サバイバルゲームの巻(後編)
高台に立ってみる。
気味が悪いくらい、静かだ。
「どんなもんやろな…一体」
他の隊の状況を全く掴めないというのが、このゲームの難点だ。
たしか『残り5人になったら知らせる』とか、先生は言っていたような気がするが。
「目標がないんは、正直つらいもんがあるなぁ」
さすがに少し面倒になってきたが、手抜きなんてしようものなら、おっかない誰かさんもいることだし…
ふと、振り返る。
「…お前」
気配を消していたのだろうか。
彼女は静かに微笑んで、そこに立っていた。
「気づくの、結構時間かかりましたねぇ?宇治原さん」
「何や三日月…やるならとっととやったら良かったんちゃうか?」
『飛燕』を構える俺を、両手を広げて制する。
「待って………取引しません?」
「取引…やて?」
そうです、と、小首をかしげてにっこり笑う。
「そちらはお1人みたいですし、こちらも草薙隊長やられちゃって、風前の灯なんですよ」
「ほお…さよか」
他隊の状況が把握出来ない以上、彼女の言葉が真実だという保証はない。
いつ仕掛けてきてもいいように…ぐっと拳を握る。
「まだ多分、愁も来斗も残ってますからね。彼らが相手じゃ、いくら宇治原さんでも厳しいと思いますよ?だから…どうでしょ?騰蛇隊の残る隊士の傷を、あなたの持ってる治癒系の『神器』で回復していただく代わりに、私達はあなたの身を守って差し上げます」
「………成程な」
「最後まで残って、予算は騰蛇と天后で折半しますって言えばいいんですよ。全部は手に入らないにしても、半分は確実にゲット出来るんですから、こんなおいしい話無いと思うんだけどなぁ」
いかがでしょう?とにっこり微笑む。
悪くない…と言えば確かに、悪くはない。
が………
「絶対駄目!!!」
モニターに向かって源隊長が叫ぶ。
「そんなの、三日月さんがいつ裏切るかもわかんないじゃない!?それに半分じゃ…聞いちゃ駄目よ!宇治原くん!!!」
彼女の興奮ぶりを、周囲の隊士達は目を丸くして見つめている。
中に聞こえるはずがないのだが、そこはさすがに以心伝心。
『あかんわ、三日月…受けるわけにはいかん』
少し驚いた様子で目を丸くして、藍さんは駄目ですか…と微笑む。
『残念だなぁ…でも、我々は是が非でも、宇治原さんの力が必要なんですよねぇ』
『…そら光栄やな』
『ここは力づくでも、イエスと言っていただきます』
『ほう…何する気や?』
にやりと笑う藍さん。
『私が十二神将隊一の情報通と呼ばれていること…ご存知ですよね?』
『ああ…それが何?』
『脅すみたいでちょっと気が咎めるんですけど…ここで…』
一夜さんがよくやるように、ぴっ、と人差し指を立てる。
『宇治原さんの悪行を、あることないことぶちまけて差し上げます!!!』
しん…と制御室が静まり返る。
ひくっ…と源隊長の顔が引きつる。
『あ…あくぎょうて…』
『頭良くてー、強くてー、優しくてー…そりゃあ女の子がほっとく訳ないものねぇ。私知ってるんですよぉ???』
『な………お前っ』
モニターの映像を気にするように…焦った様子で周囲を見回す宇治原伍長。
『そ…そんななぁ』
冷や汗をかきながらも、居直ったように腕を組んで怒鳴る。
『お前が誰から何を聞いたんかは知らんけど…俺はぶっちゃけられて困るようなこと、そう無いで!?』
「『そう無い』ってなぁ…」
「『全然』とは言い切れないんでしょ…きっと」
横に立っていた草薙さんと囁きあう。
『だからぁ…言ったでしょ!?『あることないこと』って』
うっ…とつぶやいて少しのけぞる宇治原伍長。
ふふん、と鼻で笑い、得意げな顔の藍さんが迫る。
『知ってます?火の無い所に煙は立たない、嘘が沢山あっても小さな本当が一個混ざっているだけで、人間ぜーんぶ本当に聞こえちゃうもんなんですよねぇ』
『………この卑怯者!!!』
はぁ、と小さくため息をついて額に手をやる源隊長を、周囲の隊士達が固唾を飲んで見守っている。
いいぞぉ藍…とモニターに向かって小声で呼びかけていた一夜さんが、恐い顔で睨みつけられ、黙って俯く。
「『忠犬さね公のジレンマ』………か」
誰かがぽつり、とつぶやく。
「藍って…面白い奴だな」
感心したように孝志郎さんが言う。
「多分………孝志郎さんの影響ではないかと」
「俺?」
「いや………何でもありません」
劣勢になった宇治原さんに、一歩近づく。
じりっ…と、彼は一歩後ろに下がる。
「駄目ですか?」
黙り込んだ宇治原さんに、にっこり笑ってもう一度警告する。
「じゃ…言っちゃおっかなあ」
その時だ。
背後に人の気配。
振り返ると同時に『氷花』を抜き、襲い来る風の刃を弾き返す。
突如上がった叫び声に驚いて宇治原さんの方を見ると、彼も不意打ちの攻撃を回避し、急襲をかけた隊士数人を倒したところだった。
やっぱ…やるなぁあの人。
「いいんですか?余所見してて」
はっとして再び『氷花』を構え、唱える。
『スノウイング』!
青白い光と白い風の刃が拮抗する。
相手がずるずる…と後退する。
「…いけえ!!!」
青白い光が一面を覆い…
「…きゃあああ!!!」
「うわぁ!!!」
何人かの叫び声と、ゲームオーバーのブザー音。
「よくも!!!」
繰り出されたレイピアの切っ先を『氷花』で払いのける。
「そっちは任せたぞ鈴音!」
「はいっ!」
その声…高瀬隊長!?
「あなた達…組んでたんですね?」
刃のぶつかり合う鋭い音に負けじと、声を張り上げる。
『氷花』の攻撃を長いレイピアで回避しながら、高瀬隊長はにやりと笑う。
「ご名答…そうすれば人数は倍、だろ?」
長さのあるレイピアとの至近距離の戦闘では、小太刀の『氷花』は圧倒的に不利だ。
何とか…少しでも間合いを取らないと。
それか………
周囲の天一隊士達は彼に当たらないよう気遣いながら、私に攻撃するチャンスをうかがっているようだ。
………ならば。
隙をついて距離を更に詰め、レイピアの届かない彼の懐に入り込む。
そして、首に刀を押し付けた。
「くっ………」
「動かないで!!!」
私の叫びを聞き、隊士達が動揺した様子で制止した。
ひゅう、と感心した様子で宇治原さんが口笛を吹く。
張り詰めた沈黙。
『氷花』を握る腕に力を入れ直す。
今までの私と宇治原さんの奮闘で、大勢いた天一隊と白虎隊の隊士達はほぼ半減していた。
指揮官を失えば…彼らは烏合の衆と化すだろう。
無念そうにこちらを睨む隊士達を見渡し、大きく一つ息を吐いて静かに言う。
「ここで隊長を見殺しにして、一斉攻撃を仕掛けて私を倒せたとしても、あなた達だけで生き残れる保証はないでしょ?それとも、隊長と私達を交換して、最後まで残る望みを残すか………あなた達次第だけど、どうする?」
彼らの答えは…明らかだ。
が…
金色に光る何かが、目の前を横切るのが見えた。
「………なっ………」
咄嗟に体を捻って回避した私の背後で、高瀬隊長の胸元のブザー音が鳴り響く。
ふっと消える、彼の姿。
今の………
まさか。
「宇治原さん!!!」
「…ああ!?」
「気をつけて!これ…天空隊の………」
彼に危険を知らせることは…どうやら叶わなかったらしい。
次の瞬間…
無数の雷の矢が、私達の頭上に降り注いだのだ。
「ああもうっ!!!」
地団駄を踏んで、子供みたいに悔しがる…藍さん。
「もうちょっとだったのに…なんなのよ来斗の奴、汚いったらありゃしないんだから!」
「まあまあ…」
なだめる様に笑う…源隊長。
「ちょっと冷静になって、三日月さん…」
彼女に肩を抱かれ…藍さんは大きく一つ息を吸い込み、がくっと肩を落とした。
「………で?」
「………でって…何ですか?」
「…さっきのは・な・し♪」
さっきの話………って。
焦った様子の宇治原さんが二人に駆け寄る。
「隊長!ちょっと…お話があるんですけど!?」
「咲良さんあの…宇治原さんが」
「あの人はいいから………あなたの知ってることって…なぁに?」
「源たいちょ!!??」
橋下伍長が難しい顔をして、柳雲斎先生に近づく。
「どうやら…一連の隊長伍長クラスを狙った狙撃主は、天空隊の桐嶋伍長のようですね」
「…なるほどのう」
「天空隊の隊士は物陰に潜んで偵察に徹しているようです…ほぼ、無傷かと」
「それは…涼風もよく考えたものじゃ………が」
「…が?」
続々とモニタールームに入ってくる隊士達…
「………天空隊士?」
愉快そうに先生が笑う。
「どうやら…『五玉』の最後の一角が、動き出したようだの」
『ご苦労だったな』
あれは…来斗さんの声。
へへへ、と嬉しそうに笑う周平。
手元には彼の『神器』…『雷上動』。
矢を放ったばかりの弓は雷を帯びて、金色に光っている。
「ちょろいもんでしたよ…天一コンビは勿論ですけど…ミカさんも、宇治原さんもね」
『…あまり、調子に乗らない方がいいぞ。まだ…』
「来斗さん、大丈夫ですよ…天空隊士達の報告によれば、残る隊長伍長クラスは後二人…」
気づかれないよう息を殺して…ぐっと体勢を低くする。
「浅倉隊長と、後は間抜けの風牙だけっ」
「それ………僕のことかなぁ!?」
『蒼竜』!
『青龍偃月刀』から水の刃が放たれ、周平の体を切り刻む。
「お前…いつの間に!?」
この空間のみの、擬似的なものではあるが…血だらけになった周平から、無線を奪い取る。
「調子に乗らない方がいいって、お前の尊敬する来斗さんも言ってただろ?」
刀を周平に向けたまま、無線の向こうにいる来斗さんに呼びかける。
「来斗さん、伝言です!」
切っ先が青い光を帯びる。
「『お前の汚いやり口はお見通しや、すぐに行くから首洗って待っとき』って…」
周平の体は水の刃に貫かれ、すっ…とその場から消えた。
「…よしっ!!!」
ぐっと拳を握り、高く突き上げる。
懐の…自分の無線を取り出す。
「愁さん僕です!やりました周平…」
ひやりとした刃が…首筋に当たる。
今度は擬似的なものでなく本当に…心臓が止まりそうだった。
背後に立っていたのは………
「愁に伝えてくれるか?風牙…」
無線が乾いた音を立てて…地面に落ちる。
「『受けて立つ』…とな」
『アロンダイト』に背中を切り裂かれ…
僕の視界は真っ白になった。
「そろそろ…教えていただけませんか?」
何のことかの?と…柳雲斎先生はゆっくり振り返る。
「今回のゲームの…目的です」
ほほほ…と先生は楽しそうに笑う。
リタイアした隊士達も、草薙さんや藍さんも…
黙って先生を見つめている。
彼はゆっくり右手を挙げ、人差し指を立てる。
「それはの…」
「それは?」
「………ガス抜きじゃ」
しばし…沈黙が流れる。
「………ガス抜きぃ!!??」
「先生!…それ一体どういうことですか!?」
「俺達マジで…」
「その…『マジ』が、重要なんじゃよ、草薙」
ぽかんとした顔をした人々の中で、にこにこしながら一夜さんが手を挙げる。
「つまり…臨時予算を餌に、擬似的な戦闘を利用して…会議会議で煮詰まってる皆さんのストレスをぱぁっと発散させちゃおう!!!って、ことですか?」
苦虫を噛み潰したような顔の橋下伍長が、じろりと彼を見て…頷く。
「私達は予算云々は別として…不正防止の見張りとして送り込まれていたのですが…」
「その割には大活躍だったじゃないですか?左右輔さんてばっ」
「まぁ…少し………我ながら熱くなってしまいましたが…」
むすっとした顔の藍さんが画面を指差す。
「ねぇ、先生!じゃああの来斗のあれ!!!あれは反則とは見なさないんですか!?」
「貴様………よくもそんなことが言えるな?」
遠矢隊長が眉をしかめる。
「中で出来る範囲のことならば、反則とは言わんじゃろ」
そうかなぁ、と口を尖らせる藍さんを横目に見て、先生は高らかに笑う。
「しかし…実に各隊特色を活かし、個性的な戦法で来たのう。予想以上の名勝負を見ることが出来た…いやはや愉快愉快」
「………けど」
画面に映るのは………
『ようやく来たようだな…愁』
『ああ………待たせたな。お前んとこの下っ端片付けてたら、遅くなってしまったわ』
愁さんと、来斗さんの姿。
草薙さんが真剣な顔で画面を見つめる。
「結局、最後に残ったのは…『五玉』の二人ってわけか」
「あんまり…おもしろくないわね」
まだむすっとした表情の藍さん。
そういえば、と先生がつぶやく。
「『5人を切ったら中に知らせる』と言っておったのに…最後の追い込みが急すぎて、失念しておったわい」
ぞろぞろと制御室に入ってくる天空隊士達を見て、先生が手元のレーダーのようなもので、ライフメーターの残りの数を確認する。
「………おや」
『螢惑』が真っ赤な炎を帯びる。
来斗の『アロンダイト』も…雷を帯びてバチバチと音を立てる。
「………行くで」
「………ああ」
大きく一つ、息を吸い込む。
『アロンダイト』の、一発の破壊力はおそらく…『螢惑』を凌ぐだろう。
つまり…
勝負は一瞬。
かっと目を見開き。
唱えようと…口を開く。
その時だった。
『えいっ☆』
岩陰から甲高い声がした。
と………次の瞬間。
二人の周囲を、青白く光る網のようなものが取り囲んだ。
『なっ………』
『………何やこれはっ!?』
二人は網に捕らえられ…身動きが取れなくなったようだ。
ぽかんと画面を見つめる…制御室の隊士達。
その背後で。
一人、高く拳を突き上げる人物。
感極まった声で…叫んだ。
「………やったぁぁぁ!!!」
…画面の中では。
『源隊長、宇治原さん、見てますか!?ちか、やっりまっしたぁ♪』
天后隊士の四之宮さんが…
網の中の二人の呆然とした視線を受けて、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。
「グッジョブよ!四之宮さん!!!」
『サバイブ作戦大成功です♪ね!?ね!?臨時ボーナスでしたよね!?』
「もっちろん♪よくやったわ………ざまあみなさい来斗くん!!!」
「………結局それかい」
………これは。
皆の視線が、今度は先生に集まる。
申し訳なさそうに…先生は曖昧に笑いながら説明し始めた。
「先ほど確認したら………二人のすぐ傍に、もう一人の生存者を確認したのじゃが………もう最終局面だし…特に言わずともよいかと思うて」
『先生!!!』
『先生、あんまりやないですか!?』
画面の中では、来斗さんと愁さんが非難の悲鳴を上げている。
くるりと画面に背を向け、こほんと一つ、咳払い。
「まあ…あれじゃ。二人とも四之宮くんの存在に気づいておらなんだとは…修行が足らんということじゃな」
「………そんな」
「いいのか…こんな終わり方で」
部屋の中の隊士達は…がっくりと肩を落とす。
相変わらず跳ねている四之宮さんと、大はしゃぎの源隊長。
その傍らでは…宇治原さんが呆れ顔でため息をついている。
孝志郎さんが不可解そうな顔で首を捻る。
「今回の趣旨は………結局何だったんだろうな」
分からない、と両手を広げて藍さんが答える。
「強いて言えば………『可愛いは正義』っていうか…」
暗い表情の月岡伍長が、藍さんの肩に手を置いて首を振る。
「………『女は汚い』ですってば」
画面の中では、四之宮さんが、風牙さん見てますかぁ!?とにこにこ手を振っている。
「僕………自信無くなってきました」
「………まぁ、頑張れ」
こうして『臨時予算争奪サバイバルゲーム』は…
会議を超える、更なるストレスを隊士達に与え…幕を下ろした。