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ラストエピソード(その4)

「十二神将隊、御用改めである!」

宿の主人は怒鳴り声に身を硬くし、怯えたような目でこちらを見た。

『ロックとその仲間達は、紺青の街に火を放とうとしています』

それは『ジェイド』密売に加担していた、天后隊士のもたらした情報だった。

俺達は異国の人間が頻繁に利用する宿を、もう何時間も片っ端から洗っているのだが…

「草薙隊長、ここも違うようです」

一人の隊士が近づいてきて、こそっと耳打ちする。

…そうか。

「営業中に済まなかった。済まないついでにもう一つ、教えて欲しいことがあるんだが…」

白群の人間で、何か不審な噂を耳にしていないか?

そう尋ねるも、主人は目を白黒させて、ぶるぶると首を振る。

………そうか。

『隊長!報告します』

無線から聞こてきたのは、那智の声だ。

『花街の北にある宿は全て当たりましたが、それらしい情報は…』

ちっ…と思わず舌打ちしてしまう。

「そうか。ご苦労」

剣護率いる勾陣隊の方も、今のところ情報はゼロだそうだ。

あの…加納って男。

まさか、出鱈目言ったなんてこと…ないよな。

「けど………こんなに簡単に見つかるわきゃねーよな」

それなら、そいつらの計画…もっと早くに露呈していてもおかしくないのだろうし。

『あの…草薙隊長?』

無線から聞こえる、遠慮がちな那智の声。

『言いにくいんですが………やっぱり聞き込みは、顔の広い三日月さんがいたほうが…』

…そりゃ、そうなんだけどよ。

「あいつは駄目だ」

『いや…わかりますけど』

今あいつを解放して、また何か単独行動取られると、事態はもっとややこしくなる。

だから………

今は、あの状況が一番なんだ。

………多分。


「ねえ…」

なあに?と…彼は楽しそうに聞き返す。

右手を肩の高さまで上げると、手錠がカチャリと重い音を立てた。

「これ………そろそろ外してくれない?」

もー往生際が悪いなぁ、と一夜はにこにこ笑っている。

「ロックが捕まるまで藍はこうしてなさいって、さっきみんなに言われたでしょ?」

「………そうだけど」

さっきのまんま、手錠で繋がれたまんま、家を出られないこの状況…

こうしてる間に、どこで火の手が上がるか…

そう考えると、居ても立ってもいられない気持ちになる。

…一夜はイライラしないのかしら?

厳しい視線を向ける私を、彼は………

熱っぽい瞳で見つめ返した。

「………なっ…何?」

「暇じゃない?藍…」

「…暇………っていうか」

一夜の青い瞳に、動揺した私の顔が映る。

「何してよっか?みんなが帰ってくるまで…」

………ちょっと。

「一夜!?ちょっと…ちょっと待って!!!」

その時バタン!と扉が開く音がして。

入ってきた人物は私達を見るなり、目眩でも起こしたように…壁にもたれかかった。

そして、額に手を当て…はぁ、と深い溜息をつく。

「何?来斗…取り込み中なんだけど」

「……………何が取り込み中だ!!!」

こんな凄い勢いで怒鳴る来斗なんて…中々見れるもんじゃない。

「藍、説明しろ!!!一体どういう状況なんだ!?お前が現れる前後からこっち…状況が混乱してて、俺は何も報告受けてないんだぞ!」

………私に怒鳴られても。

「容疑者は応急処置が済んで、只今取調べ中。都では騰蛇、勾陣、太陰の三隊がアジトを探して走り回ってるよ」

真面目な顔で答える一夜を…不愉快そうに一瞥して、来斗は地面に視線を落とす。

「都に火を放つ…か。しかし………あるいは」

そう。

紺青に恨みを持つとなれば…霞様も心配だ。

「城へは今、右京様が向かってるけど…大丈夫かしら」


霞様の執務室に飛び込んだ時。

そこには、銃のようなものを構えた青年の姿があった。

あれは…『神器』の一種か。

銃口を向けられた霞さんは、毅然とした表情で、じっと彼を見つめている。

「それ以上近づくな。姫の命が惜しかったらな」

こちらを振り返ること無く、青年は厳しい声で警告する。

「ロック…か」

僕の問い掛けに返答はないが。

藍さんの教えてくれたその人物の風貌と、彼のそれは…ほぼ一致している。

「もう一度言うぞ、霞姫」

カチャリと銃を鳴らして、ロックは低い声で言い放つ。

「胡粉の人間は全て、白群から出て行くよう命令しろ!そして、宣言するんだ…西の統治は全て、白群の人間に任せると」

…何だって?

「お前は何も知らないんだろうが…白群には俺以外にも、気概のある能力の高い人間が山ほどいるんだ。心配いらんよ」

「要求には応じられない、と…申し上げたら?」

冷静な、霞さんの声が執務室に響き渡る。

ふっ…と口の端だけ上げて笑い、ロックはぞっとするほど低い声で言う。

「この…紺青の街と民とが………炎の中に消える。それだけだ」

「……………」

「要求は飲めなくて当然だろう、あんたの失政が露呈するようなもんだもんな。それに比べりゃ紺青の民衆なんか…取るに足らないもんだろう。けど、統治下の人間をむざむざ犠牲にしたとあっちゃ…結果は同じだぜ、お姫さんよ」

「……………」

「まあ、あんたみたいな世間知らずの綺麗なお嬢さんには酷な選択かも知れねぇが…救える命を救わないってのはやっぱ…王様としてどうなんだろうな?」

黙って彼を見つめる霞さんに…

彼はもう一度、苛立った声を上げた。

「さあ、どうする!?要求を飲むのか、民を見殺しにするのか、どっちなんだ!?」


包帯でぐるぐる巻きになった男達は…むっつりと黙り込んだままで。

我々の尋問に応じる様子は、一切見受けられない。

「どうします?橋下伍長…」

こそりと耳打ちする隊士には、やや疲労の色が見える。

…無理もない。

一体どのくらい、怒鳴ったり宥めすかしたりを繰り返しただろう。

いや…費やす時間で考えれば、そう大したことはないかもしれない。

時間のかかる、根気のいる取調べは…大裳隊ではよくあること。

だが………

『時間がない』

その思いが我々を支配して、更なる焦りを生んでいるのだろう。

焦りはただ空回りして…我々にはただただ疲労感だけが積み重なっていくのだ。

「いつまでそうやって…黙っているつもりですか?」

ぐっと感情を抑え込んで尋ねるも…彼らは鋭い目で睨み返すのみ。

「では…仕方がありませんね」

懐から『浄玻璃鏡』を取り出し、ドン、と机に置くと。

隊士達があわてふためいて、私の袖を両側から掴んだ。

「駄目です!橋下伍長!!!」

「それを遣ったら………こいつら、発狂してしまいます!!!」

さぁっと青ざめる男達に、にやりと笑って警告する。

「これは『浄玻璃鏡』といって…真実を映し出す鏡です。この光に照らされた者の真実の姿を映し出し…全てを曝け出すことが出来る。しかし………ちと、力が強くてね」

落ちてきた眼鏡を指先で持ち上げ、じろりと男達を見る。

「極めて危険なので尋問に遣ってはならぬ、と…隊長からは固く禁じられているのですが」

「…橋下伍長っ!」

事後報告で構わない、と、取り縋る隊士に言い放ち。

大きく…息を吸い込んだ。

「今遣わずして、いつ遣うというのです!紺青の都を守るためならば、私は………私は鬼にもなりましょう!!!」

言い放った…その時。

無線が鳴って…実の暢気な声が響いてきた。

『何や、取り込み中か?』

「当たり前だ!!!で…何用だ!?」

いやぁ…と面倒そうな声を出し。

尋問は必要なくなるだろうから無茶はするな、と…彼は相変わらず暢気な調子で言う。

『なんやわからんけど…こっちの方で、うまいこと行きそうやから』


「最っ低!!!」

吐き捨てるようにちかが言い。

うんうん!と咲良が隣で大きく頷く。

深手を負って運ばれてきた『花姫』は、瞳をうるうるさせて、そう思いますか?と尋ねる。

「決まってるじゃない!女を自分の所有物みたいに扱う男なんて最低よぉ!」

「そうそう!それに…あろうことか、尽くしてくれた女性を…用済みになったらぽいっ、なんて………」

本当なのか嘘泣きなのかは知らんが…咲良が両手に顔を埋める。

「乙女の柔肌に、こんなひどい傷つけるなんて………私達も治療は一生懸命頑張るけど…どうしても傷痕残っちゃうと思うもの。本当………最低だわ」

はらはらと涙を流し、そうですよね、と花姫はつぶやいた。

「なんて馬鹿なんでしょうね、私………でも、ただ…ただね………」

「わかるわ、楓ちゃん!ただ人を好きになって…その人のために何かしてあげたいって…そう思っただけなんでしょ!?」

「………わかっていただけますか?」

「あったりまえじゃない!?女の子だったら誰だって、大事な人の為に何でもしてあげたいって………大好きな人と幸せになりたいって、そう…思うもの」

「そう………そうなんです!私………」

肩を震わせる楓の背中を、目を潤ませた咲良が優しく撫でる。

「もう…取り返しつきませんよね、こんなことして」

「いや…そうでもないと思うけどねぇ?」

少し下がった所で話を聞いていた『花姫』が、にやりと笑って彼女を見る。

「…香蘭姉さん?」

「つい、一昔前まではよくあった話さ…」

香蘭は、ゆっくりと長い髪を掻き上げ、何気ない様子で天井に視線を向ける。

「お大臣に嫁がせて地位を得るために、お役人が若い『花姫』を、自分とこの養女にするってのがね」

「…本当ですか!?」

興味津々に聞き返すちかに、楽しそうに香蘭が頷いてみせる。

「ええ…貴族様なんかでもあったでしょ?『花姫』を嫁にして、世継を産ませるなんてのも。なんたって『花姫』は器量良しで教養もあって、おまけにすこぶる社交的と来てますから…そこいらの娘さんなんかよりずーっとね」

「でも、『花姫』の前歴が分かっちゃうと…ちょっとまずいんじゃないの?」

言いにくそうに尋ねる咲良を、自信満々の笑みで彼女は見つめ、もう一つ大きく頷いた。

「そんなの…私や白蓮くらい顔が売れてる『花姫』だと難しいかも知れませんけどねぇ。若い駆け出しの『花姫』なら、顔なじみのお客人なんて知れてるし、たとえ分かったところで…言えやしませんよぉ、そんなこと」

「まぁ…確かにね」

感心しきっているちかと咲良を尻目に。

どうだい?と、香蘭が楓の顔を覗き込む。

「『花姫』の前歴を綺麗さっぱり洗い流して、新しく生まれ変わるんだよ…あたしが頭下げて頼めば、今でもそんな先の一つくらいは、見つけられると思うんだけどねぇ」

「私………生まれ変われるんでしょうか?」

暗かった楓の瞳に…

次第に…光が戻ってきた。

当たり前でしょ!?と、ちかがすかさずプッシュする。

「楓ちゃんすっごく美人だもん!それにすっごく良い子だし」

そうそう、と咲良も便乗する。

「それに若いんだし、いっっっくらでもチャンスあるわよ!だって女の人生なんて、これからでしょ!?」

………お前が言うと…なんか痛いわ。

そうよね、とつぶやく楓に…

咲良が目を細め…悪魔のように囁く。

「だからさぁ…こっちから捨ててやんなさいよ、そんな男」

「………捨てる…って」

「その…旅人って男?………懲らしめてやった方がいいと思うな、絶対」

楓は黙って目を閉じ…

再び開いた時、その目は…

妖しい光を秘めていた。


ちょっと用事…と何気ない様子で病室を出てきた咲良が、病室の前に立っていた俺の袖を掴んで、バタバタと別の病室に引きずっていく。

「宇治原くん、何ボヤボヤしてるの!?早く龍介くん達に知らせなきゃ!!!」

「あっ…と………了解しました」

無線を鳴らす咲良に、あの…と声をかける。

「何!?急いでるんだけど」

「あの、たいちょ………」

「だから…何?」

「女ってやっぱ………怖いっすね」


けたたましく無線が鳴り、草薙さんの叫ぶような声が聞こえてきた。

『見つけたぞ右京!!!』

明らかに動揺した様子で…ロックは僕の手元の無線機を凝視した。

『紺青の街の…西門のすぐ傍の空き家だ!白群出身の男十数人を確保した。街じゅうに仕掛けられた火薬も、今回収している最中だ』

「…了解しました」

ふう、と小さく息をついて…目の前の男に、静かに声をかける。

「どうする?これでもまだ………その銃を下ろす気はないか?」

「………黙れぇ!!!」

数歩後退って、ロックは…

血走った目で僕と霞さんを睨みつけ、怒鳴った。

「お前達に………俺達の気持ちが…故郷をめちゃくちゃにされた人間の気持ちが…分かってたまるか!!!」

緊迫した空気の中。

霞さんが、静かに…彼の前に進み出た。

ゆっくりと右手を広げ…彼の前に差し出す。

「こちらへ…渡してください」

「…何だと!?」

「あなた方の故郷のこと、本当に………力が足らず…申し訳ありませんでした」

はっとした顔をするロックに、彼女は悲しげな目で語りかける。

「そう…思うんだったら!さっさとさっきの要求を呑んで…」

「あなたのおっしゃる通りに…あなたに西の統治をお任せしたら」

穏やかな声に…急に厳しい色がこもる。

「西の国々を、あなた方のように…辛い悲しい思いをする方が、全くいらっしゃらないような…そんな国にして下さるのですか?」

「………何?」

「西は今も…混沌に満ちた地域が沢山あります。ただ、力で押さえ込もうとしても………そう…今のあなたのように」

ロックの強張った顔を悲しげに見つめ、軽く首を傾ける。

「他人を傷つけて制圧したとしても、やはり…その背後で涙を流す人は沢山いるはずです。あなた方のように、苦しい思いをする人々も…決していなくなりはしません」

「……………」

「力づくで何か、事を為そうとすると…どうしても、沢山の弱いもの、小さなものが零れ落ちてしまうのです。だから、私は………悩み、迷い…沢山の方の協力を頂きながら、出来るだけ取り零しのないように…僅かずつですが…前に進もうとしているのです」

「………そんなのは詭弁だ!そんなの…絵空事でしかない」

「そう…思われますか?」

軽く目を閉じ………

再び開いた彼女の目には…強い光がこもっていた。

「私は………そうは思いません。必ず達成しなければならない、紺青の姫として生まれた私の使命だと…そう…思っています」

ロックの銃を持つ腕が震え…だらりと垂れる。

「あなたには………その覚悟がおありですか?」


黙り込んで…うつむいた彼の背中は、小刻みに震えていた。

「………ロック?」

彼は………

きっ、と霞さんを睨みつけ、銃を構え………叫んだ。

「……………黙れえええ!!!」


銃口から放たれた炎の塊が、霞さんの体を直撃する。

「霞さん!?」

続いて放たれた炎の塊が、書棚やカーテンを燃やし…

壁に叩きつけられた彼女の体は、火の海の中に沈んだ。

「霞さん!!!」

混乱したような奇声を発して、ロックは部屋を出て行く。

崩れ落ちる書棚に遮られ…

彼女に近づくことが出来無い。

「霞さん!大丈夫ですか!?」

返事がない。

震える手で『水鏡』の柄を掴み。

動揺する気持ちを抑えるように、大きく深呼吸をする。

火を…消さなければ。

『水鏡』が、青白く光る。

霧のような水飛沫が上がり。

勢い良く燃える炎は…次第に鎮まっていく。

「霞さん!!!」

着物は黒く焼け焦げていたが…

弱々しい息で、彼女は…大丈夫です、とつぶやいた。

………よかった。

思わず大きなため息をつく僕に、霞さんは穏やかに微笑みかけてくれた。

「あの時………」

優しく問いかけるような瞳が、まっすぐ僕に向けられている。

「何故…避けなかったんですか?」

ロックの攻撃…

あの距離なら、彼女なら…避けられたはずなのに。

ふふ…と弱々しく笑って。

しかし…はっきりした言葉で、彼女は言う。

「私は…受け止めなければならない、と…思ったんです」

「………霞さん」

ふう…と大きくため息をついて。

彼女は小さな窓から見える、青い空を仰いだ。

「あの方の痛み、苦しみを………たとえ、ほんの僅かであったとしても…ね」


石階段を駆け降りてくる、慌ただしい足音。

城で働く人々には避難命令が出ているので…

あの足音は、多分………

彼は私の顔を見て、大きく目を見開いて…

冷たい石の床に…がくりと、膝をついた。

「………藍」

何て声をかけていいか分からなくて、思わず声に詰まる私の背中を…

ぽん、と誰かが優しく押した。

まるで、『お前の出番だぞ』とでもいうように…

そう。

ここは…私が行かなくちゃ。

うずくまって、嗚咽を漏らすロックの前にしゃがみこんで。

にっこり笑って…囁いた。

「………気は済んだ?」

「……………」

「もう………いいんじゃない?」

彼の両親もまた…強盗に襲われ、命を落としたのだという。

悲しみを胸の内に押し込んで、他の青年達を毅然と統率していたロック。

彼のしたことは無論、誉められたことじゃないけど…

「立派だったわよ、ロック」

「藍…」

「白群のことは…後のことは私達に任せて。あなたはしっかり罪を償って、また…白群の為になること…あなたに出来ることは何か、考えたらいいんじゃないかな」

大粒の涙を流す、ロックの顔を覗き込んで。

私は、ありがとう…と微笑んだ。

「嬉しかったわ。あなた達にもう一度…会えて」

「……………」

「あなた達のほうから来てくれなかったら、私…自分から行く勇気なんて、無かったもの」

………それにね。

「私………そんなに不幸だったなんて、思ってないのよ?一人で暮らすのも案外楽しかったし、嫌なこと沢山言われたりしたけど、地主さん達だってそんなに嫌いじゃなかったし。娘さんはよく…隠れて一緒に遊んでくれたし」

死んじゃったなんて………信じられない。

もう一回、会いたかったな。

「あなた達が遊んでるの…眺めてるだけでも、私すっごく楽しかったしね!それに…」

背後を振り返る。

そこには笑顔で立つ…一夜と剣護、それに龍介に来斗、そして愁くんと…孝志郎の姿。

「今は…大事な仲間が沢山いるの。だから、昔の辛いこととか寂しいこととか…そんなのぜーんぶ、忘れちゃった」

…そうよ。

私は一人じゃないもの。

助けてくれる人も沢山いるし。

その時、ゆっくり階段を降りてくる霞様と…怪我をしているらしい彼女を支える、右京様の姿が見えた。

そう…

守らなきゃいけないものだって…ちゃんとあるんだから。


「あいつ…素直に取調べに応じてるらしいな」

草薙さんが言い、剣護さんが無言で頷いた。

あれから数日後。

霞さんは怪我の治療のため、天后隊の病院に入院しているが…

「回復も早いみたいで、近々退院出来そうだって、源隊長もおっしゃってました」

僕が言うと、二人は少し笑顔になって…また、頷いた。

「どうなるんでしょう…あの青年」

「………そうだなぁ」

両手を頭の後ろに組んで、剣護さんが天井を仰ぐ。

「犠牲になった人間もいることだし…厳罰は免れないだろうけど」

「あいつも…孝志郎さんと一緒なんだよな、多分」

草薙さんは机に頬杖をついて、考え込むように瞼を閉じる。

「自分の国を…周りの奴らを何とかしてやりたくてさ。そんな気持ちがきっと、暴走しちまっただけなんだよな」

「…そうでしょうね」

「きっとあいつ…罪償ってさ、白群を立て直してくれるよな」

にっ、と笑って…草薙さんは確信のこもった声で言う。

そうだな、と…剣護さんも微笑んで頷いた。

「そういや藍って………自宅謹慎いつまでだっけ?」

剣護さんの言葉に。

そうだな、と草薙さんはため息をついた。

「あいつがいないと仕事溜まって溜まって…参ってんだよなぁ」

「そうか。実は…俺もなんだ」

うな垂れる二人を励まそうと、立ち上がって二人の肩を叩く。

「大丈夫!藍さんも真剣に反省してるのが認めてもらえて…きっとすぐ、戻ってきてくれますよ!」

「………そうかな」

「そう!きっと…そうですって」

その時。

「剣護いるー?」

騰蛇隊舎に響く…暢気な声。

「………いねぇよ」

嘘ばっかり、と楽しそうに剣護さんの肩を叩いて、一夜さんは興味津々の目で僕達を見た。

「で…みんな暗い顔して、何話してんの?」

「………一夜さんはキラキラ目輝かせて、どうしたんすか?」

うんざりした顔の草薙さんに、聞いてくれる!?と笑う一夜さん。

「だって、最近藍がいっつも家にいてくれるから、毎日楽しくて♪」

………はっとする。

次の瞬間。

思わず詰め寄る僕達の勢いに…

一夜さんは少し強ばった顔で笑った。

「な…何?みんな…怖い顔しちゃって」

「こんなに人が苦労してるっつーのに、暢気にプチ同棲生活楽しんでんじゃねーよ!!!」

「一夜さんが三日月んちの周りうろうろしてるの見つかったら、まーた橋下伍長怒っちゃうじゃないっすか!?」

「一夜さん!一生のお願いですから、今藍さんの足だけは引っ張らないでください!」

「みんな………そんな怒らなくてもさぁ」

隊舎の窓から覗く空は、今日も青く澄み切っていて。

柔らかな雲が一つ、のんびりゆっくり流れていった。

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