藍のある一日
最終決戦後すぐくらいのお話です。
「見回り行って来まーす」
隊舎を出て大きく伸びをして、あくびを一つ。
さて・・・どこに行こうかな。
ベルゼブが消滅してからの紺青は本当に平和で、以前当たり前だった毎日が退屈なくらい。
この1年で色々なことが目まぐるしく変わった。
まず、独りぼっちだった私にお父さんとお母さんが出来た。
まぁお父さんは前から分かってたし喧嘩ばかりしている状況も同じだけど、お母さんの存在によりそこそこ良好な関係を築けるようになってきた。
そして、忘れていた子供の頃の記憶が戻った。
辛い悲しい記憶もあるけど、一緒に思い出した沢山の楽しい記憶を思えば、私の人生にとってプラスであることは間違いない。
それに、孝志郎が帰って来た。
私のことを覚えてない・・・と聞いたときはショックだったし、大事なお兄ちゃんを白蓮にとられちゃった・・・とはいえ仕事仕事でずっと会えなかった孝志郎と、今ではいつでも会えるし話せる。来斗や『風』であるところの愁くん(愁くんは完全に私を妹扱いするが、本音を言えば私はお兄ちゃんと完全に納得したわけではない)には悪いけど、やっぱり孝志郎の存在は私にとって大きいのだ。
そいで・・・・・・
「藍、こんなとこで何してんだ?」
ぎくっと振り返ると、いぶかしげな剣護の姿。
「え!?何って・・・見回り・・・」
「いや・・・見回りも何も・・・お前が一番挙動不審だったぞ」
そう、剣護も出世した・・・が、紺の隊長ローブはあんまり似合わない。
「そうかな・・・いや、最近本当に平和じゃない?どの辺パトロールするのがいいのかなぁ」
焦って言い訳をする私に、うーん・・・とうなる剣護。
「まぁ物騒といえば『花街』近辺なんだろうけど・・・化け物が出るわけじゃねえけど、スリタカリは依然横行してるからなぁ」
剣護は真面目で・・・それに鈍くて大変有難い。
「あっれぇミカさんじゃないですか!?」
風牙が一本向こうの道から出てきた。
「おお、風牙。もう体いいのか?」
ばっちりです!とブイサインをして笑う風牙には最近彼女が出来た。
「ちかちゃん元気?」
私が聞くと、顔を真っ赤にして嬉しそうに頷く。
「でも・・・もうすぐ南に帰らなきゃならないので・・・」
少し寂しそうに笑う。
「そっか。遠距離になっちゃうんだもんね」
「でも!大丈夫ですよ、僕はちかちゃん一筋ですから」
自信たっぷりに言う風牙に、剣護がつぶやく。
「・・・お前が大丈夫でも、ちかちゃんがわかんねえじゃん」
「え・・・・・・」
「そうねえ・・・ちかちゃんかわいいし。寂しい気持ちにつけこんで、他の輩が近づかない・・・とも限らないし」
「み・・・ミカさん!?」
どんよりした空気を背負って、風牙はとぼとぼと朱雀隊舎に帰っていく。
「・・・藍、お前言いすぎだぞ?」
「・・・うん。ちょっと反省してる」
しばらく歩いていった風牙が、突然振り返って戻ってくる。
「・・・言い忘れてました!」
「・・・何?私?」
いつになく恐い顔で、いつにない強気な口調で風牙が言う。
「最近・・・一夜さんに会いました!?」
「・・・え?」
「寂しがってましたよ、一夜さん」
「・・・あ」
そこで鈍感な剣護が気づいてしまった。
「お前さっきこの辺うろうろしてたの・・・もしかして一夜んトコ行くか迷ってたのか?」
「・・・そんなんじゃ・・・・・・」
風牙がしてやったりという顔で笑う。
「ミカさんて意外と純なんですねぇー?知らなかったなぁ」
「意外と・・・も何も。お前って今まで男いたことなかったもんなぁ」
「剣護!」
「行ってくりゃいいじゃねえか。あいつ今家出らんないんだから、お前がアクション起こさないと会えねえぞ?ずっと」
にやにやしている風牙と対照的に、剣護は淡々と正論を述べる。
一夜は今、いつぞやの私のように橋下伍長に閉じ込められている。
と言ってもこの平和な状況だし、ベルゼブ討伐にも貢献したことを考慮してもらえて、自宅に軟禁状態なのである。面会も自由に出来るし、必要なものは実家の使用人さんが持ってきてくれるので不自由はしていない・・・・・・らしい。
だが実のところ、今のは全部面会に行った右京様の持ってきた情報なのだ。
「下手するとお前・・・あれから一回も会ってないんじゃねえの?」
・・・正解。
黙っている私に、大げさにため息をついて剣護が言う。
「お前さぁ・・・どうしたいんだよ、結局?」
「どう・・・って」
「・・・つきあってるん・・・ですよね?お二人って」
「・・・えーと」
「・・・違うんですかぁ!?」
「違うというわけでは・・・しかし・・・積極的にそうです・・・と言えるかといいますと・・・」
「・・・好きなんだろ!?あいつのこと」
「・・・え・・・こんなところで・・・言うんですか?」
思わず敬語になった私に、二人は呆れたような視線を投げる。
「頑張ってくださいよぉミカさん。中学生じゃないんですから・・・」
「きょうび中学生でもいねえよ・・・」
その時、救いの無線が鳴る。
「あっ草薙伍長の呼び出し!すみません私行きますねー」
「藍に会いたい」
一夜がつぶやく。
「・・・ああわかったわかった。何べんも言うけど・・・そういうことは俺に言うなて」
往診に訪れる度に聞かされる俺の身にもなってみろ。
「ねぇ宇治原さん!ここにあんまり立寄っちゃ駄目とか、お触れ出てたりするんですか?」
「いや・・・だって風牙なんてしょっちゅう来てるやんか」
一夜が自宅軟禁状態に入った当初は、確かに皆遠慮しているふうではあった。
が、それが長くなりそうだ・・・という噂が流れ出した頃、最初にここに立寄るようになったのは、なぜか彼に恨みがあるはずの風牙だったのだ。
「あいつ・・・お前に何の用事なんや?」
ああ、といたずらっぽく笑う。
「あいつは・・・あれです、ちかちゃん」
・・・ああ。
ちかのやつ、いつの間に風牙とそんな仲になったのだろう。
最近なんとなくそわそわしていて、定時になると急患でもない限りいそいそと帰っていく。
「風牙ってねー、女の子と付き合ったことないんですって。だから色々悩みも尽きないみたいで・・・ていうか、半分以上はノロケ話を誰かに聞いて欲しいんだと思いますけどねー」
「・・・俺は何も聞いてへんけど」
むすっとしてつぶやく俺の肩を、可笑しそうにぽんっと叩く。
「やだなぁ、宇治原さんも愁もそんな風だから話しづらいんじゃないですか、二人とも」
「そんな風・・・て?」
「なんていうか・・・小うるさい親父みたいですよ!?二人とも」
・・・大きなお世話だ。
「肺のほうはもう綺麗なもんや。往診もそろそろおしまいにしようかと思ってるんやけど」
「ええー!?もう来てくれないんですか?寂しいなぁ」
「アホか!別にお前の顔なんぞ見たくもないわっ」
「強盗事件?」
神妙に頷く草薙伍長。
「もうこのところ立て続けに5軒、城下町の民家が被害に遭ってる。見回り強化しなきゃならないな」
今のところ金品を盗られた以外には、住民に被害は出ていないのだと言う。
「でも・・・いつ犠牲者が出てもおかしくはないですよね」
右京様がつぶやく。
「もう一つ、気がかりなことがあってな・・・」
草薙伍長の声が更に声を小さくなる。
「槌谷から聞いたんだが・・・『宝物殿』から数点、『神器』が消えたそうだ」
『宝物殿』というのは、士官学校の中にある『神器』を保管する倉庫のことだ。
いつも厳重に鍵が掛かっており、鍵は高瀬隊長がいつも肌身離さず持っている。
「こじ開けられてたらしいんだよ、その鍵が」
「じゃあ・・・強盗は『神器』を持ってる可能性があるってことですか?」
そんなの・・・大変。
「霞様にお願いしてみましょうか?騰蛇隊の隊士に『神器』を装備させること・・・」
「ああ、頼むぜ三日月」
その夜。
不審な気配に気づいて目が覚める。
寝室の向こう、客間の方で数人の人間がうろついている。
・・・泥棒?
もし、そうだとしたら・・・かわいそうな奴らだ。
入る家を間違えたとしか言い様がない。
気配を消して立ち上がって・・・気づく。
刀・・・取り調べの時に左右輔さんに取り上げられちゃったんだった。
ま、いいか。それでも素人に負ける気はしない。
立てかけてあった木刀を握って扉を開ける。
「何だ!?」
そこには男が3人。
すぐ傍に立っていた男を木刀でノックアウトして、態勢を整える。
暗闇に目が慣れてきて・・・気づく。
彼らの持っている武器は・・・『神器』じゃないだろうか?
「て・・・てめえ・・・よくも!」
一人が持っていた刀から炎の塊が放たれる。
「おっと」
咄嗟に避けると、そこにあった木製の椅子に火がつく。
「おいおい・・・そういうものをこの狭い部屋で振り回すなよ」
「う・・・うるせえ!」
刀を振りかざし襲い掛かる男の攻撃を避ける。
そして転がっていた最初の敵を抱えて、盾にするように前方に突き出す。
ひるんだように叫ぶ男。
「ひ・・・卑怯だぞてめえ!!!」
「だって・・・こっちは丸腰なんだよ?」
もう一人の『神器』は水の属性のようだ。水が刃のようになって向かってくる。
抱えた男ごと避けると燃えていた炎が鎮火し、その代わり椅子が水圧で真っ二つになった。
ちっ、と小さく舌うちをする。あの椅子・・・結構気に入ってたのにな。
ぐったりとしている男の懐に持っていた短剣・・・風の属性の『神器』らしい。
『小通連』も風だし・・・ま、扱えないことはないだろう。
男をもう一度床に転がすと、短剣を鞘から抜いて構える。
「さあ来い、相手になってやるぞ」
「ば・・・バカにしやがってこの野郎!」
襲い来る炎の塊を風の盾ではじき返し、一気に距離をつめて男の目の前に立つ。
「ひっ!!!」
短剣の鞘でガン!と男の後頭部を殴打する。
「これで二人っ」
「てめえ一体・・・何者だ!?」
青ざめる水属性の刀を持った男のほうを見る。
「何者って・・・ご存知ないとは心外だな」
突如飛んでくる水の刃を風の刃で吹き飛ばす。
「十二神将隊、前勾陣隊長古泉一夜・・・俺、最近いらいらしてるんだよね」
短剣を構え、笑ってつぶやく。
「ストレス発散に付き合ってくれるかな?」
『草薙伍長!賊の足取りがつかめました!』
「・・・何だって!?」
隊舎に詰めていた右京と剣護が俺を見る。
「で!?奴ら今どこに・・・」
『・・・それが』
困惑した様子の隊士が思いがけないことを言う。
『侵入した民家・・・どうやら古泉隊長のお宅のようで』
「な・・・何!!??」
一夜さんの強さは折り紙つきだ。
けど・・・確か今は『大通連』他2本の刀は橋下伍長に没収されているはず。
「大丈夫でしょうか?」
右京が不安そうに言う。
『中でどたばた音がするんですけど・・・どうしましょう?』
「とにかく!俺達が行くから周囲の民家の人間を避難させておいてくれ!」
「賊に告ぐ!お前達は完全に包囲されているぞ!おとなしくお縄を頂戴しろ!!!」
草薙さんが怒鳴る。
しーんと静まり返った一夜さんの家。
一体・・・何が起こったのだろう?
一夜さんがやられるなんて・・・全く想像がつかないけど。
そのとき、ばたんと扉が開く。
「一夜!」
剣護さんが明るい声で言う。
一夜さんは不思議そうに僕達の顔を見た。
「一夜さんご無事でしたか!?」
「・・・あったりまえじゃんそんなこと」
「そりゃ・・・そうなんだけどよ・・・」
呆れたように剣護さんが言う。
「で?賊は一体どうなったんだ?」
あ、とつぶやいて一夜さんはゆっくり笑顔になる。
「ご協力感謝します!ここからは俺達の仕事なんで・・・一夜さん、賊をこちらへ・・・」
「やだね」
笑顔できっぱり言い放つ一夜さん。
・・・・・・え?
「馬鹿お前・・・何訳のわかんないこと言ってんだよ!?」
「だってこいつら俺んちめちゃくちゃにしたんだぜ?どうしようが俺の勝手だろ?」
「一夜さん・・・損害については俺達のほうでちゃんと弁償しますから・・・ね?」
なだめるように笑顔で言う草薙さんを、騰蛇隊士達がぽかんと見つめている。
「お願いですからこんなところで我儘言わないでください・・・」
「じゃ、俺の要求呑んでくれる?」
「・・・何でしょうか?」
無線がけたたましく鳴り響く。
今・・・何時?
明日は明け方から勤務なので早めに床についたのだが・・・
色々考え事をしてしまい、眠れたのはつい今しがただというのに。
「・・・はい、三日月です」
『三日月、俺だ!すぐ出て来い!』
「・・・明日早いんですけど・・・」
『お前じゃなきゃ駄目なんだ!!!頼むから何も言わずに出て来い!』
鬼気迫るその声に口答えも出来ず、しぶしぶ着替えて外に出る。
「家出ました・・・どこへ行けばいいんですか?」
『一夜さんの家の前だ!』
・・・寝起きでよく回らない頭で考える。
聞き間違えたかな?
それとも・・・
「ひやかしですか?草薙伍長・・・」
『そんなんじゃねぇいいから早く来い!』
とことこと小走りに一夜の家に向かうと・・・そこには人だかりが出来ていた。
「あ!三日月さん!!!」
騰蛇隊士の一人が言う。
「待ってましたよー!」
「一体・・・どうしたんですか?これ」
「それが・・・」
彼の視線の先を見て・・・思わず絶句した。
今話題の強盗らしき体格のいい男が二人、縛り上げられて転がされている。
そして一人は喉元に短剣を突きつけられており・・・
短剣を握っているのは・・・一夜だ。
「・・・これは」
「よくわからないんですが・・・古泉隊長が自宅に侵入した強盗を引き渡すのと引き換えに三日月さんを呼べって・・・」
・・・・・・何だと?
橋下伍長が拡声器で怒鳴る。
『いいですか古泉さん!あなたここで下手なことをしたら、更に罪が重くなってしまうこともありうるんですよ!?』
「何でですかぁ、これ正当防衛でしょ?」
『過剰防衛って言葉、ご存知ないんですか!?』
あははーと楽しそうに笑う一夜。
恐る恐る草薙伍長に近づく。
「あの・・・参りましたが」
「藍さんお待ちしてました!!!」
右京様が叫び、剣護が横で一夜に怒鳴る。
「一夜!藍来たぞ!!!これで文句ねえだろ!?」
私の方を見て、にっこり笑う一夜。
「藍、久々!」
「あ・・・うん」
「元気そうだね?」
「ま・・・あね。で、あなたは一体何をしてるわけ?」
「『草薙伍長、立て篭もり犯説得のために恋人を呼び出すの巻』を実演してるとこ」
「・・・恋人?」
隊士達が目を丸くして私を見る。
そう・・・
私と一夜のごたごたは、ごく親しい人間しか知らないことなのだ。
「ど・・・どういうことですか!?三日月さんっ」
「二人はいつから・・・そんな仲に・・・・・・」
「全っ然・・・知らなかった」
「・・・いや、その・・・誤解ですってば」
小声で言った私の言葉が聞こえてしまったらしい。
「聞き捨てならないなぁ藍!誤解だって!?」
『私も聞き捨てなりませんよ!!!どういうことですか三日月さん!?』
拡声器をすぐ傍の私に向けて怒鳴る橋下伍長。
「橋下伍長はご存知なかったんですね・・・」
『当然ですとも!一体いつからそういう関係になったんです!?ちゃんと説明しなさい!!!』
「あなたには・・・関係ないでしょ?」
騰蛇隊士達が詰め寄る。
「橋下伍長に関係なくても、少なくとも我々には関係大有りですよ!三日月さんっ」
「教えてください!本当なんですか!?古泉隊長の言ってること・・・」
「え・・・と・・・・・・」
草薙伍長が引きつった笑顔で言う。
「そうだ!一夜さんこうしましょう!!!その強盗3人と三日月を交換する!悪い話じゃないと思いますよ〜?」
隊士達が怒鳴る。
「どういうことですか!?草薙伍長!!!」
「三日月さんを売るんですか!?」
「いや・・・売るっつうか・・・ほら、三日月」
「・・・なんですか?」
「『こんな馬鹿なこと今すぐやめて!私のために・・・』って、言え」
思わず赤面して怒鳴る。
「何馬鹿なこと言ってるんですか!?そんな恥ずかしいことこんな大勢の前で言えるわけないでしょ!?」
「うるせぇ!元はといえばお前が悪い!!!」
「私!?」
大きく頷く草薙伍長。
「そう!お前が中途半端な関係のまんま一夜さんを放置してたのも原因の発端だ!!」
「そ・・・そんなぁ・・・・・・」
一夜にだけ聞こえて欲しい・・・と願いながら小声で呼びかける。
「あの・・・ずっとほったらかしにしてて申し訳なかったと思ってるんだけど・・・その話はまた今度にしない?」
「・・・今度っていつだよ?」
楽しそうに笑っていた一夜の声がちょっと低くなる。
「藍、紺青に戻った日もそんなこと言ってたじゃん?『孝志郎病院に連れて行かなきゃいけないから、詳しい話はまた今度ね』って」
「えーと・・・」
「それっきり今日まで会ってないじゃない。はっきり気持ちも聞いてないし・・・」
「それは・・・言ったはずだけどなぁ」
いや聞いてないね、と不満そうに言う一夜。
「あの場面なら普通そう言うよ!俺、剣護にだって言うもん、お前のこと好きだよって」
「・・・気味の悪い例えに俺を出すな!!!」
「とにかく、俺はちゃんと藍の気持ちを聞かせて欲しいって言ってるの!」
憮然と言い放つ一夜に思わず絶句する。
「ねぇ・・・剣護、あの子昔からあんな風だったっけ?」
余裕満面の笑みを絶やさず、どんな大きな事件にも一切動じない。
感情を一切消したその笑顔に皆恐れをなして彼をこう呼んだのだ・・・『勾陣の般若』と。
それが一夜のデフォルトだったはずなのに・・・あれじゃまるで我儘な子供だ。
うんざりしたように剣護が言う。
「よくわかんねーけど・・・生き返ってからこっち、あんな感じなんだよ、あいつ」
「なんだか・・・すごい違和感」
「早く慣れろ。多分これからずっとああだぞ」
頭を掻きながら剣護がつぶやく。
「思うに・・・一回リセットしてやり直そうって、柄にもなく反省したんじゃねえの?」
「・・・リセット」
「まぁ・・・やってること自体は、前と変わらないような気もするけどな」
・・・確かに。
救いを求めて右京様を見る。
にっこり笑って右京様。
「僕も、そろそろ素直に気持ち伝えたほうがいいと思います」
「・・・素直に?」
右京様は頷いて優しく言う。
「僕、一夜さんが姿を消して以降の藍さんずーっと見てましたけど・・・痛々しくて、とても見てられませんでした。それで思ったんです、『藍さんは一夜さんのこと、本当に愛してたんだな』って」
多分真っ赤なのであろう私の顔を優しいまなざしで見つめる。
「藍さん、あの時後悔したんじゃないですか?『もっと前に、ちゃんと気持ち伝えておけばよかった』って。そしたらもっとずっと傍にいられたんじゃないかって・・・」
「そう・・・・・・ですね」
「僕も思い返してみたんですけど・・・よくよく考えたら藍さんと一夜さんが両想いなのって、見る人が見ればすぐわかるくらいお二人は親しかったですよね」
草薙伍長が不思議そうな顔で、そうか?とつぶやく。
「そうですよ。皆さんは孝志郎さんのこととか、愁さんのこととか、白蓮さんのこととか・・・色々複雑な人間関係の中で二人を見てたから分からなかったんだと思いますけど」
「・・・そうですか」
桜の花びらが舞う、月の明るい夜のこと・・・今でも時々夢に見る。
目が覚めると私はいつも泣いていて・・・荒い呼吸を落ち着かせて自分に言い聞かせるのだ。
『あれは悪い夢だったんだ』って。
一夜は生きていて、この紺青の街にいる。
だからもう心配いらないよって。
右京様の言うとおり、すごくすごく後悔した。
一夜にはまだ言ってないけど・・・下手するとあの時期、自分の部屋より合鍵をもらっていた一夜の部屋で一人過ごした時間のほうが長いかもしれない。
『一夜に会いたい』って・・・叶うはずないのにずっと思っていた。
そう・・・
叶うはずないと思っていたのだ。
紺青に戻って宇治原さんを問い詰めたところ、一夜は天后隊の病院の一番奥にいたらしい。
つまり・・・
私が裏庭で一人泣いているところ・・・あいつは見ていたのかもしれない。
だんだん腹が立ってきた。
・・・人の気も知らないで。
「・・・藍さん?」
拳を握って小刻みに震えだした私に、右京様が恐る恐る声をかける。
答えずに、橋下伍長の方にぐいっと右手を出す。
「それ、貸してください」
「えっ!?」
拡声器をふんだくると一夜に向け、私は思い切り怒鳴った。
『我儘言うのもいい加減にしなさい!!!』
一夜はきょとんとした目で私を見る。
『辛い思い、大変な思いしたのはあなただけじゃないのよ!?あなたちゃんと風牙に謝ったの!?』
「・・・ミカさん???」
騒ぎを遠巻きに見ていた風牙が目を白黒させる。
『それに剣護と勾陣隊士の皆さん!勝手に隊抜けて迷惑かけましたって言った!?』
「藍、俺はいいから・・・」
『剣護は黙ってて!それに・・・私だって』
涙が溢れる。
『何で言ってくれなかったのよ!?病気のことも、孝志郎のことも・・・何でも話してって私に言ってたのはあなたよ!?一夜』
「・・・藍」
一夜は叱られた子供みたいな目で私を見る。
流れる涙に構わずに、続けて怒鳴る。
『どれだけショックだったか分かる!?あなたが紺青から姿を消して・・・風牙のことあんな風に傷つけて・・・しかも・・・あんな風に急に現れて、急にいなくなっ・・・て・・・』
言葉に詰まってしまう。
『ずっと会いたかったの・・・会って・・・言いたかった・・・私・・・』
大きく息を吸い込む。
『私はあなたのことが大好きだって!』
ふっ、と背中に回された腕の優しい感触に気づく。
一夜はいつの間にか強盗を手放して、私の体を抱きしめていた。
「それ・・・間違いない?」
温かい腕の中で頷く。
「もう・・・取り消しはきかないぜ?」
『・・・こんだけ大勢の前で言ったんだから・・・』
「・・・もう拡声器はいいよ」
呆れたように笑う一夜。
「会いに来てくれなかったのも、どんな顔したらいいかわかんなかったんだよね?」
言葉に詰まってしまい、ただ頷くことしか出来ない。
「そっか・・・藍は難しい子だもんね。俺すっかり忘れてた」
「・・・なによそれ・・・・・・」
「けど、藍のそういう頑固なところも俺好きだよ」
ぎゅっと腕に力が加わる。
「ずっと言いたかったんだ・・・それに、こうして藍のこと抱きしめたかった」
「たまに・・・してたじゃない。酔っ払ったときとか・・・」
「まぁ、それはフライングってことで」
楽しそうに笑う。
「でも、あんまり嫌がらなかったよね?いちいち文句は言われたけど」
「・・・別に嫌じゃなかったもん」
今思うと、一夜のそういう一連のセクハラ行為には全く違和感を感じていなかった。
「そっかそっか。よーくわかった」
「・・・一夜」
「だからこれからは・・・会いに来てね。待ってるからさ」
その時。
「待ってるだけじゃなくて、ちゃんと捜査に協力して早く解放出来るようにしてくださると有難いんですけどねぇ」
橋下伍長の低い声。
「・・・あ」
「で?一夜さん?あいつらは俺達で引き取って構わないんですよね???」
草薙伍長が恐い顔で迫る。
「うん!よろしくっ」
「よろしくっ、じゃありませんよー・・・どうしてくれるんすか」
何が?と一夜が聞いて、草薙伍長がぐいっと親指で指差す先を見る。
と、そこには・・・
「・・・三日月さん、そうだったんですね・・・」
「まさか・・・・・・よりにもよって」
「古泉隊長にだけは・・・取られたくなかったです・・・・・・」
「・・・俺達の・・・アイドルだったのに」
意気消沈する・・・騰蛇隊士達の姿。
「あ・・・あはは・・・皆さん・・・・・・」
「そういうことだ!三日月。責任取って現場の後始末はお前の仕事!いいな!?」
「ええ!?私・・・明日5時出勤なんですけど・・・」
「だーいじょうぶ!5時までには報告書書きまで終わるだろ」
「鬼っ!」
「うるせえっ文句があるなら右京に手伝ってもらえ!」
「僕ですか!?」
「たりめーだ!俺はあいつらの為を思ってそのへん適当に誤魔化すつもりだったんだよ!それをお前が焚きつけるから・・・・・・」
「なんですかそれ!?」
「つべこべ言わねーでとっとと賊を連行しろ!」
「龍介、俺は?」
「一夜さんは今から事情聴取です!三日月がお相手しますから文句ないでしょ!?」
「・・・そうだね!龍介頭いいなぁ」
「一夜!」
今夜も紺青は・・・平和だ。
ラブコメです・・・恥ずかしながら。
藍には十二神将隊にファンクラブがあるんでした、そういえば。騰蛇隊士の皆さんは大半が加入していると見て間違いないでしょう。
一夜は相変わらずの暴走っぷり・・・剣護が泣きます。
橋下伍長は藍に引続き難物に当たって、さぞ胃が痛かったことでしょう(一夜が素直に取り調べに応じるとは思えません・・・しかも何か意図があるわけではないので余計タチが悪い)おまけ編に出てくる『色々関わった二人だから』というのはこのことだったんですね。