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70期の人々(後編)

ひとしきり話していた無線のスイッチをオフにして、咲良が俺とちかを見る。

「加納君、一命は取り留めたそうよ。ショックが大きくて、まだ話せる状態じゃないみたいだけど…ごめんなさいごめんなさいって、うわ言みたいに繰り返してるって」

「そうか…」

タバコに火をつけ、時計を見る。

11時半…か。

「どうする?咲良ちゃん」

彼女は右手に光る『薄緑』を軽く撫でる。

「行くしかないんじゃない?加納君の敵討ちもしなくちゃいけないし。一緒に行ってくれるでしょ?宇治原君」

「そりゃ…お前一人では行かされへんからなぁ」

つぶやきながら、グローブ型の『飛燕』を腕に装着する。

ちょっと、とちかが俺の腕にすがる。

「もう天后隊の手には負えませんよぉこの事件…ミカさんに相談しましょ!?絶対そのほうがいいですってばぁ…」

きっと相当怖い思いをしたのだろう。

半泣きの彼女の頭にぽん、と手を置く。

「お前はここで待っとき。大丈夫やて、こう見えて咲良ちゃんはめっちゃ強いし、おまけにおっかないから…」

「う・じ・は・ら・くん?」

「…すんません今のは撤回します………」

「…でも」

ちらっ、とちかが後ろを見る。

「ここで私…一人で待つんですか?」

「なんや不満か?」

「不満ていうか………」

大丈夫よ、と咲良がちかに優しく微笑む。

「私、紺青の街でここが一番安全な場所だと思うけど」

「ある意味………一番危険ってこと…ないですか?」

「おーい、それは一体どういう意味かなー?」

俺達の背後で不満の声を上げる、一夜。

「いや何でもない。頼むで、一夜」

「おっけー、任して!」

手にした木刀をかざし笑う彼は、突如降って沸いてきたイベントにとても楽しそうだ。

「古泉隊長………」

ちかが意を決したように、一夜の方に向き直る。

「ちかはね!ちかは風牙さんのものなんですから、絶っ対に古泉隊長に傾いたりなんかしませんからね!!!その辺よーく覚えといてください!?」

きょとん、とした目でちかを見て、一夜は可笑しそうに笑う。

「何それ?そんなこと心配してんの?ちかちゃんてば…」

「ほぼ初対面なのにちかちゃんとか気安く呼ばないでください!」

俺のことは一夜でいいよ、と微笑む一夜。

「大丈夫!俺にはすっごく可愛くて魅力的な彼女がいるから、他の女の子に目移りしたりしないよ。どうぞご安心ください、四之宮さん?」

ちかは一瞬動揺したように顔を赤らめたが、ん?と怪訝な顔をする。

「可愛くて魅力的な彼女って………」

そうそう、と楽しそうに一夜が答える。

「四之宮さんもすごくかわいいけど、藍がもう可愛すぎて可愛すぎて…失礼な言い方で申し訳ないけど、全然霞んで見えちゃうっていうかさぁ」

う…と小さくつぶやいてちかがうつむく。

「なんか………ちょっと悔しい」

「………ま……ええわ」

二人を残し、俺と咲良は一夜の家を出た。


かび臭い倉庫は暗く、人の気配も感じられない。

否、気配を『消して』こちらの様子を伺っているのかもしれない。

「大丈夫か?」

宇治原くんの声に小さく頷く。

こういうのは正直慣れてない。

私達の手には負えない、四之宮さんの言う通りかもしれない。でも…

加納くん。

一体どんな経緯で悪事に加担したのかはわからないけど…

私の知る限り、真面目で一生懸命な子だった。

暗闇でかすかに光る『薄緑』を指で撫でる。

うちのかわいい隊士をあんな目に合わせるなんて。

絶対落とし前つけさせてやるんだから。

突然、宇治原くんが私の腕を引っ張る。

「?」

彼が厳しい視線を向けた先には、数人の男達が立っていた。

見覚えのない男達。

大きな麻袋の口から、輝きを放つジェイド。

四之宮さんが言って取引っていうのは、このことね。

確かに、と一人の男が言う。

「結晶の密度も硬度も一級品だ。これがあればかなりの物が作れるだろう」

…なんですって?

「あの男は、一命を取り留めたそうだが」

「奴と直接面識があるのは俺とお前だけ、日が浅いゆえ組織の本当の目的も知らなかったはずだ。問題はなかろう」

『とはいえ、始末しておくに越したことはない』

無線の向こうから、低い男の声が聞こえる。

「誰だ!?」

男達の一人が私たちの気配に気づいたらしい。

すうっ、と大きく深呼吸をする。

「そちらこそ、どこのどなたか存知あげませんけど…そこまでよ」

静かに暗がりから彼らの方に歩を進める。

刀を構える男達を、一歩後ろの宇治原くんが強い視線で圧する。

「『神器』かしら?慣れない方がそんな物騒なもの、振り回さないほうがいいわ」

「貴様ら一体何者だ!?」

『薄緑』の緑色の石が、眩い光を放つ。

ふ、と口の端を少し上げて微笑んでみせる。

「十二神将隊天后隊長、源咲良」

「同じく伍長、宇治原実継。神妙にし」

ひるんだ様子の男達が、刀を下ろして私たちを睨む。

「本間さんと加納くんをやったのは、あなたたちね?」

「…その通りだ」

本間を通じて天空隊から得た資金を使って、『ジェイド』を調達していたらしい。

重態の隊士は、本間の異変に気づき訴え出ようとしたところを、口封じされたというのが真相だ。そして隠し通せないと弱腰になった本間も、加納くんも…

「こんなに大量の『ジェイド』、一体どこで手に入れたの?目的は何?」

「あなた方がお気になさる必要はありませんよ、源隊長」

背後に気配を感じて振り返ると、そこに立っていたのは一人の天空隊の隊士。

「お前…」

「お二人とも、お強いのは存知上げておりますが…慣れないことはなさらない方がいい」

彼の背後に数人の人影が見える。

二人の屈強そうな男に拘束されているのは…

「橋下くん!!??」

驚く私たちを見て、彼は冷ややかに笑う。

「慣れないことをなさると…そう、彼のようになりますよ」

「お前何やっとんねん!!??」

「…それが………」

「もう、捕まっちゃうなんて、どんだけおっちょこちょいなのよ!?あなた」

「…う、うるさい!!!」

両手首を縛られているらしい。

が…

「私はお前らと違って繊細なんだ!格闘など出来るか!?」

毒づきながら、橋下くんは後ろで縛られている自分の手首に視線を向ける。

その縄は、どうやら少し緩んでいるらしい。

「何馬鹿みたいなこと言ってるのよ!?私あなたに会ってこの10年ちょっと、あなたのこと繊細だなんて思ったこと、一度も無いわよ!?」

言い返しながら、『タイミングを教えて』と、目で合図を送る。

宇治原くんが私と背中合わせになるように立ち、背中をとん、と肘で突いた。

「…お前なぁ、別にそこまで言わなくてもいいだろうが」

橋下くんが、少し傷ついたように眉間に皺を寄せてつぶやく。

「ちょっと、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

宇治原くんが、私にだけ聞こえるくらいの小声で数を数え始めた。

「10…9…8…7…6…」

「5…4…3…2…1…橋下くん!!!」

『ヴォルト!!!』

前方にかざした『薄緑』から雷光が放たれる。

縄を抜けて橋下くんが避けるのとほぼ同時、二人の男は雷に撃たれ、倒れた。

背後にあった貯水槽に穴が開き、勢いよく水が噴出す。

「貴様ら!!!」

いつの間にか集まってきた下っ端達が、私たち3人目掛けて一斉に襲い掛かってくる。

再度『薄緑』を構えたとき、背後でものすごい悲鳴が聞こえてきた。

『飛燕』を装着した宇治原くんが、竜巻で男達を吹き飛ばしたらしい。

振り返ると、彼は冷静な視線で敵を見据え、一人また一人と一撃で仕留めていく。

こういう彼の表情、普段は滅多に見られるものではない。

ふう、と思わず小さくため息をつく。

…ああしてれば、そこそこかっこよく見えなくもないのに。

「咲良!」

危険を知らせる橋下くんの声がして、背後から大男が迫る。

体を捻って攻撃をかわし、懐に蹴りをお見舞いする。

う、と呻いて崩れ落ちた男の背後から、別の男が迫る。

貯水槽から流れ出た水が足元を濡らす中、攻撃を回避しながら乱闘騒ぎの集団から抜け出し、『薄緑』を敵の中心に向けてかざす。

「もぉ埒が明かないわねぇ…」

指輪の緑色の石が、バチバチと雷を帯びる。

「これで…どう!!??」


その瞬間、やめろ、と言う宇治原くんの声が聞こえたような気が…しなくもない。

そう。

『薄緑』が放った雷は足元の水を介して、敵味方構わず飲み込んだのである。

「い………」

男達と共に倒れこむ橋下くん。

倒れた私に向かって宇治原くんが怒鳴る。

「お…まえ…なあ………あほか!!??」

おなじみの減らず口は叩けるものの、感電して身動きが取れないらしい。

「…だ…だってぇ………」

「だってぇやあらへんわ!普通に考えたらどうなるかわかるやろ!?」

ふ、と少し離れたところで見ていた首謀者らしき男が笑う。

「どうやら…ここまでのようだな」

男の手にした『神器』らしき剣から炎が立ち上る。

「どこまで知っているのかは分からぬが、見られた以上貴様らには死んでもらわねばな」

「うう………」

体が動かない。

「まずは女…お前からだ」

「咲良!!!」

炎が目の前に迫る。

思わずぐっと目を閉じる。


『水天!』

突如聞こえてきた声と同時に、目の前には水のバリアが張られ、炎が弾き飛ばされる。

「何!?」

ひるんだように叫ぶ男。

「大丈夫ですか?源隊長」

「右京くん………」

「先輩方、随分派手にやったみたいやなぁ」

振り向くと、浅倉くんが不敵な笑みを浮かべて敵を見据えている。

「観念し、ここまでや」

「くっ………」

悔しそうに浅倉くんを睨み、再び『神器』を構えようとした男が、突然うめき声を上げる。

「いっちょあがりっ」

いつの間にか背後に忍び寄ったらしい三日月さんの手刀の鋭い一撃で、男はその場に崩れ落ちた。

なだれ込んできた騰蛇隊士達が慣れた様子で男達を拘束し、倉庫から運び出している。

一通り場が落ち着いた頃、ようやく体の自由を取り戻した私たちの前に、ゆっくりと来斗くんが近づいてくる。

「遅くなってしまって、申し訳ありません」

「…あなたたち………やっぱり気づいてたの?」

「確証はありませんでしたがね…天空隊の隊士が2人も関わっているとなれば、どうしても私の手で解決せねば、気が済まなかったものですから」

「何でここ、わかったんや?」

そう聞いてすぐに、宇治原くんは何かに気づいたような顔で、ちかか、と小さくつぶやく。

「さすが宇治原はん、察しがいいなぁ」

「…あのあほ」

四之宮さんは事件の直後、月岡くんに無線でこのことを話していたらしい。

そして、その情報はすぐに親分の浅倉くんの耳に入った、というわけ。

「大丈夫ですか?橋下伍長…」

三日月さんの問いかけに、バツの悪そうな顔で橋下くんが頷く。

「すみませんでした、こんなことに巻き込んじゃって…」

「何もかも…ご存知だったわけですね?」

少し黙った後、実は…と小声でつぶやいた彼女にがっくりうな垂れる。

来斗くんは、私の前にしゃがみこんで手を差し伸べると、さわやかに笑いかけた。

「ご協力感謝します、源隊長」

「……………」


「悔しい!!!」

手にしたグラスを思い切りテーブルに叩きつける咲良。

テーブルに散乱している酒やつまみがぐらぐらっと揺れた。

「こら、物に当たるな物に…」

「これが怒らないでいられる!?私たち泳がされてたのよ!?あの優等生連中に!」

「…全くだ」

苦い顔で左右輔がつぶやく。

『お前がここまで行動的とは思わなんだわ。すまなかったの、左右輔』

事件後、左右輔ににこにこ笑いながらそう言った柳雲斎先生は、最初から何もかもお見通しだったというオチ。告発の紙片も、おそらく先生の命で来斗一派の手に渡ったのだろう。

「まあ、たまにはいいんじゃないですか。大暴れする機会なんてなかなかないでしょ?」

にこにこ笑う一夜の顔をぐっと睨んで、咲良が低い声ですごむ。

「一夜くん、知ってたんでしょ!?」

「…ええ?そんなことないですよぉ」

「しらばっくれても駄目よ!正直に白状しなさい!!!」

グラスの酒を少し飲んで、ふふふ、と彼は意味ありげに笑った。

「最初はね、本当になんのことだかわかんなかったんですよ?でも…あれぇ?ひょっとしてあのことかなぁ…って」

「………なんでその時、私たちに教えてくださらなかったんです?」

「んー…その時は確証なかったし。教えてあげなきゃなぁと思ってたら、宇治原さん達がちかちゃん連れてうち来ただろ?ま、いっかぁと思ってさ」

「ま、いっかぁ………じゃないわよ!!!もう!!!」

頭を抱えて咲良がつぶやく。

「あの、来斗くんのすがすがしい笑顔…私たちまるで馬鹿みたいじゃない」

「咲良、お前さぁ」

「何!?」

いややっぱええわ、とつぶやいてテーブルに頬杖をつく。

長いつきあいから言わせてもらうと、咲良の好みのタイプど真ん中なのだ、来斗は。

そのせいで余計に悔しいのだろうと思うと、何だか少し気分が悪い。

「ま、いいじゃん!そんな暗い顔してないでさ、せっかく同じ年の4人集まってるんだし、楽しく飲みましょーよ」

「あなた…私たちと同じ年なんですか???」

うん、と一夜が楽しそうに頷くと、左右輔がちらっと横目で俺を見てつぶやく。

「…信じられん」

「…わかるぞ左右輔」

その時、玄関のドアが開いて、ただいまーという間延びした声が聞こえた。

声の主は中の様子に気づくなり、お邪魔しましたぁ…と小声で言って後ずさる。

咲良が立ち上がって怒鳴る。

「三日月さん、逃げても駄目よ!?こっちに来なさい!」

「………はあ」

気迫に押され、三日月はちょこん、と一夜の隣に座り込む。

「ほんと…すみませんでした。来斗がどうしても言うなっていうから…」

「連中の目的は結局何やったんや?」

俺の方を見て、困った顔で首を振る。長いポニーテールがふわふわ揺れた。

「あれだけの『ジェイド』、悪用されたら大変なことになりますからね。入手経路は、何としても特定しなくちゃいけないと思うんですけど…」

「十二神将隊に内通者がいた…っつーのもなぁ」

「ぞっとしますよね」

左右輔が少し背筋を伸ばしてきっぱり言う。

「その辺りは私にお任せください。なんとしても聞き出してみせますよ、大裳隊の名にかけて」

ゴン、とテーブルにグラスを叩きつける音が会話を遮る。

「…咲良さん???」

「そんなことはどうでもいいの」

「…は?」

身を乗り出して三日月の着物の襟を掴み、更に咲良が怒鳴る。

「今の!『ただいま』って何!?」

それは………と赤くなってうつむく三日月。

「どいつもこいつも何なのよ!?幸せそうな顔しちゃってもぉ…」

「えっと………」

「みんな覚えてなさい!!!私だって………」

「大丈夫ですよぉ、こんなに素敵な同期の男性が2人もいるんですから」

え!!??と突然巻き込まれた形の左右輔が硬直する。

咲良が一夜の胸倉を掴む。

「…あのねえ、あなたふざけてるの?」

かちん、ときて、テーブルに肘をついてぶーたれる。

「おーおー、せいぜい頑張り。クリスマスもとうに過ぎて、早よせな、年も明けんで?」

「宇治原くん!!??」

「宇治原さん上手い!」

「一夜くん、全っ然上手くないんだけど!?」

「咲良さんご乱心ー」

「うるさいっ!!!」

紺青の平和な夜は、こうして賑やかに更けてゆく。

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