幼なじみ
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王都に着いて二日目。
ソレイユ家のタウンハウスは、貴族街の中でも真ん中に位置していた。王宮へ近いほど上級貴族のタウンハウスが増える。下級貴族は、遠くなるのが普通だと兄は教えてくれた。
ソレイユ家は、子爵のため下級に位置する。しかし、その歴史は長く古くからある家系のため王都に持つタウンハウスの場所もその歴史の順の場所にある。聞いたら、歩いて行ける場所にポラーノ辺境伯のタウンハウスもあるらしい。
領地にある屋敷と比べるとこじんまりとしたタウンハウスは、それでも子どもの私からしたら大きく庭も十分に広いと感じた。領地の屋敷と趣が違うのもまた新鮮で良かった。
今日は、タウンハウスを探検してもいいかと思ったが、せっかくの王都なので街を見たいと母にお願いした。
なぜなら姉のデビュタントがある夜会は明日だ。どれくらいかかるかわからないが、明日は夜会の準備にかかりっきりになって出かける暇などないだろう。かと言って六歳の私だけで出かける事を許可してくれないだろう。
「必ずハンナの言うことを聞く事。ザハードたちから離れない事。手を繋いで行動する事。お願いだから守ってね?母様が着いていけないのが残念だわ」
母は用事があるらしく同行する事ができないと言った。代わりにメイドのハンナと護衛騎士のザハードとギブソンがつくことになった。兄と姉、私の子どもたち三人のお出かけのお守りとしては十分だろう。ハンナは、母から必要経費を預かり、私たちは馬車へと乗り込んだ。ギブソンは行者代わりとして表へ、ザハードが一緒に中へ。
「若様、お嬢様まずはどちらに行かれますか?」
「とりあえずメインストリートへ。そこから徒歩で行ける店を回ろうと思う」
「私リリーの髪飾りを見たいわ」
「いいな。リリーに似合う可愛い髪飾りを探そう」
「わたし美味しいおかしが食べたいな」
「それならカフェで休憩してデザートを食べよう」
馬車の中で王都に来たことのある兄を中心に行ってみたい場所をピックアップしていく。流行の中心である王都で人気のお菓子が食べられたらと口を挟めば、兄は笑顔でそれならどこがいいと返してくれる。姉も初めて訪れた王都なのだから、自分の行きたい場所をピックアップしてもいいのに、私に絡めてチョイスしてくる。可愛がってもらえる事はありがたいが、もっと自分の事も見てもいいのにとその時は私が姉の髪飾りを選ぼうと心の中で思った。
メインストリートに着いて、まずはどこに行こうかと思っていたら、兄が髪飾りならおすすめの店があると言って近場の店に入った。可愛らしい店内の飾りのその店は、若い女性向けのアクセサリー店だった。ネックレスやイヤリング、ブレスレットに髪飾り。十代の女の子が好みそうな店内になぜ兄が知っているのかと疑問に思う。
「前にお土産で買ったリボンはここで買ったんだ」
「もしかしてこの水色のリボン?」
奇しくも今日ハーフアップに結ってもらった髪を彩っているリボンは、去年兄の王都のお土産でもらった物だった。兄に見せる様に指差すと頷いた兄が私の頭を撫でる。確か今日の姉もお揃いのリボンで同じ髪型にしてもらっていたのだ。
「まあ、このリボンとっても可愛くて気に入ってたの。そのお店ならまた素敵な物が見つかるわね」
目を輝かせて陳列された商品を見て回り始めた姉に続く様に私と兄も店を回り始めた。店内は十代前後の可愛らしい女の子たちばかりだったので、唯一いる兄はとても目立っていた。チラチラと視線を感じていたが、兄も姉もハンナも何も言わなかった。横目で確認する限り、こういう店に男の子がいるのが珍しい好奇心からのと、そこそこ見目のいい兄の顔に惹かれているのと半々の様だった。
今年十三歳になる兄は、既に第二次性徴を迎え、父と似た端正な顔立ちが顕著になってきた。過去に見てきた恋愛対象たちと比べた場合劣るかもしれないが、十分にイケメンと言える。将来の夢は騎士で子爵家跡取り、イケメンとくればモテるだろう。ただしシスコンに引かない令嬢でなければ長続きはしないかもしれない。自分に対してとてつもなく甘い兄を考えるとそう考えるのは仕方ないと思う。
一方の姉も第二次性徴を迎え、兄とよく似ていた顔立ちもより女の子らしくなり、幼少の頃から凛とした雰囲気の美少女だったが、艶やかな黒髪と相まって清楚で凛々しい令嬢になった。母とは系統が違うが、美人という言葉が似合うと思う。幼少時から習っている剣の腕前も淑女教育も両立させている姉は、完璧だと思う。そんな美人でしっかり者な姉を二年前に見初めたエドバルドの目は確かだと思う。
いや、エドバルドを立派な紳士へ改心させた姉がすごいと言うべきか?
とにかく私には甘いがそれぞれ自慢の兄と姉という事だ。
私にこれが合う、いやこれも合う、こっちはどうだと様々な髪飾りを当てがい言い争う二人に自慢に思う兄と姉でいて欲しいと内心褒めたそばから祈った。
結局兄からは白とオレンジ色の組み合わせのレースのリボンを使った髪飾りを、姉から白とピンクのレースとシフォンをリボンに見立てた髪飾りを選んでもらった。代わりに姉に藍色のベルベットのリボンの髪飾りを、兄にもシンプルな琥珀色のストーンがついた銀のブレスレットを贈った。十代の若い女の子向けの店内の中にも男の子が持っていても問題なさそうなシンプルな物があって良かったと思う。いつも兄からお土産としてプレゼントをもらう事が多かったから少しでも返せたらと思っていたのだ。
感激して公衆の面前でぎゅうぎゅうに抱きしめられたのは恥ずかしかったけど。
それから、本屋で各々好きな本を買い、休憩で入ったカフェではパフェを頼んだ。イチゴとチョコレートの甘いパフェを頼んだ私は、その美味しさに満足していた。残念ながらそこまで甘党ではない兄と姉は飲み物だけを頼んでいた。両親のお土産に焼き菓子の詰め合わせを買ってきてもらい、私たち兄妹のお出かけは終わりにした。ちょうど馬車に乗って帰路に着く頃には日が傾き始め、赤い夕日が王都の街を染めていた。石畳の道がオレンジ色に染まる様は綺麗だった。
王都への滞在は夜会が終わっても一週間程はいる予定だと両親は言っていた。
「またお出かけできたらいいな」
「今度はエドバルド達とも一緒に出かけたいな」
「エド様たちは今日到着のはずだわ。滞在期間は同じくらいと手紙に書いていたから、きっと遊べるわ」
私の零した独り言に兄たちは優しく返してくれる。姉はエドバルドの事をエドと呼び、エドバルドもまた姉・ラタエナの事をラーナと呼び着実に距離を詰めていた。エドバルドの片想いからまだ変化はないが、姉の中でエドバルドは大切な分類に区分されているのは間違いなかった。
姉が幸せになるならそれでいい。このまま姉に一途なエドバルドのままなら私は文句ない。
タウンハウスへ帰宅した私達を待っていたのは、両親と着いたばかりだというポラーノ辺境伯一家だった。
「ラーナ!」
「エド様?どうして我が家に?」
「どうしてもラーナに会いたくて」
両手を広げて姉を出迎えるエドバルドに目を丸くしたのは、私だけではなかった様だ。
姉の手を両手で包み込んで愛おしそうに見つめるエドバルドの姉への愛は間違いないなと実感する。これお茶会で毎月やっているのを見せられているのだから。
「長旅お疲れさん。どうせエドバルドのわがままに付き合わされたんだろ?」
「それに乗った父も久々にソレイユ子爵と飲みたいと言いだして、今晩はお邪魔する事になったんです」
眉尻を下げて申し訳なさを滲み出すのは、クラディスだ。
クラディスは、この一年の間にだいぶ変わった。少なくともゲーム内でのクールで寡黙なイメージはない。人見知りだと言っていた一年前に比べたら、私たちとの距離はだいぶ近く普通に温和で大人しい少年だ。
家族仲も良好、私たち兄妹という友人もできたクラディスが孤独を感じる事はなくなった。少なくとも明るい笑顔を見せることの多いクラディスが不幸に思う事はないはずだ。
「お土産の焼き菓子あるのよ。後でみんなで食べようね」
その晩の食事はソレイユ家のタウンハウスで二家族での和気あいあいとした団らんとなった。エドバルドと姉の婚約以降両家の繋がりはさらに深まったと言えるだろう。
明日の公式の場で広められるこの事実は両家の友好さが伝わるとっておきの場となるはずだ。
私とクラディスは夜会に参加できないので、家でお留守番。ご飯も一人で取ることになるので、どうせならクラディスと一緒に過ごしていいかと聞くと父の顔がわかりやすいほどに嫌そうに歪んだ。別に一緒に寝ると言ってるわけでもないのに、娘を溺愛している父は他所の男に厳しい。私とクラディスの間にそんなものはないのに。
翌日遅めの朝食を持った後、母と姉は夜会への準備を始めた。子供達が参加する夜会はスタートが早い。日が高いうちから始まるため、朝早いうちから準備しないと間に合わないのだという。二人のドレスアップが気になり、今日のために準備したドレスに着替える様を私は眺めていた。
細く華奢な体型が美しいとされるこの世界でドレスアップにはコルセットは欠かせないらしい。子どもの姉はともかく、母のこれでもかというほど締め上げられたコルセットを見て、将来自分もしなくてはならないのかと思うの恐怖した。
絶対中身が出るし、飲み物すら通らなそうだ。母は慣れればどうって事ないと言っていたが、裏を返せば慣れる日が来なければ苦痛でしかないのではないのかとも思ったが、六歳児の私は言葉を飲み込んだ。
数時間かかった準備も終わると綺麗なお姫様二人が出来上がっていた。
母が女神のように綺麗なのはもちろんだが、姉の夜会用のドレス姿も女神のようだと贔屓目に見ても感激した。
父と同じ艶のある黒髪は天使の輪を持ち、サイドを少し残してアップに纏めた髪型は凛とした雰囲気の姉によく似合っていた。纏めた髪飾りは昨日私の買ったベルベットの藍色のリボンだった。それにパールのピンを散りばめた髪型は清楚感がありながら煌びやかだ。
身に纏うドレスは、首元が黒のレースになっており、オフショルの切り返しで肩をチラ見せする少し大人っぽい深い藍色のドレスだ。しかし、ウエストの位置で結ばれたリボンからシフォンとチュールで広がるドレスの裾は年相応の可愛らしさを演出しており、大人っぽさと可愛らしさの両方を感じれる。
レースの手袋にもリボンとパールがついていて、ドレスによく似合っていた。アクセサリーは髪と同じパールのイヤリング。
薄くパウダーで整えた肌にピンクの色付きリップだけでも、ハッキリとした目鼻立ちの姉は綺麗という文字を背負っていた。
「お姉さまとってもきれい!」
「ありがとう、リリー。だいぶ着飾ってしまって別人の気分よ。エド様は気に入ってくれるかしら?」
鏡の前で夜会用の少しだけヒールのあるパンプスを履いた姉がくるりとターンする。
すると、ふわりとドレスの裾が舞う。藍色のドレスのスカート部分に装飾されたパールやクリスタルが照明の光に反射して、キラキラと輝く様はまるで満点の星空のようだ。綺麗なターンに添うように舞うスカートはとても素敵に見える。
ダンスの得意な姉のターンはいつ見ても軸のブレない綺麗なターンだ。問題は、こんな綺麗な姉を前にエドバルドがまともに踊れるかである。
「エドバルドさまならきっと気にいるわ!だってお姉さまとってもきれいで可愛いもの!」
私の言葉は、大正解であった。
今夜の姉のエスコート役として我が家にやってきたエドバルドが姉のドレス姿を見て、顔真っ赤にして「女神だ」と呟きその場でプロポーズしたのだから。その微笑ましい光景に父以外の全員が笑顔になったのだが、姉はプロポーズはスルーして褒められた事に胸を撫で下ろしていたので多分まだ脈はない。
がんばれ、エドバルド。
そんなエドバルドは、大柄な父親に似て体の成長が早く、三歳歳上の兄と同じくらいの体格まで成長している。しかし、その顔立ちはまだあどけない少年の可愛らしさが残っており、声変わりもまだだ。それでも、顔立ちが整っているので、夜会用の礼服が長い手足によく似合っていた。
ゲームを知っている私からすれば、クラディスと似ているエドバルドの将来は有望でしかない。その昔短気で横暴だったエドバルドのままだったらどうかわからないが、今の一途で紳士なエドバルドならさぞかしモテるだろう。しかし、それが姉にゾッコンなのだから、心惹かれた令嬢は悲しい想いをする事だろう。
夜会の様子を直に見れないのは残念だが、後で両親や兄に聞いたら面白いだろうな。
両親たちを見送った私とクラディスは、夕飯までソレイユ家のタウンハウスのリビングでカードゲームで遊んでいた。クラディスは、若干七歳ながら聡明さを発揮させており、頭脳戦には滅法強かった。精神年齢三十オーバーとしては負けたくなかったが、前世の記憶を持ってようが平凡な頭しか持たない私が勝つ事は稀である。
あまりに負け続けて凹み始めた頃ハンナが夕飯ができた事を告げにきた。
今夜は私の好きなものを乗せたワンプレート、所謂お子様ランチのような物をおねだりした。親がいない夜のご飯のリクエストはもっぱらこれだ。
目玉焼きのせハンバーグ、エビフライ、唐揚げにポテトサラダ、ドーム型のご飯には小さな星マークの旗、見事なお子様ランチだろう。セットにベーコン入りのオニオンスープだ。
初めて見るだろうお子様ランチプレートにクラディスは目を丸くしていた。
「これ他のみんなには内緒よ?料理長に内緒でおねがいして作ってもらってるの」
「全部リリシュナの好きな物だよね?」
この一年ご飯を共にする事をあったクラディスにはわかったようだ。私の味覚がわりと子供じみているのが問題だとは思うが、今は六歳なので問題ないだろう。プレートにしたのは、大事だとわかってはいるが気を使うマナーの食器替えが面倒で一つの皿にまとめて欲しいと料理長におねだりしたのだ。
多分料理長やメイドたちから両親に話はいってると思うが、今のところ二人からやめるようにとか言われていないので見逃してくれているのだと思う。
普段はちゃんと銀食器を使いこなしている。
「クラディスもすきでしょ?」
「うん。どれも美味しそうだ」
グラディスにも喜んでもらえたようで、笑顔で食事はスタートした。
食事中の話題は、夜会でエドバルドが失敗しないかだった。エドバルドを慕っているグラディスからしたら、エドバルドは勉強も剣術もダンスだってできる尊敬できる兄だと認識している。しかし、姉の事となると姉しか見えなくなる事もわかっているようだった。
「ラタエナ様に見惚れてダンス中足を踏まないか心配だ」
「そうね。もし踏んだらその場で土下座とお詫びとして公開プロポーズでもしそうね」
「いや、さすがに兄上だってそこまでは…」
「さっき私たちの前ではしてたじゃない。可能性はあるんじゃない?」
先程の姉のドレス姿に思わずしてしまったらしいエドバルドのプロポーズを思い出しているのだろう。グラディスの顔に確かにと苦渋が浮かぶ。
しかし、されど辺境伯家の嫡男なのだ。そこまで愚かな事はしないと思いたい。それで注目を浴びて困るのは我が姉なのだ。
「それよりお姉さまとってもきれいだったもの。エドバルド様がいるとはいえ、きっと他の男の子から熱い視線を送られてるに決まってるわ」
「ラタエナ様に集まる視線が目に浮かぶね。兄上は嫉妬に身を焦がさないといいが」
「ふふ、そこでしっかりとして下さればお姉さまも好きになるかもしれないわね」
「……やはりラタエナ様は兄上の事なんとも思っておられないだろうか」
「…そうね。婚約者としての一応の愛情はあっても、エドバルドさまと同じように身をこがすほどの愛情があるわけではないと思うわ。お姉さま初恋もまだだもの。恋というものがわかっていないのよ」
姉は、しっかりしているからこそ、エドバルドの事を婚約者として理解し、家族の様な愛情を持っていると私は思っている。今のところ姉の惚れた腫れたと言うような話は聞いた事がない。私たちの今の生活では、家を出る機会が圧倒的に少ない。親の協力を持って知り合わなければ同年代と会うことすらままならない。周りにいるのは、屋敷にいる私たちの身の回りの世話や護衛を担う大人ばかり。そんな中で恋に落ちるというのは貴重だと思う。
だからこそ、エドバルドの姉への初恋は貴重だし、その思いを大切にしてほしいと思う。
「そうか…リリシュナはいつもは幼く見えるけど、時々大人みたいにしっかりしているよね。僕はいつも驚かされる」
「ええ!?そ、そう?」
グラディスの言葉に動揺が隠せなかった。どうしても私の事を幼い可愛い妹として察してくる両親や兄姉たちには、その期待を返すように甘えてしまうため幼い言動をしてしまう。しかし、グラディスは本人が早熟なせいか大人びた言動はあるものの同じ年の私に対して普通なのだ。友人としているから当たり前なのだが、私を甘やかしたいと思っている訳ではないことがわかるから私も素で返してしまう。それが不味かったようだ。
「クラディスこそ大人みたいだと思うわ。お兄さまが年下と話している思わないって、話すのが楽しいっていつも言ってるもの」
「それなら嬉しいな。ローランド様の事も兄と思っているから」
本当に嬉しいのだろう。頬を染めて照れたようにはにかむ美少年はとても目の保養になった。
それならと、兄の呼び方を兄様と変えてみてはどうかと進言してみた。七歳年上の兄の事を呼び捨てにするのは憚られるだろうが、仲良くなるのに様付けでは距離がある気がしたのだ。兄の様に思っているなら、実際兄と呼んでも支障はないだろう。
兄だって仲のいいクラディスからなら喜んでくれると思う。
明日会う事約束し、私たちだけの晩餐に終わりを告げた。
玄関で見送ったクラディスは、ポラーノ辺境伯の護衛とともに馬車で帰路へとついた。徒歩でも行ける距離とはいえ、貴族の子息に万が一があってはいけない。それは街の中でもだ。両親からもザハードとギブソンにクラディスの馬車の護衛を言われていた様で馬車の後に続いていた。
予定ではあと少しすれば、夜会から皆戻ってくるだろう。どんな夜会になったのかお土産話が楽しみだとハンナに湯浴みを手伝ってもらって、家族の帰りをリビングで待つ事にした。
王都で買った本を読み始めて、少ししたくらいで皆が帰ってきたとハンナが伝えに来てくれた。私が急いで玄関へ向かうと、丁度馬車から降りてきたところの様で出迎えにはピッタリの様だった。
「おかえりなさい!」
私が出迎えるとは思っていなかったのか、私が起きていた事に驚く両親。兄は感激したのだろう私をぎゅうぎゅうに抱きしめ「可愛い可愛いリリーただいま」と返してくれた。だが、姉は何も反応がなく、私は兄の肩越しから姉の様子を伺う。
すると姉にしては珍しく何やら上の空で母に肩を抱かれていた。しっかり者の姉にしてはその足取りは覚束ない。
「お姉さま?どうしたの?」
「え、ああリリーただいま。えっと…な、何でもないわ」
嘘である。
わかりやすいにも程があるが、姉は目を彷徨わせて最終的に頬を染めて下を向いた。
私の第六感が何かあったと叫ぶ。
それも、恐らく、いや絶対に恋愛的な方向で。
父や母に視線を向けると、母は微笑ましい笑顔だし、父は悔しそうな表情だ。抱きしめている兄に視線を向けると全てをわかった様に笑って「今日は遅いから明日話してあげるよ」と言う。
確かに夜も遅い。夜会で疲れて帰ってきた皆に根掘り葉掘り聞く時間は少ない。それなら、今日はスルーして明日落ち着いて聞き出す方がいいだろう。
兄の言葉に納得した私は頷き、家族へおやすみの挨拶をして自分の寝室へと向かった。
姉のあの様子がエドバルドへの恋心に芽生えた方向である事を祈りながら私は眠りについた。
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