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総隊長の器の巻

その日私は、総隊長秘書の引継ぎをするため、朱雀隊舎に来ていた。

「あの…ミカさん」

もじもじと風牙が口を開く。

「なぁに?」

「えと………」

思わず、にやりとしてしまう。

「ひょっとして…ちかちゃんのことで、何か相談?」

「ち…違います違います!!!それは………万事順調です」

「なぁんだ」

「そうじゃなくて…その」

何か決心した様子で、彼は私の顔を見た。

「………愁くんのこと?」

愁は最近、朱雀の本陣のある南と紺青の都を、今まで以上に行ったり来たりしている。

忙しそうだなぁ、とは思っていたのだが。

最近、機嫌が悪いらしいのだ。

というのも…可愛い話で。

「『他の隊長達からどんな風に思われてるか?』…ねぇ」

総隊長さんというのは、ある程度他の隊長から一目置かれる存在でなくてはならない。

では自分は、以前の孝志郎のように、みんなから尊敬される存在なのだろうか?

それが気になって気になって…

「機嫌が悪いっていうか…うじうじ悩んじゃってるわけね」

「………僕がそういう言い方したって言わないでくださいね」

「そんなに気になるなら、直接聞いてみればいいのに…」

いや、と風牙は複雑な表情で首を振る。

「それが出来ればこんなに悩まな…じゃなくて、不機嫌になったりしませんよ。

かと言って、僕が聞いたところで、隊長さん達が正直な意見を言ってくれるとは、思えないし…」

………何だと?

思わず、ぐらっと後ろに倒れそうになる。

話の趣旨が…やっと飲み込めた。

「つまり…私に聞いて来て欲しいってことね?」

いえ、と焦った様子で風牙が立ち上がる。

「僕もさすがにそんな厚かましいこと、お願いしたりしませんよぉ。ただ、ちょっとした愚痴を聞いて欲しいなぁ…って、思っただけで」

この子…こういう言い方するとこ、だんだんちかちゃんに似てきたなぁ。

閉ざされたままの隊長室に向かって、わかりましたよ、と声をかける。

「聞いてきて差し上げますから、あなた方はちゃんと仕事しててくださいね」

扉の向こうから返事はない。

…まったく。

もろ手を挙げて感謝の意を表す風牙に、はいはい…と適当な返事をして、私は朱

雀隊舎を出た。

愁くんの奴…成長がないんだから。

来斗もそうだけど…私を一体何だと思ってるんだか。

でもまあ…これでも前より二人減ったことだし、贅沢は言えないか。

私はからりと晴れた空を仰ぎ、重いため息を一つついた。


まずは。

一番の関門…とも言うけど。

お帰りーという間延びした声からして、今日はかなりご機嫌の模様。

「ねぇ、草薙隊長?」

やだなぁ…機嫌損ねるの。

「改まってどうした、相談事か?」

「えっと…」

「あ、最初に断っとくけど、一夜さんの事で相談…とかなら他当たれよ。俺が色々と腹に据えかねてんの、知ってんだろ?」

いいえ。

一夜…何したんだろ?

「いや、そうじゃなくて…実はね、聞いてみたいことがあって」

意を決して。

「あのさ…愁くんが総隊長になってから、どう?」

龍介の表情がみるみるうちに…険しくなっていく。

「それこそ…他を当たれ」

………あははは。

「けど…ね?」

「言っとくけどなぁ、三日月…総隊長っつっても、あいつが孝志郎さんの後釜だなんて、俺は一切認めてねえからな!あいつはただの仕切り役だ」

………手厳しい。

だいたいなぁ、と腕組みをして私を睨む。

「俺は昔っから、あいつが大っ嫌いなんだよ!だってあいつは…」

他当たれって言った割には…良くしゃべるなぁ。

「俺より…認めたくねぇけど強いし、頭もいい。それに…『神力』だって高くて『神器』の扱いも上だし…おまけに」

バン!と両手で机を叩く。

「昔はこーんなチビだったくせに、今じゃあんなに背高いんだぞ!?しかも美形で。一夜さん程じゃねえけど、紺青じゃかなり上のランクに入るじゃねえか」

…言われてみれば。

「その上、世が世なら王子様と来たもんだぜ?しかもしかも…」

ぐっと拳を握る。

「あいつ…俺の敬愛する孝志郎さんの弟だなんて………マジで信じたくねぇんだけど」

ん?

「なんか…草薙隊長って、愁くんに色々コンプレックス持ってたのね」

「………!?」

のけぞって硬直する龍介。

「そ…そんなんじゃねえ!そんなんじゃねえ………けど」

そこまで言うと…彼はがっくりうな垂れてしまった。

小さくなった背中を励ますように、ぽん、と叩いてみる。

「だ…大丈夫よ!草薙隊長にも良い所沢山あるじゃない!?愁くんに勝ってる所だって沢山…」

「………俺があいつに勝ってる所って…例えば、どこだよ?」

………はっ。

相変わらず、しょんぼりした様子ではあるが、目にはどことなく期待の色が見える。

額に冷や汗が滲む。

曖昧に笑いながら………頭をフル回転させる。

良い所…良い所………うーん………

と。

「そうだ!」

ひらめいて、ぽん!と手を叩く。

「草薙隊長の方が、お友達いっぱいいるじゃない!?」

「それ…俺の良い所に入るのか?」

「だからさぁ…人望があるっていうか」

「あいつ…朱雀の隊士達からはめちゃんこ慕われてるんだぞ?どういうわけか」

…困った子だなぁ。

けど、と彼は思いなおしたように、突如腕組みをして胸を張る。

「いいんだ!俺、あいつに勝ってるとこ、最近一個見つけたからよ」

「あらぁ、よかったじゃないですか!………で、何ですか?それ」

「俺の方が………あいつより女の子にモテる!」

キメ顔で格好つける龍介に…コケる。

「…愁くんの方がハンサムだって、さっき自分で言ってたじゃない」

「それはそれ!これはこれだよ。わかんねえかなぁ」

…ごめん、わかんない。

やっぱお前はお子様なんだな、と偉そうに説明し始める。

「顔だけ良くても駄目なんだって。モテるっつーのはな、優しかったりマメだったり、トークが出来たりとかも重要なんだよ!少しヌケてる所がある方が母性本能をくすぐったりとか、な?そうすりゃ多少顔で負けてたって、いっくらでも挽回出来るんだっつーのっ」

「…そういうもん?」

うんうん、と頷く。

「けど…一夜さんだけはなぁ」

この話………長いのかな。

「あの人超美形なのに、近寄り難い…みたいな感じにならねーだろ?どっかに秘密があると思うんだよなぁ…俺の中では、謎中の謎だぜ」

「………はあ」

「その謎、いつか解き明かしたいと思ってんだけどなぁ。なかなか…」

「………お邪魔しました」

おい、と呼ぶ声を無視して、私は騰蛇隊舎を出た。


次は…この人。

「外せないよな、ここは」

一番高評価が期待出来る人だし。

突然の無線連絡に、彼は少し驚いた様子だった。

『都で…何かあったのか?』

「いえ…そういうわけではないんですけど。実は…朋さんに、聞いてみたいことがあって」

墨族の首長である朋さんの、愁くんに対する評価は、想像以上に高かった。

『いつも寡黙で冷静沈着だし』

それ…単に暗いだけじゃ。

『策士でもあるように見受けられるし』

…性格が悪いだけなんじゃ。

『それに、次の一手を読みにくい…容易に手の内を見せない、思慮深い人物だと思う』

………そういうの…ひねくれてるっていうんだよ、朋さん…

『その上、朱雀隊士の彼への傾倒ぶりには驚かされるところがある』

それ………本当に不思議なんだよなぁ。

『何より…彼は俺達の命の恩人だ。晋破の圧政から墨族の人々を救ってくれた、立役者の一人だからな………俺は、愁に本当に感謝している』

明るい声で言う彼に、感謝の言葉を告げ、無線を切った。


「朋さんて………本当に真面目な人なんだなぁ」

次の隊長の元に向かう途中、つぶやく。

「でも、南での働きは相当に認められてるってことね、あの様子だと」


蒼玉隊長と碧玉隊長は、まず、怪訝そうな顔をした。

そして…苦い顔で声を揃えた。

「ねちねちしていてあんまり好きじゃない」

……………

「いや…今日お伺いしたいことは、浅倉隊長ご自身の特性というよりは、その………」

眉間に皺を寄せて、蒼玉隊長。

「総隊長としての素質…など、別に関係ない。僕達は僕達の仕事をするだけだ」

同じように眉間に皺を寄せて、碧玉隊長が頷く。

「指示があればそれには従う。意見があれば言う。それが仕事だからな」

「………はあ」

頭を掻いて…もう一度尋ねる。

「つまり、お二人は………あくまで仕事として、浅倉隊長とお付き合いされてるってことですか?」

「その通りだ」

「それ以上でも、それ以下でもない」

「………ありがとうございました」


「いやぁ…あの二人は普段から言葉少なだから、一言が効くなぁ」

苦笑いでつぶやく。

「まあでも…二人も二人で変わった人だし、そんなに気にしなくてもいいかも~?」

てくてく歩きながら、ちらりと背後を見る。

「さて、次次っ!忙しいんだから、早く全部回らなくちゃ」


剣護は勾陣隊舎の裏庭で、刀の手入れをしていた。

「愁?」

「…そう」

そうだなぁ、と天を仰ぐ。

「すごく良い奴だと思うよ。ただ…」

「…ただ?」

困ったように笑いながら、刀を鞘に納める。

「もう少し、素直になればいいのにと思う時はあるなぁ…まあそれでも、一夜よりはかなりましだけどさ」

「………そうかな」

まあ古い馴染みだしな…ここは高評価か。

あ。でも………

「剣護…実はね、古い友人としての愁くんっていうんじゃなくて、総隊長としての愁くんのことを聞きたかったんだ、私」

そう、尋ねると。

剣護は腕を組んで…深く唸った。

黙り込んでしまい…何か一生懸命考えている様子。

「あの…どうしたの?」

「藍、俺さ………」

稀に見る…深刻な表情。

「あいつが総隊長って………意識したこと、なかった」

「…そうなの???」

うん、と大きく頷く。

「でも…総隊長会議ではいつも、愁くんが司会してたじゃない???」

「そう。総隊長会議の司会を愁がやってる…っていうだけでさ、あいつが総隊長だって…ちゃんと考えたことなくて」

その表情は、どこか悲しげでさえある。

「考えてみりゃそうなんだよ…あいつ、総隊長なんだよな。孝志郎さんが総隊長の頃は、総隊長の孝志郎さんについて行かなきゃって、いつも思ってたのに…俺、あいつについて行くって意識が皆無で…すげえ失礼な話だよな、これって」

困惑した様子で私を見る。

「…どうしたらいいと思う?」

えっ。

どうしたらって…聞かれても………ねぇ。

とりあえず、と笑ってパチンと手を叩く。

「これから徐々にさ、意識していけばいいんじゃないかな!?それに、十二神将隊って各隊が独立してるようなとこ、あるじゃない?だから、あんまり深刻に考えなくてもいいんじゃないかなって…思うんだけど………な」

「…そうかなぁ」

「うんうん!そうだよ!………多分」

そっか、とほっとした表情になる。

「ごめんな、藍。ありがと…ちょっと気が楽になったわ」

それはよかった…と笑って、勾陣隊舎を後にした。


あの反応はちょっと…予想外だったなぁ。

「けど…剣護ってちょっとだけおバカな所あるし、やっぱ古くからの友達だと、そういう意識になっちゃうのも無理ないわよね。現に一夜なんか、孝志郎について行くなんて気、きっとかけらもなかったと思うし!」

うんうん、と大げさに頷いてみる。

「やっぱり個々の意見も大事だけど、平均してみないと総合的な評価って分かんないもんね!まだ4つだし、じゃんじゃん回って聞いてみようっ」


磨瑠ちゃんは、総隊長会議の関係で、丁度都に帰ってきているところだった。

「浅倉隊長ですかぁ?」

そう、と頷く期待に満ちた私の眼差しなどそ知らぬ様子で、彼はゆっくりヒゲを一撫で。

「どう思う?同じ四方の守護隊の隊長として」

「そうですねぇ」

のんびりした口調でつぶやいて、彼はにっこり笑った。

「おいら、好きですよ、浅倉隊長」

「本当!?」

………よかったぁ。

手放しの賛辞をもらったのは初めてだ。

思わず安堵のため息をつく。

にこにこしたまま小首を傾げる磨瑠ちゃん。

「だって、ちょっとヘタレで、かわいい所あるじゃないですか」

「………えっ?」

「おいら、浅倉隊長のヘタレな所、結構好きですよ」

ヘタレ…か。

どこを切り取ってそう、とは言い難いが…なんか納得。

「じゃあさ、浅倉隊長が総隊長の器かどうかっていうと…どう?」

「?」

にこにこしたまま、今度は反対方向に小首を傾げる。

「総隊長の器って………何ですか?」


「浅倉…ねぇ」

高瀬隊長は窓の外を眺めながら、少し難しい顔をした。

「悪くはないと思うよ」

『優・良・可・不可』でいうと…『可』か。

「ちょっと独善的な所がある気はするけど…まあ、そこまであれじゃないし」

「…そうですね」

「でも、社交性とか決断力ってなってくると…ちょっとあれかな」

………優しい先生がくれる、お情けの『可』か。

「まあ別に、真剣に職務に当たってくれてると思うし、文句はないんだけどさ…」

「………何か…ありそうですね」

これ、三日月に言っていいのかなぁ…と少し困った顔になる。

「君なら冷静に、客観的に聞いてくれると思うから…話すけど」

「…はい」

「古株の隊長連中の中には…各隊ほぼ均等な力関係にあった十二神将隊が、先代の一ノ瀬孝志郎を始めとする『五玉』…つまり、君達の独壇場になってしまったことに………多少思うところ、あるんだよね」

ぐさっ。

でも………心の奥に問いかけてみると…なんか分かる。

十六夜隊長は他人には割と無関心だったけど、そんな気持も無くはなかったみたいだし。

「特に…」

古泉一夜か。

「………言わないでください。わかります」

さすがに、傷ついたのが隠しきれなかったらしい。

しょげた私にぎょっとして、慌てて取り繕うような笑顔を浮かべる高瀬隊長。

「でも、皆の実力は勿論認めていたしね…文句があったって程じゃないんだよ?今だって、その気持ちは変わらないし」

「………そうでしょうか」

うん、と学校の先生らしく爽やかに微笑みかける。

「どこか、心の片隅にでも留めて置いてくれれば有難いってくらいの話なんだよ…けど、せっかく僕達のこと気にして聞きに来てくれたんだから、ちゃんと腹割って話さないと、三日月に失礼かなって思ったんだ。それだけ」

…そっか。

「有難うございます。そういう耳の痛いお話も聞かせていただかないと、人間成長しませんもんね…参考にします」

ありがと、と笑って、彼は私の肩をぽん、と叩いた。

「三日月も…伍長職大変だろうけど、頑張れよ!応援してるからさ」

「はい!」


「何、あの人そんなこと言ったの!?」

両手を腰に当て、咲良さんは眉をつり上げた。

「そんなこと、気にしちゃ駄目よ?もう…高瀬のお兄様って、なーんかそういう女々しい物の言い方する所あるからなぁ…」

対照的にさばさばしてボーイッシュな性格の彼女は、手厳しいことをずばりとおっしゃる。

「いや…ちゃんと言ってくれた方が有難いんです、本当に」

だって、と、くりくりした青い瞳で私の顔を覗き込む。

「好き勝手やってるのはどの隊の隊長も一緒でしょ?三日月さん、総隊長秘書やってた時苦労したから、よく分かってると思うけど」

「…はぁ」

確かに。

愁くんの評価を尋ねてみると…まぁ、上々の反応。

………が。

「扱いやすくていいじゃない」

「…そうですか?」

彼女はこくりと頷く。

「だって、ああ見えて割と単純でしょ?浅倉くんて」

「…ひねくれてません?でも」

「んー…なんて言うか、捻れて捻れて元に戻ってきたみたいな感じ」

なるほど。

何だか、物凄く納得してしまう。

「分かりますそれ!しかも女の子に弱いからやりやすいですよね、我々としては」

思わず言ってしまって………

「…という………側面もあるような気がします」

きょとんとした目で私を見た後、まあいいわ、と微笑む。

「相変わらず、三日月さんは浅倉くんに優しいのね」

「…そうでしょうか」

ええ、といたずらっぽく片目を瞑る。

「でも気をつけないと…一夜くん、ヤキモチ妬くわよ?」


「あいつには正直言って失望した」

遠矢さんはむすっとした顔で、きっぱり言い放った。

「それは…一体何故?」

「あれほど『三日月のことは宜しく頼む』と言っておいたのに」

…何じゃそりゃ。

遠矢さんはごっつい腕で、ゴン!と隊舎の板敷きの床をどつく。

「あんなにあっさりと………古泉なんぞに持っていかれおって」

「あ…あのぉ」

周囲のでっかい隊士達も、うんうん、と大きく頷いている。

「あいつは所謂ムッツリ助平の類だと思っていたから、誰かにけしかけられれば動くと思っていたんだがなぁ…ただのムッツリだったとは」

………更に、理解不能。

「総隊長としては…どうですか?」

「そんなことはどうでもいい!俺はとにかく、あいつにはガッカリしたと言ってるんだ」

どうでもいいのはそっちだよ。

…なんてさすがに言えたもんじゃないので、お礼を言って退散する。


「いやぁ、改めて回ると、隊長って色んな人がいるなぁ」

茜色に染まりつつある空を仰いで、やや大きめの声でつぶやく。

歩きながら、ちらっと背後の建物に目をやる。

「さて、次次!次行こう!ゴールはもう、すぐそこだ!」


「浅倉か…」

他のほとんどの隊長がそうするように、白さんもそうつぶやいて、しばし考え込んだ。

はっきり言って…白さんには超期待していた。

大人だし、冷静だし、中立だし、おまけに優しいからだ。

「そうだなぁ…」

スキンヘッドの頭に手をやり、まだ考えておられる様子。

「……………」

「……………あの………もう、いいです」

「いや待て!折角訪ねてくれたのに、そういう訳にはいかん」

…優しいなぁ。

「あいつは………」

「………あいつは?」

「南の守護であるのに、何と言うか………どこか北的な素質があるように思う」

………つまり、根暗とか根暗とか根暗とか…そういう意味か。

「総隊長としては…ズバリ?」

「それは…これからの話じゃないのか?」

………そうか。

彼の思いがけない言葉に、はっとさせられる。

「まだあいつは、総隊長に就任したばかりだからな…そのことに限って言うなら、俺はまだ答えてやることは出来ないなぁ」

穏やかに言う彼に、ぺこりと頭を下げた。

「貴重なご意見、ありがとうございました」


「…びっくりしたなぁ」

少し大きな声で言ってみる。

「そうだよね!まだ浅倉体制の十二神将隊は始まったばっかりだもん。白さんみたいな慎重な人が、そう安易に答えてくれる訳ないないっ」

顔の前でひょいひょい、と右手を振ってみる。

立ち止まって、ちらり…と道沿いに生えている大きな木に目をやる。

「よっし、後は柳雲斎先生と来斗だけだ!」


先生の茶室に入れてもらうのは、久々のことだった。

着物ばっかり着ているくせに、実は正座があまり得意ではなかったりする。

立ちあがれなくなる前に…済ませなきゃ。

「浅倉の評判を聞きまわっておるそうじゃの?」

「早耳ですね…さすが先生」

出されたお茶に口をつける。

「それで…どうじゃ?」

「うーん…五分五分って所ですかねぇ」

「それでは…浅倉は納得せんのう」

ぶっ、と思わずお茶を吹く。

行儀が悪い…と眉を顰める先生に、動揺を抑えて言う。

「そんなんじゃ…ありませんよお。何で浅倉隊長に言いつけるなんて、思われるんです?」

「勘じゃよ、勘」

…勘、ねぇ。

「お主は士官学校時代からずっと、浅倉の世話ばかり焼いておったように思うが?」

「確かに…若い頃はそうだったかも知れませんけど」

今回は違います、とまだドキドキしながら、努めて平静を保って答える。

意味深な笑みを浮かべ、先生は一口、お茶をすすった。

「三日月…一つ、教えておいてやろう」

「…はい」

「経験が人を作るんじゃ。浅倉が総隊長の器に見合うかどうか…そんなことは問題ではない。浅倉愁という一人の男がいて、迷い苦しみながら懸命に自分を磨き…そうすることで初めて、浅倉総隊長という人物が出来上がるんじゃよ」

さっき白さんが言ってたことと…似てる。

先生の言葉は私の胸の深い所に、すとんと収まった。


図書館に行ってみると、思いがけない人と出会った。

「孝志郎!?」

ああ、と微笑んで片手を上げる孝志郎。

彼は、まだ体が本調子じゃなかった頃に私が勧めた読書が、どうやら気に入ったらしい。

人の顔や名前以外にも忘れていることは沢山あるので、書物の内容がとにかく新鮮なのだそうだ。

来斗もすぐ傍にいて、藍じゃないか、と本から顔を上げる。

「今日はどうした、何か用事か?」

孝志郎が、不思議そうな顔で来斗を見る。

その疑問に答えてやろう、というように、もったいぶった顔で眼鏡を外す来斗。

「こいつな…以前は日に一遍はここに来ていたんだが、最近は休みの日に、まとめて本を借りに来るだけなんだ。読書量もめっきり減ったようだしな」

………何を突然言い出すのよ!?

かぁっと顔が熱くなる。

「…そうなのか」

「何だか知らんが…忙しいんだろ?色々と」

「来斗!!!………そんなことはいいでしょ、どうでも!」

「そうか?俺は、お前に勧めたい本が溜まってしまって、割と困ってるんだがなあ」

「…だそうだぞ?藍」

「孝志郎は黙ってて!!!」

一しきり私をおもちゃにした後、で、何だ?と頬杖をついて来斗が尋ねる。

はぁ…

もう…何だったっけ?

あ………そうそう。

「愁くんってさ…総隊長として、ぶっちゃけどうよ?」

「…総隊長として?」

うむ…と顎に手をやる。

「来斗は総隊長のお目付け役なんでしょ?そういうお役目から見た意見を、是非とも聞かせて欲しいんだけどな」

首を傾げて、じっと私の目を見る。

「…何でそんなもの、知りたいんだ?」

…ぎくっ。

だって…と、お兄ちゃん代わりの二人を前にして、思わず本音がこぼれてしまう。

「孝志郎が総隊長だった頃って、みんな何の文句も言わないで、孝志郎の下でしっかり働いてたじゃない?会議だってすごく短かったわ。だけど…愁くんが総隊長になってからみんな、何だかごちゃごちゃしてるんだもん。会議も長いし、あれこれ鬱憤も溜まってるみたいだし………もし万が一、愁くんがそのこと気にしてさ、一人で悩んでパンクしちゃったりしたら…って思ったら、ほっとけなくなっちゃったんだもん」

愁くんはすごく出来る子だ、それは確か。

でも何故か………心配で心配でたまらない。

色んな人から好き勝手言われて…言ってくれって言ったのは私なんだけど…正直ものすごく腹が立っていた。

みんな、愁くんのこと、なーんにも知らないくせに。

愁くんがどんだけ頑張ってるか、全然知らないくせに…って。

俯いた私の頭に、ふわり、と優しい大きな手が載った。

「優しいんだな、藍は」

「………そんなんじゃないわよ」

孝志郎は私の背中に手を置いて、来斗の方を見る。

「お前はどう思う?」

そうだな…と来斗も穏やかに微笑んでいた。

「慣れないなりに、よくやってる思うが?」

「…そっか」

「それに俺は、孝志郎の頃の方が良かったとは思わんぞ。だいたい…」

「大きな不祥事も起こしたわけだからな。どこかにひずみがあったんだろう」

孝志郎が真剣な顔で言う。

自分の罪…たとえ覚えてなくても…一生懸命贖おうとしている、真摯な瞳。

「他の連中はどうだったんだ?昔の方が良かった…なんて言った奴、一人でもいたのか?」

はっとする。

首を振る私に、そうだろうな、とつぶやいて来斗が目を細める。

「ごちゃごちゃして見えるのは、各隊も入れ替わりがあったりして、慌しくしているからじゃないのか?」

「………そうかも」

「会議が長くなったのも、それぞれの隊長が、自分の意見を忌憚なく述べられる環境になった、ってことだろう。別に、孝志郎が圧政を布いていた…とは言わんが」

こくり、と頷く。

「お前が浅倉体制に対して違和感を持つのは、お前が入隊したときが一ノ瀬体制だったからだろう。人間は初めて見たもの触れたものに、親しみを感じるものだからな」

また、こくり、と頷く。

いつになく素直な私の頭を、孝志郎がもう一度ぐい、と撫でる。

「もっと自信を持て。お前の大事な友達で…兄貴みたいな存在なんだろ?」

………そうだ。

重い雲が晴れたみたいに…視界が明るくなったような気がした。

「…そうだね」

「俺も…信じてるぞ」

にっこり笑う孝志郎。

「愁なら十二神将隊をもっと良くしていってくれる…そして、紺青をもっと良い国にしていってくれると…な」

ほっとして、大きく息を吸い込む。

「………うん!」


「というわけで、報告は以上!お気は済みました?」

むすっとした顔で愁さんがつぶやく。

「別に僕は…報告してくれなんて、言うた覚えないけど?」

彼女は眉間に皺を寄せ、口を尖らせるが…

ま、いいわ…とつぶやいて、くるりと僕達に背を向けた。

「また何かあったらどうぞ」

愁さんの代わりに、深々と頭を下げる。

「ありがとうございました!ミカさんっ」

二三歩進んだところで。

「あ…そうそう。言い忘れてたんだけどね」

僕達に背を向けたまま…淡々とした口調で言う。

「その後、全部の隊長さんから無線に連絡が入ってさ…『浅倉隊長が十二神将隊を纏めていくのに、協力は惜しまないって伝えてくれ』だって」

思わず…顔がほころぶ。

ちらりと横目で愁さんを見ると、心なしか頬が赤らんでいる気がした。

ミカさんは肩越しに振り返り、にやりと笑う。

「とにもかくにも、愁くん…孝志郎に応援してもらえて、よかったわね」

ぎょっとした顔をして…

耳まで真っ赤にした愁さんが、誤魔化すみたいに作り笑いをする。

「なっ………何のことや?僕…そんな報告受けてないけどなぁ」

「あらぁ、そうでしたっけ?」

「何や、舞…寝ぼけてるんと違うか?」

お邪魔しました、と明るく言って、彼女は肩越しに手を振りながら隊舎を出て行った。

ミカさんが去った朱雀隊舎にはまた、静かな時間が流れ始めている。

隊長室に戻ろうと、椅子から立ち上がった愁さんに、声を掛けてみる。

「ねえ、愁さん?」

「………何や?」

「ミカさん………後つけてたの、気づいてたみたいですね」

「……………」

奥の部屋の扉がパタリと閉まる。

もう…とつぶやいて、僕はこっそり微笑んだ。

「本当に素直じゃないんだから…愁さんは」

久々のツンデレ愁くんと毒舌藍ちゃんでした。

このところ、こんなネタ話ばかり書いてて、果たして本編のシリアスの続きが書けるのだろうか?

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