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桜月夜-花弁の記憶-  作者: 琴水さやは
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そのまま眠りについた俺は、更なる悪夢にうなされた。


父上が御主など必要ないと叫ぶ。

朔夜が笑いながら何かの薬を俺に飲ませようと追いかけてくる。


朔夜に腕を掴まれた瞬間、苦しさのあまりはっと目を開くと、そこには心配そうに覗き込んでくる兄上と小夜の姿があった。


「矢禅・・・・大丈夫か?ひどくうなされていたようだが・・・」

「お薬をお飲みください、兄上。熱が高うございます」


兄上が俺の身体を起こすのを手伝い、小夜が薬を手渡してくれる。

苦い薬を一気に飲み干して、倒れるようにもう一度寝転ぶと、部屋に入ってきた菖蒲が額に濡れタオルを乗せてくれた。


「兄上・・・お仕事は・・・・?」


尋ねると、兄は今日は休みだから思う存分看病をしてくれるといった。


「小夜は部屋に戻れ。其方は身体が弱いのだから、風邪がうつってしまう」


しゅんと哀しそうに立ち上がり、小夜は部屋を出て行った。



熱は三日三晩続いた。

起き上がることも出来ないほどの高熱だった。

兄はしばらく休みのようで、三日間とも看病してくれた。

病み上がりでまだ外に出ることが出来ない俺には嫌でも考える時間が出来てしまった。


庭園を見ながら、父のことを考えた。

あの時の父の言葉。

それを口にした父の声音。

あれは嘘などではないだろう。

あれが父の本心だったのだ。


父は俺を我が子として愛してくれていると思っていた。

厳しい言葉も励ましの言葉も、俺に対する愛情だと思っていた。

呪い師に払ってくれたあの金も、子に対する親の愛情なのだと・・・


だが、そうではなかった。

子への愛ではなく、俺の才能への執着なのだと知った。


思えば父はいつも俺を褒める時、才能があるとばかりいっていた。

怪我を負って初めて交わした父との会話でも父は最後にこういった。


『以後、勝手な行動は慎むように。御主の才能を失いたくはないのだ』


俺自身の身を案じた言葉ではなかった。

父が案じたのは俺の才能だったのだ。


何故あの時気づかなかったのだろうか。

父は最初から俺の才能に固執していたではないか。

父は今までずっと俺を金を稼ぐための駒としか考えていなかったのだ。


馬鹿馬鹿しい・・・


俺は今までそんな父親に感謝し、尊敬し、愛していたというのか。


くだらぬ・・・

親子の絆など、存外つまらぬものよ・・・


そう結論に達し、寝てしまおうかと思った時、兄上がこの部屋を訪れた。


「よう、矢禅!気分はどうだ?」


いつもの笑顔で御簾の内に入り込んでくる兄上を、俺は無表情で見ていた。


「いい物を持ってきてやったぞ。ほぅ~れ!柏餅だ!」


じゃーんと箱をあけて俺に見せ、準備していたらしい小皿に乗せた。


「・・・ありがとうございます」


本当は嬉しくなどなかったが、せっかくの兄の好意、礼を言わぬわけにもいかないだろう。

渡された皿を手にとって、少し口をつける。

自分の分を食べ始めた兄の方が嬉しそうに頬張っていた。


それを見つめながら思った。

兄弟の絆も親子の絆と同じくつまらぬものなのだろうかと。

ずっと看病してくれた優しい兄。


だが考えてみれば、今優しいのは今の俺が凡人だからなのではないか。

実際、俺が兄を抜いた時、兄は俺に優しくなどしてくれなかった。

いつも明るく笑っているはずが、笑顔すら見せてくれなかったではないか。

今、また俺が兄を抜いたならば、兄はまたあの時のように口を閉ざすのだろうか。

この優しさは、絶対大丈夫だという余裕から来るものではないのだろうか。


・・・所詮、兄上も哀れな弟に優しくしてくれているだけのこと。

弱者に情けをかけることによって、優越感に浸っているのだ。


そう考えた時、俺の心がすっと冷えていくのを感じた。

人間、所詮は自分の事しか考えてなどいない。

むろん俺とて例外ではない。

努力の見返りに愛など求めてはならぬ。

無償の愛など存在しえぬ。

何かしらの利益を得るために人は他人に優しくするだけだ。


形の無い愛などというものを

・・・俺はもう信じない・・・




人は最初から孤独なのだ。

信じられるのは自分だけ。


そう気づいてしまえばなんという事はない。

今まで兄や父に褒めてもらいたくて努力を続けてきたが、それ自体が間違いだったのだ。


努力すべきは自分のため。

自己満足のために努力すべきだ。

そこに他人が関与するとすれば、それは他人という存在を蹴落とし、優越感に浸るためだ。


桜の樹に苦無で刻んだ×の印。

見上げた月は真っ赤に染まっていた。




そして、俺から表情というものが消えた。


もともと無口であった上に無表情になったため、話しかけてくるものたちは皆怯んでいた。

兄上と小夜は心配そうに俺に何かと気遣っていたが、父上は何処か嬉しそうに口の端をあげ、すぐさま朔夜を呼び出した。

どうやら朔夜が薬を使ったのだと思い込んだらしい。


朔夜は戸惑った様子を微かに見せながらも、試しに少しだけと答えた。

その後、朔夜が俺の部屋を訪れ、小声で告げた。


「申し上げたいことがございます。実は里長が貴方様の治療のために貴方様の心を・・・」

「知っている」


朔夜の方を見ることなく、俺は朔夜の言葉を遮った。

勘づいていたのだろう。朔夜は身を乗り出して更に小声で俺に言う。


「ならば、協力してください。私に薬を飲まされ、感情を失ったフリをしてください。

 何ゆえかはお聞きいたしませんが、今、貴方様は冷たく美しい人形のようにございます。

 しばらくの間で構いませぬ。その態度で過ごしてくだされば、里長も寂しさを感じることでしょう」


果たしてそうだろうか。


朔夜に気づかれぬ程度に、俺は小さく鼻で笑った。

あの父のことだ。喜びこそすれ、寂しさなど感じはせぬだろう。

父はそういう人なのだ。



無口で無表情なのは、屋敷の中であろうと外であろうと変わりはしない。

すなわちそれは愛想が全く無いということに等しく、大人たちは皆俺の事を可愛げがない、礼儀がなっていないと評した。


・・・どうとでも言うがいい。


どういう態度をとっても、今までとて誰も俺に優しくなどしてくれなかったではないか。

受けたのは嫉みや嘲笑、わけのわからぬ敬意と上辺だけの同情。

何一つろくなものが無かった。

いつもの場所で一人淡々と訓練をする。


この里で、一番の強者になってやる・・・

何人が束になってかかってこようとも、一瞬で返り討ちに出来るほど、ずば抜けた強さを手に入れてみせる。


そしてこの里を抜けてやるのだ。

それが一番、あの父にとっての痛手であろうから。

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