九歳の夏
毎度お待たせしております!本当にすみません!
筆が乗らず、思った以上に時間がかかってしまいました…少しだけ年齢があがったリリシュナにも転換期の訪れ予定です。
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王都でヒロインと出会ってから三年の月日がたった。
この三年の間に私は、教養やマナーなどの所謂淑女教育に加えて、魔術の授業も始まり簡単な魔術なら使えるようになった。
明かりを灯したり、風を起したり、本当に簡単なものでも自分で魔法を使えたという事実がとにかく嬉しくて、初めて使った日から一週間ほどは大はしゃぎして魔法を使っていた。あの時は、本当に計算なしで子供らしい反応をしていたと思う。
気が付いたら周りから微笑ましい眼差しを貰って、我に返るを幾度となく繰り返してしまった。
でも、オタクだった『私』がずっと憧れていた魔法が使えたんだもの。仕方ないと思う。
あとは、八歳になった去年から近隣の貴族の令嬢やその母親たちとのお茶会にも参加するようになった。
以前四歳の時に参加したこともあったが、本来は八歳~十歳でお茶会デビューするのが普通らしく、あの時は本当に主催者である辺境伯夫人の強い希望による特別な事だったらしい。
改めて参加する様になって変わったのが、クラディスたち以外の遊び相手だ。
なんと我が家と同じ様にポラーノ辺境伯の騎士団に父親が従軍する貴族令嬢の中で、同い年の気の合う令嬢友達を得ることができたのだ。
それが、子爵令嬢のミシェルと男爵令嬢のサーラの二人。
ここで驚くべきことは、ミシェルはゲーム内でヒロインをサポートするお友達キャラという事だ。ゲーム時より八年前の幼いビジュアルでよくわかったと思われるかもしれないが、それはひとえにミシェルの特徴的な外見のおかげである。
大きな瓶底眼鏡にきつく結んだ茜色のおさげ。
真っ赤というほどでもないが、赤みの強い髪は地味な装いと相反してとても派手だ。
かなりの近眼だという目を補佐する大きな眼鏡は、強い矯正のためか分厚く、彼女を冴えなく見せている。
サポートキャラでありながら、チュートリアルでの説明役だったり、物語に影響する噂を聞かせてくれたりと様々なところで画面上に出て活躍していたミシェル。元々田舎育ちで王都住まいの他のご令嬢と話が合わなくて、友達がいないという設定があったが、その田舎がまさかこの北の辺境地とは思うまい。
ポラーノ辺境伯の屋敷で行われたお茶会で初めて彼女を見た時は、幼いながらにスチルと全く一緒の容貌にビックリしたものだ。
ミシェルとサーラの家自体は領地は持っていない貴族家だという。
普段はポラーノ辺境伯の領地内に構えた屋敷に住んでおり、今日は、ミシェルの屋敷でのお茶会だった。
「二人は新年のドレスは頼んだ?」
「えぇ、なぜかお父様がすごく張り切っていたわ」
普通は、流行に敏感で社交会を気にする母親や姉の役割だと思うのだが、先日デザイナーをわざわざ呼び寄せてああでもない、こうでもないと激論を交わしていたのは父だった。
どうやら姉の時にエドバルドにエスコート役を取られたのが余程悔しかったのか、ドレスから全て父に選ばせてくれと母に頼んでいた。私は、特にこだわりはないし、自分より他の家族の方がセンスがいいのを理解しているので、文句はなかった。
「リリーのご家族は、リリーのこととっても可愛がってるものね。わたしは、ポール様が用意してくれるの」
「「まぁ!」」
サーラの口から出たポール様というのは、サーラの幼なじみで男爵家の嫡子だ。同じく領地なしのポラーノ辺境伯騎士団で働く父親同士が仲が良く、家族ぐるみの付き合いだと聞いている。
そんなサーラとポール様は婚約者同士だ。ポール様の方が四つ歳上で、去年から兄と同じ騎士学校へ行っていると聞いている。
「それではもちろんエスコートもポール様が?」
「お父様から勝ち取ったと言ってたわ。大げさよね」
「そんな事ないわ!婚約者の用意してくれたドレスを身に纏って、婚約者のエスコートでデビュタント……憧れるわ!……私はきっとお父様だわ」
「えぇ、サーラはとっても可愛いから婚約者として知らしめたいはずだわ。私もお父様の予定よ」
サーラは、黄色がかったバターブロンドの髪がよく似合うお人形のように可愛らしい美少女だ。ツインテールの毛先のみを縦ロールにした髪型は、彼女好みのフリルのたくさんついたドレスにもよくあっており彼女しか着こなせないと毎回会うたびに思う。
まだ十歳とはいえ、その美貌はこの先の成長が楽しみだし、こんなに可愛い美少女を婚約者にできたポールはきっと前世でかなり徳を積んだのだと思う。
国くらい救っててもいいと思う。
「あら、リリーのエスコートは、クラディス様ではないの?」
「ん???」
「わたしもリリーのエスコートは、てっきりクラディス様がされるのだと思ってたわ」
突然出てきた人物の名前に私は、吃驚した。
「どうしてそこでクラディスの名前が出てくるの?」
「だって、クラディス様と仲のいい同年代ってリリーくらいだし」
「クラディス様に呼び捨てを許されてるのなんてリリーくらいでしょう?」
「だから、エドバルド様とラタエナ様のようにデビュタントで正式に婚約発表するのかと思ってたんだけど、違うの?」
幼い少女たちの想像にがっくりと肩を落としそうになったが、どうにかすました顔で紅茶を一口飲んで平静を取り繕う。
私とクラディスが、婚約ねぇ…
「ないわね。私とクラディスは幼なじみだけど、サーラとポール様とは違うもの。どちかというと姉弟のような関係だし、第一お姉様とエドバルド様が婚約しているんだから、辺境伯の家に利益がないでしょう」
貴族の婚姻は、個人同士の繋がりではなく、家同士の繋がりを重要視する。
姉の時は、ポラーノ辺境伯がエドバルド様の想いを汲んでくださる方で、我が家が従属する騎士家系だったから良かったのだと思う。
だが、そこに次男であるクラディスの相手を兄嫁の妹を充てがう必要性は全くない。
むしろ、辺境を守る家系としてもっと王家と繋がりの深い高位貴族との縁を結ぶ話が出てもいいはずだ。
そもそも、私とクラディスの間に恋愛感情なんてものがねぇ。
「あると思ったのになぁ」
「大体クラディスと同年代って言っても私たちだけじゃない。ミシェルだってクラディスと普通に話すでしょ?ミシェルにこそそういう話はないの?」
「ない!ないに決まってるじゃない!私みたいな地味で冴えないの…」
「そうして自分のこと貶すのはミシェルのダメなところよ。髪だってこんな綺麗な茜色を地味なおさげにするなんてもったいないわ」
「そうね。眼鏡ももっと薄くできたらミシェルの目が本当はとってもぱっちりしてて可愛いってわかると思うのよね」
ミシェルは、元々生まれた時から視力が悪く早くから眼鏡をつけ始めたらしいのだが、視力低下は年々悪化しているという。
この世界でも眼鏡に使用しているレンズの仕組みは変わらないみたいで、近視に対しては凹レンズ、遠視に関しては凸レンズでの矯正だった。問題は、ミシェルの目は強度近視で度数としても強いという事。
近視矯正の凹レンズは、その性質上強度であれば、度数が強ければ、レンズ越しに見える目が小さく見えるというデメリットがある。
どの世界でも、どんな時代でも大きくぱっちりとした目は可愛い。特に貴族は着飾る事も多いせいか地味な容姿の人間は浮きやすい。
ミシェルの場合、眼鏡とその小さな目で地味に見える顔に派手な髪色がアンバランスと言えるのだが、だからと言って不細工と言うわけではない。だが、ミシェルは自分の地味な顔と派手な髪色を強くコンプレックスに感じていて、よく自分の容姿について卑下している。
ミシェルの家族には、母親にしか会ったことはないが、ミシェルから話を聞く限り普通にミシェルの事を可愛がっているように思う。つまり家族以外で誰かに容姿についてかなり言及されたこと、いや、されている…それもある程度定期的に。
ミシェルの自己肯定感をあげる手立てをしてあげたいが、誰がどうしているのかわからない以上打つ手段を決められない。こうして会話の中で励ますくらいしかないのが悔しい。
この世界にレーシックやコンタクトレンズがあれば、こうした悩みを劇的に変えられたのだろうか?
「もうっ美少女二人に言われると余計惨めになるのよ!?でも、逆立ちしたって今から美少女になんてなれないのわかってるから、私はその分いっぱい勉強しようと思ってるの!いっぱい勉強して、王宮で女官になるの!女官で偉くなれば結婚しなくたって生きていけるはずよ!」
ふんっ!と鼻息荒く将来の夢を宣言したミシェルの瞳は、熱く燃えるように真っ直ぐ前を向いていた。
十歳になる少女が語る夢にしてはあまりに夢のない現実的なもので、されど漠然とした夢に私もサーラも驚愕するしかなかった。
「ミ、ミシェル?まだ成人してもないのに諦めるなんて早いと思うわ!ね、リリーだってそう思うわよね?」
動揺を隠せないままオロオロと視線と手を彷徨わせてサーラが私を振り返る。私は、手にしていたカップを一度ソーサーへ戻した。
「ミシェルが女官になって仕事を頑張りたいって本当に思うなら、応援するわ。でも、結婚に関しては、私からは何も言えないわ。ミシェルが本当にしたくないと言っても、家の為に結ばなきゃいけない結婚の話が出たら?ミシェルのお父様やお母様とよく話し合った方がいいと思うわ」
「でも…我が家は領地もない騎士家系の子爵家よ?」
「んー…ミシェルは一人娘だし、爵位が欲しい方から申し込みがくるかも?」
「確かに爵位のない騎士なら申し込んできそうね。ミシェルに婿入りすれば叙勲関係なく爵位が手に入るんだし、親から爵位を継げない騎士の方からしたら、ミシェルは是非にも婚約したい相手かもね」
まあ、この利点で申し込んでくる相手がいるとしたら、ミシェルが成人する頃合いで丁度いい年齢の騎士の青年が目をつければと言ったところだろう。あとは、ミシェルの家に何かあって大金が必要になって、騎士の子息を持つ商家から融資を受ける代わりに、とかかな?
「やっぱり貴族に生まれたからには家のための結婚の覚悟を決めなきゃダメかしら…」
「お姉様やサーラみたいな恋愛結婚は本当なら珍しいのよね」
お姉様とエドバルドに関しては、お姉様の恋心の自覚が婚約して二年後だから、本当に恋愛が先なのかと言われると、何とも言えない。始まりはエドバルドの片思いからだから、お姉様がエドバルドへの恋心を自覚しなければ、政略婚約といればそうとも言えたし。
私としては、結婚は門番さんと心で決めてはいるが、門番さんはまだ見つけれてないし、その前に誰かとの婚約の話が持ち込まれないとも限らない。
でも、正直領地に引きこもってるしかない今の現状ではどうすれば門番さんを探したらいいのかわからない。
ゲーム時点で門番ということは、多分今騎士見習いとかやってるんだと思うんだけど…。
「領地住まいだとそもそも出会いがねぇ…」
「あ、お兄様に騎士見習いの方で素敵な方いないか聞いてみる?確か来週から休暇で帰ってるって手紙が来てたの」
「それならわたしもポール様に聞いてみようか?来週ポール様も帰ってくるの」
「やめて!そんな焦ってるわけじゃないし!私みたいな地味な女の子じゃお二人の顔を潰してしまうわ!それに、ローランド様やポール様の年齢の方からしたら、子供に思うわよ…」
「お兄様くらいの年齢の方からしたら、十歳は子どもすぎるかしら…」
多分門番さんの推定年齢は、ゲーム時でおそらく二十代。まだ年若い青年って感じだったし。
ゲームスタートの六年前の今、十四歳から二十四歳であると仮定するなら、一番若くてポール様と同い年、一番年上だと丁度結婚適齢期あたり。もし、門番さんが思ってた以上に年上だった場合、一回り近くも年下の私を恋愛対象として見てもらえるかという問題にもぶち当たってしまう。
容姿はともかく、雰囲気の好みとかは、髪形や服装、大人になれば化粧でどうにでもなると思う。でも、年齢はどうにもならない。年下は無理、子供は対象外とされたら打つ手なしだ。
せめて門番さんとの年齢差が高くありませんように。そう祈るしかない。
私は、友人たちとの話に花を咲かせながら、まだ見ぬ愛しい門番さんに思いをはせた。
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実は、この『転生者はモブキャラクターとの婚姻を目指す』ですが、来月で丸一年を迎える事に気が付きました。一年で14話…7話以降辺りからのろのろ更新になってしまって、初期からブックマーク登録いただいている方には大変感謝しております。
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