天一隊伍長、桐生五色
『2』の人物紹介で予告していたお話です。
人は、こういう性格を称して『狸のように執念深い』というらしい。
『お前、来ちゃったのか?』
『来ちゃった』のは、大学校へである。
頷く僕に、周平はわざとらしくため息をつく。
『まったく、大学校もどんどん質が下がるよな』
『…は?』
『だって、主席は入隊しちゃったんだろ?』
『あ…ああ』
『『恩賜の短剣』を頂くくらいなんだし、そこそこ優秀なんだろうにさ…なんで風牙のやつはあんな訳の分からない隊長について行こうなんて思うんだろうね』
卒業式の日、壇上で恥ずかしそうに笑った風牙の顔を思い出した。
黙っている僕に、周平は更に付け加える。
『主席は大学校へは進まずに、末席の連中だけ残ってもなぁ』
あの時のあいつの顔。
僕は一生忘れない。
古い木製の扉をノックすると、どうぞ、という高瀬隊長の声が聞こえて来た。
「失礼します」
そこには、隊長だけでなく、槌谷伍長の姿もあった。
「何か…御用でしょうか?」
高瀬隊長はさわやかな笑顔で、実はね、と切り出した。
一瞬、わが耳を疑ってしまう。
「僕が…天一隊の伍長に???」
「そうなんだ。実は槌谷伍長が今回、白虎隊の隊長に就任することになってね」
「白虎隊!?」
槌谷伍長は穏やかに笑って頷く。
「大変な任務なのは重々分かっているつもりよ。でも、私にとってこれは、大きな転機なんじゃないかと思うの。天一隊のみんなには迷惑をかけてしまうけど…」
昨夜行われた総隊長会議で決定したのだという。
白虎隊士のほとんどは、ベルゼブの一件で命を落としたり、罪を得たりして隊を離れてしまっている。新しい隊士を募るのでは時間がかかり過ぎるため、槌谷伍長…もとい隊長は、天一隊の隊士を一部伴っていくことになったらしい。
「白虎隊の伍長は誰が?」
「樋野さんにお願いしてあるわ」
あずみ…か。
あいつならまぁ…分かる気がする。
「僕に…出来るでしょうか?」
大丈夫よ、と槌谷隊長が手を打ってにっこり笑う。
「初めは誰でも迷うものだわ、私もそうだったもの。桐生くんなら大丈夫!高瀬隊長の目利きは確かですもの」
「そう…でしょうか」
高瀬隊長が清清しい顔で右手を出す。
「よろしく頼むよ、桐生伍長!君ならやれると僕は信じてる」
かあっと胸が熱くなって、僕はその手を両手でしっかり握り締めた。
「よ…よろしく!お願いします!!!」
まだどきどきが止まらない。
夢の中にいるみたいな気持ちで、僕は隊長室から続く階段を降りていった。
「…何であんたなのよ」
どきっとして振り返ると、階段の手すりにもたれ、あずみがこっちを睨んでいる。
「な…何でって………」
そんなことを言われる筋合いはないはずだ。
彼女だって白虎隊の伍長なんだもの、大出世じゃないか。
しかもあずみは、入隊当初から槌谷伍長の大ファンだったのである。見込まれて一緒に隊を移ることが出来るなんて、彼女にしてみたら大喜びしていいことなのに。
そんな感じのことを、オブラートに包みつつおどおど言ったら、だから!とあずみは苛立った声を上げる。
「あんたが槌谷隊長の後任者っていうことが、気に喰わないって言ってるのよ!」
「…そんなの言いがかりじゃないか…」
「それに、今までお世話になった先輩や、育ててきた後輩が沢山いるんだもの。あんたが伍長になって、みんなのことうまくまとめて行けるわけ!?」
言葉に詰まって、黙り込んでしまう。
正直言って…自信はない。
「あずみの言う通りだな」
はっとして見ると、少し離れたところに周平が立っていた。
隣には風牙の姿もある。
どうやら僕達の言い争いを観察していたらしい。
周平は、相変わらずの嫌味な笑顔で言う。
「ま、重責なのはあずみも一緒だろうけど。いくら君が優秀と言っても、ね…西は旧白虎隊の振る舞いで、十二神将隊に対する信頼も薄れてきているって話だし」
「…何ですって?」
ちょっと周平、と焦った様子の風牙が出てきて、僕達の間に入る。
「そんな言い方はないよ。お前だって最初は色々苦労しただろ?」
「僕が?………何言ってんだよ風牙。お前じゃあるまいし」
はあ、と小さくため息をついて、風牙は困ったような笑顔で僕達を見る。
「こいつ素直じゃないからさ…ごめんね」
「…あ…うん」
「それにしても、4人も同期が役職につくなんて…僕達も出世したよね」
頑張ろうぜ、と両手でガッツポーズをしてみせる。
「74期は優秀だって、みんなに見せ付けてやんなきゃ!」
「僕は73期卒…なんだがな」
面白くなさそうな顔でつぶやく周平の背中をバシン!と叩いて、風牙は楽しそうに言う。
「まあ細かいこと気にするなって!入学は一緒じゃん」
周平は飛び級して、一年早く卒業していたのだ。
「…で」
風牙の明るい声を遮って、あずみの低い声が階段の踊り場に響く。
「あんた達、何しに来たの?」
「あ…えっと」
腕を組んで睨む彼女に、風牙が怯んだように黙り込む。
周平が両手を腰に当てて、あずみの前に立つ。
「何だよその言い方。僕達はお前らが伍長に就任するって聞いて、心配だから応援に駆けつけてやったの。『わざわざ』ね」
「あ…そう、『わざわざ』ね。それはそれは失礼いたしました。でも…月岡伍長も桐嶋伍長もお忙しいでしょうし、そろそろお戻りになられたほうがよろしいのでは?」
「何だって?」
「こちらはこちらで勝手にやりますんで、どうぞお気になさらないでください」
「お…前…なぁ」
不穏な空気。
慌てて風牙が周平の袖を引っ張る。
「周平、お邪魔みたいだしお暇しようぜ!僕ちょっと高瀬隊長に用事あるから先に…」
「止めるな周平!こんな失礼な言い方されて黙ってられるのか!?」
「元はと言えばお前が悪い!男らしくあずみに謝って…」
「そうよ!失礼なのはあんたの方じゃない!?」
「あ…あずみ、もう良いだろ!?」
うるさいわねえ、と彼女は止めに入った僕を睨む。
「元はと言えばあんたが頼りないからいけないんでしょ!?」
「そ…そんなこと………」
「悔しかったらそんな風におどおどしてないで、しっかり隊をまとめて見せなさいよ!」
深く突き刺さる捨て台詞を残し、彼女は走り去って行った。
「本当に…ごめんね」
本当にすまなそうに、風牙が口を開く。
「あいつね…本当に口惜しいと思ってるのは、自分自身なんだよ、多分」
「…え?」
「『自分はどんなに頑張っても来斗さんにはなれない』って…思ってるんじゃないかな」
少し寂しげな目をして、空を見上げる。
「周平には周平の良い所、あるのにね」
…僕にはさっぱり、分からないけど。
「僕もさぁ…なーんか、この道向いてないかなぁって思うとき、あるよ」
「な…何言ってんだよ!?お前は」
「一夜さん」
どきっとして、思わず彼から目をそらす。
「もうね、全っ然歯が立たなかったの…でも、かえってすがすがしかったよ」
そんなの…
「お前が…そんなこと…言ったら…さ…」
人は、こういうのを『蚊の鳴くような声』って…言うのかな。
何?と、風牙は優しいまなざしで僕を見る。
それが更に、僕のみじめな気持ちを増幅させる。
「僕は…どうしたら…いいんだよ?」
「もう…五色は五色だろ?鈴音さんになろうと思う必要はないしさ、自分なりに一生懸命頑張ってれば、絶対みんな分かってくれるって」
そう…風牙はいつもいい奴なのだ。
自分が嫌で嫌で堪らなくなるくらいに。
「わかった。ありがとう」
ちっぽけなプライドの最後のひとかけらでそう言って、僕は風牙と別れた。
「桐生くん、頑張ってるみたいね」
私の何気ない言葉に、風牙は表情を曇らせた。
総隊長秘書職の引継ぎのために、最近度々こうやって朱雀隊舎を訪れるのだが、今日は元気がなさそうで、景気づけのためにそんな話を振ってみたのだけど…
「こないだ周平がね…まぁた余計なこと言って」
「…なあに?余計なことって」
風牙の話に、孝志郎みたいに尊大の塊みたいな奴とずっと一緒にいた私も、さすがに眉をひそめてしまう。
「それはちょっと…いや、かなり…言い過ぎなんじゃない?」
うんうん、と大きく頷いて、彼は小声で愚痴り始める。
「僕あんまり腹が立ったから、思わず言ってやろうかと思ったんですけど…『お前だって来斗さんが朽葉に行っちゃったとき、半泣きだったじゃん』って」
「…そうだったの」
「でもあいつのプライド傷つけてもロクなことないし、でも…あずみもマジギレしてたしなぁ…でもそれより何より五色が」
顔が真っ青で、何て声をかけていいかわからなかった、という。
「何で僕らの期の人間は、ミカさん達みたいに仲良く出来ないんでしょうねぇ」
「んー………仲良いって言えば、良いかもしんないけど…」
単にみんなマイペースで、人のことを気にしてないだけ…って気もする。
「だって、普通に考えるとね、僕何で愁さんと一夜さんがあんなに仲良いのか不思議ですもん。色々間逆って感じするのに」
…そう言われれば、そうかも。
「色々気を遣って大変ね、風牙は優しいから」
え?と顔を赤くして私の顔をじっと見る。
「そ…そんなぁ、僕、ミカさんにほめられるほど人間出来てないですよぉ…そんな風にほめられると僕、どうしていいか…」
「あの…そんなにほめては、ないわよ?」
あ、そういえば。
「今日は高瀬隊長、会議で一日外出じゃなかったっけ?」
赤かった顔からすっ…と血の気が引く。
「…そうでしたね」
「大丈夫かしら、桐生くん」
しっかり頼むよ、と高瀬隊長に背中を叩かれ、がちがちに緊張しつつ臨んだ初仕事だったが、気持ち悪いくらいに順調だった。
「よかったわね、平和な一日になりそうで」
槌谷隊長も留守で、あずみは不機嫌そうに僕に言う。
「そりゃそうよね、あんた一人にここを任せるのに、忙しい日を選ぶわけないか」
「…う、うるさいなぁ…お前はどうなんだよ?」
私?とあずみは分厚いファイルのような物を持ち上げて見せる。
「西の状況の勉強中。把握しとかなきゃならないことは山のようにあるから…あんたの世話焼いてる暇、ないの。しっかりしてよね」
「…わかってるよ」
ふいに無線が鳴り、口論(一方的に言い負かされていた…とも言う)は中断。
『天球儀』という訓練用施設の中では、士官生の馬術の演習が行われていた。
馬術、と言ってもスポーツではなく、れっきとした武術としての演習。
号令に従い、隊列を組んで、士官生達は建物の中に設けられた様々な障害を突破していく。
ああいう訓練は、正直あんまり好きじゃなかった。
『それでも、そんな素振り一つ見せずに士官生を指導しなきゃいけないなんて、教官は大変だね』
僕には真似出来ないや、顔に出ちゃうもん…と、以前風牙は笑っていた。
「自分なりに…か」
その時。
士官生達の目の前に、突如大きな火の手が上がった。
「うわぁ!!!」
「何だ!!??」
地鳴りがして、地面が大きく裂ける。
「き…桐生伍長!これは…」
…何だ?
こんなの………予定外じゃないか。
「一体…何が」
「伍長!!!大変です!!!」
突然の地震や人々の動揺に、士官生達を乗せていた馬が暴走し始めたのだ。
勢い良く前脚を蹴り上げ、少年達を振り落とし、縦横無尽に走り回る馬達。
戦闘用に甲冑を身に付けた馬に、体当たりなんかされたらひどいことになる。
「わあああ!」
「先生!!!」
「助けてください!!!」
士官生達が叫び、教官である天一隊士達も慌てふためく。
あずみが青い顔で走ってくる。
「五色!!!」
「あ…ずみ」
彼女は荒い呼吸をしながら僕の両肩を掴み、大きく揺さぶる。
「ちょっと!!!これ、どういうことなのよ!?」
「わ…わからないよ………」
厳しい視線を混乱する隊士達に向け、再び僕を見る。
「あんたがここの責任者でしょ!?なぜ何も指示を出さないの!?」
「ぼ…くが?」
当たり前じゃない!?と叫ぶ彼女と共に、隊士達が詰め寄る。
「伍長!指示を!」
「士官生達に怪我人も出てます!このままじゃ…」
「お願いします!」
「そ…そんな………」
以前あちこちで続く地割れ、地震…
飛び交う悲鳴に、けたたましい馬のいななき…
僕…どうしたらいいんだ?
わかるわけないじゃないか?
こんなこと…
ヒステリックにあずみがわめく。
「だからあんたなんかに伍長は務まらないって言ったのよ!何とかしなさいよ!」
「そ…そんなの………」
お前だって伍長じゃないか?
そう言いかけて…やめる。
彼女の握り締めた拳が、小刻みに震えていた。
きっと…彼女も混乱しているのだ。
高瀬隊長…槌谷隊長…
僕………
隊士の一人が何かひらめいたような顔をして、僕とあずみの間に入る。
「桐生伍長!騰蛇隊に応援を要請しましょう!」
「………えっ?」
「この状況、私達だけじゃ無理です!無線で連絡すれば、きっとすぐ駆けつけてくださると思います!」
「…そうか!」
「伍長!要請を!」
応援を…呼ぶ。
相当の緊急事態じゃない限り、そんな事出来ない…
でも………
ぐったりと倒れている士官生達の姿が視界に飛び込んでくる。
落馬して…もしかしたら骨折しているのかもしれない。
どうしよう…
風牙。
やっぱり僕…
僕じゃ…駄目だ。
「…誰か!」
ぎゅっと目をつぶり、叫ぶ。
「誰か、草薙隊長に応援の要請を…」
「それは不要だ」
握りしめた無線機を背後から取り上げる、冷静な声。
振り返る。
「………周平」
「各員は今居る場所と怪我人の人数、現場の状況を報告せよ」
僕の無線機に向かい、彼は淡々と、的確に指示を出していく。
ぺたり、と座り込んだあずみの肩に手を置く人影。
懐から取り出した無線機に向かって、明るい声で言う。
「こちら朱雀隊月岡です。『天球儀』内で事故のため怪我人発生。天后隊の救護班を要請します」
呆然と見つめる僕に、風牙はにっこり微笑む。
慌てた隊士達のしどろもどろの報告を聞きながら、ちっ、と周平が舌打する。
「なんだよ…天一隊ってのは使えない奴らばっかりだな」
「しゅうへいっ!!!」
焦った声で突っ込む風牙の無線機から、甲高い女の子の声。
『風牙さん、ちかです!!!』
「…ちかちゃん」
『お怪我ありませんか?風牙さんに何かあったらちか…ちかは』
「ち…四之宮さん?大丈夫、僕は大丈夫ですから」
『ほんとですか!?…よかったぁ』
あずみと周平の醒めた視線を受け、冷や汗をかきながら応答する。
「あの…でも、士官生に怪我人沢山出てるんです。だから至急、お願い出来ますか?」
『わっかりました任せてください!風牙さんの頼みとあらば!』
「…誰?」
あずみが冷たい声でつぶやく。
「ま…いいじゃない!?後は…」
風牙が僕の肩を叩く。
「桐生伍長、出番です!」
「…え!!??」
「ここまで誘導してやったんだ、後は出来るだろ」
周平がにやり、と笑う。
「ねっ」
にっこり笑う風牙に…
「…うん!わかった」
落ち着きを取り戻した隊士達と、幸い無傷だった士官生達、それに風牙達の活躍で、荒れ馬は全て捕獲され、元の場所へ連れ戻された。
怪我人も皆、病院に収容され、手当てが施されることとなった。
さっきまでの地殻変動も、いつの間にか収まっている。
「訓練の内容とは無関係だった…ってことか」
周平がつぶやき、皆で制御室へと向かう。
ドアは少し、開いていた。
モニターには『天球儀』内部の様子が映し出されている。
そして、床に座り込んでいた、一人の人物。
「…お前」
周平が顔を歪める。
それは…
僕らと同期の、天一隊の隊士だった。
彼は青白い顔で床をじっと見つめたまま、黙って涙を流していた。
「あんたが…やったの?」
あずみが近づいて、彼の肩を掴む。
「言いなさいよ!あんたがここで操作して、あんな風に地震や地割れを起こしたの!?」
…そんな。
彼は僕とあずみと、ずっと一緒にやってきた、仲間なのだ。
信じがたい事実を目の前に、あずみは半泣きで彼の肩を揺する。
「ねえ!!!黙ってちゃわかんないわ!」
「……………くやしかったんだ」
ぽつり、とつぶやく。
「同期で一緒に入隊して…ずっと一緒にやってきて………お前らは伍長に抜擢されて、俺は…一人、置いてけぼりで…」
涙を流しながら、彼は僕をじっと睨む。
「許せなかったんだよ!何で俺じゃなくてお前なんだ!?俺のほうがお前よりずっと、タフだし冷静に、みんなを纏めていけるのに、何で………」
「お前………」
冷ややかな目をした周平が彼に近づく。
「教えて欲しいか?」
「………」
「お前が、そんな風だからだよ」
目を大きく見開いた彼を見下ろして、冷たく言い放つ。
「選ばれなかった腹いせに、教え子や同僚を傷付けようなんて…そんな魂胆だから、お前は選ばれなかったんだ」
「………周平」
「あいつは良くやったよ」
白衣のポケットに手を突っ込んで、周平は僕をちらりと見る。
「元々パニック起こしやすい質なのに、自分の責任果たそうって必死でやって…あいつが踏ん張れたから、こうして事態を収拾することが出来た」
「周平…僕は」
「五色は伍長の器だ…僕はそう思う」
周平の言葉が、はっきりと胸に刻まれた。
あずみの真っ赤な目が、不安げな色を秘めてじっと僕を見る。
「どう…するの?五色」
自分の責任………
そうだ。
報告しなくちゃ。
だけど………
大きく一つ、深呼吸をする。
ちゃんと、言わなきゃ。
しゃがみこんで、彼の目を見る。
「僕達は…何も見なかった」
「………五色」
「きっと『天球儀』の制御系の不調だろう、僕はそう報告する。後は…お前次第だ」
みんな、僕の決断に黙って耳を傾けている。
「僕は…君の言うとおり、何も出来やしない。君の方が優れてるところ、いっぱいあると思うよ?だから………自首して処分も受けて、また一緒に働いて欲しい」
彼は肩を震わせて泣いている。
「僕は駄目な伍長だけど、一生懸命頑張るから…助けて欲しいんだ」
天后隊の病院で士官生達の状態を聞き、天一隊舎に戻るときには、すでに日が落ちていた。
「よかったの?」
あずみが小声で尋ねる。
「………みんなこそ」
彼が自ら罪を名乗り出なければ、僕達は隠蔽の共犯者になる。
なのに、みんな黙って僕に従ってくれた。
「いいの?」
「へーきだよ!」
風牙が笑う。
「あいつ、根はいい奴だもん!絶対反省して、自首してくれるよ」
「…甘いな」
周平が少し面白くない顔でつぶやく。
「まあでも…今回ばかりは勘弁してやるか」
隊舎に戻ると。
そこには、高瀬隊長と、槌谷隊長の姿があった。
それに…朱雀の浅倉隊長と天空の涼風隊長まで。
「ご苦労さん、五色。みんなはどうだった?」
「あ…はい!怪我の状態が悪い者でも、一週間くらい静養すれば大丈夫とのことです」
そうか、と高瀬隊長は爽やかに笑う。
「五色君もあずみも、大変だったわね…」
槌谷隊長の優しい笑顔に、あずみが目を潤ませる。
「しっかしまぁ…こんな所で風牙が役に立つとは、思わへんかったなぁ」
浅倉隊長の言葉に、顔を真っ赤にした風牙が反論する。
「何言ってるんですかぁ!?僕だってやるときはやりますよ!!!」
周平が涼風隊長に近づく。
「来斗さん、業務に穴を開けてしまって申し訳ありませんでした」
ふっ…と笑って、涼風隊長は小柄な周平の頭にぐい、と手を置く。
「いいさ。お前にとっても、いい経験になっただろうからな」
顔を赤らめる周平を眺めて、風牙が僕に笑いながら言う。
「そうそう…言い忘れてたんだけどさ」
あの騒動が起こったとき。
丁度彼らは以前と同様、士官学校を訪れていたのだそうだ。
『様子がおかしい』
高瀬隊長に、二人はそう、無線で報告した。
すると。
「『新米伍長二人の勉強のために、事態収拾を手伝ってやってくれ』って言われちゃって…」
「………そう…だったんだ」
「あの…あれだ。何かあったら…何を置いてもまず、隊長に報告入れなきゃ駄目だよ」
浅倉隊長をバツの悪そうな笑顔で見ながら、頭をかく。
「そうそう…いつまで待っても隊舎に帰ってくる気配がないから、何事か思たわ」
「あ…ははは………すみません愁さん」
どうやら、風牙自身も隊長に報告をしていなかった様子。
周平が、僕はちゃんと報告したぞ、とため息をつく。
「でもまぁ、大事にならなくてよかった」
「………うん」
高瀬隊長がにっこり笑って僕を見る。
「じゃ、明日からもよろしくな…一緒に天一隊をより良い隊にしていこう」
「あ………」
まだ少し目の赤いあずみが、弱々しく笑って僕を見ている。
いつも通りすかした表情の周平に、がんばれ、と小さくガッツポーズをする風牙。
正直言って自信はない。
けど…
人の言うところの、『案ずるより生むが易し』って…やつかもしれない。
「よろしくお願いします!」
僕は笑顔でそう言って、高瀬隊長に頭をさげた。