燕支(その2)
「山賊団のアジトだったとはな…」
王位を継ぐ予定の長兄は、城の広間で僕達の報告を受け、表情を険しくした。
「行商の者や、他国に運ぶ物品が襲われる被害が多発していてな…今のところ死者は出ていないのだが…まさか、そんな若者達だったとは」
「燕支を追われた…と申しておりましたが」
「…理由はどうあれ、連中を野放しにしておくことは出来ん」
長兄は、近くに控えていた軍の人間を呼ぶ。
「森へ軍を向かわせ、奴らを捕らえよ」
「兄様!?彼らは…」
「わかっている…相手は少年なのだろう?危害を加えないよう指示はする。詳しい事情は、奴らを捕らえてから聞くことも出来よう」
「でも………」
広間には、軍の人間達が続々と集まってくる。
聞く耳持たないってこと…か。
仕方がない。
失礼しますと頭を下げ、僕は広間を後にした。
「相当てんぱってるみたいだな、お前の兄ちゃん」
「おいっ、失礼だぞ!?次期王に向かってそんな…」
「一夜さんは、紺青の姫のことも裏では『霞ちゃん』って呼んでる人だから………」
だって藍の従妹だろ?と一夜さんは何でもない様子で言い、ふいに真面目な顔になって声をひそめる。
「あのリーダーのガキ、『右京』って呼ばれてた」
「右京!?」
「よくよく思い返してみるとさ、あいつ…右京にちょっと似てるような気もするんだよな」
「…お前そんなまた適当なこと…」
英次が言いかけたとき、背後から声がかかる。
振り返ると、そこには…
父の旧友である、高官の男性が立っていた。
きりっと姿勢を正す英次。
「何か?」
「…お話があります」
彼の家に招かれ、人払いがされた後。
彼は静かに話し始めた。
「実は、娘のことなのですが…」
はっとする。
『私達は紫苑以外に従う意志は無い』
16年前…はっきりと僕に言い放った少女。
「安寿さん…」
「…覚えておいででしたか」
ほっとした顔でつぶやき、彼はまた深刻な顔になる。
「実は…娘は生きているらしい、という情報がありまして」
安寿さんは紫苑兄さんと共に紺青の兵士と戦い、命を落としたはずだ。
「燕支の城下から北上したところにある山に、尼寺があることをご存知ですか?」
僕が首を振ると、英次が難しい顔で言う。
「たしか…あの少年達じゃないですけど…近隣の国に諸事情でいられなくなった女性が大勢、身を寄せているとかっていう…」
そう、と彼は頷く。
「戦場から傷を負って落ち延び、そこに身を寄せ…赤子を産んだ、という話なのです」
子供………
「その…安寿様は、ご存命だとして…30代半ばくらいのご年齢でしょうか?」
突然そんなことを一夜さんが聞き、はぁ…と怪訝そうに男性が答える。
「私は…多分、その方にお会いしました」
はっとした顔をする男性と僕達に向かって、一夜さんは拉致されていた間に、見聞きしたことの一部始終を話してくれる。
事故で視力を失った女性。
女性の15、6歳になる息子。
………『右京』という名。
思い切って…男性に聞いてみる。
「安寿さんと…紫苑兄さんは…その……お付き合いされていたんでしょうか?」
彼は、わからない…というように首を振る。
「私は……あの事件に娘が関わっていた、ということ自体、まったく寝耳に水だったものですから………」
「…そうですか」
尼寺………
行ってみるか。
迎えてくれたのは、一人の高齢の尼僧だった。
「安寿…ですか」
彼女ならもうここにはいない、と尼僧は静かに言う。
「数週間ほど前でしょうか…この寺の宝である『紫面鏡』と共に、彼女は姿を消してしまったのです」
「『紫面鏡』…?」
名前から察するに…『神器』の一種だろうか。
「彼女が持ち去ったってことですか?けど…」
そう、と彼女がつぶやく。
「あの子は目が見えません。安寿が持ち出したというよりは…あの子の息子が持ち出し母親を共に連れ去った、と考えるのが自然でしょうね」
少年が山賊団のリーダーになっていることを話すと、彼女は嘆くようにつぶやいた。
「可哀想な子なんです…色々と秘めた能力のある子ですから、きちんとした教育を受けていればおそらく、国を背負って立つような人物になることも、さほど難しいことではないと思うのですが…」
「人望もありそうだったしなぁ…」
頭を掻きながら、一夜さんが言う。
「前に右京がさ…孝志郎のこと紫苑さんみたいで心配だって言ってたって聞いたけど………あいつに会ってさ、なるほどって思っちゃったもん、俺」
「…そうですか」
一夜さんも、僕と同じことを考えているらしい。
『紫面鏡』とは何なんですか?と聞くと、尼僧は困り顔で首を振る。
「よくわかりません。何か不思議な力を持つ道具だと、伝え聞いてはおりますが…」
「『神器』…か」
尼僧は、不意に深々と頭を下げる。
「お願いします、どうかあの子を…右京を助けてあげてください」
聞きにくかったが…
思い切って、気掛かりだったことを聞いてみることにする。
「右京の…父親は一体…」
彼女は再び、悲しそうに首を振る。
「安寿は何も言わなかったのですよ…しかし、安寿はその男性をずっと忘れることなく、想い続けているようでした」
『大事な存在だ』って………
そう言ってたな、兄さん。
意志の強そうな、少年の姿を思い出す。
「わかりました!僕達にお任せください」
「右京様?」
仲間の一人が、遠慮がちに声をかけてくる。
「あいつ…『右京』って…呼ばれてましたね」
「そうだな………」
俺に少し…似た青年。
会ったことのない父様に何か…関係のある人物なのだろうか?
僕が生まれる前に命を落としたと、母様は言っていたが…
…いや。
そんなこと、今はどうでもいいことだ。
「あいつら…攻めてくるでしょうか?」
「…そうだな」
ありえない話じゃないだろう。
「先手必勝…だな」
「こちらから攻めますか!?」
立ち上がると、皆が一斉に俺を見た。
「燕支に仕掛けるぞ」
「本当ですか!?」
「丁度いいや!!!俺達ムシャクシャしてたんすよ!!!」
「それは駄目だ!あくまで俺達の居場所を守ること…そのための戦いだ。むやみに血を流すことは許さない」
「けどっ!!!」
「誰も傷つけたくはない、相手も…お前達もだ。天涯孤独の身とはいえ、俺達は家族みたいなもんなんだからな…」
仲間達がしん…と静まる。
緊張感に包まれた洞窟の奥で、鈍い光を放つ『紫面鏡』。
それを手にして、俺は皆と共に、洞窟の入口へと向かった。
『『浄玻璃鏡』を知っているか?』
無線から聞こえる、来斗さんの声。
「橋下伍長の『神器』ですね」
『そう…あれは影を照らし、真実を映し出す鏡だ。一方で『紫面鏡』は…照らされたものに幻影を見せ、混乱させる力があるらしい』
「ふうん…幻影ね。だからオンブラの気配がしなかったんだな」
でも、と一夜さんがつぶやく。
「攻撃したらちゃんと手ごたえがあったんだぜ?右京も仕掛けられて防御してたとき、少し辛そうだったじゃん」
「そうですね…確かに手ごたはえありました」
それは…とつぶやいた来斗さんの横から、あ!と明るい声がする。
一夜さんの表情も、同時にぱっと明るくなる。
その様子に…怪訝そうな顔をする英次。
『これじゃない!?これこれ…』
ページをめくる音。
『そうか…おそらくその森周辺が『天球儀』のような状態になるのだろうな』
『天球儀』とは。
紺青の士官学校に併設する、『神器』その他を用いた戦闘訓練に用いられる施設だ。
その中で行われる戦闘は擬似的なものだが、手ごたえも本当の戦闘同様だし、ダメージを受ければ建物を出るまでは痛みも持続するらしい。
『でも…『天球儀』って出力ダイヤルがあって、あんまり強度を高くするとあまりのリアルさに発狂しちゃったりするらしい…って聞いたことありますけど』
「そうなんだぁ、さっすが藍は詳しいねぇ」
『………まあ、そういうことだ。あまり無茶はするなよ』
わかりました、と答える僕を押しのけて、一夜さんが無線を手にする。
「藍元気!?さびしくない???」
『あ…うん。あなたも…元気そうね』
「今って紺青は夜だよね!?何何?何でこんな時間に来斗と一緒にいんの!?」
『え?…だって、来斗が手伝ってくれって言うから…』
「こんな時間まで女の子拘束してるなんて、ちょっとやりすぎじゃないかなぁ」
『一夜………』
「前から思ってたんだけどさぁ、来斗はちょっと藍に依存しすぎなんじゃない?」
『………お前いい加減にしろ!!!俺にヤキモチなんてお門違いも甚だしいぞ!!!』
『来斗っ……落ち着いて、ね』
一夜さんを制して、来斗さんに礼を言う。
「藍さんもありがとうございました」
『安寿さんと紫苑さんの息子…なんですか?』
「おそらく……状況からすると、そう考えるのが自然だと思うんですけど」
『どうかお気をつけて…一夜も、あんまり無茶しちゃだめよ』
「え?あ、はーい!」
無線が切れ、ご機嫌な一夜さんに…英次が怪訝そうな顔で尋ねる。
「さっきの…あれ誰だ?」
きょとん、と英次を見て、彼は幸せそうに笑った。
「俺の…彼女」
「…彼女!!??」
そうそう、と楽しそうに笑う一夜さん。
「すっごいかわいいんだぜ!?めちゃくちゃスタイルもいいしー、性格もいいしー、頭もいいしー、それにめちゃくちゃ強いし」
「強い………のか。そりゃすげえな」
「一夜さんっ…じゃあ、そろそろ対策を考えましょうか?」
長いのろけ話が始まる気配を察し、慌てて言った…そのとき。
城の高官が慌てて部屋に入ってきた。
「右京様!!!山賊団の連中が…城門付近に」
「何だって!?」
右京少年率いる山賊団と向き合う兵士達の先頭に進み出て。
指揮官の一人に、静かに言う。
「ここは…僕達に任せてください」
「しかし…」
「僕達が駄目なら、後はお願いします。でもまず…僕達に任せてみては下さいませんか?」
「…わかりました」
右京少年は、『神器』らしき鏡を手にしている。
「こんなことして…お母さんが悲しむよ?」
「黙れ!!!」
武器を構える少年達に、静かに言う。
「まずは僕達が相手になる…だから他の人達には、危害を加えないで欲しい」
「そんなこと…」
「もし負けてしまったら…君達の要求に応えられるよう、兄に進言する用意もある」
「右京様!そんなこと言って…」
「いいだろう」
右京少年が静かに言い、僕の提案に同意した。
「ここで騒ぎを起こしたら、関係のない民衆にも危害が及ぶおそれがある…勝負するのは君達の森にしないか?」
「…お前は」
呆れたように笑って、彼は少年達を下がらせる。
「先に行くぞ…森で戦うとなれば有利なのは我々だ、それはわかっているんだろうな?」
「構わないよ!」
楽しそうに笑う一夜さん。
「では…待っているぞ、燕支の皇子」
「どうすんですか!?右京様…」
動揺した様子の英次を、じっと見つめる。
「お前も…一緒に来てくれるか?」
「えっ………」
ちょっと動揺した様子で硬直したが…すぐに思い直したように言う。
「勿論です!!!右京様は紺青に行っちゃうんだし…自分の国は自分で守ります!」
「よし!よろしく頼む」
一夜さんもにっこり頷いた。
「右京…」
長兄が兵士達の間から歩み寄ってくる。
彼に向かって、僕は深々と頭を下げた。
「出すぎたことをいたしました…申し訳ありません、兄様」
「勝算は…あるのか?」
「はい。それより…僕は彼を止めたい、助けたいのです」
右京少年の去って行った方に目を向け、兄が言う。
「…似ていたな、紫苑に」
「兄様もそう…思われますか」
頼んだぞ、と寂しそうにつぶやく長兄達に見送られ…
僕達は、彼らの後を追った。
「待っていたぞ」
森の入り口には、右京少年が一人で立っていた。
「先ほどの条件…間違いないな?」
「…ああ」
「では…」
彼はすばやい動きで、『紫面鏡』を僕達に向けた。
まぶしい光に目がくらむ。
「何だ!?」
一瞬意識が遠くなり………
気づいたとき、目の前は荒野だった。
「右京様…これは!?」
英次の背後で一夜さんがつぶやく。
「きっと…『紫面鏡』の力だろうね。『天球儀』の中もこんな雰囲気だった」
「そうですか…」
英次の名を呼ぶと、気合の入った声ではい!と答える。
「ここから先見るものはすべて…幻だ。それでも…傷つけられれば痛みも感じるし、血も流れるように感じるらしい。気をしっかり持って…落ち着いてな」
「はいっ!!!」
右京、と静かな一夜さんの声。
「どうやら…お出ましみたいだよ」
目の前に黒い影が三つ。
そして僕達の立っている地面が三つに割れた。
「何だ!!??」
三人ばらばらの場所に立ち、黒い影と向き合う形になる。
英次の前に…以前見たのと同じ、熊のようなオンブラ。
英次は剣を抜き、構える。
その表情に、迷いは一切ないようだ。
『右京よ…安堵している場合か?』
はっとして見るとそこには…
「『ベルゼブ』か…」
黒い影のような彼は黒く光る刀を抜く。
『参るぞ…』
『水鏡』を抜き、構える。
「来い!!!」
「なーるほど、自分が敵わないと思うような強敵が、目の前に現れるってわけ…」
『大通連』を抜く。
「よく…わかってんじゃない」
『何の話だ?一夜…』
目の前には。
『村正』を構えた、孝志郎の姿。
俺は少し首を傾げ、そいつに向かって笑いかけた。
「いや…こっちのことだよ」
激しい炎によって巻き起こる風で、吹き飛ばされそうになる。
『水鏡』を握る両腕にも重みが加わる。
「う………」
ベルゼブはにやりと笑い、目が赤く光る。
『貴様一人で、敵うはずがなかろう』
「…何だと!?」
『以前貴様がなしたことは、一ノ瀬孝志郎との戦いで勢いの弱まった私に止めを刺した…それのみであったではないか』
少し動揺しながら…答える。
「よく…覚えているな。だが…」
炎を水の盾で遮りながら、硬く目を閉じる。
『水鏡』に呼びかける。
あの時のあいつは…霞様の大きな『神力』を吸収していたのだし、そんなあいつとの長い戦闘で、僕はかなり消耗していた。
今、倒すべきはベルゼブただ一人。
『神力』も体力も気力も…充分だ。
惑わされるな、奴の言葉に。
『やれるな?』
「ああ………行こう」
かっと目を見開く。
襲い来る炎の中心にある、ベルゼブの姿を捉えた。
『伊耶那岐』
静かに唱えると同時に…
青白い光が猛火を突き破り、一気にベルゼブの元へと到達し。
『何!?』
眩しい光を放ち、その黒い体は粉々に砕け散って…消えた。
ふう…と大きく、ため息をつく。
「思ったより…うまくいったな」
以前碧玉隊長に強化してもらった『水鏡』の、真の威力は…
僕の『神力』では活かしきれないくらいに、大きな物なのかもしれない。
「右京様!お見事でしたぁ!!!」
悲鳴のような、英次の声。
見ると、彼はオンブラを相手に、必死で応戦していた。
この前の逃げ腰な様子は微塵もなく、攻撃に打って出ているようだが…
やはり、『神器』なしにオンブラを倒すのは、至難の技というところだろう。
「俺もう限界です!!!早く加勢してくださいよぉ」
彼の急成長ぶりに目を細めながら、ああ、と答える。
「僕も今、そっちに…」
その時。
目の前に振りかざされた刀を、咄嗟に受け止める。
『やるな…右京』
にやりと笑う、その人物。
僕は…目を疑った。
体が凍りついて…動かない。
「………紫苑…兄様」
『どうした一夜…もう、おしまいか?』
燃え盛る炎の中、地面に膝をつく俺に、笑いを含んだ声が飛ぶ。
俺も何とか笑って…答える。
「冗談…まだまだ、これからだよ」
『そんな風に減らず口が叩けるなら…大丈夫だな』
にやりと笑う孝志郎をじっと見据え、『大通連』を構える。
『巴』
刀の先端から放たれた空圧を、軽い身のこなしでかわし。
孝志郎は俺との距離を、一気に詰めた。
「なっ………!?」
『カグツチ』!
『村正』から放たれた炎に腹部を切り裂かれ、後方に吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ…全身に鋭い痛みが走った。
「う………」
やっとの思いで体を起こすと…
『火蜥蜴』!
孝志郎の刀の先端から炎の塊が幾重にも連なって、こちらへ向かってくるところだった。
喰らいつき、体を焼き尽くそうとする炎。
「くっ………」
焼けるような痛みに耐えかね…力の抜けた手から『大通連』が滑り落ちた。
『なんだぁ?随分と苦しそうじゃねえか』
「こ…のぉ………」
『小通連』を抜き、唱える。
『疾風』!
突風で炎が吹き飛ばされる。
自由になった体には、依然…火傷の激痛が残る。
あんまり………激しい動きは出来そうにないな。
『降参するか?』
全身に炎を纏い『村正』を構えた孝志郎が、不敵に微笑む。
あれ程の技を幾つも繰り出しておきながら…あの余裕はどうだ。
覚醒した孝志郎の力っていうのは…ここまでのものだったのか。
…こうじゃなくても、孝志郎は強かった。
『神力』も高かったし、『村正』との同調性も高かった。
剣術も逸品だ。動きの俊敏さは伊達じゃない。
おまけに目もいいらしい。さっきも動き…読まれちゃったし。
でも………
『動くぞってのがこう…伝わっちゃうみたいな感じなんだよなぁ』
あの剣術大会の日、剣護が悔しそうにつぶやいた…その言葉。
『やっぱり剣術は、一夜が一番だったんだね!』
藍の…楽しそうな笑顔。
剣術だけなら…負けやしないのに。
『…どうした?』
目の前で笑う孝志郎は………
そうだ。
「お前なんか…ニセモノじゃないか」
本物の孝志郎は紺青に居て、体に気をつけろよとか何とかジジ臭いこと言って、俺達を送り出してくれたのだ。
つぶやいた俺を見て、目の前の孝志郎が呆れ顔で笑う。
『ああそうだ…ニセモノかもしれんが………そのニセモノにお前は今、やられそうになってるんだぜ!?哀れなもんでな』
「やられや…しないさ」
『小通連』を鞘に収め、抜いた刀は…
『顕明連』。
光の『神器』…属性で言えば、『浄玻璃鏡』に近い。
「来いよ…孝志郎」
『何だ…まだやる気か?』
「ああ………これで最後だ」
刀を静かに構え、目を閉じる。
孝志郎の方も…さすがというか、警戒した様子で静止している。
右京や英次も、懸命に戦っているらしい様子が遠く聞こえるが…
近くはただ、静かだ。
我慢比べのような時間がしばらく続く。
が………
刀を握る腕に、さっきの火傷の激痛が走った。
「あっ…」
『顕明連』の先端が、ぐらっ…と大きく揺れる。
と。
チャンスと見た孝志郎が、猛スピードで突っ込んできた。
それは正に………
願ったり叶ったり。
『明光』!!!
俺の刀から放たれた無数の光の筋が、針のようになって孝志郎の体に突き刺さる。
『な………に………?』
「ごめんね『孝志郎』…俺の勝ちみたい」
こちらの読み通り、幻影で象られたその体は、光の力に弱いらしい。
串刺しになった『孝志郎』は…暗い荒野に消えた。
ふっ…と、体の力が抜け、地面に膝をつく。
「案外…苦戦しちゃったな」
まだ…序盤だというのに。
少し離れた所に転がる『大通連』に、ゆっくりと手を伸ばす。
手が触れそうになった、その時。
誰かがその刀を、静かに拾い上げた。
何だ?
ぎょっとして、見上げる。
と………
『はい、これ…』
微笑んで『大通連』を差し出す人物。
心臓が大きく一つ…脈打つ。
『どうしたの?一夜』
「藍………?」
「右京様ぁ!!!」
遠くから英次の叫び声が聞こえるが…
僕はその素早い攻撃に、反応するのが精一杯だ。
『出来るな右京!剣術の腕前、随分上達したじゃねえか!?』
「うぅ………」
刀と刀のぶつかり合う、耳をつんざく激しい金属音。
紫苑兄様………
これは…幻だ。
なのに………何故だろう。
涙が止まらない。
『どうした、そんなんじゃ…俺には勝てないぜ!?』
にやりと笑った兄様は、突如体勢を変え鋭い突きを放つ。
「ぐっ………」
刀は僕の腹部に、鋭く突き刺さった。
「右京様!!!」
刀の引き抜かれた傷口からは、大量の血が吹き出す。
これが…偽りの傷だなんて………信じられないような激痛。
ふっ…と意識が遠のき、地面に崩れ落ちる。
『もう終わりか?随分手加減してくれたもんだなぁ、右京』
この声…まぎれもなく兄様の声だ。
手加減した訳じゃない。
でも………手が出せないのだ。
どくんどくんという血液の流れる音が、耳の奥に響く。
「兄…様………」
「ありがとう」
彼女の手から『大通連』を受け取る。
にこにこしている藍から視線をそらし、つぶやく。
「これ………何かの間違いじゃないの?」
『あら?そんなことないと思うけど』
「だって…藍が相手なんて………」
『信じられない?』
だったら…と、彼女は妖しい笑みを浮かべる。
『証明してあげましょうか?』
彼女は少し俯いて。
すっ…と着物の帯を解いた。
その姿を…思わず凝視してしまう。
『どうしたの?そんな驚いた顔しちゃって…』
依然、藍は妖艶な笑みを口元に浮かべ、じっと俺の目を見ている。
「………驚くよ…そりゃ」
つぶやいた俺に構うことなく、彼女は白い両腕を広げてみせる。
『ねえ…好きにしていいのよ、一夜』
「……………」
『だって…ずっと、会いたかったんでしょ?』
怒り心頭に発し………
額に手をやり、ため息をつく。
「言いたいことはよくわかったから…とっとと服着てくんない?」
『…どうして?』
「どうしてでもいいから早く服を着ろ!叩っ斬るぞ!!!」
『…まあ怖い』
いたずらっぽく笑って、彼女は地面に落ちた着物を取り上げ、袖を通す。
他の連中は………
自分の目の前のことに精一杯で、今の一連の彼女の行動を見てはいなかったらしい。
ふう、と俺はもう一度、大きくため息をついた。
『恥ずかしがりやさんなのね、一夜は』
「恥ずかしがりやだとかそうじゃないとか…そういうんじゃないだろ?これは藍の沽券に関わる問題だ」
『そっか…優しいんだ』
彼女はそうつぶやいて、『氷花』を抜いた。
『じゃ…始めましょうか?』
「始めるって………何を?」
『決まってるじゃない………あなたが、じゃなく…私が、あなたを叩き斬ってあげるの』
笑いながら、低い声でそう言うと同時。
青白い光を放つ『氷花』を構えた藍が、懐に飛び込んでくる。
「なっ…!?」
『スノウイング』
至近距離で放たれた無数の氷のつぶてが、体に突き刺さる。
同時に巻き起こった冷たい風に煽られ、地面に叩きつけられた。
「う………」
凍りついた腕に渾身の力を込め、刀を握り、立ち上がるが…
『どうしたの?』
「……………」
刀を握る腕に、更に力が篭もる。
だが…
「………駄目だ」
俺はそのまま、その腕を…だらりと下ろした。
「無理。俺には………藍は斬れないよ」
『あら…そう』
にやりと笑い、彼女は刀を袈裟懸けに振り下ろす。
「ぐっ………!」
激しい痛みに耐えかねて…地面にうずくまる。
『ちょっと浅かったみたいね…痛いでしょう?』
鋭い視線を向ける俺の首に、彼女は微笑みながら『氷花』をかざす。
『今、楽にしてあげるわね…一夜』
ぐっと固く、目を閉じる。
「馬鹿だな………俺」
『本当ね…』
頭上に響く…藍の声。
『馬鹿で、それに優しくて………大好きよ、一夜』
刀が振りかざされる気配。
そして、振り下ろされる…
と………
思った時だった。
「相変わらずだな、古泉」
………え?
「士官生の頃も、同じようなことがあったな。あれから全く成長がないとは…嘆かわしい」
それは…
『あ………』
藍の背後が赤く輝いたと思った次の瞬間、その体は火だるまになって、消えた。
「………あれは」
ちょっと余談。
『剣護に一夜は斬れるか?』
とかいうのをさんざん本編でやったわけですが…
一夜的に、剣護は斬れても藍は斬れないらしいです。
剣護………