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燕支(その1)

外伝のそのまた番外編。

とりあえずは一区切りとなるお話です。

『拝啓 右京様

久々のふるさとはいかがですか?

紺青は相変わらず平和で、みんなとても元気です。

風もだんだん涼しくなってきて、秋の気配が漂い始めています。

北国育ちの母花蓮は、冬が来るのが楽しみみたいです。

燕支ではあまり雪が降らないそうですね。

今までそんな話ゆっくり聞く機会もなかったので、昨日は小一時間そんな話につきあってあげていました。(あの人よくしゃべりますね…)

家族っていいもんだな…なんて、今更ですけど思ったりして。』


『十二神将隊のほうは、残りの人事も大分片付いて、落ち着いてきました。

浅倉隊長が総隊長に就任されたのに伴って、秘書職を月岡伍長に引き継ぎましたので、残る勾陣隊と太陰隊の伍長職は、少し手空きになった私がお手伝いしています。

草薙隊長もだんだん隊長が板についてきた感じで、毎日頑張ってらっしゃいます。

涼風隊長は相変わらず図書館に篭りっぱなしですが、最近外でも見かけるようになりました。勿論彼女と一緒ですけどね。(今まで知らなかったけど実はまめな子みたいです)

片桐隊長は相変わらず杏に振り回されてます。一夜が留守で少し物足りなそうです。

浅倉隊長は南と都を行ったり来たりで忙しそうですが、時々騰蛇隊舎の草薙隊長に喧嘩を売りに来るところを見ると、まだまだ余裕はありそうです。

孝志郎の記憶は相変わらずですが、昔のことを色々話すとどんどん覚えてくれます。

今では昔と何も変わらない様子で私達に接してくれていて、記憶がないなんて嘘みたいな感じ。性格が丸くなったのが、ちょっぴり寂しいような気もしますけど。

白蓮も元気でとってもしあわせそうです。

ちっちゃな清志くんも、段々大きくなってきました。』


『そうそう。

霞様もお元気です。

ご公務でとても忙しそうですが、以前と比べて表情が明るくなられたような気がします。

ただ…右京様が燕支に戻られて少し寂しそうです。

お戻りはいつだったかしらって、何回も聞かれるところとか…

やっぱり霞様もお年頃の女の子ですよね、かわいいなぁって思います。

だから早く帰ってきてあげてくださいね。

…なんて。

せっかくですからゆっくりして来てください。

季節の変わり目ですので、どうぞご自愛くださいませ。


敬具』


「藍さんてば…」

思わずつぶやいて、窓の外を見る。

燕支の夜はとても静かだ。

サイドテーブルのコーヒーを一口飲んで、もう一度、綺麗な字の並ぶ手紙に視線を落とす。

久々に戻った燕支。

一番上の兄が父の後を継ぐことが決まり、少し慌しい雰囲気だった。

王位継承に関しては、他の兄達も納得している様子。

玲央の出身地である常盤が、後継者問題で壊滅的な状態に陥ったことを考えると、とても平和に進んでいるといっていいだろう。

この調子なら…大丈夫。

父上も母上も元気だし、そんなに長居することもないかな。

外を吹く風の音に耳を澄ます。

『…私達は紫苑以外に従うつもりはない』

かつてそんな風に言っていた人々がいた。

そのほとんどは紫苑兄さんと一緒に命を落としたが…

生き残った人々は一体、今どこで何をしてるんだろう。

その時。

突然、寝室のドアがバタン!と開いた。

「………一夜さん!?」

「右京………あのさ」

『護衛』という名目で僕に同行してくれている一夜さんは、真剣な顔で僕に近づいてきて、低い声でつぶやく。

「帰ろ」

「…は?」

「だって…国も落ち着いてるみたいだしさ」

「まぁ…そうですけど」

「だからさ、もういいんじゃない?」

「一夜さん………あのですね」

その、そわそわした声に…

思わず一つ、ため息をつく。

「役人の方に…お願いしたいことがあるから明日来てくれって…頼まれましたよね?」

「………そうだったね」

「僕が帰るって言ったとき、一夜さん言ってくれたじゃないですか?『帰ったらゆっくりしっかり親孝行しなきゃね』って」

「………うん…言ったね」

「燕支の人が困ってることがあるっていうなら…それを解決してあげることが親孝行になると僕、思うんですけど」

「………そうだよね」

ごめんなんでもない、と笑って部屋を出て行く一夜さんの背中は…何だかとても寂しげだ。

『紺青から手紙が来ている』と城の使いの人に言われて。

手渡された手紙は僕に一通、一夜さんに一通だった。

「藍さん………一夜さんの手紙に何書いたんだろう」


「鬼退治…ですか?」

そうです、と中年の役人が大きく頷く。

「国のはずれにある、小さな森をご存知ですか?」

頷くと、彼は難しい顔のまま、出るんですよ…と囁く。

「近隣の住民が何度も目撃しておりまして…獣のようなものを見たとか、この世のものとは思えないような叫び声を聞いたとか」

少し顔を青くした彼を横目で見て、一夜さんがふうん、とつぶやく。

「幸い、直接危害を加えられた者はいないのですが、何かあってからでは遅いですし…近隣に棲む住民も不安がっております。それで、右京様のお力があればもしや…と」

周囲の役人達も、不安げな顔で頷いている。

「どうします?一夜さん」

一夜さんは…

昨夜の一件などどこ吹く風、といった顔。

「まぁ…行ってみないことには話始まんないよね」

「じゃあ、一緒に行ってくれるんですか?」

勿論、と笑う一夜さん。

ほっとして思わず笑顔になった僕に、不思議そうな目をして尋ねる。

「どうしたの?右京…」

「いえ…ちょっと」

変なの、と綺麗な笑顔でつぶやいて。

一夜さんはいつものように、飄々と宣った。

「だってさぁ…ここで一緒に行かなきゃ俺、何のために右京に付いてきたのかわかんないじゃん」

………よく言うよ。

気分を切り替えて、再びさっきの役人達と向き合う。

「場所はどのあたりですか?僕にもわかるでしょうか」

「それでしたら…」

その時。

廊下を走ってくるバタバタという足音が聞こえ、バタン、と部屋の戸が開いた。

「右京様!!!」

「…英次(ひでじ)!?」

そこに立っていたのは、幼馴染の原田英次だった。

年は僕より二つ下。

花蓮様の下で、一緒に剣術の稽古もしていたことがある。

「久しぶりだなぁ、元気か!?」

「はいっ!」

頷いてにっこり笑う英次は、燕支の役人の制服に身を包んでいる。

「お前、役人になったのか?」

「はい、おかげさまで。とは言っても、まだまだ下っ端も下っ端ですけど…」

英次の上司らしい役人が、こほんと一つ、咳払いをする。

ぎくっ、と硬直する英次をちらりと見て、彼は涼しい顔で僕に笑いかけた。

「森へは、この原田がご案内いたしますので…どうかお任せください、右京様」


「いやぁ右京様ってば、すーっかり立派になっちゃって…」

上司に咎められたことなどけろりと忘れた様子で、にこにこと英次が言う。

「十二神将隊っていうと、すっごいエリートなんでしょ!?そんな人達とお友達なんですから…昔っからすごい方だとは思ってましたけど、やっぱすごかったんですねぇ右京様って!」

「いや…そんなことは」

「そんなぁ、右京様ったら謙遜しちゃって…本っ当尊敬しちゃいますよぉ俺!」

そんな話をしながら、城の中庭を歩いていると。

少し離れたところから、若い女性達の歓声が聞こえてきた。

「何でしょ???」

怪訝そうな顔をする英次に苦笑しつつ。

僕達の後ろを、涼しい顔で歩いている一夜さんに声をかける。

「相変わらずですね…一夜さんのモテっぷり」

「………俺?」

一夜さんが不思議そうにつぶやいて、女の子達の方を見ると。

…案の定、再び黄色い声が上がった。

面白くなさそうな顔をした英次が、僕の耳元でぼそりとつぶやく。

「右京様…なんなんすかぁ?あいつ」

「えっと………」

その疑問は至極もっともなのだが、果たして…どこから説明したものか。

遠巻きに僕達を見ていた女性のうちの、勇気ある数人が僕達に近づいてきた。

「右京様!お連れの方…紺青の方なんですか!?」

意気込んだ様子の女性達に、ちょっと押され気味になりながら…

僕は曖昧に笑って答える。

「ええ…そうですけど。十二神将隊勾陣隊前隊長の…古泉一夜さん」

「こ……………勾陣隊!!??」

突然、英次が素っ頓狂な声を出す。

「…十二神将隊最強って言われてる………あの勾陣隊ですか!!??」

紺青から遠く離れた土地の役人も知ってるなんて、ベルゼブの事件を期に、十二神将隊の知名度は更に上がったものと見える。

しかし、『勾陣隊』の名を聞いたところで、盛り上がった女性陣の勢いは衰えない。

腰を抜かした英次を、ぐいっと背後に押しやり、キラキラした目で一夜さんの前に立つ。

「一夜様っておっしゃるんですか!?」

「すっごーい、お強いんですね!」

「まぁ…それほどでも」

ふっ、と涼やかに微笑む一夜さんに…女性達は顔を赤らめる。

「燕支はいかがですか?」

「慣れない土地で、お疲れなんじゃありません?」

「いえ全然!私はあまり国を離れたことがないので、見るもの全てとても新鮮です。緑が多くて水も澄んでいて、皆さんとても良くしてくださいますし。食べ物もおいしいし、それに…」

一夜さんはよそ行きの笑顔で、軽く首を傾げて見せる。

「正直綺麗な方も多いなって…思いますし」

きゃあ!!!と…感極まった声を上げる女性達。

「そうですかぁ!!??」

「だってだって…紺青の女の子の方がお洒落でお化粧も上手で、私達なんかよりずーっと綺麗なんじゃないですか!?」

「うーん、そうだなぁ…お洒落な女性は確かに多いですけどね。こちらの女性の方が何ていうか、純粋で芯から美しいな…って」

「えー!!??」

「私達…ですかぁ!?」

「あっ、ごめんなさい!俺つい…何か失礼なこと言っちゃったかな」

頭を掻いて笑う一夜さんに…

彼女達は、完全にノックアウトされてしまったようだ。

「失礼だなんて…」

「そんなこと、全然ないですよぉ」

「一夜様って…素敵」

堪りかねて、あの…と、一夜さんの袖を引っ張る。

「そろそろ…行きませんか?」

「あ…ごめんごめん、じゃ行こっか」

「行ってらっしゃいませ!一夜様!!!」

「お気をつけて!」

「頑張ってくださいねー!」

明るい声で言う女性達と、にこやかに手を振る一夜さん。

僕は思わず小さくため息をつき…彼にそっと耳打ちする。

「一夜さん、昨夜…藍さんに会いたいって………言ってませんでしたっけ」

「え?そりゃ、すっっごく会いたいけど………何で?」

「心配しますよ…藍さん」

「…え???」

「あの…だから………あんな風に、女の子と楽しそうに話したりして………」

何だその事か…という顔をして大きく首を傾げ、一夜さんはやや非難めいた声を出す。

「だって…せっかく声かけてくれたのに、返事しないの失礼じゃない?」

「そりゃ、そうなんですけど………」

もー何心配してんの!?と笑って、バシンと僕の背中を叩く。

「大丈夫だって!俺は藍一筋なんだから」

「一筋………ですか」

『あいつの女殺しは天然だから』

以前何かの時に聞いた、剣護さんの一言がちらり…と脳裏に浮かぶ。

目を丸くして固まっている英次に、一夜さんが何してんの?と声をかける。

「ぼーっとしちゃってもー…早く行こうぜ、英次」

「英次…って………」

ちょっと涙目になりながら、彼は拳を握って怒鳴った。

「ほぼ初対面のくせに、人を気安く呼ぶな!!!」


薄暗い森。

そこは…しんと静まり返っていた。

湿っぽい空気の中、僕達が下草や枯葉を踏みしめる音だけが響く。

薄気味悪いところでしょ?と、英次が暗い顔でつぶやく。

「こんな辺鄙な土地に…国の人達は一体なんの目的で来てたんだ?」

「このへんでしか取れない薬草があるんですよ…そういう珍しい薬草を売って、生活の糧にしている人達がいまして」

「…なるほどね」

その時。

湿っぽい空気が…急にぴりっと冷たくなった。

「な…何だ!?」

英次がきょろきょろ辺りを見回す。

聞こえてきたのは………

『何しに来た?』

ぞっとするほど低い声。

腰の『水鏡』に手をかける。

「何者だ!?」

『…ここは貴様らの来るようなところではない』

『悪いことは言わぬ。早くこの森から出て行け』

『そうだ』

『帰れ帰れ!!!』

幾つもの声が重なり合って、冷たい風が吹き付けてくる。

…そして。

突如目の前に………巨大な、熊のようなオンブラの姿。

「ぎゃぁぁぁ!!!」

腰を抜かした英次を後ろに押しやり、『大通連』を抜く一夜さん。

珍しく眉間に皺を寄せ、つぶやく。

「右京…なんだか」

「…何ですか?」

僕が言葉の続きを促すように、彼の方を見た時。

オンブラがものすごい咆哮を上げ、こちらへ突進してきた。

「うわぁぁぁ!!!」

英次の叫び声。

ぶつかる!と思った…その瞬間。

オンブラは猛スピードで僕達の体をすり抜け。

…ふっ、と森の暗闇に消えた。

「………何だ?」

再び静まり返った森を見回す。

「う……うきょうさま……ごぶじ…ですか???」

座り込んだまま動けない英次をちらりと見て、一夜さんが小さくため息をつく。

「右京、怪我ない?」

「はい…一夜さんは?」

「俺も平気」

今の…一体………


『ベルゼブが消えて以来、オンブラの目撃事例は全く報告されていないが…』

無線から聞こえる、来斗さんの声。

『以前常盤に現れたオンブラのように、各地に眠っているオンブラというのもいるようだし…何らかのきっかけで目を覚ましたとしても、不思議ではないだろう』

「そうですね」

しかし。

オンブラは実体がなく透き通っていたことを話すと、それは妙だな…とつぶやく。

『何かに操られていたのか…あるいは………』

来斗さんは考え込むように言葉を噤み、少し調べてみよう、と約束してくれた。

英次は、さっきの失態を思ってか、しょんぼりした目で僕を見ている。

「心配するなよ、大丈夫だって」

「でも…俺、なんも出来なかったし……」

暗い顔の彼を元気づけようと、仕方ないさ…と笑って見せる。

「英次はオンブラを見るの、初めてだったんだろ?」

「………はい」

「なら…今度はきっと大丈夫さ!よろしく頼むよ」

はい、と…英次は依然、神妙な様子で頷く。

「右京様は…すごいですよね。あんなのとずっと戦ってきた…なんて」

「でも…僕だって、一人じゃ敵わなかったよ」

僕の顔をじっと見つめる英次に、当時を思い返しながら話す。

「十二神将隊のみんなや、花蓮様や、霞様…みんながいてくれたからなんとか最後まで戦い抜くことが出来たんだ。それに…」

「それに?」

「『男は大事なものを守るために戦うんだ』って」

紫苑兄さんの笑顔。

それがふいに…脳裏を過った。

その時。

一夜さんの暢気な声が、背後から聞こえてきた。

「右京、俺ちょっと出かけてくるねー」

「えっ?…一体どちらへ」

散歩ーと何気ない声で言い、背中ごしに手を振って去っていく。

その姿を無言で見送って、英次がまた、ぽつりとつぶやいた。

「あいつも…よくわかんないっすけど…強いのは確かみたいですね」


森の中はさっきと相変わらず、静かだ。

「このへんだったかな」

さっき右京には、ちゃんと話せなかったけど…

「違うと思うんだよなぁ」

首をひねってつぶやく。

ほんの一時期だけど、あんなのがうじゃうじゃいる中に身を置いていた経験から言わせてもらうと、あれがオンブラだっていうのは…

その時。

背後に人の気配。

…1,2,3,4…5人、か。

俺が気づいてることに、彼らは多分気づいていない。

カチャリ、と剣を構える音がする。

さりげなく『大通連』に手をかけるが…

思い直して、やめた。

背中に金属の感触。

「貴様…何しにきた?」

それは、10代後半くらいの少年の声。

右京より、英次よりも…多分もう少し若い。

「…君達、何者?」

「答える必要はない!!!」

「さっき警告したはずだぞ?出て行け、と…」

…ふーん、やっぱりね。

おい、と慌てて他の一人が言う。

「どうする?こいつ…」

「とりあえず…報告のために連れてくか?」

報告?

ガツン!と…後頭部に重く鈍い痛みが走る。

「いっ………」

こっちは抵抗する気さらさらないんだから、ちょっとは手加減てもんをさ…

そんなことを思いながら、目の前がブラックアウトした。


「あいつ、まだ帰ってないんですか!?」

英次が眉をひそめて叫ぶ。

外はもう真っ暗で。

「一夜さん…大丈夫かなぁ」

「探しに行ったほうがいいんじゃないですか?」

「そうだね…」

一夜さんがどこかへ…とすれば。

さっき森の中で…何か言いかけてたな、一夜さん。

「英次、一緒に来てくれるか?」

「…どこへです?」

「さっきの…」

「森ですか!!??」

英次は嫌そうな声を出したが、彼なりの責任感もあるのだろう。

すぐに、わかりました!と、自分に言い聞かせるような大声で答えた。


そこは、暗い洞窟のようなところだった。

「目を覚ましたようだな」

さっき聞いたのとは違う、少年の声。

「い…いててて」

殴られた後頭部に手をやりながら、声のする方向に目をやると。

そこにはさっきの少年達と、初めて見る少年が立っていた。

彼らの背後には、更に十数人の少年達。

最初に声を発した少年は、年の頃15、6歳といったところだろうか。

頭にターバンのようなものを巻いており、小柄だが意志の強そうな目が印象的だ。

「手荒なことをして悪かった」

彼は意外なことを言い、俺に向かって頭を下げる。

「お前が刀を持っているのに気づいて動転したらしい。危害を加えるつもりはなかったんだ…すまない」

腰に挿していた『大通連』と『小通連』が見当たらない。

………だけど。

『顕明連』は依然、懐にあった。

何か…お粗末な奴らだなぁ。

まぁそれも…若さゆえってとこかな。

「それはいいからさ、俺の刀返してくんない?」

「貴様っ!!!」

首元に刀が突きつけられる。

「何だよ?」

「右京様に向かって無礼だぞ!!!」

「………右京?」

一瞬聞き違いかと思ったが…どうやらそうでもなさそうだ。

右京と呼ばれた少年は、刀を抜いた少年を静かに制す。

そして、再び俺の目をじっと見て、静かに言った。

「ここで見たこと…黙っていてくれるか?」

「…何で?」

「それは…お前には関係のないことだ」

「そんなこと言われたって…」

「お前なぁ!!!」

「自分の立場がわからないのか!?」

周囲の少年達が殺気立つ。

その時。

「何をしているのです?右京…」

どこからか、凛とした女性の声が聞こえてきた。

暗い洞窟の奥から現れたのは、一人の美しい女性。

長い睫毛を伏せ、目は閉じたままで、ゆっくりとこちらに顔を向ける。

「…そちらの方は?」

少しためらうようにして、右京と呼ばれた少年が彼女に答える。

「紺青から燕支への…使者です。母様」

母様………か。

「まさか…どこかから攫って来たのではないでしょうね?」

「それは…」

叱られた子供のように押し黙る少年。

少し不憫になってきたので、軽い調子で助け舟を出してみることにした。

「迷子になっちゃったんです、俺」

彼女は目を閉じたままこちらに顔を向け、少年はぎょっとした顔で俺を見る。

「…迷子?」

「そうなんです。帰り道がわからなくて、森の中をふらふらしてたんですよね。そしたら彼らが気づいて、とりあえずここまで連れてきてくれて。この後燕支の城の近くまで、俺のこと連れてってくれるらしいんですけど」

戸惑う少年達の様子に気づかない様子で、女性はほっとしたような表情を浮かべる。

「紺青の方…とおっしゃいましたね?」

すっ…と静かな動きで、女性は俺の前にしゃがみこむ。

「燕支の皇子は…どうしておられます?」

「…ああ」

右京のことですか、と言いそうになったが…なんとなく、やめておくことにする。

「元気にしてますよ。俺は彼の護衛って名目で、燕支に来てるんです。まあ…あいつはすごく強いから、名ばかりの護衛なんですけどね」

「強い…と申されますと?」

「そのまんまです。特に剣術の腕前がね…彼程の腕前の人間は、紺青の領地広しといえども、なかなかいないと思います」

目を閉じたままの女性の表情が、少し緩んだような気がした。

「では…帰り道もお気をつけて。右京、使者様をちゃんとお連れするのですよ」

「…わかりました」

女性はまた、洞窟の奥へと去っていき。

しばし、沈黙が流れた。

気まずそうな様子で、右京と呼ばれた少年は俺に問いかける。

「何で…」

「…ん?」

「あんなこと…言ったんだ?」

「いや、なんとなくね。おふくろさんにバレちゃ、何かまずいんだろうと思ったからさ」

「そんなこと…お前の知ったことじゃ…」

「いやいや、おふくろさんは悲しませちゃ駄目だぜ」

叱ってくれる母親がいるっていうのは、正直ちょっとうらやましい。

とはいえ、あの人だったら面白がりそうな気もするけど………っていうのは言いすぎかな。

「それにしても、お前のおふくろさんって美人なんだなぁ!?いくつ???」

「………よく知らん」

来斗の彼女より、もっと年上かもしれないけど…

このくらいの年の息子がいるようには、到底見えない。

「あの人…目悪いのか?」

閉じたままの目が、ずっと気になっていた。

案の定、右京は少しうつむきがちに、小さく頷いて言う。

「昔、大きな事故にあったらしい…俺が生まれた時にはもう…」

見えてない…のか。

「それより…どうしたものかな」

困ったように首を傾げる彼に、見張りらしき少年が一人駆け寄ってくる。

「右京様!!!」

「何だ!?」

「さっきの連中が森に…」

さっきのって…ひょっとして。

そうか…とつぶやき、右京少年が俺をじっと見る。

「…何?」

「…使えそうだな、お前」


「本当にあいつ…ここにいるんですか???」

「多分ね」

周囲を警戒しながら、森の中を進む。

その時。

「止まれ!」

背後から響いた鋭い声に、振り向いて咄嗟に刀の柄に手をかける。

目の前に立っていたのは十数人の少年達と…

首元に刀を突きつけられた、一夜さんの姿。

「一夜さん!!!」

「やあ」

「やあ、じゃねえよお前!何やってんだ!!??」

相手が年下の様子で安心したのか、急に強気になった英次が怒鳴る。

「お前ら!!!もしかして最近この界隈で出没してる山賊団か!?」

「山賊?」

一夜さんが、周囲の少年達をちらりと見る。

「お前ら、そんなことやってんのか…」

「うるさい!!!」

「静まれ」

少年達の間から、リーダーらしき一人の少年が現れる。

「忠告しておく…燕支の人間はこの森に近づくな」

「…何だって!?」

「ここは我々のアジトだ。お前達の来るところではない」

「そんなこと…」

殺気立つ英次を制して、静かに言う。

「ここは燕支の領土の一部なんだぞ?民が森に立ち入ることは、ごく自然なことだろう。君達に、燕支の民の生活を脅かす権利はないと思うが?」

「…我々を切り捨てた燕支の人間に、そのような義理立てする必要はないだろう」

「…切捨てた?」

「ここにいる人間のほとんどは、燕支を追われ住処をなくし、家族をなくした人間ばかり…我々にはこうやって生きていくほか道はないんだ」

「…そんな」

一夜さんの首に突きつけられた刀がカチャリ、と音を立てる。

「約束するというのなら…彼に危害は加えない。どうだ?」

「…右京様!?」

僕の袖を引っ張る英次の言葉に、少年達が少しざわめく。

リーダーの少年も、何故か妙な表情をした。

そして。

僕は思わず小さくため息をついて、面白そうにみんなを見ている一夜さんに声をかける。

「一夜さん…もういいでしょ?」

「…何が?」

「右京様???」

「だって、一夜さんがこんなにあっさり捕まるなんて…ありえないじゃないですか」

「え???」

「何だって!?」

「貴様一体、どういうことだ!?」

目を白黒させる英次と、動揺する少年達を尻目に、彼は…変わらずにこにこしている。

「…興味があったから、わざと捕まったんでしょ?それで…人質として僕達に引き合わせるだろうと踏んで、彼らの動向に従った……違いますか?」

少年達は呆然とした表情で硬直し、しん………と周囲が静まり返る。

そんな中で…突然、楽しそうな笑い声が上がった。

ご機嫌な…一夜さんの声。

「さっすが右京!よくわかってるじゃない」

「…なんだと!!??」

少年達の隙をついてぐっと体を捻り、懐から抜いた『顕明連』で突きつけられた刀を振り払うと、一人の少年を拘束して、一夜さんは笑顔のまま、静かに言う。

「俺の刀、返してくれる?」

度肝を抜かれた様子の少年達を後ろに追いやり、リーダーの少年が一夜さんを睨む。

「騙したのか?俺達を…」

「えーと…騙すっていうと語弊があるけど………ごめんね」

彼はそうか…とつぶやいて、周囲の少年達に言う。

「返してやれ」

「…何ですって!?」

「よい…こいつの刀を持って来い」

『大通連』、『小通連』を渡された一夜さんが、ありがと、とにっこり礼を言う。

飄々とした様子で僕達の方に歩いてくる彼を、苦々しい顔で見送り。

リーダーの少年は、僕達に向かって怒鳴った。

「忠告したぞ、この森には近づくな!忠告を受け入れぬならば…」

静かな森に、突如濃い霧が立ち上り始める。

「我々にも…考えがある」

霧の中に立っていたのは…一匹の飛龍。

「右京様!!??」

「英次、落ち着け」

飛龍は目を赤く光らせ、大きな炎を吐く。

『水天』!!!

『水鏡』の周囲を、水のバリアが包み込んだ。

ずしっと炎の重みがかかり、腕が震える。

「右京様!!!」

「ううっ………」

「右京下がれ!」

突如、背後から一夜さんの鋭い声が飛ぶ。

『烏帽子』!

凛とした声と共に『大通連』の切っ先から空気の塊が放たれ、飛龍の体を貫いた。

悲鳴を上げて姿を消す、オンブラ。

同時に霧が晴れ………

そこに、少年達の姿はなかった。

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