夏月
それは花蓮さんがまだ麗しい少女だった頃のお話。
賑やかな歓楽街を一人歩く。
降り注ぐ好奇のまなざしにうんざりしながら、一軒のお茶屋風の建物に足を踏み入れた。
「小春?」
私の声に嬉しそうに振り返る、黒髪の美しい少女。
「花蓮!どうしたん?こんな時間に」
彼女はこの『花街』で『花姫』と呼ばれる舞妓のような仕事をしている。
「ちょっと空き時間が出来てね・・・元気かなって」
小春に会うのは一週間ぶりだった。
嬉しそうに頷いて小春が言う。
「ええ!花蓮は?学校って楽しい?」
「学校ねぇ・・・」
一方の私は最近紺青の士官学校と呼ばれる施設に入学した。
寄宿舎があり一定の生活費も支給されるため、身寄りのない私にとっては有難い所だ。
とは言え、そこは紺青の為に戦う兵士を育成する施設。そんなこと露ほど望んでいない私にとっては、ただの生活の手段でしかなかった。
学校の講義も・・・面白いとは思えない。
微妙な表情を浮かべる私に、心配そうに小春は尋ねる。
「お友達も・・・出来へんの?」
「まぁ・・・ね」
もったいない、とつぶやく小春。
「せっかく同じ年くらいの人達と一緒に生活してるのに・・・」
「だってぇ・・・本当はね、私はあなたと一緒に暮らしたいのよ?私達にとっては敵の紺青の人間なんかと友達になったって・・・仕方ないじゃない」
ありがと、と微笑む小春。
「けど・・・何年もそこにいないとあかんのやし・・・楽しく過ごせるほうがええやない」
「・・・・・・そうねぇ」
「私は・・・楽しいよ?」
にっこり笑って言う。
何もわからない小娘の私ですら、この空間の異様さはなんとなくわかる。
楽しいなんて・・・
「そうやなぁ・・・まあ、そうやけど」
苦笑して、また優しいまなざしで私を見る。
「色んなことに目つぶれば・・・大好きな歌でごはん食べられるのは幸せやないかなって」
私より2つ年下の妹。
その気丈さに時々こうやって、自分が恥ずかしくなるときがある。
「そうね!私も楽しくなるように頑張る。さんきゅ、小春」
とは言ったものの・・・
演習をサボって小春のところに遊びに行ってしまった私は、途中から演習に戻るわけにもいかず、行き場を無くして学校の庭をぶらぶらしていた。
その時。
「ちょっとそこの新入生!?」
どこかから女性の声がして、あたりを見回す。
・・・・・・誰もいない。
だいたい今は講義中だし、私みたいなサボりにしたって堂々と声をかけてくるような人間はこのお堅い士官学校にはいるはずもない。
気のせいだと思い、通り過ぎようとした。
「上!上だってば!」
・・・上?
見上げて・・・驚いた。
図書館や資料室のある古い建物の屋上。
一人の少女の姿が目に入る。
短いスカートを風になびかせて、彼女は屋上の手すりの上に立っていた。
いろんな意味で・・・危ない。
「何してんの?サボり?」
「・・・・・・は、はぁ・・・・・・」
「まだ最初だっていうのにいい度胸してるのね」
不敵に笑って彼女は言った。
「気に入った!上がって来ない!?」
「え!?」
さらさらのロングヘアをかきあげながら、楽しそうに彼女は言う。
「上がってきなさいよ!先輩の言う事聞けないの!?」
「そんなこと・・・言われても」
「いいわよ、じゃあ・・・・・・私が今からそっちに行くわ!」
「ええ!?」
外に足を投げ出すように手すりに座る彼女。
・・・・・・飛び降りる気!?
「あなた!!!一体何考えてるんですか!?」
「何って・・・飛び降りようかなって」
「死んじゃいますよ!?死ななくても・・・骨くらいは確実にいっちゃいますってば!!!」
「あら、やってみなくちゃわかんないじゃない」
「わーかーりーますってば!!!お願いだからやめてください!!!」
必死で叫ぶ私に、愉快そうに彼女はもう一度訊いた。
「じゃあ・・・上がってくる?」
うんざりした顔の私にお構いなしで、彼女は私のことを興味津々で聞いてきた。
なんとなくぼかしながら答えていたが、こと話が小春のことになると彼女は綺麗なブルーの瞳を輝かせて言った。
「素敵!私会ってみたいな〜」
「・・・駄目です」
「どうして!?あなた達一緒に暮らしてるんでしょ?」
「いや・・・あの子は住み込みで働いてるし、私は学校の寄宿舎だし・・・それにあの界隈、あなたみたいな良家のご令嬢が行くようなところでは・・・」
「あらあなた、私のこと知ってるの?」
知ってるというか・・・思い出したのだ。
「不知火夏月・・・さんですよね?4年生の」
言うと、弾けるように笑って正解!と手を叩く。
不知火夏月と言えば、士官学校では知らぬ者はいない。
家柄が良く、それだけじゃなく大富豪で、一人娘の彼女は親の反対を『社会勉強のため』と押し切って士官学校に通っているのだと言う。
しかも成績優秀、トップとは行かないが文武両道においてかなりの好成績なのだと言う。
それを話すと、余裕たっぷりに笑って言う。
「でも・・・あなたも有名人よ?三日月花蓮。首席入学なんでしょ?」
「ええ・・・まあ」
ついつい・・・本気を出してしまったというか、なんというか。
「しかも紺青の人間じゃなくて、素性がはっきりわからない・・・なんてミステリアスで素敵じゃない!?私一回話してみたいなって思ってたんだけど、こんなに早く実現して嬉しいわ。それに・・・あなたも私と同類みたいだし」
「・・・同類?」
「なんていうか・・・力が抜けたとこ?やな講義サボったりとかね」
やっぱり・・・サボりだったのか、この人も。
まじまじと彼女の顔を観察する。
ライトグレーのさらさらロングヘアに青い瞳、長いまつげ。
それに超色白で、すらりと長い華奢な手足でスタイル抜群。
けど。
こんなお人形みたいな風貌に、この性格は一体・・・・・・
「さっきの話だけどね」
「・・・さっき?」
「もぉ〜、小春ちゃんのことよ」
「・・・小春“ちゃん”・・・・・・」
「どうしても駄目?」
「うーん・・・・・・」
考え込む私に、きらきらした目で夏月は言う。
「・・・賭けましょうか!?」
「か・・・賭けぇ???」
「学校の道場があるでしょ?そこで剣道の一本勝負しましょう!私が勝ったら連れてって。あなたが勝ったら何でもあなたの言う事聞いてあげるから。・・・どうかしら?」
この子・・・剣術に自信があるのかしら?
「ねえ、花蓮は強いんでしょ?噂は聞いてるわよ」
「・・・・・・花蓮・・・」
意地悪な目をして言う。
「あら、自信ないの?」
むっとして言い返す。
「いえ?勝つと分かりきっていてそんな賭け・・・乗っていいものかなって考えてるんです」
「へぇ・・・余裕なのね」
愉快そうに言って私の手をぎゅっと掴む。
「何!?」
「行きましょ!道場へ。今の時間なら誰も使ってないはずだから!!!」
用度庫には施錠がされていたが、竹刀は壁に掛かっていたので使うことが出来そうだった。
事も無げに夏月は竹刀を2本取り、1本を私に投げて寄越す。
「・・・やるんですか?」
「当たり前でしょ」
「・・・防具なしで?」
「あら、実戦では防具なんてないのよ?そりゃちょっとしたプロテクターはあるかもしれないけど・・・竹刀を落としたほうが負け、どう?」
「あ・・・あんたねえ・・・・・・」
その綺麗な顔に傷なんかつけちゃったらもう・・・どうしたらいいのよ!?
彼女は竹刀を構え、私の真正面に立った。
今まできゃぴきゃぴ笑っていた表情が一変。
切れそうな緊張感を漂わせる。
ぞくっとして、慌てて竹刀を構える。
「・・・行くよ?」
「・・・・・・どうぞ」
こうなったらもう・・・ままよ。
ぐっと身を屈めると、彼女は思い切り打ち込んできた。
交差する竹刀。
すごいスピードで竹刀がうなり、彼女は徐々に私を壁際に追い詰める。
「・・・う・・・そぉ・・・・・・」
「あらぁ?さっきの自信はどうしたのかしら?」
挑発的に言う彼女にカチンと来て、彼女の攻撃の合間を縫って打ちかえす。
その瞬間。
「もーらいっ」
彼女の声がしたのと、右手がパン!と弾かれて私の竹刀が床に落ちるのはほぼ同時だった。
「すごいんやなぁ・・・夏月はんて」
目を丸くして言う小春。
赤くなった右手を氷で冷やしながら恨めしい目で見る私などまるで眼中になさそうに、夏月はにこにこして小春の顔を見ている。
「綺麗ねー小春ちゃんて。お人形さんみたい!」
「そんな・・・・・・あなたのほうがずーっとべっぴんさんやないですか」
顔を赤らめて言う小春に、可愛い!と黄色い声を上げる。
「・・・・・・せっかく美人なんだからおとなしく澄ましてればいいのに」
「なぁに花蓮、何か言った?」
この人は・・・いつの間にか呼び捨てなんだから・・・
「ひょっとして私が花蓮には可愛いって言わなかったからヤキモチ妬いてるの?」
「は・・・はぁ???」
「言っとくけどあなたも相当美人さんよ?けど私、あなたの容姿よりも剣の腕前に興味津々だったんだもの」
「・・・言っとくけど、あれは・・・・・・油断しただけなんだから」
「でしょうね。じゃないと面白くないもの」
けど・・・あの気迫、打ち込みの鋭さ、間合いの取り方。
本気でやったとしても・・・もしかしたらいい勝負かもしれない。
「一個・・・聞いてもいい?」
いつの間にか私もタメ口で夏月に尋ねる。
「あなた・・・お嬢様なのに何であんなに強いの?」
「そりゃ・・・ちゃんとお稽古してるもの」
澄まして答える。
「お稽古って・・・どこで?」
「うちで。こっそり」
「・・・やっぱりそうなの」
親が見たらきっと卒倒するだろう。
「だから目立ちすぎないようにセーブしてるんじゃない、わかるでしょ!?」
本気でやれば勉強も武術も剣術もまだまだやれるが、一番になってしまうと都合が悪いのだと大真面目に言う彼女。
目立たないようにセーブして・・・これか。
ため息をつく私をよそに、小春と楽しそうにおしゃべりを始めた夏月。
ちらっと横目で見てみると、小春もすごく楽しそうだ。
内気で人見知りな小春が初対面でこんなに打ち解けるなんて・・・
なんだか意外。
ひとしきり話すと、夏月は時計を見て素っ頓狂な声を上げた。
「やっばいこんな時間!!!帰らなくちゃ」
綺麗な瞳でじっと小春を見つめると、甘えた口調で言う。
「また・・・遊びに来てもいい?」
「ええ・・・勿論です!」
「・・・・・・小春???」
よかった!と笑うと、夏月は靴を履いて走って戸口を出て行く。
「じゃあね花蓮!また明日!!!」
いつのまにか、うっかり彼女のペースに乗せられて仲良くなってしまった私は、それでもなんとなく他の生徒にその事実を隠したい気持ちでいっぱいだった。
それで講義棟の屋上で会う以外は小春の部屋で会うだけ・・・という何が後ろめたいのかよくわからない付き合い方をしていた。
夏月はとにかく、よく笑う。
難しい顔とか、怒った顔をほとんど見たことがない。
天真爛漫なお嬢様なんだろうなと、私は常々思っていた。
いつのまにか、うっかり・・・
私はあの子に魅了されてしまっていた。
そんなこんなで3ヶ月ほど経った頃だっただろうか。
「三日月さん、知ってる?不知火先輩!」
どきっとして、なるべく平静を保つと、知ってるわよ?と笑顔で答える。
「あの人・・・学校辞めるらしいよ?」
・・・え?
「惜しいよねぇ・・・だってあと半年経ったら卒業じゃない?もしかしたら彼女、『恩賜の短剣』の候補者に上がるかもしれないのに」
『恩賜の短剣』、それは士官学校の最優秀卒業生に紺青の王から与えられる名誉。
そんなもの欲しくもないが、そういうスタンスの私でさえその存在は伝え聞いていた。
夏月ってやっぱり・・・そんなにすごいんだ。
・・・・・・じゃなくて。
「何何?何で辞めちゃうの?その・・・不知火先輩」
「結婚するんだって」
「・・・・・・け・・・結婚!!??」
あの子・・・何も・・・・・・
「付き合ってる人、いたんだ・・・」
「んーん、それが違うみたいなんだけどね・・・やっぱり良家の令嬢じゃない?政略結婚みたい。お見合いらしいんだけど」
「お・・・お見合い・・・・・・」
「旦那様になる人、いいよねー・・・あんな若くて綺麗なお嫁さん来てくれたらさぁ」
「どんな・・・人なの?その・・・お相手って」
「えーとね・・・三日月さんは紺青のことよく知らないのよねぇ?何て説明したらいいのかなぁ。とりあえず、貴族のいい家柄のお金持ちの人。年は上みたいだけど・・・」
「・・・どの位?」
「んーと・・・10くらいかなぁ」
その日、小春の部屋に飛び込むと、楽しそうに話している夏月の姿が目に飛び込んできた。
「夏月!!!」
「・・・どうしたの花蓮。慌てちゃって・・・」
「小春聞いた!?」
「・・・何のこと?」
大きく一つ深呼吸すると、夏月の目をじっと見て言った。
「何か・・・私たちに言い忘れてること、ない?」
「言い忘れてること?」
「私あなたとすっごく仲良くなれたって思ってたのに・・・何で教えてくれないのよ!?」
「ああ・・・ひょっとして、結婚のこと?」
目を丸くして絶句する小春。
やっぱり聞いてなかったらしい。
「誰から聞いたの?」
「・・・同級生。あなたが良家のご子息とお見合いして、結婚して、学校辞めちゃうって!」
頭をかいて、つぶやくように言う。
「別に・・・たいしたことじゃないでしょ?」
「た・・・たいしたことじゃって・・・・・・」
「しかも相手って10も年上らしいじゃない!?そんなおじさんに嫁ぐなんて、あなた」
「仕方ないもん」
慌てふためく私たちに、事も無げに言う。
「うちはそういううちだからねぇ・・・そういう時はスパッと辞めるって、最初から両親とも約束しちゃってたし」
「でもあなた・・・いいの!?」
「お相手・・・どんな人やの?」
くすっと笑うと、私たちのほうを見ながら言う。
「そうねえ・・・狐みたいな人」
「き・・・」
「狐・・・・・・」
「悪い人じゃなさそうだし、大事にしてくれそうだからいいかなって。かなりお金持ちみたいだから、家事とか色々うるさいことも言われなさそうだしね」
「そこ!?」
「んー・・・まあね」
小春が、真面目な顔で夏月に尋ねる。
「愛してない人と・・・結婚なんて出来るん?」
「・・・愛?」
何それ、とでも言うように夏月は笑う。
「小春はそういうの・・・大事にするの?」
こくり、と大きく頷く小春。
「お座敷とかほかの『花姫』とか見てると男の人嫌になるときもあるけど・・・やっぱり愛する人と一緒になって、その人の子供を産んで・・・って言うのが本当の幸せやないかなって」
びっくりして真剣な顔で話す小春を見つめる。
いつの間に小春は・・・こんなに大人になったんだろう。
小春の顔を優しげに見て、夏月は言う。
「私は・・・そういうのはいいの」
「・・・どうして?」
「あんまり人を好きになったりしないのよ、私・・・だからね」
小春の顔を覗きこむように顔を近づけると、楽しそうに言う。
「子供とか出来たら、その子のことは本当に愛せるかもしれないでしょ?心から愛おしく、大事に思える存在・・・っていうか。どうせ政略結婚しなきゃいけないのは子供のころから分かってたからね、せめてそういう所に夢を持ってもいいかなって」
「子供は・・・・・・かも、じゃなくて愛そうよ・・・夏月・・・・・・」
「男の子がいいなぁ私」
「・・・男の子?」
「そ。私に似て綺麗な男の子!男の子だったら、誰にも遠慮しないで剣術とか学ばせられるでしょ!?」
はっとした。
夏月の剣の腕前は天下一品だ。でもそれ以上に・・・好きなんだ。
でも自分でやるのは諦めていて、その夢を息子に託したい・・・なんて。
わがままで自由奔放にやってるようで・・・実は色々なしがらみに雁字搦めだったのだろう。
そんな生活の中で、小春と私が少しでも癒しになってあげられていたのなら・・・
ここに連れてきたことは間違ってなかったな、と思った。
「綺麗な男の子って・・・綺麗なら女の子のほうがええんやないの?」
小春が訊くと、じゃあ賭ける!?と楽しそうに言う。
「小春の欲しがってた髪留めを賭けましょう!もし私が勝ったらねぇ・・・」
「・・・ちょっと夏月。あなたまだ・・・妊娠してるわけじゃないんでしょ?」
「ま、そうだけどさ」
「・・・・・・いいわよもう。で、何賭けるの?」
にこやかに笑って言う。
「これからもここに遊びに来させて?」
「あなた・・・奥様になるのよ?」
「うまく抜け出してくるからさぁ・・・駄目?」
嬉しそうに小春が頷く。
そして、約1年が過ぎた。
夏月が子供を産んだらしい・・・と聞いて、小春と病院を訪ねてみた。
「駄目だ駄目だ!夏月様にお前たちのような人間を会わせるわけにはいかん!!!」
門前払いに遭ってしまった。
「・・・何で!?私たち、彼女が学生の時の友達で・・・」
使いの男が小春を指差す。
「お前・・・『花姫』だろう?」
かっと頭に血が上る。
「ちょっとあんた!だから何だって言うのよ!?小春はねぇ・・・」
「花蓮、落ち着いて。私はええから・・・」
「黙ってなさい小春!!!」
「騒々しいな、何事だ?」
振り返ると、そこには細面の青年が立っていた。
「申し訳ございません若様!この者共が夏月様に面会を・・・と申すものですから」
「夏月に?」
じっと私の顔を見る青年。
・・・・・・思わず吹き出してしまう。
「な・・・なんだ貴様!!!何が可笑しい!?」
「ごっ・・・ごめん・・・なさぁい・・・・・・」
「花蓮・・・どうしたん?」
笑いを必死にかみ殺しながら小春に耳打ちする。
「・・・狐」
はっとした顔で彼を見ると、ちょっと曖昧な笑顔を浮かべて小春がつぶやく。
「ほんまに・・・よう見てるなぁ夏月ちゃん」
「何だ何だお前たち!!!無礼だぞ!?私を一体誰と・・・」
「す・・・すみません・・・・・・」
「いい加減に笑うのを止めんか!!!」
真っ赤になって怒鳴る青年の前に、慌てた様子で医師や看護士がばたばたとやって来た。
「これはこれは・・・古泉様!何か・・・」
古泉と呼ばれた青年はびし!と私たちを指差すと怒鳴った。
「こいつらをつまみ出せ!!!」
「・・・・・・ったくケチなんだから・・・」
つぶやく私に、くすくす笑いながら小春が言う。
「花蓮があんまり笑うからやないの?かわいそうやんか、夏月ちゃんのご主人」
むすっとして小春に言う。
「どこがいい人そうよ、全くもって小者じゃない?あんな奴・・・」
「夏月ちゃん・・・ええ人とは言うてへんかったよ?」
「そっか・・・『悪い人じゃない』・・・・・・だったか」
がくっとうな垂れる。
「夏月ぃ・・・・・・あんた一体何考えてんのよ・・・」
「けど、夏月ちゃんにはどうにも出来へんかったんやろ?」
「・・・・・・そうだった」
ぼやきながら建物の裏側に回り、試しに呼んでみることにした。
「なーつきーーー!いるー!?」
それはただ、私たちが訪れたということを合図したかっただけだったのだ。
まさか顔を出すとは・・・思いもしなかった。
一番上の窓からにゅっと身を乗り出すと、嬉しそうに手を振る夏月。
「な・・・夏月!?」
「来てくれたんだ!!!どうしたの、上がってきたら?」
「あのねえ!私たちあんたのバカ亭主につまみ出されたの!!!」
「・・・あら」
「一体どうなってんのよあんた!あいつの一体どこが・・・」
「・・・かわいいでしょ?なんだか」
「どこがよぉ???」
「・・・狐」
きょとんとした顔で小春が言うと、弾けるように笑った。
「でしょでしょ!?分かってくれて嬉しい!」
人妻になっても・・・子供産んでも・・・・・・
何でこの子はこんなに自由なんだろうか?
うんざりした私に、得意げに夏月が言う。
「そうそう、私の勝ちよ!こないだの賭け」
「・・・男の子やったん?」
嬉しそうに小春が笑うと、夏月が更に言う。
「そうなの!すっごく綺麗な男の子」
「良かったわね・・・あなたに似て」
「当たり前でしょー?だからね、あなたたちに会わせたくて!」
きっとすぐ傍に寝ているのであろう赤ちゃんが愛おしくてたまらないという表情の夏月に、思わず小春と二人、顔を見合わせて笑った。
「そっから上がってこられない?」
「無理!!!」
「そう・・・残念。じゃまた、今度連れてくわ」
「夏月ちゃん・・・しばらくは・・・・・・止めといたほうがええと思う」
「・・・名前決まったの?」
私が訊くと、今までで最上級の笑顔を浮かべて彼女は言った。
「一夜っていうの!」
夏月の話はちゃんと書きたかったので、外伝として載せました。
本編で花蓮がしょっちゅう夏月の名前を出すのですが、夏月が何者か分かれば一夜の生存が分かる・・・という風になっています(愁は子供の頃自分の母親を訪ねてきていた夏月を知ってたのです)
ちなみに彼女は秋風さんの幼馴染でもあり、笹倉道場に一夜を通わせたのも彼女です(本編で剣護が『お袋さんの勧めで』と述べています)
一夜は本編で『変な人だった』と言っていますが、自分の性格が母親譲りだって自覚があるのでしょうか?
(賭けが好き・・・とか)