ラストエピソード(その2)
その日は朝から土砂降りだった。
憂鬱そうに外を見てため息をつき、傘をさした藍さんは隊舎の方を振り返る。
「お疲れ様でした。三日月帰りまーす」
「おー、お疲れさん」
「もう暗いですし、足場も悪いでしょうから、お気をつけて」
彼女の去っていった隊舎。
草薙さんが、書類を整理しながら小声で尋ねる。
「あいつどうだ?最近…」
うーん………
「前にお話しましたよね?白蓮さんのこと」
「…ああ」
「あれっきり、特にそのことでは何も。一夜さんにも訊いてみたんですけど、特に変わったことはないって…」
「…そっかぁ。じゃあやっぱ、俺達の勘違いだったのかな」
でも…それならそれで、何も無いのはいいことだ。
草薙さんに押し付けられた書類の束を整理していたら、手元の無線がけたたましく鳴った。
『草薙隊長!那智です』
緊迫した声に、草薙さんの表情も厳しくなる。
「おう、どうした?」
『貴族殺しがまた………出ました』
草薙さんと現場に向かう。
流れる大量の血が、雨に打たれている。
今度は…文官の若い貴族だった。
帰宅した所をやられたらしい。
凶器は刀のようだ。
そして………
「傷口…」
検死の為に訪れていた宇治原さんが、低い声でつぶやく。
「どうしたんですか?」
「これ…わかるか?」
彼が僕達に示したのは、遺体の刺し傷の箇所。
おそらく致命傷となったその傷口は………
白く、凍り付いていた。
険しい表情でそこを凝視したまま、草薙さんが尋ねる。
「これ、凶器は氷の『神器』って…ことっすか?」
「ああ………おそらくな」
そんなこと、不謹慎だと重々分かっていた。
けど………
その瞬間、僕の脳裏に浮かんだのは…
藍さんの『氷花』だった。
きっと、草薙さんも同じことを考えたに違いない。
無線を取り出し…藍さんの無線を呼び出す。
呼び出し音がしばし続くが………
彼の無線を持った手が、だらりと下がる。
「駄目だ…あいつ、応答しねえ」
ぞくっと…背筋が寒くなる。
「草薙隊長、ちょっとよろしいですかな?」
突如声をかけて来たのは、先日の兵士達だった。
「三日月伍長は…どこへ?」
ぎょっとした顔をして、慌てて取り繕おうとする草薙さんだったが…
それも無理だと観念して、連絡が取れません…と答えた。
「やはり…そうですか」
「…やはりって」
冷たい目でちらり、とこちらを見る兵士。
「今回の方もやはり…一ノ瀬夫人と懇意だった方のようですね」
思わず息を呑んで…努めて冷静に、問いかける。
「………それは…三日月伍長と何か、関係があるんですか?」
彼は濡れた髪に手をやり、血に濡れた地面に視線を落とす。
「先日のご様子…尋常ではないように思えましたがね」
「………尋常じゃない?」
ふう、と一つため息をつく。
「きわめて個人的な事情です…深く詮索はいたしませんが」
………何だって?
頭に血が上るが…
僕より先に…草薙さんが、彼に掴みかかっていた。
「てめえ失礼だぞ!?自分が何言ってるのか、わかってんのかよ!?」
おい…と、背後から宇治原さんが止めに入る。
そして、今にも殴りかからんというの勢いの草薙さんを後ろに押しやり。
少しズレた眼鏡の奥から、ちらりと兵士の顔を見た。
「よう知らんけど…あいつ、女には興味ないん違います?」
彼の暢気な声が…緊迫した空気を、わずかばかり溶かしてくれる。
「前の勾陣隊長の古泉、ご存知でしょ?あのタラシと付き合ってるくらいやし、多分それはない…と、思いますけど」
「そうですか…それは失敬」
感じの悪い笑い方でそう言い、彼は僕達をじっと見た。
「にしても…相当な思い入れをお持ちのようでしたのでね」
「白蓮の為にあいつがやった…っつーのかよ?」
低い声ですごむ草薙さんに動じることなく、彼は続けて言う。
「その可能性もある、と申し上げているのですよ…右京様、お尋ねしますが」
「………はい」
「あの日…三日月伍長が我々を追い出した、あの日です…なぜ、あなた方はあの場所にいらっしゃったのですか?」
…はっとする。
『孝志郎のところへ行く』
藍さんが、そう…言ったんだ。
「彼女は…夫人のところへ捜査の手が伸びること…分かってらっしゃったのでは?」
………そう言われれば。
亡くなった人達が白蓮さんの上客だったという話。
僕達に聞かれるの…遮るような言い方をしていた。
ということは………
藍さん…知ってたんだろうか?
「『花街』でベルゼブ騒動以降に花姫を辞めた人間は沢山いるけど、身請けされて店を離れたって女の子は、白蓮一人だけだったみたいだよ」
突如聞こえてきた一夜さんの声に、驚いて振り返る。
声も表情も落ち着いた様子だったが………
傘も差さず着物はずぶぬれで、長い前髪からは雨の雫が滴っていた。
「一夜さん…」
近づいて傘を差し掛けると、さんきゅ…と感情のない声で言う。
「藍と連絡取れないんだって?」
「………ええ」
「俺も。自分ちにも帰ってないみたいだし、花蓮様の所でも、孝志郎の所でもないみたい」
一夜さんの言葉を聞いた隊士達に、動揺が広がる。
「…一体…どこへ?」
「さあねぇ…心当たりは一応、全部探してみたんだけどな」
淡々と話す一夜さんに、いつものあの…笑顔はない。
待てども待てども帰らない藍さんが心配で、あちこち探し回ったのではないだろうか。
「至急手配しましょう。三日月伍長は『神器』も装備している、一刻の猶予も出来ません」
低い声で言う兵士に…無言のまま一夜さんが近づく。
そして………
両手で襟を掴み、高々と空中に持ち上げた。
「…一夜さん!?」
「………は…はなせ………」
苦しそうにもがく彼を見つめる一夜さんは…相変わらず無表情だ。
きっと………相当怒っているのだろう。
一夜さんの突き刺さるような気迫に、仲間の兵士達も手が出せないらしい。
はぁ…と一つため息をついて。
宇治原さんが彼に近づき、ぽん…と肩を叩く。
「おい…その辺にしとかんと、業務妨害でお前もお縄やで?」
「……………うん」
一夜さんは小さく頷き…
兵士の体を雨に濡れた地面に、思い切り叩きつけた。
バシャ!という音とともに水しぶきがあがる。
「ぐっ………」
地面に体を打ちつけた痛みで、兵士はすぐには立ち上がれないらしい。
「お前さ…」
一夜さんが言う。
「知ってる?そういうの、下種の勘繰りって言うんだよ」
兵士は黙って、一夜さんを睨みつけている。
そんな無言の抗議に眉一つ動かさず、一夜さんは淡々と話す。
「藍が白蓮と親しかった?そんなの…動機として弱すぎるだろ?」
「……………」
「言っとくけど…単なる思い付きだけで藍を犯人扱いするなんて…絶対に許さないからね、俺」
「思い付きだけ、とは限らないかもしれませんよ?」
振り返ると、難しい顔をした橋下伍長が立っていた。
傍らには、来斗さんの姿もある。
ふうん…と一夜さんは無表情のまま、目を細める。
「そっちに付くんだ、左右輔さんと来斗は」
「付くとか付かないとか…ではなくてですね」
手にしているのは…以前見せてもらった、隊士の経歴書だ。
「出身地の欄をご覧いただけますか?」
紙を覗き込んで…
言葉を失った。
死亡した本間、伊藤…それに、拘留中の加納。
出身国は、皆同じ。
『白群』
誰も言葉を発しようとせず、しばし…沈黙が流れる。
「………つまり」
草薙さんが、かすれた声でつぶやく。
「三日月がガキの頃いた国………ってことか」
「白蓮さん絡みである可能性も、確かに考えられます。ですが…こちらの線上にも…三日月さんの姿が浮かびあがってしまうんですよ」
しかも、と来斗さんが低い声で話し始める。
「藍がいた頃の白群は…小さいながら、豊かな国だったようだが…今は事実上、胡粉の植民地のような状況になっているからな」
「…植民地!?」
来斗さんは厳しい表情で頷く。
「胡粉が白群に攻め入ったのは…昨年のことだ。どちらも紺青の属国、その国同士が領地拡大のための紛争を起こすことを、紺青は堅く禁じている。白群は強く抗議し、紺青にも防衛のための応援要請があったんだが…」
それはまさに………一ノ瀬孝志郎離反の折。
「藤堂隊長達が紺青を離れ、彼らを統轄しなければならない白虎隊は、機能しないも同然だった…それに、紺青自体もオンブラとの戦いのため混乱していたからな…援軍を送ることは事実上、出来なかったというわけさ」
結果………白群は敗北。
胡粉は白群に沢山の貢物を要求し、白群の民に過酷な労働を強いている。
表面上は独立国という形を保ち、紺青の目を逃れながら…
「………ひどい」
つぶやいた僕に頷いて、来斗さんが額に手をやる。
「その状況を解消しようと、うちの親父や…三公なんかも頑張ってるみたいなんだがな………白群からすれば、紺青は自分達を見殺しにした…って恨みを抱いても不思議じゃない」
更に。
最後の一人を除き、皆紺青の城に面した部屋で殺害されていたという事実。
「家臣を殺して、紺青の王に見せ付けてやるって…そういう意思の表れってことか」
草薙さんが険しい顔で言う。
「今まで殺されたのは、西に縁がある奴らなの?」
一夜さんが低い声で、橋下伍長に尋ねる。
彼は、いえ…と首を振り、右手中指で眼鏡をぐい、と押し上げる。
「しかし…その仮定に則れば、『貴族ならば誰でも良かった』ということも考えられます。その際に…その………」
「『孝志郎と白蓮の幸せのために、白蓮の過去を知る男から先に消していく』ってわけ」
ふう、と深いため息をついて、俯く一夜さん。
「成程ね…それは藍の思考に適ってる。あいつらに一枚噛んでるとすれば、ありえない話じゃないってことか」
「………そんなこと!!!」
「ある訳無いよ、分かってる」
反論しようとした僕を…感情の無い青い瞳で一瞥する。
そして。
けど…とつぶやいて。
彼は、雨の降り続く空を仰いだ。
「藍の奴………一体どこに消えちゃったんだろう?」
『ねえ、仲間に入れてよ!』
楽しそうに遊ぶ近所の子供達に私はよく、そう声をかけたものだった。
するとみんな…意地悪っぽい目で私を見た。
『やだね』
リーダー格だった少年は、いつもそう答えるのだ。
『お前みたいに、どこから来たのかわかんねえ奴と一緒になんか、遊んでやるもんか』
『何で?私はずっと、この村にいるじゃない』
『でも、お前この村で生まれたんじゃねーじゃん!』
『お前のばあちゃん、本当のばあちゃんじゃねえんだろ?』
『…そんなの、わかんないよぉ』
『本当は、どっかの悪い奴の子供なんじゃねえのか?』
『そんなことないもん!おとうさんは絶対迎えに来てくれるんだもん!』
本当かよ?とみんな意地悪く笑う。
『それに、お前まだちっこいし、女だから、一緒に遊ぶと足手まといなんだよ』
『そんなことない!ちゃんと一緒に遊べるよぉ』
お願い…って。
半泣きで言っても、彼らは絶対に入れてはくれなかった。
泣いてうちに帰ると、いつも優しいおばあちゃんが、その時ばかりは怖い顔で言うのだ。
『藍…あんな連中と一緒に遊ぼうなんて思うのはおやめ』
『どうして?』
『お前はね…遠くの国の、私の大事な大事なお方の娘なんだよ…お前は、あんな下賎の連中と付き合うような人間じゃないんだ。だから………』
そんな風に私を諭すおばあちゃんは、何故かとても悲しそうだった。
だから………
もう、そのことをおばあちゃんに話すのはやめた。
でも………
やっぱり仲間に入れて欲しくて。
私はしつこく彼らに声をかけ続けた。
それは…おばあちゃんが亡くなって、一人で生きていかなきゃならなくなるまで…続いた。
「隊長…」
騰蛇隊士達が不安げに呼びかける。
「三日月さん………大丈夫なんでしょうか?」
「本当に…何かこの事件に…」
「そうだなぁ」
頭の後ろで手を組む。
…あの馬鹿。
やーっぱり、妙なこと企んでたんじゃねえか。
こんな根の深そうな事件、自分で解決出来ると本気で思ったんだろうか?
成長がないっつーか、なんつーか…
はぁ…と深くため息をついた、その時。
「龍介!!!」
ものすごい剣幕で騰蛇隊舎に飛び込んできた、その人物…
硬直した隊士達を掻き分け、そのまま俺の胸倉に掴みかかる。
「お前なぁ…舞が行方不明て、一体どういうことや!?」
………出たよ。
もう一人…成長の無い奴。
愁は沸点突破状態の真っ赤な顔で、更にまくし立てる。
「人が南行って必死に仕事してればやなぁ…龍介!紺青の警備と舞の世話焼くんはお前の仕事やろ!?監督不行き届きも甚だしいわ!そんなんでよく、孝志郎はんの後釜や言うてられるなぁ!ほんまに信じられんわ!!!」
目の前で物凄い声を出されて………耳が痛い。
勇気ある隊士が一人、俺達に近づいてくる。
「…あ…浅倉隊長…少し…落ち着かれては」
「ああ!?何や!?」
「いえ…何でもありません」
本当に…こいつが絡むと面倒なんだよな。
黙って聞いている俺をまた睨み、もうええわ!と吐き捨てるように言い放つ愁。
「端っからお前には期待してへん!!!僕は僕で舞のこと、探さしてもらうわ!」
怒鳴りたいだけ怒鳴って…
また隊舎を飛び出した奴の後姿を、隊士達はただ呆然と見つめている。
俺はもう一度…深いため息をついた。
「………勝手にしろ」
「三日月さんが………」
つぶやいて…彼女は両手で顔を覆う。
こんな話を彼女にするべきではない、とも思ったが…
手がかりを持っている人がいるとすれば、白蓮さんしかいないと思ったのだ。
賛同してくれた孝志郎さんも、心配そうに彼女を見つめている。
「僕達は、あれが藍さんの犯行だなんて、信じてません。ただ…」
「当たり前です!!!三日月さんは…そんなこと出来る方じゃありませんもの」
「白蓮………済まないがもう一度…思い出してくれ」
孝志郎さんが、優しい声で彼女に問いかける。
「お前の上客だった貴族達…藍の他にそれを知りえて、殺意を抱くような人物…心当たりはないか?」
彼女はハンカチをぎゅっと握り締めて、小さな声でつぶやく。
「お客様のことは…店の人間ならば誰でも知っています。でも、殺意を抱くなんて………」
小刻みに震えていた白い手が…ぴたりと止まった。
俯いたまま、彼女は目を見開いて一点を見つめている。
「白蓮………?」
孝志郎さんが彼女の肩に手を置く。
「何か………あるのか?」
「………いえ」
「白蓮さん」
僕も彼女の正面に立ち、呼びかける。
「何でもいいんです、犯人に繋がる手がかり…教えてください!」
「現状から言って…藍とそいつらに、何らかの関わりがあることは…ほぼ確かだろうな」
少し離れた所で成り行きを見ていた来斗さんが、静かに言う。
その言葉を受けて、孝志郎さんがまた、優しく彼女に問いかけた。
「と…いうことらしい。白蓮…頼む」
彼女はしばらく黙り込んでいた。
そして…意を決したように、孝志郎さんの瞳をじっと見つめる。
「私がお店を離れる時に…お客様を引継いだ花姫がいるんですが………」
三日月藍の手配を厳重にする…という指示に、一ノ瀬公と涼風公はかなり難色を示した。
「まさか…藍が人殺しなどに関わっているなどと、私には到底思えないのだが…」
こんな具合に娘の身を案じることが出来るのが…父親というものなのだろうか。
「しかし…無線にも何ら応答せず、姿が見えない…『神器』を所持したまま隊から逃亡したというだけでも、重罪に当たるのではありませんか?早急に身柄を確保せねば」
「そう言うが…朔月」
涼風公の言葉を遮って、二人を静かに諭す。
「よろしいですか?三日月藍という隊士は…ただでさえ我々三公に近く、特別視されていると見られがちなのです。ここで手ぬるい扱いをしては…三公の名誉に関わります」
「ですから…師匠」
背後で黙って話を聞いていた愁が、ふいに口を挟むが。
「浅倉…言っておくが『十二神将隊に任せろ』は通用せんぞ…この件はもはや、十二神将隊だけの問題ではないのだからな」
厳しい調子でそう言うと、彼は辛そうな顔をして俯いた。
その時。
「この冷血漢」
物陰から聞こえて来た、淡々とした低い声。
思わず…額に手をやって、ため息をつく。
「………花蓮」
「秋風さんの人でなし」
「…お前は………下がっていろと申しただろう?」
「本当信じらんない!自分の娘が信用出来ないわけ!?」
「信用出来る出来ないの問題ではないと、先ほどから言っておるのが分からんのか!?」
不愉快そうに眉をひそめるその表情は………本当に舞そっくりだ。
「いいわよーだ。秋風なんか大っ嫌い」
「………勝手にしろ!!!」
唖然としている一ノ瀬公達に背を向け、軍に指示を出すために屋敷を出た。
………どいつもこいつも。
信じているからこそ…身を案じるからこそ…
総力を上げて、一刻も早く見つけねば…と言っているのが、分からないのだろうか。
まったく………
「この冷血漢」
聞こえて来た低い声に、思わずため息をつく。
………また…面倒なのが。
「古泉卿…この忙しい時に一体何の用だ?」
「お前は自分の娘が信じられんのか!?」
それはもう…花蓮からさんざん言われた。
というか…
そんなことをわざわざ言いに来る…
お前は舞の何なのだ?
不機嫌そうな顔で私を見ている古ギツネに、何しに来た?ともう一度尋ねる。
「情報がある」
「…何だと?」
驚く私を愉快そうに見て、勿体ぶった調子で…そうだ、と頷く。
「殺害された貴族達…共通して、ある花姫の贔屓筋だったようだな」
「その報告なら、既に受けているが?」
「白蓮のことか?私が言っているのは…彼女から引き継いだ花姫の話だ」
引き継いだ?
「あの店には…自らの意思で店を離れる場合、馴染み客を後輩の花姫に引き継ぐ…という慣例があるらしい」
「その………花姫とは?」
不敵な笑みで、私を見る。
「教えて欲しいか?」
「…いいから早く言え!」
「楓…という花姫だ」
仕方が無い…という素振りで、彼はその名を告げた。
情報が入ったのは喜ばしい…が。
全く…忌々しいことこの上ない。
が………
「良い事聞いちゃった♪」
ぎょっとして振り返ると。
古ギツネの息子が…楽しそうにこちらを見ていた。
「こういう時、持つべきものは情報通の親だねっ」
「一夜お前っ…」
何か言いかけた古泉卿の肩をぽん、と叩く。
「さんきゅ。やっぱり親父は頼りになるよ!」
「……………」
古泉卿は何か言いたそうに、口をもごもごさせたが…
すぐに諦めたように、ため息をついてうな垂れた。
「では朔月公。俺はこれで失礼します!」
明るい声でそう言って、一夜は我々にくるりと背を向ける。
「こら!待て古泉!!!」
「一夜!!!」
彼は我々の怒鳴り声に動じることなく、肩越しにひらひら手を振って去って行った。
がっくり…肩を落とす。
やはり。
本当に忌々しいのは………あの男だ。