15、ロザンナとロベール
キャロルはダンテのアトリエを訪れました。
「メグ、久しぶりね。」
「キャロル様、お久しぶりです。」
メグはダンテがまだ絵を描いていたので、キャロルを応接間に通し、お茶を挿れてくれました。キャロルはメグにもロベールの事を聞いてみることにしました。
「‥ダンテは、ロベールが描く人物画は派手なポーズとケバケバしい絵柄が下品で嫌いだと言っていました。」
「‥メグから見てロベールの絵はどう?」
「絵の女性が挑発的な顔とポーズをしているので、教会向きではないですね。‥正直なところ何故あんな下品な絵が売れるのか、私には分かりません。」
「‥そう。ねぇロベールの絵が見られる場所はあるかしら?」
「それなら、今ロベールが展示会を行ってるので、行ってみてはどうでしょう?ちなみに今日の夜はレセプションパーティーがあるそうですよ。」
「ダンテは招待されてるの?」
キャロルがメグにきいた時、ダンテがアトリエからやってきました。
「‥キャロルさん、僕とロベールとでは格が違います。ロベールごときが僕に展示会の招待状を送ったところで、僕が行くわけがないのです。‥‥が、何を勘違いしたのかロベールは僕にも招待状を送って来たんです。」
「‥それでダンテは行くの?」
「‥キャロルさん、良ければ僕らと共に行ってみますか?」
「‥願ってもないわ。ぜひお願いします。」
キャロルは、ロベールの展示会とレセプションにダンテの付き添いとして、そして『芸術の保護者』ヴィンセント男爵夫人の後継者として参加する事にしました。
夜になると、キャロルはロベールの一番のパトロンであるゴダール商会の屋敷にやってきました。待ち合わせをしていたダンテやメグと共に招待状を見せると、ロベールの絵の展示会場に案内されました。今日のレセプションパーティーもここで開催されるようです。
ゴダール商会の会長夫妻や招待客に混じって、何人かの若手画家がロベールの絵を見に来ていました。
キャロルはダンテと共に彼らに声をかけに行きました。
「こんばんは。」
「‥こんばんは。ダンテ先生、そちらの方は?」
「‥ヴィンセント男爵夫人の後継となる方ですよ。僕の支援者にもなって頂いているんだ。」
「ヴィンセント男爵家の‥‥。」
キャロルは若手画家達にもロベールの描いた絵の感想を聞きました。
「この絵の感想を正直に教えて下さい。」
「‥‥流行だけを追った軽薄な絵です。内容や世界観がまるでない。技術も‥大した事ないですね。でもこれだけ売れてるという事は‥よほど強力な支援者がいるか、運がいいのでょうね。」
「なるほどね‥。確かにダンテの絵のような感動も何も生み出さない絵ね。町の酒場に飾るにはちょうど良い絵だけれど‥‥。」
ブッ‥‥。クスクス‥。
キャロルが素直な感想を述べると、まわりの人達が堪えきれない様子で笑い出しました。
「‥そこのご婦人。僕の絵に何か?」
「‥僕の絵?あなたがロベールね。」
「そうです。私の展示会とレセプションへようこそ。‥ですが、私はあなたを招待しましたでしょうか?」
キャロルの話し声とまわりの笑い声を聞いたロベールが、キャロルに話しかけてきました。
「私はダンテの支援をしてますヴィンセント家の者です。今日はダンテに誘われて来ましたの。‥駄目でした?」
「‥あっ、いえいえ。光栄な事です。ダンテ先生も、今日は来て下さりありがとうございます。‥その‥。」
ロベールはキャロルがヴィンセント男爵家の人間だと分かって、警戒心を強めたようでした。ロベールの駆け落ちした相手‥ロザンナの元恋人のガナンが、ヴィンセント男爵家の息子だからでしょう。
キャロルは、警戒心剥き出しのロベールをじっくりと観察することにしました。
ロベールは一見すると痩せ型で足が長く、女性のような綺麗な顔をしていました。‥髭をしっかり剃り、うっすらと化粧をしているところを見ると‥かなりのナルシストのように見えました。
キャロルがロベールと向き合ってずっと立ったままでいると、まわりに人が集まりはじめました。
集まった人々はキャロルやロベールではなくダンテの方に群がりはじめました。
「ダンテ先生!ダンテ先生がいらっしゃるわ!」
「‥ダンテ先生?教会や王都の高貴な方々にも人気のダンテ先生が来てるの!?」
「ダンテ先生、ロベール先生とは親しいのですか?ダンテ先生から見てロベール先生の絵はどうですか?」
キャロルとロベールとお客様達、そしてこの展示会場を提供してくれたゴダール商会の会長夫妻が静かに見守る中‥‥ダンテは首を横に振りながら険しい表情で話しはじめました。
「‥ロベールの絵に描かれた女性は皆挑発的で、見ていても心が休まりません。なので、私はあまり好きではありませんね。それにロベールの絵は絵画というより、大衆的な娯楽絵ですね。本の挿絵やお店のポスターには向きだと思います。技術的にも‥画家と言えるレベルではないかと思います。‥今後はそっち方面で活躍するといいと思います。」
ダンテの正直な感想を聞いた会場のお客様達は、頷きながらダンテの感想に共感した様子を見せました。
この会場をロベールに提供したゴダール商会の会長夫妻も何か考えている様子でした。
ロベールは悔しそうに体を小刻みに震わせてダンテを睨みつけていましたが‥レセプションの挨拶と顧客への挨拶をそつなくこなし、無事にレセプションを終える事が出来たようです。
ですが‥‥この日以降の展示会での絵の買い取りは全くなかったようです。会場を提供してくれたゴダール商会の会長夫妻もロベールの支援を断ってきたようです。
こうしてロベールはこの地の顧客を完全に失い、失意のまま王都に戻りました。
ロベールが王都に戻った後、これまでロベールを愛妾のように可愛がってくれた王都の高貴なご婦人達も、ダンテのロベールへの評価を耳にしたせいで、ロベールを避けるようになり、ロベールは画家としての顧客を全てなくしてしまいました。
その後‥画家としての顧客を失ったロベールは、ダンテのアドバイス通り単価の少ない本の挿絵や酒場のポスターを描きながら、奥さんと子供と共に慎ましく暮らしていったようです。
ロベールの展示会が終わりロベールが王都へ帰ると、ロザンナがキャロルのもとにやって来ました。
「あんた、ロベールに何をしたのよ!」
「‥えっ?」
キャロルがとぼけていると、ロザンナが文句を言ってきました。
ロザンナの話によると‥ロザンナはロベールがこちらにやってきた時に、必ず貢物をしてデートをしてもらっていたのだそうです。ロベールにゴダール商会を商会したのもロザンナでした。
ロザンナは、ロベールの事が別れても大好きだったのです。それに‥ロベールがいつか子供が大きくなったら、奥さんと別れてロザンナと結婚すると言ってくれてたんだそうです。
「ロザンナ、ロベールの子供が大きくなったらって‥その頃あなた何歳になってると思う?ロベールに適当な事を言われて騙されてたのよ。‥あなた、自分だけを愛してくれる人を見つけて幸せにのりなさいよ。」
キャロルは歳上のロザンナに、まるで言い聞かせてやるかのように言いました。
ロザンナは力なく立ち上がると応接間を出て玄関口までフラフラと歩いて行きました。
キャロルも玄関までロザンナと共に歩いてきました。ロザンナを見送る為ではありません。
ロザンナと応接間で話している時に、窓の外にガナンを乗せた馬車が屋敷の門にとまったのが見えたので、ガナンを玄関まで迎えに来たのです。
キャロルは、髭をはやして頭もボサボサになった、作業着姿のガナンが玄関に向かって歩いてくるのをドキドキしながら見つめていました。
ガナンとすれ違いざまに、ロザンナがガナンに舌打ちしました。
「‥邪魔よ、どきなさい!この庭師風情が!」
そう言ってガナンを睨んでロザンナは去って行きました。
キャロルはその様子を見て思わず笑ってしまいました。
ガナンはすれ違いざまにロザンナを見ても全く目もくれなかったし、ロザンナもガナンを見てもガナンだと気付かないばかりか、庭師と間違えて舌打ちまでしたのですから‥。
「ただいま、キャロル。」
「アハハハ、アハハッ。おかえりなさい、旦那様。」
「キャロルー!会いたかった!」
ガナンがキャロルを抱きしめました。キャロルも強く抱きしめ返しました。
「旦那様、こんなにも長い間私を放っておいたのですから、今日は私の言う事をたくさんきいてもらいますよ。」
キャロルは悪戯っぽい笑顔でガナンに言いました。
「アハハハ、いいよ。何でも言ってごらん。」
「お姫様だっこでお部屋まで連れてって下さい。」
「はい、仰せのままに。」
ガナンはそう言って、キャロルを軽々と持ち上げ、歩き出しました。
キャロルはガナンに抱かれながら、侍女のマリーとエリにウインクをしました。
それを見たマリーとエリは、ほっとしたように笑い合いました。ヴィンセント男爵家にやっと平和が戻ってきたのですから。




