魔道具店フィー・ロシューズ
大変お待たせしました。
この回で六歳の王都での話を終わりの予定だったんですが、全然終わりませんでした…。あと二話程続きます。
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再び歩き出した私たちが目的のお店に着いたのは、その場所から歩き出してすぐの事だった。
青いタイルの石畳の西通りから途中一本道を曲がった所にその店はあった。
『魔道具店フィー・ロシューズ』
軒下に掲げられた木製看板に書かれていた店名に間違いなくここが目的のロシューズ氏のお店だとわかる。
表の西通りに比べて、細い道沿いの店先は日が当たりにくいのか少し薄暗い。雰囲気のある通りに何かの植物の蔓の這った壁が陰気さを醸し出しており、初見で入りやすいとは思えないと思った。
「ザハード、本当にここなの?」
いや、看板から間違いないとは思うけど、本当にここが王都で人気のある魔道具師のお店なのかと、ちょっと不安になってしまった。
「外観はちょっと入りづらい雰囲気ですが、中は明るいお店ですよ。間違いなく此処がロシューズ氏のお店です」
「外観は確かに雰囲気のある店構えだな」
「こちらの壁の蔓は何の植物でしょうか?窓を遮っていて中が見えないですわ」
「こちらは、ヘデラですね。日陰を好む蔓草ですが、そのせいで育ちすぎてますね」
「ハンナ詳しいのね?」
壁を這う謎の草を見ただけで判別したハンナに驚くと、父親が庭師らしい。しかも、我がソレイユ家の庭師の一人だと言われた。
麦わら帽子をいつも被っているヒゲ親父ですと言ったハンナの言葉で我が家の三人いる庭師の一人を思い出した。しかし、お腹に脂肪を、口元にヒゲを蓄えたポッコリお腹のボブサからは、ぱっちり二重の可愛い顔立ちのハンナとの親子の繋がりが全く見えない。
「ハンナは母親似なの?」
「ふふ。外見は若い頃の母そっくりと父はよく言っています」
「ハンナは、植物に詳しいのよね?こちらのお花は何のお花かしら?」
姉が指差したのは、ヘデラが覆っている外壁の足元のプランターで黒い花弁を持つ花だった。初めて見る花だったが、花弁の先を黒から赤紫へグラデーションに染めた俯きがちの花の形には見覚えがある気がした。
「これは珍しいですね。クロユリですね」
「ユリ?ユリは白いものではないの?」
「ラタエナ様、ユリにもたくさんの色があります。シロユリがお祝いの花の代名詞なので、白いユリが一番見る機会が多いのですが、ピンクや黄色など様々ございますよ」
ハンナの説明に姉と同じ気持ちだったのだろう兄たち含め全員た感心した声を上げていた。花束って送るとしたら普通はお祝いだし、葬儀でも選ばれるのはやはり明るい色の花だと思う。
そうなるといくら綺麗な花であっても黒い花は人気が出ない。流通しなければ、花が好きな人だったり、仕事にしている人じゃないと存在すら知らないのが普通だと思う。
私は、『私』が乙女ゲームが好きだったおかげで、少しは花に詳しいと思う。とりあえず今感心していた兄たちよりは。
乙女ゲーム、というか恋愛物で多用されていた影響で、花言葉をかなり調べ覚えたから。『ライラック』だって花言葉が『初恋』だから、タイトルになっているとどこかの雑誌で書かれていた。
ユリの花言葉は、確か《純粋》《無垢》《純潔》だったはず。さらに色によって花言葉は変わるけど、黒いユリの花言葉は思い出せない。いつかプレイした別のゲームか小説か何かで見た事がある気はするんだけど。
「綺麗に咲かせていらっしゃいますから、お店の方が大切に育てられているのですね」
ハンナの言う通り、クロユリは雑草に覆われてもおらず、凜として綺麗な花を咲かせている。瑞々しい葉や茎を見る限り、栄養状態も良く普段から丁寧に扱われているのだろうと想像できる。しかし、いくら凛としていてもやはりその黒い花弁の纏う独特な雰囲気は少し言いようのない仄暗さを感じるのは気のせいだろうか。
「リリー、中に入るよ?」
クロユリから目を離せないでいると、隣に立った兄がそっと私の肩を引き寄せた。気が付けば、クラディスや姉たちは既に店内に移動していたようで、兄とギブソンが待ってくれていた。
私は二人に謝り、兄の手を取ってギブソンの明けてくれていたお店の扉をくぐった。
店内は、外観から想像していた以上の広さがあった。
そして、それ以上に外観からは想像できないほど店内は明るかった。
店内唯一の窓は先程外から見えていた蔦に覆われた窓一つで、外から光を乗り込める場所はない。
しかし、大量のライトを高い天井から大量に吊るすことで店内を明るく照らしていた。一つ一つは小さく柔らかい光だが、要所要所で高さを変えて吊るされているライトの数がその明るさをカバーしている。
二十畳程の広さのある店内は、壁沿いに高い棚が並び、通路を確保する様に一定の間隔で低い台も陳列されている。そして、その棚や台には大小様々な物が置かれており、その商品一つ一つをライトが照らしている状態なのだ。
低い位置に設置されたライトは、スポットライトのように商品を目立たせており、商品の特別感が出ていると思う。
よく見ると商品の前に名前と値段の札が立てられており、さらには簡単にどういう魔道具なのか説明が一言書かれている。
私が目を向けた商品の札には、『ハンドライト・改』と書かれており、片方がガラスになっているシルバーの細長い筒がそれだとわかる。多分『私』の世界でいう懐中電灯、フラッシュライトと似た物だと思う。
説明にも「スイッチを押すとガラス部分が光り、暗闇を照らせる」と書いてある。
『改』という事は、改ではない以前から販売していた商品があると言うことかな。
「さすがロシューズ家の魔道具士だな。こんな小型のライトを発明しているとは」
「お兄さま、ここの魔道具士の方を知ってるの?」
「いや、面識はないよ。でも、ロシューズといえば、ライトを発明したデレタ・ロシューズ男爵の直系。今なおライトに関する発明の多くはロシューズ家の魔道具士が名を挙げている。リリーもその内魔力学で習うよ」
「じゃあ、我が家のライトもロシューズ製?」
「それは……どうだろうな?今じゃあ他の魔道具士の工房でも作ってるというし…」
「すごい!!これが昨年ウワサになったロシューズの扇風機ですか!?」
兄と二人で手持ちライトの棚の前で談義していると、クラディスの大きな声が聞こえた。普段大人しく大きな声を出すことの少ないクラディスの大声にも驚いたが、それ以上にこの世界にないはずの単語が聞こえた事に驚いた。
だってこの世界にまだ扇風機と呼ばれるような高度な家電はないのだから。
この世界では、封建制度の生きる世界観として貴族制度が確立しており、身分の違いがハッキリとしている。それに合わせてなのかイメージとしては中世のヨーロッパ諸国に近い。
そのため生活における文明機器というものが圧倒的に遅れている。
『私』の時代のような便利な家電製品や電子機器は少なく、あくまでそれらがなくとも生活に支障がないように魔法が使えるというだけである。
例えば、料理は火を簡単に出せる様に魔石を動力としたコンロがあったり、魔石で明かりを灯すライトだったり、『私』時代と似た内容の製品はあるものまだ簡単な物だけ。
しかも、小さい子供で簡単に使用できた『私』時代の製品と比べると、利便性は遥かに違うと思う。魔法は全員が使える訳ではないし、個人で使用できる魔法やその腕前は異なる。
そんな世界で『扇風機』が簡単に登場するのだろうか。
「ええ。昨年は製作が間に合わず発表だけになってしまったので、今春発売予定とし現在予約受付としているんです。こちらはその見本です」
クラディスの隣で商品の説明をしているらしい人物は、黒く艶やかな長い髪を一つにまとめた女性だった。こちらに背を向けた彼女の顔は見えないが、ピンと伸びた背筋と足首まであるブラウンのフレアスカートをスラリと着こなした様子が女性のスタイルの良さを魅せているとわかる。
クラディスで隠れているようだが、そこに『扇風機』は展示してるみたいだ。
私は、引き寄せられるように近づいた。
「風の魔石と水の魔石で冷たい空気が必ず出る様になっていますので、暑い夏も快適にお過ごし頂けると思いますよ」
「俺らの領は北だから比較的涼しいが、王都滞在の時にいいかもしれないな」
「まあ、王都の夏はそんなに暑いのですか?」
「お嬢様は、王都の夏をご存知ないんですね?王都はこういった街並みですから、自然の水辺が少ないので街の中に熱が篭りやすいんですよ。だから、毎年その暑さで体調を崩す人が多くて、私もその一人なのですが……夏の氷は貴重ですし、大きな氷でもなければ空気までは冷えないでしょう?
でも!この扇風機は、冷たい風が出るのです!直接浴びてもいいですし、ただ部屋で稼働するだけで、部屋の空気は循環し室内の温度を下げてくれます。このスイッチを押すだけで動くので、お客様くらいの年齢の方でも簡単ですよ」
クラディスに振り向いた店員の女性の顔は大きな黒縁の眼鏡で覆われていたが、技術者というにはかなり整った美人だった。淡いペリドットのような瞳が印象的で優し気に見える。
でも、なぜかどこかで見た事があるような…?
今まで彼女のような王都にいる人間と会う事など、まずなかった。私がこの六年の中で会ったことがあるのは基本ソレイユ領地内、もしくは近郊に住む人たちで唯一離れた住まいだったのも母の親戚くらいで、王都住まいの人なんかいなかった。
似た顔立ちの人で見覚えがあるのだろうかとも思うけど、ペリドットの瞳を持つ人は結構多くいる。でも、こんなに整った美人は初めてだと思う。
思い出せないもやもやとした気持ちが気持ち悪い。
私は、この人をどこで見たんだろう。
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