王都と貴族ということ
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クラディスの事件から一年が経った。
今年十歳になる姉とエドバルドは、王都でデビュタントを迎える。つまり、二人の婚約を正式に発表できる年だ。
発表の場は、社交界のシーズンスタートである王宮で行われる新年の夜会と決まった。三年前から兄も行き出したパーティーだ。私が生まれてからは、私を理由に社交界から母が離れ、父だけが社交界を周り、兄の十歳のデビュタントを機に復活していたようだ。私も三歳になることで体調を崩しいやすい乳児期をすぎて、使用人たちに任せても大丈夫だろうと判断しての事だという。
母は、この説明をした時、「もうわたしが少しそばにいなくてもリリシュナが寂しくて泣いたりしないと思ったからよ」なんて言っていたが、多分母の事だと思った。
私は、見た目小さな三歳児でも中身は母と同年代。きちんと説明してもらえれば理解するし、そばにいると言っても本当にべったりではない。母と一緒の部屋にいる事も多いが、私を構いたがりの兄や姉との方が一緒にいる時間は長い気もする。
子どもによっては、母親の姿が見えないだけで泣く子もいると聞くが、私はそんな事した事ないのだ。むしろ、私がは母を探すことより、母が私を探すことの方が多いくらいだ。
話がそれてしまったが、今年はついに姉もデビュタント。
つまり家族四人とも王都へ行かねばならない。が、いくら使用人がいると言え、私一人を領地に置いてはいけないとなり、夜会には行かないものの私もともに王都へ向かう事になった。
六歳にして初の王都。初の旅行だ。
『私』の頃プレイしていたゲームの世界で王都の景観はスチルで知っている。しかし、やはり自分の足でその街並みを歩けると思うと、かなり楽しみなのだ。
そして、子爵家の令嬢として衣食住が困らなさすぎて、屋敷から出ることがなかったため、家を出ると言うこと自体が新鮮でワクワクしている。過保護が過ぎて、領地のお祭りもお留守番、出歩けるのは屋敷の周りの庭だけ。いくら田舎の領主の屋敷の庭と言えど、六年も閉じこもっていれば探索するところもない。
この六年間で出かけたのは四歳の時のあのお茶会のみなんて、私よく我慢したと思う。
その代わり時間が潰せるように本を毎月ねだっていたのだけど。
母が指示し、メイドが荷物をまとめてくれるのを横目に私は、姉とともに長い旅を共にする馬車の馬を撫でていた。大きな馬の存在感にとても威圧されたが、きちんと調教された彼らは利口で大人しく、幼い私たちが近づいてもつぶらな瞳で見つめてくるだけだった。それがわかっているからか母も行者も何も言わなかった。
準備が整い、家族全員が馬車に乗り込むと、父の声で出発した。二頭が引く四輪馬車の中には、私たち家族とメイドのハンナだけ。後続の荷馬車に数人の使用人が続き、それを囲むように護衛の人たちが馬で走る。前を二人、横に二人、後ろに二人。
村や町を経由して四日の旅と聞いているが、その道中盗賊や魔物に絶対に遭遇しないとは言えないらしく、十分な護衛を敷くことが旅の絶対条件なのだと言う。
そう、この世界にはファンタジーゲームでよく聞く魔物が存在する。だが、その数は決して多くはないそうだ。それは、100年前に現れた聖女の祈りでこの国が守られているから、魔物の発生がよその国より低く、また聖女の祈りが結界となり侵入を許さないからだと言う。
私が平和に屋敷でのほほんと暮らせるのは聖女の祈りのおかげで世界が平和であるからという事だ。
車窓から移り変わる自然の景色を堪能しながら、そう思っていると今日の泊まる予定の村へと到着すると行者から声がかかる。
その声にちょっと窓から身を乗り出すと舗装されていない道の先に、村の入り口なのだろう木のアーチらしきものが見えた。が、それはすぐに見えなくなった。危ないと母に引き戻されたからだ。
そして、心配した母の小言を聞きながら、兄の膝の上に拘束されたのだった。
その日は、村の村長さんに用意してもらっていた空き家にお世話になり、翌朝出発し、途中途中休憩を挟みながら、宿となる村や町を経由し、五日目に何事もなく王都へ到着した。
日が高くなる前に到着した王都の門は大きな石の門だった。続く石造りの塀を見る限り王都はこの塀に囲まれているのだろう。
入り口で列を成す検問に私はどれくらい時間がかかるのだろうとその様子を眺めていた。
「少し早めに出発して正解だったな」
「ええ、今年は第一王女もデビュタントだもの。貴族の子は多いものね」
という父や母の会話に目の前の長い列がまだまだ短い事を知った。
そして、第一王女という言葉にも疑問に思う。ゲームに王太子である第一王子、第二王子は出てくるが、第一王女なんていなかった。ゲーム内に関わりがなかっただけなのかもしれないが、ゲームと少し違う存在にほんの少しだけ気になった。
興味が無いわけではない。だが、今はそれよりも
「お腹すいたな…」
あと一時間もすれば空に浮かぶ太陽は真上に上がるだろう頃なのだ。朝しっかりとご飯を食べてようが、ただ座っているだけだろうが、幼い体は燃費が悪く、きっかりと食事時にはお腹がすくのだ。
意識すればお腹からぐうぐうと音も聞こえる。
「ふふふ、中に入れたら先にレストランでお昼を済ませようか?」
「そうね、ギリスたちには悪いけれど、荷物だけ先に向かってもらいましょう」
「リリー!レストランだってさ!王都は美味しい店が多いから楽しみにしてろ」
父の一声に兄が嬉しそうに私に話しかけた。度々王都へ来ている兄は、いつも王都であった事や食べた物を私たちにも話していたので、早速案内できるのが嬉しいのかもしれない。姉も王都に着いて早速街を見れるのが嬉しいみたいで、凛とした顔を綻ばせていた。
そんな家族を見てまた私も顔を綻ばせるのだった。
初めて王都に入った私が見た物は、ゲーム内のスチルの背景でも度々見た石畳の美しい街並みだった。ヨーロッパをイメージした建物は、質素でありながら美しい建物が多い。人々の行き交う様子も活気があり、平和な国だということが見てとれる。途中荷馬車と別れた私たちが馬車を降りたのは、緑色の屋根の店の前だった。店の外に並んでる人を見るとだいぶ繁盛している様だった。
外で並んで待つのかと思っていたら、父がハンナに何かを手渡すとハンナだけが先に店の中へと入ってしまった。どうしてだろうかという気持ちで父を見上げだが、私の視線に気づいても笑顔をくれるだけだった。
するとハンナが戻ってきて父と母に「ご用意ができました」というと店の扉を開けてしまう。中へと入っていく両親に列に並ばなくていいのかと、列の方と両親に視線を交互に向けていると「大丈夫だよ」と兄に手を引かれてしまった。戸惑う私の背中に列で並んでいた人たちからの視線はとても痛かった。
店の中で案内されたのは、お店の奥にある個室だった。部屋に入る時にも店内の他の客からの視線を感じ戸惑っていた私に説明してくれたのは母だった。
「このお店はお父様のご友人がやっていてね。この個室は私たちみたいな貴族用に大体空けていてくれているのよ」
貴族だから。優遇されたということだろうか。なんだかズルをしている様で前世で一般家庭で育ち生きてきた『私』には、罪悪感がわく待遇だと感じた。それは、父や母にも伝わったらしく、困った様な笑みが返ってきた。
「といってもこの店に来てくれる貴族はポラーノ辺境伯夫妻と仲の良い人たちくらいだよ」
振り返ると、背の高い椅子を手にした大柄な男が個室に入ってきたところだった。白いコック服を着ているところから彼はシェフだろうか。口ぶりからするに父の友人と言うのは彼なのかもしれない。
「初めまして、お嬢様方。私はこの店の店主のグラハムと申します。今日は腕によりをかけて美味しい料理をご用意しますので、楽しんでいってください」
小さな私や姉に目線を合わせるように屈んだ彼は、どちらかというと騎士だと言われる方が納得できる程大柄で体格が良かった。そんな彼の作る料理はどんな物だろうと期待が膨らんだ。
どうやら彼は、小さな私のために子供用の足の長い椅子を持ってきてくれた様だ。「失礼」といってその椅子に抱え上げられて座れば、テーブルとの高さはピッタリだった。私の両隣を母と姉が座り、対面側に父と兄が座った。
貴族として優遇されるという事が今まできちんとあった訳ではなかった。使用人との距離感でなんとなく理解していたつもりだったが、所詮『つもり』だったのだと実感させられた。私は『私』のおかけで大人のつもりでいたけど、この世界ではまだまだ子どもなのだと思い知らせれた。貴族の子どもとして私は学ばなければいけないのだろう。
美味しい料理を堪能しながら、心の中で反省した。
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シミュレーションゲームのEDを周回するほどのオタクだった主人公は、間違いなくインドアなので引きこもりが苦痛ではないということで。
領地の方は、おいおいお出かけできると思うので、楽しんで欲しいですね。
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