 男の子は日に日に少女へ全幅の信頼を寄せていってくれます。救う側のはずの少女が救われた気になってしまうくらい、には。


 もちろん、少女だって自分の話をしていなかったわけではありません。男の子は少女の日常を聞きたがりました。聞き手がいるならと思って、しゃべりました。今日もまたクラスメートに相手にされなかった、今日も親に怒られて何も言い返せなかった、今日もまた帰り道でひどい目に遭った──と。

 つくづく、男の子の身の上と比べると、自分の抱える“不幸”の矮小わいしょうさが目につきます。けれど男の子はそんなことは決して言いません。

「そっか、そっか。大変だったなぁ……」

 なんて、いつでも生真面目な顔をして話を受け取っては、痛みをみんな引き受けたかのように声を歪めるのです。

 真実、それは男の子が自分と同じ痛みに耐えている瞬間なのでした。やっぱり心のどこかでは申し訳ないと感じてしまいつつ、共感してもらえているという優しい現実に身を包まれて、少女はなんだかとても胸が温もるのでした。

(この人が一緒に苦しんでくれるなら、寂しい今も悪くはないかな)

 耐え難いほどの孤独や絶望に苛まれた時、そんな風に心の逃げ道を用意できるようになりました。それは少女にとって、途方もなく巨大な進展だったのに違いありません。


 学校が終われば、家を出たくなれば、公園に向かう。そこに男の子がいたら、いつものように隣へ腰掛けて、その日のことを話し合う。時には涙が出るし、時には男の子の涙を拭いてあげる。

 生きていく甲斐がある。

 胸を張ってそう思える日々が、しばらく続きました。




→ ご。

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