無題
短編。バカップル注意報発令。
「はぁ…このパターンかぁ」
藍は小さくため息をついた。
帰ってからろくに化粧も落とさず一心不乱に読みふけっていた本を読みかけのまま閉じると、大きく伸びをする。
「何?パターンって」
「んー、本筋とはそんなに関係ないんだけどね…苦手なの、この手の…」
「何読んでたの?それで」
彼女は椅子から立ち上がると、俺の寝そべっているベッドのふちに腰掛ける。
「SF系…ファンタジーっていうか、近未来ものっていうか」
「そんなのも読むんだ、藍て」
「雑食だから私…来斗は軽い本だと推理小説くらいしか読まないけどね」
何よりそんなことを話している藍の表情はいきいきしている。
テーブルにあった本にまた視線を戻して、またため息をつく。
「こないだ読んだこういうジャンルの本もそうだったんだよね…」
ブルーになるのがわかってるなら読まなきゃいいのに…
と言うと不機嫌になりそうなのでやめた。
「で?何なのその…パターンていうのは」
うーん。
説明が難しい、というように彼女は大きく首を傾げる。
「…結ばれないパターンていうか」
「バッドエンドってこと?」
「んーと、だからね…本筋とは違うんだけど」
藍が感情移入する登場人物は基本的に恋がうまくいかないのだという。
「昔恋人だった人に再会したりするわけ。でも影のある人だったり、敵対する相手だったりして…お互い気になってるんだけどどうしようもなくて…やっと心を開けたかなーと思ったところで…その」
「…何?」
「相手が死んじゃうの」
一瞬背筋が寒くなって、小さく身震いしたのが彼女にはわかってしまっただろうか。
「仕事もキャリアもあって容姿端麗のパーフェクトな人だから、そういうタイプってこういう物語の主役にはなりえないでしょ?だから彼女が恋人を失ったことも物語ではBGMの一つでしかないの。でも私はそのことがずーっとひっかかっちゃって話がどんな風に終わろうともう…」
興味を失ってしまうのだという。
「まぁ…ロミオとジュリエットだよ。古典的なお題っていうかさ」
「うーん…そういうお話だからねって一夜は笑うかもしれないけど…『あの人何で死んじゃったんだろう…』って、ずーっとそれがひっかかっちゃって」
おかしいでしょ、と俺を見るその笑顔がなんだか寂しそうだ。
「でも…乗りかかった船だから最後まで見届けないとね」
『読み始めた本は最後まで読め』という、昔孝志郎に言われたらしい言葉を彼女は律儀に守っている。(何であいつがそんなことを言ったのかは謎なのだが)
エリートで容姿端麗のパーフェクトな女性が恋人と結ばれない悲恋物語…か。
ねえ、と彼女を後ろから抱きしめる。
「何?」
「それってさ…」
そこまで言って、次の言葉に困ってしまう。
しばし沈黙が流れる。
「何よ?」
迷ったけど…言うことにする。
「まんま、藍のことじゃない」
凍りつく藍を抱く腕に力をこめる。
「思い出しちゃってつらいんじゃない?昔のこと」
「昔っていうほど前のことじゃ…」
「昔、だよ。それはもう、大昔のこと」
白い頬を涙が一筋伝う。
読んでもいない物語の、愛する女性を残して死んだ恋人のことを想った。
「俺、ちゃんとここにいるからね」
「…うん」
「ずっと、藍の傍にいるから」
「うん」
彼女は振り返って細い腕を俺の首に回す。
もう涙はおさまったみたいだ。
「結ばれない儚い愛も美しいけどさ…」
華奢な体をそのままベッドに押し倒す。
「な…何???」
「愛は確かめ合ってこそ美しいって…そう思わない?」