子爵令嬢でした
説明文なのでちょっと短めです
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すくすくと成長していく中で、私の文字が読める様になりたいという『お願い』を聞いて動いてくれたのは、母の方だった。
「貴族に生まれたからにはリリシュナにも立派な淑女になって欲しいもの」
母のその言葉は、設けられた一回目の授業で説明された。
私のフルネームは、リリシュナ・ノーデン・ヴィ・ソレイユ。
ノーデンは北、ヴィは従属という意味の貴族特有の名前らしくソレイユが家名になるらしい。
ソレイユ家は、貴族の中では子爵にあたるので、下級貴族となる。代々隣接する北方辺境地を治める辺境伯爵に従属する騎士の家系なのだそうだ。
身の回りにある物などからして、文化水準は中世ヨーロッパ辺りと同じくらいかもしれない。でも、不思議な事にトイレは水栓だし、お風呂もバスタブもシャワーもある事。部屋の造りや服装なんかは全然現代的ではないのに、そう言った細々とした物なんかは発達している。
それでも、二十一世紀の便利な科学に生活を支えられていた私には、テレビもパソコンもスマホもないこの世界はとっても不便に感じる事が多い。
それでも、不自由なく楽に生活できるのは、下級貴族でも世話をしてくれる使用人たちがいるおかげだろう。
父が貴族で良かった。
一応小さいながらも治めている領地を運営している事で税収があり、さらに辺境伯の持つ騎士団に父が身を置いている事での収入もあり、我が家はそこそこに材がある状態らしい。無計画な贅沢はできないが、短い期間でサイズの変わる子供のドレスも月に数着買うくらいには蓄えの余裕があるらしい。
この世界での物価はまだわからないが、レースやフリルをたくさんあしらった良質な肌触りの可愛いドレスを月に何度も新調されれば、中身三十路のおばさんとしては家の懐は大丈夫なのか心配するのは当然だと思う。私にデレッデレのふやけた顔でドレスをプレゼントしてくるのは父だが、母が「また買ったの?」と言いながらも可愛いと笑顔で褒めてくれるので多分大丈夫なのだと思う。一歳の誕生日に私に似合うと言って、父が大量にぬいぐるみを買った時にはいつも穏やかな顔をしている母が父を滾々と叱っていたので、金銭感覚はしっかりしていると思う。
話を家の事に戻そう。
ソレイユ家というのは、そもそも古くから北方辺境伯の騎士団に身を置きその身を賭して仕えてきた平民の家系で、昔の戦争で功績を上げた当時の当主への褒美として領地を含む職位が与えられこの名がついたらしい。もう何代も前の当主の話なので、一応根っからの貴族といっても差し替えないと家庭教師は言った。
実は、この話数時間にも及んだ授業だったのだが、掻い摘んで説明すると1分もかからないじゃないか。あの信者教師め。
やれどう偉大だったか、こんな事もされたのだとわりとオーバーなアクションをつけて熱弁していた家庭教師は、前ソレイユ家当主を尊敬していたらしくかなり横道の多い授業だった。その後の他の授業を聞いている限りあれはソレイユ家の歴史だったからとわかった。
前ソレイユ家の当主は、父の父。
つまりは私の祖父になる訳だが、残念な事に私が生まれる一年前に亡くなっている。唯一肖像画でしか会えなかった父によく似た祖父。
若い頃から武勲を上げながらも一軍人としてしか褒章を受けず、忠義に厚い真面目な朴念仁───と教えてくれたのは別邸で暮らす祖母だった。涙を一筋零しながら愛おしそうに肖像画を見つめる祖母の表情に愛ある夫婦だったのだと思った。
そんな祖父の背中を追って父が後を継ぎ、今は兄がその背中を追っている。将来は辺境伯騎士団で一番強くなるのだと剣の鍛錬に励んでいる。
ここで変わっているなと思ったのは、本来令嬢である姉も兄にくっついて剣を習っている事だった。
もちろん貴族社会に生きる令嬢として淑女教育は受けているのだが、父によく似た姉は体を動かす事が好きなようで兄とともに稽古する姿を見ていた。姉はもともと話し方こそ柔らかでお淑やかな感じなのだが、勉強もでき弁も中々にたつ。私には甘いが、強かな性格の令嬢へ成長していた。
日本人であった記憶のある私は、どうにもそういった物への興味がなく、ただ包丁以外の刃物というだけで危険なイメージが離れず、二人の稽古を母と眺めるだけにした。それに、家族全員からも危ないからリリシュナは絶対に習わなくていいとも言われたので、過保護の家族の言うことに従うことにしたのも事実だ。
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