サバイバルゲームの巻(前編)
バン、と机を叩く音が、静かな室内に響き渡る。
『納得がいきません』
源隊長が立ち上がって愁さんを睨む。
『天后隊はただでさえ激務で、人員もぎりぎりのローテーションで回しているんですよ?老朽化した機器の入替は急務!予算の増額は優先されてしかるべきです』
机に肘をつき、顔の前で手を組んだ愁さんが唸る。
『まぁ…確かにそれは源隊長の言う通りやけど…』
『老朽化設備の更新という点では、こちらも同様だが』
源隊長の鋭い視線が、発言した来斗さんに移る。
『天后隊には現状で、十分に予算が振り分けられていると思うが。紺青が平和になった今こそ、天空隊の有する文化的施設の充実に予算が振り分けられることが、今後の紺青のために必要なのではないだろうか』
『…そんなこと』
源隊長は、机に置いた手をぎゅっと握り締める。
『戦乱が収まりつつあるといっても、患者さんが減るわけではないんですよ?』
『それはその通りでしょう。しかし…あなた方のシステムにも、問題があるのではありませんか?』
睨み合う二人を、他の隊長は黙って見守るしかないといった様子。
『予算の使い道に無駄がないのか、人員の配置には不備がないのか、再考なさる必要があるのでは…と申しているのです。ある筋から聞いた所、難しい症例のほとんどは、あなたか宇治原伍長が担当されているとか。多方面に実力を発揮できる人材を育てることに、隊を挙げて注力されることが、人員の節約、時間の節約、ひいては予算の節約にも繋がると思うのですが』
「こてんぱんじゃん、咲良さん」
ぽつり、と一夜さんがつぶやく。
時計を見ると、モニターに映し出される十二神将隊の予算会議を傍聴し始めて、はや一時間半が経過していた。
あーあ…と一夜さんの隣で宇治原伍長が頭を抱える。
「そこを突いてくるとは…さっすが来斗、痛いなぁ」
「性格悪いもんね、来斗」
予算の編成は、今後の各隊の運営に大きな影響を与える。
今回は騰蛇隊も隊長のみが参加し、藍さん始め各隊の伍長達は、固唾を呑んで会議の行方を見守っていた。
そして…
十二神将隊の部外者である、一夜さんと僕がどうしてここにいるのか?
一夜さんにどうしてもと誘われて、やって来たはいいものの…
「ねえ、一夜さん?」
なあに、と不思議そうな顔をする一夜さんに、こそっと耳打ちする。
「どう考えても僕達邪魔ですよ…何で『聞きに来たい』なんて言ったんですか???」
「何でって…おもしろくない?」
おもしろい?
だって、と彼は楽しそうに、僕の耳元でささやく。
「予算会議は総隊長会議の華だぜ?普段澄まし顔してる隊長さん達が、予算のぶん捕りあいとなればもう、感情的になっちゃって大騒ぎなんだから…」
そこまで言って片目を瞑り、ぴっ、と人差し指を立てる。
「せっかく愁が『総隊長会議の透明化』とかなんとか言って、会議を全面的にモニターに映すことにしてくれたんだからさ…見なきゃ損だって、絶対!」
愁さんがそんな風にしたのは…
少なくとも一夜さんのためではないと思います。
「………そうかなぁ」
ぐっと肩を強張らせ、源隊長はじっと来斗さんを睨む。
しばし沈黙が流れ。
彼女ははき捨てるように言う。
『そんなことおっしゃいますけど…予算を浪費しているのは、涼風隊長、あなた方の方ではありませんの?』
『…何ですって?』
彼女は資料の一つを指差す。
『紺青の未来への、長期的な投資…と先ほどおっしゃいましたね?』
『…ああ』
『この案件…いくら長期的にと言っても、今年度の予算を割り当てる必要があるとは、私にはどうしても思えないのですが?』
来斗さんの視線が止まる。
反撃の糸口を見つけたことで、皮肉っぽい微笑みが彼女の頬に浮かんだ。
『あなたの提出なさった案は、未だ傷跡の癒えない紺青の現状を把握した上で、立案されたものとは到底考えられません。ベルゼブの脅威が去ったのだから…という言葉を大きく取り上げ、ご自身に有利な方向に会議を操作なさろうとしている…そんな気がいたします』
来斗さんは黙って彼女を見つめている。
会議室に、一層重苦しい空気が流れる。
『その…将来への投資というのでしたら、天一隊への振分けも再孝願いたいな』
高瀬隊長が小さく片手を挙げる。
『槌谷隊長、樋野伍長を始め、優秀な人材を白虎隊の再編に割く結果になり…士官学校の教官も不足しているものですから』
『そう…やなぁ』
愁さんが頭を抱える。
『…ったくしっかりしろよ総隊長』
ぼそり、とつぶやく草薙さんの声を…聞き逃す訳もなく。
がたん、と椅子の倒れる音がして、愁さんが草薙さんの胸倉を掴む。
『何やて龍介!?もういっぺん言うてみい!!!』
『おー何度でも言ってやらぁ!お前がしっかりしねえから話がまとまらねえっての!こっちは忙しいんだよ、とっとと各隊の意見まとめて会議を終わらせろ!』
『…ちょっと、草薙隊長?』
源隊長の低い声が飛び、草薙さんがさぁっ…と青ざめる。
『………はい?』
『それ、私達の議論が無駄だって…おっしゃりたいのかしら?』
『あ…いえ………まさかそんなことは………』
あの、と剣護さんが手を挙げる。
『何でしたらあの…うちの予算、少し削ってもらっても大丈夫ですよ?三日月伍長は兼任ですから、伍長の手当ては事実上ほとんど要らなくなりますし、それでなくても予算、今までも結構余裕ありましたから、その………』
しん………と会議上が静まり返る。
ちっ…と一夜さんが小さく舌打。
「…どうしたんですか?」
尋ねる僕に、珍しく眉間に皺を寄せ、難しい顔でつぶやく。
「………まずいな」
『片桐隊長』
源隊長が低い声で言う。
『…何でしょう?』
『今の話…確かかしら?』
高瀬隊長が言う。
『勾陣隊は隊士の育成や刀剣の調達・手入れに、かなりの費用を費やすのだと聞いたが』
『…ええ。でも、刀剣は初期投資がほとんどですから、入隊時にかかるだけでそれ以降はそれほど。手入れなら、相当な刃こぼれとかでない限りは自分達で出来ますし…』
聞こえるわけないのに、剣護剣護…と小声でモニターに呼びかける一夜さんを、藍さんが冷たい目をして見つめている。
『道場の整備もまた、剣術を第一とする勾陣隊にとっては重要である…と』
『そうですけど、まぁ…そうそう壊れるもんでもありませんからねぇ。竹刀はちょいちょい壊れますけど、そんなに高いもんじゃないし…』
そこまで言ってやっと…異様な雰囲気に気づいたらしい。
額に汗をかき、いや…何でもないですと俯く剣護さん。
はぁ、と高瀬隊長が額に手をやり、呆れ顔でため息をついた。
『やはり…あいつか』
ふぉふぉ…と愉快そうに柳雲斎先生が笑う。
『どうやら古泉の奴、大目に吹っかけておったようだの』
モニターを見つめていた伍長さんたちが、一斉に一夜さんを見る。
「あ………」
まずい…という顔をして、頭をかきながら笑う。
「いやぁ、参ったなぁ…時効時効!」
「時効って………」
ぐっ…と拳を握り、藍さんがつぶやく。
「あの頃の孝志郎に…言いつけてやりたい」
『あの…言いにくいんやけどな』
愁さんが言葉を発する。
『実は…霞様から臨時の予算を頂いたんや』
隊長達の目がきらっ…と光る。
『各隊に振り分けると微々たる額やけど、何か使い途、あらへんかな…と思て』
それなら、と目を輝かせて立ち上がる源隊長。
『是非!天后隊に!』
『いや、天一隊の方が急を要するぞ!?』
『…そこは天空隊へ。譲れんな』
いやいやいや…と井上磨瑠隊長がヒゲを撫でる。
『黙って聞いておりましたが、都の事務方ばかりに、予算を多く振り分けられるこの現状。四方の守護は都との往復、隊士達の住居の確保、民からの情報収集など、色々と費用がかさむもの。こちらも忘れていただいては困りますよ?』
うんうん、と渋い顔で頷く宗谷隊長。
『そうですね…私のところも、西は不慣れな隊士が多くおりますから、頂けるに越したことはありませんわ』
穏やかに言う槌谷隊長に、草薙さんが大きく頷いて同意する。
『その通り!西も大変だよな。やっぱ都のことばっか考えてんのはよくないぜ』
はぁ、と藍さんがため息をつく。
「草薙隊長…騰蛇隊も頑張ってよ………」
『良案が…ひらめきましたぞ』
柳雲斎先生が静かに言い、全員の視線が一斉に注がれる。
『…何です?先生』
先生はゆっくりと人差し指を立て、周囲を見渡す。
『名づけて』
『…名づけて?』
一呼吸置いて。
にやりと笑う。
『臨時予算争奪サバイバルゲーム…じゃ』
舞台は士官学校に併設する『天球儀』。
そこは擬似的な戦場を体験出来る、不思議な施設である。
負傷したとしてもそれはあくまで擬似的なものであるが、その怪我による苦痛は本物の怪我と大差なく、施設を出るまで持続する。
各隊10人を選抜し、それぞれ『神器』を持って戦う。
各人がライフメーターを着用し、負傷によってそのゲージが減り、ゼロになると終了。
強制的に『天球儀』から退場させられる仕組みだ。
このようなシステムは、士官学校の訓練の一環として考案されたものらしい。
そして。
各隊の隊士同士で連絡を取り合うことが出来るよう、無線機が手渡されている。
生き残っている人数は、同じ隊の人間しか把握することが出来ないので、フィールド内に残り5名となった時点で、外から内部に知らせることになった。
ルールは簡単。
最後まで生き残った隊士のいた隊が優勝、臨時予算を手にすることが出来るという訳だ。
「これって…やっぱり騰蛇隊が有利なんじゃないですか?」
草薙さんと額をつき合わせて、出場メンバーを練っている藍さんに尋ねる。
「騰蛇隊って、十二神将隊でも一番優秀な人達が集まってるんでしょ?それに、『神器』で戦うのなら、天后隊や大裳隊、天空隊みたいな事務系の隊は圧倒的に不利ですよ」
「そんなことありません!」
ぐっと拳を握り、熱説する藍さん。
「戦闘能力で上10人を出すって言われたら、朱雀だってなかなかのものです!それに勾陣や太陰も力バカが集まってますから、かなり強敵ですし」
「…力バカ………」
そうだなぁ、と草薙さんがつぶやく。
「各隊士の総合評価でいったら騰蛇隊士が一番だけど、戦略的に攻められるとどうなるかわかんねえよな。『神器』の扱い方とか、弱点とかっつったら六合が強いだろうし、天后隊士は治癒系の『神器』持ってるし」
「そうそう!それに、来斗は何企んでくるかわかんないもんね!あなどれない!!!」
「…そうですか」
「どうしましょう!?」
四之宮さんが涙目で言う。
「私…剣とか弓とかそういう『神器』って、あんまり得意じゃないんですよぉ………」
おろおろしている彼女の両肩を掴む。
「いい?四之宮さん。予算がかかった大切なゲームとはいえ…私達、病院を閉めるわけにはいかないのよ?」
「…だから、ベテランの先生方は通常業務に当たって、私みたいな新米が出なきゃいけないんですよね?それは…わかりますけどぉ」
「…大丈夫。彼がいるわ」
にっこり笑って、他の隊士に引継ぎをしている宇治原くんを指差す。
私達の視線に気づいた彼は、はぁ…とため息をついた。
「ったく、めんどくさいこと引き受けおってからに…」
「つべこべ言わない!私も参加するから、あなたは思う存分暴れてくれればいいのっ」
ちらり…とこちらを横目で見る。
「それやったら、別に俺がやらんでも隊長一人で十分やないですか?一睨みで勾陣隊士もまっさお………あ………何でもないっす」
隊士達が神妙な顔で俺を見る。
「…辞退しましょう」
「………うーん」
確かにうちは、金には困ってないんだよな。
それに…
「一人一人の力はあっても…戦略的に攻められたら俺たち、勝ち目ないですよ?」
…仰るとおり。
来斗や藍や愁…それ咲良さんや、柳雲斎先生。
十二神将隊きっての頭脳派連中が、一体何を仕掛けてくるつもりなのか。
皆目検討がつかない。
「そんな伏魔殿みたいな『天球儀』…恐ろし過ぎますって」
「モチベーションもそう高くないしさ…俺たち無駄死にするだけですよ」
「ここはやはり、名誉ある撤退です、剣護さん!」
うーん………
その時。
「剣士たるもの、一戦一戦に命を賭すべし。戦に赴かずして敵に勝ちを譲ることすなわち、武士の恥であると心得よ!」
不自然なほど勇ましい声に、隊士達の表情が一斉に凍りつく。
また…面倒なのが来たぜ。
「………一夜てめぇ、何の用だ?」
「何って…応援?」
「応援だぁ!!??」
思わず立ち上がり、にこにこ笑っている一夜の胸倉を掴む。
「あのなぁ…お前のせいで俺、すっっっげえ恥かいたんだぞ!?どーしてくれんだよ!?」
「ああ…あれね」
「今だってなぁ、あんなことがあったし、参加するのはおこがましいんじゃねえかっつって、だからこんな議論になってんじゃねーかよ!?」
一夜は俺の手を離し、前髪をかき上げて平然と微笑む。
「でも…あれは剣護も悪いと思うけどなぁ」
「何だとぉ!?」
「あのね、予算ってのはぶん捕ってなんぼ、使いきってなんぼのもんだよ?あって困ることはないんだしさ。だから俺、毎回頑張ってたのに…あんなこと言ったら剣護、まるで俺が無駄遣いしてたみたいじゃない?」
「………庭の手入れの費用、各期の予算から出てたよな?確か」
勾陣隊舎の裏の庭は、一夜が隊長になってから整備されたものである。
「ん?そうだけど…あれだって、殺伐とした道場に潤いが必要かなって思って」
「………お前は官僚か!?」
あの、と隊士の一人が意を決したように言う。
「古泉隊長は、その…何か秘策でもあられるんですか?」
きょとんとした顔で彼を見て、一夜は不敵に笑った。
「勿論っ」
「秘策ったって…俺たち刀で戦うしか能がねえんだぞ?」
「だーいじょーぶ!任せて」
隊士達の目に、期待の色が宿る。
「…で、何だよ?」
ふふふ、と笑う。
「それはね…」
『ゲーム開始、5分前ですじゃ。各人、配置につくよう』
柳雲斎先生が『天球儀』内部に向かって呼びかける。
僕達は先生と一緒に、内部の様子を映す大きなモニターのある、制御室にいた。
「先生は参加なさらないんですか?」
「不正無きよう監視する者も必要ですからな…うちは左右輔がやってくれるじゃろて」
「一体…これから、何が始まるんだ?」
『絶対面白いから!』と一夜さんに訳も分からず連れてこられた孝志郎さんは、不思議そうにモニターを見つめている。
「えーと…話せば長くなるのですが…」
「残念だねぇ孝志郎、記憶がある頃なら絶対こういうの喜ぶのに…ねえ先生!?」
「ほほ…そうかも知れぬのう」
「…そうなのか」
霞さんの護衛を仰せつかるようになってから、紺青の他の軍隊を目にする機会も増えたが、十二神将隊が個性的な集団である、という最初抱いたイメージは正しかったように思う。
愁さんのような『神力』に秀でた人もいれば、剣護さんのような剣術に秀でた人もおり、来斗さんのような頭脳派もいる。
そういった強い個性が集まって、十二神将隊の各隊を構成しているのだ。
どの隊が一番強いのか?
…確かにそれは興味深い。
柳雲斎先生が再び、呼びかける。
『開始、一分前』
前内閣時の予算だ予算だ、という連日のニュースを観ていて思いつきました。
構想何ヶ月なんだ一体………