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来斗くんの冒険

藍の話のすぐ後くらいです。

いつものように図書館の奥の書斎で本を広げていると、ばたばたと足音が近づいてきた。

「何だ藍?騒々しいな・・・」

外からずっと走ってきたらしい。荒い息を整えながらやっとのことで言葉を発している。

「来斗・・・知ってる?」

「何をだ?」

ばん!と机を両手で叩き、大きな瞳が俺に迫る。

「・・・何だ?一体・・・」

「いい?驚かないでね来斗」

大きく深呼吸して、藍ははっきりと言い放った。

「志乃様ね・・・お見合いなさるの」


一ノ瀬公に連れられて訪れた真田卿のお宅で、居心地の悪さになんとなく窓の外を見ていた私に声をかけたのは、年上の美しい女性だった。

「お加減が悪いのではありませんか?」

びっくりして、慌てて笑顔を作る。

「いえっ・・・大丈夫です。失礼いたしました」

志乃様は優しい笑顔で言う。

「少しお庭に出てみましょうか?」

「・・・はい」

一ノ瀬邸と同様、真田卿の家は欧風の古いお屋敷だ。

孝志郎様が目覚めるまでしばらくの間お世話になっていた朔月邸はもう少し略式のシンプルな感じだったが、庭はよく手入れされていて居心地が良かった。

涼風邸は和風のお屋敷なのだという。

とにかく・・・私とはかけ離れた世界だ。

「ご予定・・・いつなんですか?」

楽しそうに目を細めて彼女は訊く。

「春先くらいだと思います」

「そうですか!楽しみですね」

「そう・・・ですね」

「どうか・・・なさいました?」

不思議そうに私を見つめる志乃様に、思わず本音を溢してしまった。

「私・・・こんなところにいてもいいのかなって思うことがあって」

これが育ちの違いというものなのか・・・

孝志郎様に嫁いでから今日まで、差別的な視線を感じたことは一度もなかった。

勿論、縁談が固まるまでの間何もなかったわけではない。

孝志郎様のご親戚の困惑した様子を伝え聞くにつれ、やはり身分違いなのだ・・・と身を引くことを考えたことは一度や二度ではない。

でも、決定打はやはり・・・いつも私を守ってくれた三日月さんだった。

『こんなに想いあっている二人を引き離すなんて残酷すぎます!』

親族会議の席で彼女は言い放ったそうだ。

『どんな理由があったにせよ大罪を犯し、記憶喪失になってしまった孝志郎さんに添い遂げようなんて奇特な女性、他にはいらっしゃらないと思いますし・・・どうしても駄目とおっしゃるなら・・・白蓮を私の養女にします。それで孝志郎の傍に置いておいてあげます』

戸籍上はまだ、三日月さんは一ノ瀬家の人間なのである。

孝志郎様と三日月さんの兄妹のような関係をよく知る親戚一同は、熱説する三日月さんに最後は折れて、結婚を承諾してくれたのだという。

三日月さんの気持ちは嬉しかったし、『花街』から出られることも素直に嬉しかった。

それに何より・・・孝志郎様の傍にずっといられることは幸せだと思った。

程なくして彼の子供を授かった。

孝志郎様や三日月さんだけでなく、一ノ瀬公もとても喜んでくださっている。

「私みたいな卑しい身分の人間がこんなに幸せでいいのかなって、時々・・・」

「何おっしゃってるんですか!?あなたはこんなにお美しくて優しくて、素敵な方なのに」

華奢で白い綺麗な手が私の肩に触れる。

「自信をお持ちになってください・・・じゃないと赤ちゃんがかわいそうですよ」

「・・・はい」

彼女のような高貴な女性は、私のような職業のこと・・・よくご存知ないんじゃないかしら。

「・・・私もね」

志乃様が少し寂しそうにつぶやく。

「真田家のような名のあるお家に嫁ぐことができましたけど・・・実家は名ばかりの落ちぶれた貴族なんですよ?」

「え?」

驚いて見つめる私の顔を見て、弱々しく微笑む。

「今度真田の家を出てお見合いをするのも・・・父や兄のためなんです」

「そんなこと・・・」

私なんかが聞いていいのだろうか?

「真田の義父は実の娘のように私に良くしてくださったのに・・・こんな形で離れなければならなくなったのが心苦しくって」

「そう・・・ですか」

「本当に愛している方と一緒になれるなんて・・・正直あなたがうらやましいです」

はっとして彼女を見る。

「こんなこと私が言っていたなんて・・・義父達には内緒にしてくださいますか?」

にっこり笑う彼女に思わず笑顔になって答える。

「・・・はい」


「一条も古くからの名家ですが・・・内情はなかなか苦しいと聞きますね」

いい香りのする上等そうな紅茶を一口頂いて、話の続きに耳を傾ける。

「一方で春日家の歴史は浅いですが・・・財政面はかなり、豊かですから」

「つまり両家の利害が一致した・・・ということですか」

「志乃様にはお可哀想ですが・・・そういうことでしょう」

庭の薔薇に視線を移す。

ちょっと前まで蕾だった白い小さな薔薇は満開になっていた。

「志乃様も・・・申し上げにくいですが・・・」

「・・・わかります。政略結婚のカードにするにはギリギリくらいのご年齢ですもんね」

「・・・手厳しいですね、三日月さん」

そういって笑う古泉卿は、言いにくいことを私が先に言ったことにほっとした様子。

「でも、再婚でらっしゃるし・・・よく春日様は志乃様に・・・っておっしゃいましたよね?」

「ご長男が未婚で、志乃様と同じくらいのお年だからではないでしょうかね」

「あら、そうだったんですか」

春日、春日・・・・・・待てよ。

「私の士官学校の同期に春日さんていらっしゃいましたけど、確かご結婚・・・」

「ああ、それはおそらく次男坊でしょう。30にかかろうという年になって紺青の名家の長子で未婚・・・なんて言ったら、あなたの周りのお友達くらいのものですよ」

・・・・・・ぐさっ。

それはあなたの息子さんも同じですよ・・・と言いそうになったが。

自分の首を絞めそうだったのでやめておく。

しかし、と少しトーンを落とす古泉卿。

「少し・・・良くない噂を耳にしまして」

「・・・何でしょう?」


「あら、三日月様いらっしゃってるんですか」

使用人の一人が言う。

「ああ・・・借りていた本を返しに出向くと申したのだが・・・近くに用事がてら取りに来てくれるというので、な」

なんとなく気まずい気持ちでそう答えると、彼女は嬉しそうに微笑む。

「三日月様が来てくださると、大奥様もお喜びになりますから・・・有難いことですね」

三日月嬢と笑顔で話す高齢の母は、庭の薔薇の手入れだけが生き甲斐のような人だ。

「もういい年なのだから・・・ほどほどにしておけばよいものを」

「旦那様はそうおっしゃいますし、ご多忙でらっしゃいますから・・・ご一緒に薔薇を愛でてくださる方がいらっしゃると張り合いが出るのかも知れませんよ?大奥様も・・・」

『わあ、素敵!!!』

初めてこの家に来たときの三日月嬢の反応は、夏月のそれと全く同じだった。

『薔薇を育てるのって・・・難しいんでしょう!?私夢だったんです、薔薇が咲き乱れる庭・・・って。まるで秘密の花園みたい!』

そのときからこの家に仕えている彼女は、私の回想に気づいてか気づかずか、つぶやく。

「まるで・・・夏月様が帰ってこられたようですね」

「・・・そうだな」

「あんな方が・・・坊ちゃまのお嫁さんになってくださるといいですね」

ぎょっとして見ると、楽しそうに微笑む。

「それとも・・・旦那様のお相手でしょうか?」

「ば・・・馬鹿者!!!あんな小娘・・・しかもあれは朔月の娘なんだぞ!?」

とはいえ・・・

三日月嬢がこの屋敷を訪れるようになったのは、あの思い出したくもない病院でのひと悶着のすぐ後くらいだっただろうか。

彼女が士官生時代から一夜とも親しかったのだと人づてに聞かされたのはその後のこと。

彼女自身も辛い思いをしていたであろうに、そんなことは露ほども感じさせない彼女の明るさ優しさに触れ、冷え切っていた心に灯りが灯るような思いだったのは確かだ。

聞きなれない機械的な音がして、慌てたように三日月嬢が懐から無線機を取り出す。

「いっけない、呼び出し!・・・大奥様、また参りますね!」

「ええ。今度はゆっくりいらっしゃい」

はい、と母に微笑みかけて、三日月嬢はくるっとこちらを見た。

「長々お邪魔してすみません!居心地が良くてつい・・・」

にっこり笑って深々と頭を下げる。

「紅茶おいしかったです。ご馳走様でした!」

「ええ・・・それはよかった」

ばたばたと庭を走り出ようとした彼女に思い切って声をかける。

「・・・あのっ」

「何でしょうか?」

「あいつは・・・元気でしょうか?」

嬉しそうに笑って三日月嬢は明るく言った。

「ええ!とってもお元気そうですよ。ご病気の方ももうすっかり良いそうで・・・」

「そう・・・ですか」

思わずほっとため息をつく私に、また嬉しそうに彼女は言う。

「一度面会にいらっしゃったらいかがですか?一夜さん、閉じ込められて退屈なさってるみたいですから」

「・・・三日月さん!?」

いたずらっぽく舌を出して笑うと、彼女は屋敷を出て行った。

まるで・・・そよ風のような娘だ。


「で、その噂というのは?」

情報があるから奢れ・・・という脅迫めいた誘いに乗せられて、俺は珍しく街の居酒屋風の店で藍と向き合って座っていた。

藍はグラスに入った酒をぐっと飲み干すと、ガン!と机に叩きつけるように置いた。

そして、ぐっと声を潜める。

「そいつ・・・『ジェイド』の密売に関わってる可能性があるの」

「・・・何だって?」

「最近鳩羽って国、力つけてるでしょ?そこに紺青の規制の目を掻い潜って『ジェイド』とか違法に作られた『半神器』なんかをね・・・流してるグループと接点があるんですって」

空のグラスを俺の前に突き出す。

酒を注いでやりながら訊く。

「何でそんな名家の人間が・・・危ない橋を渡ろうなんて思うんだ?」

「それがねー・・・もう、信じられないくらいの莫大な富を産むらしいのよ!」

興奮して大声になる藍に、静かに!と小声で言って人差し指を立ててみせる。

「鳩羽の人間は・・・『神器』の扱いが分かるのか?」

「ま、ねぇ・・・士官学校卒業して国に帰ってる人もいるだろうし、わからなくはないのかも知れないけど・・・にしても我々に比べたら危なっかしいものよね」

「危なっかしいどころか・・・かなり危険なんじゃないか?」

「でもほら・・・大きな軍事力を誇示したい鳩羽にとっては、『神器』の類はあったらあっただけ有難いものなんじゃないかなぁ・・・・・・勿論」

また、ぐっとグラスの酒を干す。

「志乃様のお相手が直接関与してるわけじゃなくて・・・取引先にそういう黒い噂があるよって、そんだけなんだけどさっ」

「その・・・取引先ってのは・・・?」

「飯塚って男。南のブロックにでかいお屋敷があるでしょ?『花街』でも派手に遊んでて香蘭の店の常連で、白蓮も名前覚えてた」

「・・・でかしたぞ藍。それにしても一体そんな情報どこで・・・」

「そんなことはどーでもいいの!!!来斗!!!」

身を乗り出して俺の両手をぐっと掴む。

「あなたねぇ・・・そろそろけじめのつけ時なんじゃないの!?」

「・・・けじめ?」

藍は俺に思い切り顔を近づけて低い声で言う。

「志乃様のこと・・・好きなんでしょ?」

「・・・あのなぁ」

「もー煮え切らないなぁ!好きなら好きってはっきり言いなさいよっ!」

店の客が一斉にこちらに視線を向ける。

周囲の人々にはきっと・・・俺が藍に迫られているように見えているに違いない。

「藍・・・誤解を生むからよせ」

俺の言葉など、ヒートアップした彼女の耳には入らないらしい。

「彼女だって待ってるのかも知れないじゃない!?」

「・・・待つ?」

「あなたが周りのしがらみぜーんぶ取っ払ってさ、奪って、攫ってってくれるのを待ってるかもしれないってことよっ!」

「馬鹿かお前は!?」

思わず赤面して叫んで・・・また声を潜める。

「いい年してそんなこと・・・出来るもんかっ」

「あーじゃあ、涼風たいちょはいつまでもそうやって澄ましてらっしゃればよろしいじゃありませんか。愛する女性が不幸になるの、黙って見てるって言うのね?」

「愛・・・って・・・お前なぁ・・・・・・」

「来斗、志乃様のこと好きなの!?嫌いなの!?どっちなのよ!?」

むっと口をつぐんだ俺に、また顔を近づけて怒鳴る。

「来斗!?」

「・・・・・・・・・好きだ」

満足げに俺の手を離すと手酌で酒を一杯あおり、藍は満面の笑みで言った。

「よろしい!よーくわかりました!」

ぐっと拳を握って見せて言う。

「決めた!協力するわ」

「・・・協力???」

「そ!私、来斗と志乃様の幸せの為ならなーんでもするから!言って!!!」

「そ・・・そうか・・・・・・ありがとう」

うふふーと嬉しそうに笑うとばたっと机に突っ伏して、藍はすやすやと寝息を立て始めた。

「・・・・・・こら、起きろ藍・・・」

・・・忘れてた。

こいつに飲ませると・・・最後はいつもこうなのだ。

「藍?」

爆睡らしく、ぴくりとも動かない。

一夜の酔った藍の扱いは逸品で、昔はいつもあいつに押し付けていたのだが・・・

一夜は今、自宅を出られないし。

・・・・・・・・・一夜?

「藍っ、起きろ!!!」

「・・・・・・何よぉ・・・・・・」

「お前今回のゴタゴタ以前は本当ーに!一夜とは何も無かったんだよな!?」

「・・・・・・何よ急にぃ・・・・・・意味わかんない・・・・・・」

「わかんなくてもいいから答えろ!何となく、でもものすごーく気がかりなんだ!」

「・・・・・・おやすみ」

「藍・・・俺が悪かった・・・とりあえずここで寝るのだけは勘弁してくれ!!!」


『三日月!お前今どこにいるんだ!?』

二日酔いの頭に草薙伍長の無線の声がガンガン響く。

「あ・・・すいません戻る時間ですね・・・・・・」

見回りをサボって、街の展望台のベンチに座っていたのだ。

『最近弛んでるぞお前っ!』

周囲の木々は紅葉が鮮やかだ。

『聞いてんのか三日月!?』

「・・・はい、すみません」

しょうがない戻るか・・・

それにしても昨日はやりすぎたな・・・・・・

完全に記憶が飛んでしまった後半、来斗に迷惑かけてなきゃいいけど。

大きく一つあくびをして、目の前のカップルに目が釘付けになる。

志乃様と・・・誰だ、あの男は・・・・・・?

そうか・・・あれが。

そっと傍の木の陰に隠れる。

「お気持ち・・・聞かせていただけませんか?」

同期の春日君より少しイケてない感じの男性が志乃様に言う。

あんな奴より・・・絶っ対来斗の方がお似合いなのに・・・・・・

志乃様はうつむいてつぶやく。

「私なんかで・・・本当によろしいんでしょうか・・・」

「そんなこと・・・志乃様ほどの女性はこの世にいません!」

歯の浮くような台詞を吐く春日氏に、長いまつげを伏せて志乃様は黙る。

「志乃様!私はあなたを愛しています!あなたのことは私が一生かけてお守りしますから・・・どうか」

「・・・・・・でも」

秋の少し冷たい風が志乃様の柔らかい髪を揺らす。

しばらく沈黙が流れ、志乃様は意を決したように彼の顔を見る。

「私・・・」

その時だ。

二人の周囲にものすごい竜巻が巻き起こる。

「きゃっ!!!」

「何だ!?」

目を凝らしてその中心を見る。

竜巻の静まった時。

志乃様は体格のいい男に拘束されていた。

首元にはナイフが突きつけられていて、あれは・・・『神器』?

「お前が春日だな?」

男は低い声で言う。

「そ・・・そうだ・・・・・・お前・・・・・・」

「俺は飯塚様の使いのものだ」

・・・飯塚?

「飯塚とは・・・もう・・・手を切ったはずだぞ!?」

「そうか?お前はそう思っているようだが・・・親方はそう思ってらっしゃらないぞ」

「なん・・・だと?」

男はにやりと笑う。

「契約の中途解除だ、違約金を積んでもらわにゃならんな?」

「そんなはずはない!そんな・・・」

「ほう・・・逆らうというのか?ならばこの女・・・」

ナイフを持つ手に力が加わる。

「代わりにもらっていこう・・・お前の大事な嫁のようだ・・・返して欲しくばきちんと金を持ってくるんだな!」

走り寄ろうとする春日の目の前に、かまいたちが巻き起こる。

「ひっ!!!」

腰を抜かしてしゃがみこむ春日。

・・・まずい。

『氷花』に手をかけた、その瞬間。

『三日月!!!お前いい加減にしろ!!!』

無線からの怒鳴り声に気づき、彼らが一斉にこちらを見る。

「・・・龍介の馬鹿!!!」

『な・・・なんだぁ急に・・・』

「て・・・てめえ何もんだ!?」

「三日月さん!!!」

「志乃様待っててください!今・・・」

その時。

私の着物の袖に取りすがる男の姿に、私は絶句してしまった。

「た・・・助けてください!!!あの男が・・・あの・・・」

「・・・春日様!分かりましたから離してください!」

もみあう私と春日氏に、少し安心したようににやっと笑う男。

「あばよ、ずっとそうして仲良く遊んでな!」

再び大きな竜巻が巻き起こる。

そして、それが静まったとき。

志乃様と男の姿はどこかに消えてしまっていた。


「・・・飯塚?」

頷く。

「あの南のゴロツキか」

「さすがは蒼玉隊長。ご存知でしたか」

「あの屋敷以外のアジト・・・か。割り出すのは容易ではないな」

「どのくらい・・・かかりますか?」

ふむ、と腕組みをする碧玉隊長。

「見たところ急を要するようだな?」

「・・・はい。こういうことに不慣れな騰蛇隊では時間がかかってしまいますので・・・」

「六合の隠密部隊を動かして欲しい・・・と」

しょんぼり頷く。

「すみません・・・これは完全に私のミスなんです」

志乃様は私なんかと違って深窓のお嬢様なのに・・・

さぞ心細い思いをしているに違いない。

わかった、と頼もしい蒼玉隊長の声が頭上から響く。

「分かり次第報告しよう。日暮れまで時間をくれないか?」

「よろしくお願いします!!!」


騰蛇隊舎で事情を聞く間、春日卿の長子とやらはとても動揺している様子だった。

「で、あなたはその飯塚って男とは縁を切った、と」

草薙さんが言うと、大きく頷いて彼は草薙さんに詰め寄った。

「ですから私は何も関係ないんです!あの男が勝手に逆恨みして・・・」

「あなたはそいつらが犯罪に手を染めていること・・・ご存知なかったんですね?」

僕が言うと、上ずった声で怒鳴る。

「知ってたら取引なんぞしません!!!何度も申し上げてるでしょう!?」

さっきからずっとこう・・・知らぬ存ぜぬの一辺倒なのだ。

草薙さんがこそっと耳打ちする。

「右京・・・どう思う?」

「僕にはとても・・・『神器』の密売なんて大それたこと出来る人物には・・・見えません」

「・・・だよなぁ」

でも、手がかりなし・・・なんて。

来斗さんの病室で一回会ったっきりだが・・・彼女の安否がとても気がかりだ。

その時。

バン!と騰蛇隊舎の扉が開く。

そして、すごい勢いで飛び込んできた来斗さんは、いきなり春日氏の襟元を掴んだ。

「なっ・・・何事ですか!?」

「・・・貴様」

来斗さんが低い声で静かに言う。

「志乃様が連れ去られるのを・・・むざむざ見ていたというのは本当か?」

来斗・・・と背後から藍さんが声をかけるが、聞こえない様子で来斗さんは更に語気を強める。

「それどころか、藍に取りすがって自分だけ助かろうとしたというのは・・・事実か!?」

「な・・・何をおっしゃっているのか」

「答えろ!」

青ざめた顔で、しかしどこか開き直ったように引きつった笑いを浮かべると、彼は言った。

「ああ・・・そうだ」

「・・・何だと?」

「あの女は・・・私にとってただの政治の道具に過ぎない。だからくれてやったんだよ!?まだ籍を入れたわけでもない、求婚の返事すら聞いていない、だから私には関係ない・・・」

その時。

来斗さんが春日氏を思い切り殴り飛ばした。

壁に叩きつけられて目を白黒させる春日氏。

更に彼に詰め寄ってもう一発。

「ら・・・来斗さん!?」

草薙さんが慌てて止めに入ろうとするが・・・

来斗さんの肘がみぞおちに入り、苦しそうにうずくまる。

来斗さんは武術剣術系の科目で他の4人に劣っていたために『五玉』の末席に甘んじた、と聞いたことがあるが・・・・・・そうは言っても『五玉』だ。

来斗さんの拳が見事決まって、春日氏はノックダウンされてしまった。

立ち上がって来斗さんが怒鳴る。

「お前のような男に志乃様は渡さん!!!自分の身の程というものをよぉくわきまえておくんだな!!!」

「来斗・・・・・・多分こいつ、のされちゃってて聞こえてないから・・・」

「藍!!!」

「・・・はいっ?」

来斗さんは背後にいた藍さんの肩を掴む。

「お前!俺と志乃様のためなら何でもすると言ったな!?」

「・・・えっ?」

「忘れたとは言わさんぞ!昨夜俺がどんだけ苦労してお前を家に連れて帰ったか・・・」

「私そんなこと・・・言った・・・のかな?」

「言ったのかな、じゃない言ったんだ!!!つべこべ言わずについて来い!!!」

藍さんの腕をむんずと掴むと、来斗さんはまたすごい勢いで隊舎を出て行った。

げほげほ、と咳き込みながら草薙さんがつぶやく。

「どうしたんだ・・・あの人」

「・・・さぁ」


ここは一体どこだろう?

古びた小屋の奥の部屋に閉じ込められてから・・・一体どのくらい経っただろう?

灯りが漏れる戸口に近づき、前の部屋の様子をうかがう。

さっき私を拘束した男以外にも、大男が4人。

酒を酌み交わしながら陽気に話している。

「しっかし親方も激しいよなぁ・・・まさか人攫いまでさせるなんざ」

「ま、それも当然といえば当然よ!あの男、ヤバイ匂いを嗅ぎ取ったらさっさと自分だけ退散しようとしちまいやがったんだからな」

「あの女・・・どうするおつもりなんだ?」

「さあな・・・当面は人質ってとこだろうが・・・後の始末は好きにしろとの仰せだ」

ぞくっ、と背筋が寒くなる。

猿ぐつわをはめられていなければ、きっと叫び声を上げていただろう。

手は太い縄で縛られていて・・・とても逃げ出せる状態ではない。

誰か・・・助けて・・・・・・

・・・・・・来斗様・・・・・・・・・

誰かが扉をノックする音が聞こえる。

何だ?といぶかしげにつぶやいて男達の一人が扉を開けた。

「すみません、道に迷ってしまって・・・・・・」

そこに立っていたのは・・・艶やかな着物の女性。

「お客様のお呼びで参ったんですがね・・・こう暗くっちゃどこがそうなのか皆目見当もつかなくって・・・」

「ほお・・・そうかい」

『花姫』らしきその女性の美しさに目の眩んだ男が猫なで声で言う。

「歩き回って疲れたろ・・・ここで少し休んでいったらどうだ?」

女性は明るい声で言う。

「まあいいんですか!?なんてありがたいんでしょう!?」

誘われるままに部屋に入り、彼女は男の差し出したグラスを手に取った。

「さ、まあ一杯やんな」

「・・・よろしいんですか?」

「ああ!どうせ客ってのもあんたに飲ませるんだろ!?わかりゃしねえよ」

男の顔を見て、つややかに微笑む『花姫』。

「じゃ、お言葉に甘えて・・・」

彼女はグラスに口をつけると・・・すぐにグラスを倒し、机にうつぶせに倒れた。

・・・薬か何か入っていたのだろうか?

なんて・・・ひどい。

下品に笑って男が言う。

「こんなにうまくいくなんてなぁ・・・『花姫』って奴は警戒心の欠片もないらしい」

「まずは・・・このお嬢さんか?」

彼らの一人が彼女の肩に手をかける。

ぎゅっと目を閉じる・・・・・・駄目!

その時・・・

静かにノックする音。

「何だ!?」

「すみません、十二神将隊の者ですが・・・」

十二神将隊!?

「何ですか!?こんな夜更けに」

焦ったように男が言う。

「今日この近辺で誘拐事件が発生しましてね・・・聞き込みをしてるんですが、少しだけお時間よろしいでしょうか?」

ちっ、と舌打ちして男が小声で他の男に言う。

「とりあえず・・・その女隠せ」

「隠すって・・・どこに」

「奥の部屋しかないだろうが!春日の女と一緒に放り込んどけ!」

待ってくださいね、今開けますから・・・と男が戸口に声をかけ、別の男が女性を担いで来て錠をはずし、私の目の前の扉を開けた。

・・・その時だ。


「汚い手で触んないでよ!!!」

私は体をひねって、私の体を抱きかかえていた男の顎を思い切り蹴り飛ばす。

「なっ!?」

先制攻撃に次いで、更にみぞおちにもう一発蹴りをお見舞いする。

香蘭に借りた『花姫』の衣装、厚底の下駄の破壊力は抜群だ。

ぐったり倒れたその男を呆然と見ていた残る三人が、慌てて怒鳴る。

「・・・てめえ!!!」

言葉を失って呆然と見つめている志乃様に微笑む。

「三日月です!助けに参りました」

猿ぐつわをはずすと一つ息を吸い込んで、志乃様は大きくため息をついた。

「・・・そんな・・・・・・全然・・・気づきませんでした」

「そうですか!?ちょっと自信もっちゃうなぁ私」

笑って懐の『氷花』を抜き、志乃様の縄を解く。

「よし!・・・いいよ来斗!!!」

爆発音と共に小屋の扉が粉砕する。

その先には・・・『アロンダイト』を構えた来斗の姿。

「・・・来斗様!?」

「そう!さっきのはボイスチェンジャーで声を変えた来斗です!」

来斗は爆発しそうな怒りを抑え、静かに唱える。

『紫電』

三人の大男の上に雷が降り注ぐ。

「ぎゃ・・・・・・」

「ぐぁ・・・・・・」

「のぉ・・・・・・」

『神器』を遣う暇どころか叫び声を上げる間もなく、三人は感電して伸びてしまった。

近づいてきた来斗とハイタッチで挨拶を交わし、私は最初にのした男の胸倉を掴む。

「な・・・なんだ・・・・・・」

「親分はどちら?」

「そ・・・そんなこと・・・」

「言わないと・・・」

男につきつけた『氷花』が青白い光を放つ。

「ひっ・・・・・・」

「教えてくれますよね!?」

ぶんぶん、と大きく頷く男。

無線のスイッチを入れる。

「草薙伍長、三日月です!飯塚の居場所が分かりました!」

その場所を告げると手刀で男の首を鋭く打ち、気絶させて他の三人の傍に転がした。

そして、ゆっくり振り返る。

「来斗様・・・・・・」

来斗の懐に飛び込む志乃様。

「遅くなってしまって・・・すみません」

来斗は優しくその細い肩に手をかける。

「信じてました・・・私・・・来斗様が必ず助けに来てくださるって・・・」

「・・・私が?」

はい、と微笑む志乃様の瞳には涙が滲んでいる。

「らーいとっ、これ!」

硬直している来斗にハンカチを差し出す。

「あ・・・ああ・・・・・・」

「さあ、ここから先は騰蛇隊のお仕事ですから!涼風隊長は志乃様をご自宅までお送りしてくださいな」

「藍・・・・・・」

「いいから行きなさい!志乃様お疲れなんだしご家族も心配されてるんだから、早くお家に返してあげなきゃ!」

やっぱり来斗と志乃様はお似合いだ。

記憶を失う前の孝志郎ともずーっと言ってたんだもの。

『どうやったら二人をくっつけられるだろう』って。

来斗は心を決めたように笑って志乃様に言う。

「では・・・参りましょうか?」

「・・・・・・はい」

微笑みあう二人を見ていたらなんだか無性に・・・

一夜に会いたくなってしまった。


しばらく歩いて、志乃様がふらっとバランスを崩す。

抱きとめて、大丈夫ですか?と訊くと、少し青ざめた顔で頷く。

「少し・・・休みますか?」

「いえ・・・大丈夫です」

固辞する彼女を説得して道端の石段に彼女を座らせる。

座り込むと同時に、彼女は大きなため息をついた。

大粒の涙が溢れる。

「志乃様・・・・・・」

どんなにこわかっただろう。

それなのに俺に遠慮して、気丈に振舞っていたに違いない。

藍が貸してくれたハンカチを渡すと、差し出したハンカチを俺の手ごとぎゅっと握る。

どきん、と心臓が高鳴る。

「・・・ありがとうございました!本当に・・・・・・」

「・・・いえ・・・私は・・・当然のことをしたまでです」

「こわかったです・・・」

「・・・お察しします」

しばらくハンカチを握り締めてうつむいていた志乃様が、顔を上げてじっと俺を見た。

「もう・・・大丈夫です。ありがとうございました」

「・・・そうですか」

出来ることなら、このまま時が止まってしまえばいい・・・

そんなガキみたいなことを思いながら、志乃様の肩に着ていたローブをかける。

少し切なそうな表情で志乃様は笑って言う。

「やっぱり・・・来斗様と三日月さんはお似合いですね」

一瞬、思考が停止した。

・・・・・・何だって?

「今日も・・・お互いを心から信頼していないと、あんな大胆な作戦立てられませんもの」

「志乃様・・・・・・あの」

ガキの頃からいろんな人にさんざん勘違いされてきた。

さもありなんと思わないでもない。

藍が相手ならそう不本意ということもないだろう。

今までそう思ってきた。

が・・・・・・

今日ほどショックだったことはない。

「私と藍は・・・そういう関係ではなくて・・・」

大きな目を更に見開いて驚いた様子の志乃様。

「・・・そうなんですか?」

「彼女にはちゃんと本命がおりますし、それに・・・・・・」

『好きなら好きってはっきり言いなさい!!!』

藍の怒鳴り声が脳裏に響く。

言うなら・・・今しかない。

大きく深呼吸して、志乃様と向き合う。

「志乃様、お願いがあります」

「・・・何でしょうか?」

「その・・・」

こういう時は・・・そうだ。

『ここって時にはバシッとかっこよく決めるのが男だよ!』

一夜がよく言ってた。

じっとその瞳を見つめて、静かに言う。

「私は・・・ずっとあなたのことが好きでした」

「・・・来斗様?」

頬を赤らめる志乃様。

「ですから・・・その・・・」

『けじめのつけ時だよ!来斗』

藍の言葉・・・

ぐっと頭を下げて言う。

「私と・・・結婚・・・・・・を前提に、お付き合いしていただけませんか!!??」

しばし、沈黙が流れる。

やっぱり・・・急すぎるだろう。

藍の奴・・・適当な所、だんだん一夜に似てきたな。

それにしても・・・この大事な時に思い出すのがあのバカップルの言葉だなんて・・・

くすくすと志乃様の笑い声。

「・・・あの・・・・・・志乃様」

「私で・・・本当によろしいんですか?」

優しい声で志乃様が言う。

「私・・・来斗様よりおばさんですけど」

「な・・・何おっしゃってるんですか!?そんな2歳しか変わらな・・・いや、関係ありませんそんなこと!」

「それに・・・既婚者ですし・・・」

「構いません!俺は志乃様がいいんです!!!」

「来斗様・・・初めてご自分のこと、『俺』っておっしゃいましたね」

・・・あ。

「私、来斗様のことまだよく知りませんし・・・来斗様も私のこと、ご存知ないこと沢山あると思います・・・でも・・・それでもいいっておっしゃるなら」

俺の天使はにっこり微笑んだ。

「私のほうこそ喜んで!是非・・・お付き合いさせてください」


飯塚は紺青の城下街のはずれにある別のアジトであっさり身柄を確保された。

「やっぱり春日氏は無関係だったみたいですね」

僕が言うと、厚い本を読んでいた藍さんが得意げに微笑んだ。

「そりゃそうでしょうね!?そんな大きなことが出来る男じゃありませんよ」

恐る恐る訊く。

「藍さん・・・いいんですか?」

草薙さんが来たときすぐ隠せるように・・・いつも藍さんは文庫本をこそこそ読んでいる。

「いいんですいいんです!今日は草薙伍長、非番ですから」

「あ・・・そうでしたね」

邪魔するぞ、と声がして、昨夜に引き続き珍しく来斗さんが訪ねてきた。

「来斗っ!」

目を耀かせた藍さんが来斗さんを出迎える。

「どうだったのどうだったの!?」

「藍さん・・・どうしたんですか?」

「右京様にはもうちょっと大人になったら教えてあげますっ」

来斗さんが眉間に皺を寄せ、顔を赤らめて藍さんをあしらう。

「藍・・・はしゃぎすぎだぞ?」

「もーそんな難しいことどーでもいいじゃない!?・・・で?」

藍さんの隣の席に腰掛けると、来斗さんが何やらこそこそと話始めた。

そして・・・

すっくと立ち上がった藍さんは・・・

読んでいた分厚い本で、突然来斗さんをバシバシと殴打し始めた。

「・・・藍さん!!??」

「・・・や・・・やめんか藍!!!」

「来斗のばかーーー!!!」

「・・・俺が一体何をした!?」

「何で前提なのよ!?前提ってあなたねぇ・・・ちゃんとプロポーズしなさいって私あんっだけ言ったじゃないの!!!」

「そんな・・・付き合っても無いのにいきなりプロポーズする奴があるか!?」

「いい年なんだからアリに決まってんじゃない!馬鹿じゃないの来斗!?」

「そんなことする奴はお前んとこの一夜くらいだ!!!」

「なっ・・・何言ってんのよ!!??あなたが一体何を知ってるのよ!?」

「うるさいっ、大変だったんだぞお前らのせいで!!!」

???

真っ赤な顔で言い合う二人を、隊舎の中にいた隊士達は不思議そうに見つめている。

「右京様・・・これは一体」

隊士の一人に声を掛けられ、苦笑して答える。

「いやぁ・・・来斗さんと藍さんは本当に仲良しですよね」


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