姉とエドバルド
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朝朝食の席での姉の様子は昨日と一緒だった。どこか上の空で考え込んでは首を振る。
姉の珍しい様子に使用人たちも心配の目を向けていた。しかし、父は相変わらずその様子に悔しそうに眉をしかめているし、母は微笑ましいと笑顔でにこにことしている。兄は、俄然せず私にソーセージを一本くれた。
行儀は悪いが、美味しいソーセージに罪はないのでありがたく頂戴した。笑顔でお礼を返せば、俺の妹は今日も可愛いと言わんばかりの笑顔を返されたので、むしろ兄の方こそそろそろ惚れた腫れたを覚えて妹離れをした方がいいのではないかと思う。
もし私が門番さんを見つけて婚約!結婚!といった日には父も兄もひっくり返らないだろうか。
「お姉さま昨日の夜会で何があったのです?」
朝食後、フラフラと自室に戻ろうとする姉を捕まえて庭のテラスへと連行した。兄も同じテーブルを囲んでいるが、まずは本人から事情聴取だ。
「な、何もないのよ?楽しい夜会だったわ、ええ」
「ではお姉さまが昨日恋に落ちた方はどなたです?」
「ええ!?」
「お姉さまは恋に落ちたのでしょう?それはエドバルドさまではないのです?」
「リリー安心しろ。ラタエナが惚れたのはエドバルドであってる」
「お、お兄様!」
兄の言葉に狼狽えていた姉の顔が真っ赤に染まる。自分の顔が赤いことが分かるのだろう。頬を両手で押さえて恥じらう姉はいつもの凛とした雰囲気は消え、ただただ可愛らしい少女だった。
兄と姉から昨日の夜会の顛末を聞くとこうだった。
夜会に揃って登場したポラーノ辺境伯一家とソレイユ家は注目の的だったらしい。貴族の中でも見目のいい両家、辺境伯の嫡男で顔のいいエドバルド。
年頃の令嬢を持つ親は娘の相手にも目をつけていたはずだ。しかし、そのエドバルドが麗しい令嬢をエスコートしているのだ。どこの馬の骨だとなっていた所へ、王族への挨拶の際二人の婚約を報告し、陛下たち王族からの祝いの言葉を賜る。こうなってしまえば、両家で婚約解消が行われない限りエドバルドに見合いを申し込む事などできないという。
そうして始まった夜会、婚約者同士である二人はフロアで子どもらしいダンスを踊り──エドバルドは姉の美しさにずっと心を奪われてはいた様だが、足を踏む無様な事はしなかったらしい──お似合いの二人に苦渋を飲む貴族は多かったらしい。
問題が起こったのは、ダンスが終わり姉がお手洗いにエドバルドから離れた時の事だという。
フロアに戻ろうとした所で、数人の令嬢に囲まれたらしい。幼い令嬢たちは、皆姉より格上の侯爵、伯爵の令嬢と名乗ったそう。
兄曰く現状社交界で婚約者もおらず見目と権力の高さから人気なのが、兄と同じ年の公爵嫡男、二つ下の侯爵次男、エドバルドと同じ年の公爵次男、伯爵嫡男、エドバルドらしい。特に今年デビュタントを迎える三人の婚約者の座を射止めるなら今日だと張り切っていた所が多かっただろうと。
それが既にエドバルドは、下級貴族の姉にその座を奪われており、二人の仲も良さそうときた。嫉妬を覚えた幼い令嬢たちは格下と見下した姉に直に嫌味を言うために囲んだという訳だった。もちろん見た目通りしっかり者の姉は、上級貴族令嬢だろうとおくびにも出さず正論で返したそうだが。
しかし、気位の高い令嬢が正論を言われた所で、姉を格下と見下している時点で大人しく引き下がる訳もなく、囲んでいた内の侯爵令嬢がその手を振り上げたらしい。もちろん姉に鍛えてもいない箱入り令嬢の平手など簡単に躱せる自信があった。しかし、それを止めたのがエドバルドだった。
姉の帰りが遅い事を心配したエドバルドはわざわざ探しにきたらしく、そこで姉に手をあげようとする令嬢たちを見つけたと。
愛する婚約者に何をしていると詰め寄るエドバルドはとても凛々しかったと姉は頬を染めていた。
『私はラタエナ嬢を愛しているから婚約を申し出た。それにラタエナ嬢は応えようとしてくれている。例え、ラタエナ嬢から解消を申し出られても私は彼女以外と結婚するつもりはない』
そう啖呵を切ったエドバルドの迫力に負けた令嬢たちは、蜘蛛の子を散らす様に逃げていったという。今までエドバルドからの好意を受けてきたはずの姉は、そこまで自分を思っていたのだと初めてその言葉で気がついたらしい。
「お姉さま今までエドバルドさまの告白は何だと思ってたの?」
「エド様は変わられましたもの。きっと私に対して優しさから言われているのだと」
「いくら変わっても、あんな告白婚約者の義務でもしないと思うけど」
だから、今までのエドバルドからの好意が暖簾に腕押し状態だった訳である。報われて良かったと思うべきだろうが、あれだけの好意を勘違いされていたのだからエドバルドを思うと心が痛む。
「エド様から言われたの。『俺はラーナのおかげで愚かで傲慢だった自分から目を覚ます事ができた。人として気高く美しいラーナが大好きだ。俺はそんなラーナを守れる男になりたい。ラーナが唯一甘えれる男になりたいんだ』って。でも、私そんな素晴らしい人間じゃないわ。エド様から指輪を頂いたのだけれど、私には相応しくないのではないかと不安で…」
エドバルドの言葉を紡ぎながら顔を赤くした姉は、右手の薬指に煌く青い宝石のついた銀の指輪を不安な表情に変えて撫でた。恐らくそれがエドバルドから貰ったという指輪だろう。青い宝石は、多分サファイア。辺境伯といえば、家紋に使われる鷲の瞳にサファイアを用いられてるのが有名だ。なんと言ってもサファイアの色は、エドバルドの瞳の色に似ている。
なんとも独占欲の塊ではないか。
「お姉さまは、エドバルドさまのこと嫌いですか?」
「そんな事ないわ!昨日の言葉もエド様の好意もとっても嬉しいわ!でも、エド様に相応しい方は私の他にいらっしゃるんじゃないかと思うと不安になってしまって…」
しゅんと気を落ち込ませる姉の背後、庭の奥から人影を見つけたが、首を振りそっとわからない様に黙ってろと視線を厳しく返した。
そして、姉の不安そうな手を取って私は笑いかける。
「エドバルドさまは、ずっとお姉さまが大好きなのよ?私の自慢のお姉さまの隣に立てるよう変わったのよ?お姉さまがエドバルドさまを好きならその気持ちを大切にして欲しいわ。だって、きっとエドバルドさまならお姉さまを幸せにしてくれると思うの。お姉さまは、エドバルドさまの事好き?」
「っ…ええ、好きよ。大好きだわ」
ようやく姉の笑顔が戻り、私は満足したと姉の背後へと視線を向けた。すると、さっきあれ程来るなと視線を向けたのに、姉のすぐ背後にその人影は迫っていた。一緒にいるもう一人の影に役立たずと責める様に視線を向けると、クラディスは申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「それは本当か?」
「ひゃっ!」
突然背後から声をかけられた姉は、その声が見知った、というか今まさに好きだと告げた相手の声に気づいたのだろう。目を丸くして振り向いた。
人影、もといエドバルドは、振り向いた姉の前に膝をつき目線を合わせた。無意識なのだろうか、紳士としてスマートといえる振る舞いに私はそっと席を立ち、二人から離れる。
「え、ええ…本当、ですわ…」
「ラーナ。俺の気持ちはずっと変わらない。君だけを愛すると誓うよ。だから、その指輪に似合わないなんて言わないで」
そう言って姉の右手を取り、煌く指輪に口付けを落とした。キザだ!キザすぎる!十歳よどこでそんな技を覚えてきたのだ!夫人か!夫人の入れ知恵か!
どこぞの王子様の様な振る舞いに姉はその顔を真っ赤にして、とても嬉しそうに笑った。
気がつけば兄も席を離れ、私の隣へ来ていた。クラディスの隣に避難していた私とクラディスの間にねじり込み、私の肩を抱く兄にこの兄が愛を囁く令嬢は現れるのだろうかほとほと不安になってしまった。
「一件落着だね」
「そうね。もしお姉さまが他の人に恋をしたらどうしようかと思ったわ」
「仕方ない。その時はエドバルドに諦めてもらうしか他ないな」
「兄上かわいそうに…」
「お兄さま?仮にも同性の友人を応援するという気持ちはないの?」
「俺には血の繋がった可愛い妹たちの方が大事だ。ラタエナの気持ちを優先するさ」
「…では、私に好きな方ができたら応援してくれる?」
まだ門番さんに出会えてはないけれど、出会えたらアピールして求婚するつもりだ。もちろん門番さんを落とす事も難関かもしれないが、私を溺愛している父と兄という障害は大きいはずだ。それとなく可愛い妹の未来の恋も応援して欲しい。そんな打算的な気持ちで兄を見上げだ。
「その時はその馬の骨を埋めるから教えておくれ。我愛しの妹よ」
「…絶対お兄さまには教えないわ」
なんて事だ。反対どころか、門番さんを亡き者にするつもりだ。障害どころではない。兄にバレない様に門番さんを探して仲を深めないとダメじゃないか。
兄の底知れない冷ややかな目に兄の本気を垣間見た。笑っていたが、笑っていなかった。
「ふふふ、リリシュナの未来の旦那様は大変だね」
「…じゃあ、お兄さま?クラディスなら応援してくれる?」
「よし、クラディス骨を埋める覚悟はあるな?」
「ちょっ!リリシュナ!冗談が酷いよ!?」
人ごとの様に笑うクラディスが悪いのだ。全く持ってその気持ちはないが、兄を焚きつけてクラディスを苛めることにした。兄も冗談だと理解していると思うが、可愛い妹本人が言うものだから、そのノリに乗ってくれるみたいだ。
二人の追いかけっこが始まったが、十三歳の兄と七歳のクラディスでは追いかけっこにならず、すぐに捕まって脇をくすぐられていた。それに気がついた姉とエドバルドも二人の様子に笑っていた。
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執筆が早くないのでそろそろ書き溜め分に追いつきそうで、更新がそのうち1週間に1度とかになるかもしれません。
早くリリシュナと門番を会わせてあげたいのですが、まだ先です。
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