女子会なお話
爽やかな春風が吹く、誰も居ない教室。
ぼんやりしていた私の、手元の本がパラパラめくられる。
いい気持ち…
頬杖をついて、外の青々とした木々を見つめる。
やがて。
廊下に響く革靴の足音が、こちらに近づいてくる。
気づかないふりで外をながめる。胸が少し、どきどきしている。
『鈴音!?』
慌てた声が静かな教室に響き渡る。
『ごめんごめん、思ったよりかかっちゃって…』
職員室から戻り、ネクタイを少し緩めながら、内海くんはすまなそうに笑いかける。
私も笑顔になって、大丈夫、と答える。
『いい季節になったね』
私の前の席に座り、窓の外の景色に微笑む内海くんに、そうね、と答える。
まるで老夫婦みたい。
長い年月を、二人で過ごしてきたみたいだ。
『どうかした?』
思わず顔を赤らめた私に、怪訝そうに彼は尋ねる。
慌てて首を振ると、変なの、と笑って立ち上がり、私に手を差し伸べた。
『じゃ、帰ろっか?鈴音』
春の日差しに照らされた笑顔…
朝、目を覚ます時。
私は涙を流しているのだった。
「ええ分かりました。残念だけど………また、次の機会に」
笑顔で無線にそう告げて、パチン、と電源を切る。
座り込んで、はあ…と思わずため息をつく。
うーむ…と唸って髪に手をやる。
なぜだ。
何がいけなかったのだろう。
それにしても………
「…断るんなら、最初からオーケーしなきゃいいのに」
「そりゃたいちょ、酒飲んだ勢いってやつやないですかっ?」
むかっ。
見ると隊長室の扉が少し開いていて、宇治原くんが楽しそうに笑っていた。
「ちょっと!?用があるならノックくらいしなさいよ!!!」
「あいすいませんでした、と」
書類を持ってきたと告げ、手渡しながら、彼はまだにやにやしている。
「なぁによ?」
「約束断られて予定あいちゃったんすか?せっかく早く帰れる日やのに、寂しいっすねぇ」
「………」
つくづく腹の立つポイントを心得た奴。
「明日っつってましたっけ?なんなら俺、ご一緒してもええですよ?」
…最初から聞いてたのかよ。
腸が煮えくり返るような気持ちをぐっと抑えて、なんとか笑顔を浮かべて答える。
「別に…私、お友達ならたーくさんいるもの。わざわざ仕事が終わってまで、あなたと顔突き合わせてごはん食べなくたって、ねぇ」
カウンターの一撃は、なかなか効いたらしい。
少し強張った笑顔で眼鏡を外し、へえ、と彼は小さくつぶやく。
「で…例えば?」
「………」
「誰と遊びに行かはるんですか?源たいちょ」
「……………」
「藍いるー?」
隊舎にいた隊士達がぎょっとした顔で入り口を見つめる。
「こ…古泉隊長!?」
「どうもみなさん、お久しぶり!先日はお世話になりました」
那智が立ち上がって、不愉快そうに眉をひそめる。
「自宅軟禁、解けたんですか。よかったですね」
「うん!」
一夜さんはにこにこしながら、俺の顔を見てもう一度訊く。
「で、藍は?今日早いって聞いてたから、迎えに来たんだけど」
思わずため息をついてしまう。
なんて楽しそうな…幸せそうな顔をするんだろう。
いいなあ。
まさか一夜さんをうらやましいと思う日が来るなんて…
聞いてませんか?と訊くと、彼はきょとんとした顔で俺を見る。
「あいつなら、今日は飲み会です」
「飲み?」
『数少ない女性隊士同士の交流を深めましょう!』
何を思ったか、咲良さんが突如企画した、いわゆる『女子会』である。
へえ…愉快そうに眉をつりあげる。
「面白そうだね。それ、どこでやってんの?」
「『花街』の居酒屋を貸切で。でも…行っても無駄ですよ」
「え?何で?」
女のパワーは恐ろしい。行ったところで、近づくことすらままならないだろう。
…ていうか。
「一夜さん…見たいですか?そんな飲み会」
姉貴や妹の、女同士の遠慮のない会話を長年聞き続けてきた俺としては…
「女だけのおしゃべりなんてねぇ…ろくなもんじゃないっすよ」
「…ほお」
こういう華やかな雰囲気の宴会は初めてだ。
男社会である十二神将隊にあって、やはり女性は華、なのかも知れない。
でも…
小さくため息をついて、周囲の隊士達にお説教をしているあずみを見る。
「ですから…やはり私達も、きちんと声を上げなくてはならないのです!」
一体何の話だろう。アルコールが入って、なかなかにエキサイトしている様子。
彼女に捕まった隊士達は、不思議そうに目を丸くして、話に相槌を打っている。
少し離れたテーブルでは。
「ねー!ひどくないですかぁ!?」
「そうそう!」
「やっぱりああいうのよくないですよね!?」
若い隊士達の甲高い声。
「うーん…確かにねぇ」
「ミカさん!隊長に言いつけちゃってくださいよぉ!」
「…そうだねぇ」
輪の中心で彼女達の愚痴を聞いているのは、眉間に皺を寄せたミカちゃん。
でも、その深刻な表情も何だかわざとらしく見える。
ミカちゃんはああ見えて昔から姉御肌で、女性隊士達に頼りにされているのだ。
はい!と別の隊士が手を挙げ、また何か話し始める。
ほおほお、と頷いているミカちゃんだが、ちょっと表情が緩んでいる。
…長いつきあいの私にとっては、面白がってるのが丸わかりだ。
「…ずるいんだから、ミカちゃんは」
思わず独りごち、グラスのワインをすする。
その時。
「つまんない」
低い声に場がしん…と静まり返る。
声の主は、ちょっと目が座り気味の咲良さんだった。
若い隊士達が怯え気味なのに気づかない様子で、彼女は机に頬杖をついてぼやく。
「もーみんな、今回の趣旨を全くわかってないんだから!」
「…趣旨?」
だからね、とお猪口を手に取り、かざしながら言う。
「いい!?せっかくの『女子会』なのよ!?説教垂れたり愚痴言ったりするのなんて、別に女の子だけでやんなくてもいいじゃない」
女の子、とは強気に出たなぁ…と感心しながら、熱説する咲良さんに尋ねる。
「じゃあ…咲良さんは何の話がしたいんですか?」
「そんなの決まってるじゃない」
にやっと嬉しそうに微笑む彼女の横で、天后隊士のかわいらしい女の子が立ち上がる。
「ガールズトークの華といえば、そう!コイバナですよ!!!」
ぴっと人差し指を立てて宣言する、彼女は本当にかわいらしい。
こんな子も、十二神将隊にいるのね。
「最初のターゲットはズバリ!ミカさんです!!!」
「い!!!???」
突然降りかかった災難に、目を丸くしてのけぞるミカちゃん。
「そう…そうですよ三日月さんっ」
別の席に座っていた天一隊の隊士が立ち上がる。
「前におっしゃってたじゃないですかぁ、『古泉隊長は止めときなさい』って…あれ、何だったんですか!?」
げ、と小さくつぶやく。
「え?え?何ですかそれ???」
「牽制?」
「ち…違います違います!本っ当ーに違うんですってばぁ」
「ふうん…じゃあ、何なのかしら?」
裁判長咲良さんが、ミカちゃんに迫る。
「いや…その………」
真っ赤になって黙り込む彼女を更に追及し始めたのは、意外な人物だった。
あずみが突然立ち上がり、冷ややかな視線をミカちゃんに向ける。
「三日月伍長、私…がっかりしました」
「…は?」
「三日月伍長のこと、結構尊敬しておりましたのに…あなたは女性でありながら、騰蛇隊であれだけのご活躍をなさっておられたし、あれ程素敵な殿方に囲まれていながら、その誘惑にも負けず、凛としてらっしゃって…なのに………」
あずみは凄い剣幕で、ミカちゃんの襟を掴む。
「お相手がよりにもよって…あんな軟派の塊みたいな方だなんて私…」
「………ちょっと」
周囲の隊士達が固唾を飲んで見守る中、防御一辺倒だったミカちゃんが反撃に出る。
「あなたに一夜の何が分かるのよ!?そりゃね、あの子は以前は女ったらしでいい加減でわがままで、しょーもなかったけど…」
「あら?じゃあ今は違うって、断言出来るんですか!?三日月伍長」
「そりゃ、今でもそう変わってないっちゃ変わってないけど…そりゃ、あの子はわがままだし、いい加減だし、エ…」
「何何!?ミカさん今何言いかけたんですか!!??」
「ああもう!!!いいのそんなことはどうでも!!!とにかくそうだけど、でも…」
「でも?」
一瞬静まり返った店内で、ミカちゃんは相変わらず赤い顔のまま、ぽつり、とつぶやく。
「好き…なんだもん」
ほお?と咲良さんが感心した様子でつぶやく。
「だって…しょうがないでしょ?好きになっちゃったものは…どんだけ『あんな奴絶対駄目だ』って孝志郎に怒られても、どんだけあの子が女ったらしでも、敵味方に分かれても…私は一夜が好きなんですもん!それに…」
周囲の視線を釘付けにしていることを忘れてしまったかのように、彼女は幸せそうに微笑む。
「一夜も私のこと、本当に愛してくれてるみたいだし…だから」
信用出来るんですかぁ?とあずみが怪訝そうにつぶやく。
「まぁ、昔からすればアレだけど、それはきっとそうなんでしょ。家に人質取って立てこもって三日月さんを要求したり、無線ジャックして交際宣言するくらいですもの」
「ミカさんに会いたくて病室脱走したりもしたんですよね?一夜さん…」
「そうそう。それよ」
天后隊コンビは、妙に二人のことに詳しいらしい。
ふいに手を挙げた一人の隊士に、はいあなた!と咲良さんが発言を求める。
「私、聞いたことあります。勿論直接じゃないですけど…」
沢山の視線が一斉に注がれ、少しもじもじしながら彼女は言う。
「古泉隊長『好きな人がいる』って、女の子と遊ぶときはいつも言ってたって…」
「は???」
「だから、本命じゃないからね、ごめんねってことらしいんですけど。今思うとね…好きな人って、三日月さんのことだったんですね」
「…なるほど」
咲良さんがうなる。
「けど………それって人としてどうなの?」
「最初に宣言してあるなら………」
「いやでも………」
我に返って自分の発言に恥じ入り、がっくりしていたミカちゃんだったが、手にしたビールを一気にあおると、いきなり立ち上がって宣言する。
「わっかりました!そんなにみんな興味があるなら、いっくらでも答えたげる!さあ順番に何でも聞きたまえ!!!」
「え!?いいんですか!?」
きゃあきゃあ言って若い隊士達が彼女に群がる。
………あーあ。
コン、とテーブルにグラスが置かれる音。
見ると、いつの間にか咲良さんが隣で微笑んでいた。
「壊れちゃったわねぇ、三日月さん」
頷いて、ため息をつく。
「あれ多分…明日は覚えてないパターンだと思います。よくあるんですけど…ミカちゃんあんまりお酒強くないのに、テンションあがると飲み過ぎちゃうから」
「仲良しなのね、三日月さんと」
『一緒にお昼食べない!?』
士官学校の1年生のとき、私はいつも一人でお弁当を食べていた。
成績がそこそこ良くて内気な子…なんて、あまり歓迎されるものではないらしい。
学級委員なんてやってたから、余計に。
そんな私に笑顔で声をかけてきたのは、1年先輩のミカちゃんだった。
私のほうが年上と言っても彼女は先輩だし、仕事中は一応敬語を使うが、彼女は今でも大事な友達だ。
回想にひたっていると、彼女は私に少し近づいてきて耳元でささやく。
「龍介くんも…仲良しなの?」
「………やっぱり、それを聞きに来たんですね」
『蔵人のこと忘れられるまで、俺、待ってるから』
あの日、切羽詰まった表情で彼は言った。
あれっきり、そのことには一切触れる気配はないけど…
今まで通り、仲のいい同期であることは間違いないけど…
意識せずには、いられないではないか。
グラスの氷をカラカラ鳴らして、そっか…とつぶやく彼女。
「隊長職に昇格するのもほとんど同時でしたし、今まで以上に話す機会は増えましたけど…なんだか私」
草薙くんに甘えてるんじゃないだろうか。
なるほどねぇ、とテーブルに肘を突いて、両手の指を絡ませながらつぶやく。
離れた席で騒ぐ隊士達を見つめながら、何か別のことを考えている様子。
彼女の横顔を観察してみる。
ビロードのリボンで束ねられた亜麻色の髪からのぞく、細くて白いうなじ。
長い睫毛に縁取られた青い瞳は、少し物憂げな色を秘めている。
色っぽいなぁ。
咲良さんと雰囲気が似ている、とよく言われるのだが、私など到底及ばないと思う。
襟のある白いシャツを着て、いつも白衣の彼女は清純派の印象だが、匂いたつような大人の女性の色気が隠しきれない…そんな雰囲気だ。
大人っぽいですよねぇ、思わずため息まじりにつぶやく。
「私???」
頷くと、動揺した様子でありがとね…とつぶやく彼女。
「あんまり言われたことないからびっくりしちゃった」
「そうなんですか?」
ふふ、と笑って、彼女はふいにつぶやく。
「さっきのことだけど…」
「…はい」
話が元に戻ってしまった。
好きになれたら、いいんだけど…
一夜さんにぞっこんのミカちゃんみたいに、私も草薙くんのこと好きで好きでたまらなくなれたらいいんだけど…
そして、内海くんを………
忘れられたらいいんだけど。
「女ってずるいわよね」
どきっとするほど艶っぽい笑みで、彼女はつぶやく。
…ずるい………か。
思わずそうですね、と答えそうになる。
「ずるいのは咲良さんでしょぉ?」
ややろれつの回っていないミカちゃんが、いつの間にか私の隣に立っていた。
「私?」
「そぉです!鈴音ちゃんを一緒にしないでくださーいっ」
隣に席にどかっと座り、私を庇うようにぎゅっと抱きしめる。
参ったなぁ、と長い髪に手をやり、結った髪を解きながら咲良さんが笑う。
「三日月さんはどうなの?」
「そりゃ前はね………ずるかったと思うけど」
意外なことを口にする。
「一夜のことはちょっと好きかなぁって…思ってたけど、それに…あの子もそうなのかなぁって…思ってたけど、でも」
ずずず…と手に持っていたグラスをすする。
「このまんまでいるのが楽でいいなぁって思っちゃったんだもん」
楽?
「それって、孝志郎さんや…あの…」
私が言いよどむと、わかるわかるというように、ミカちゃんは私の肩をちょい、と突く。
「そ、白蓮のこともあったけどね?でもさ、もっとこう………」
うまい言い方が思いつかないらしい。目をきょろきょろさせている。
「何でも言いあえて、何でも分かってくれる、優しい異性の友人ってところかしら?」
そ、とつぶやき、同意するように咲良さんを指差す。
「わがままも聞いてくれるしさ、なんならさ…」
「…こらこら」
咲良さんは愉快そうに唇の前で人差し指を立て、それは言うなという合図を送る。
?
「お二人って仲良かったんですね」
「仲良いっていうか…行きがかり上っていうかぁ」
ミカちゃんがそう言って、ミカちゃんに代わり、話題の中心にいるさっきの女の子を見る。
「ちかちゃんがね、風牙のこと、我々に何でも話したがるんですわ。そいで、その関係でちょいちょい飲むっていうか」
深刻ぶった顔で、変なしゃべり方で答える。
この子…相当酔ってるな。
…また話題が逸れちゃった。私も酔っているらしい。
「すみません、異性の友達が楽って話でしたっけ?」
「そーそー!!!咲良さんはずるい!」
「ずるい…ねぇ」
困ったように笑う彼女は、髪をかき上げて天井を見上げる。
「友達でいる限り、失うことはそうないかなって思っちゃうのよね」
「………」
「恋人になってしまうと、もし駄目になっちゃったら元には戻れないかなって思うし…それはダメージ大き過ぎるわ、つきあいが長くなればなるほどね」
彼女は私が士官学校に入学した頃、人気者の生徒会長だった。
そして、その頃からあの人は…彼女の隣にいつもいた。
『あの二人、ぜったいデキてんだぜ?』
草薙くん、よくそう言って笑ってたっけ。
『俺、待ってるから…』
「わかります、それ」
つぶやくと、二人は驚いた様子で私を見る。
「気持ちの整理もなかなかつかないし…弱虫なんですね、私」
内海くんの笑顔が浮かんで消えた。
ふいに真面目な顔になってミカちゃんが言う。
「でもね………」
時間は有限なんだよ。
失ったときにそれに気づいても、もう遅いんだから。
彼女の言葉は心に深く突き刺さった。
そういえば私…内海くんに『好き』って…ちゃんと言ったこと、なかったな。
「今でも時々怖くなるもの…これは夢じゃないかしらって」
ミカちゃんは俯いて、少し微笑む。
「一夜に生きてて欲しいっていう、私の妄想なんじゃないかしらって」
「ミカちゃん………」
咲良さんが立ち上がって時計を見る。
「そろそろいい時間ね、お開きにしましょうか?四之宮さん」
「え?あ、はあい!!!」
さっきの、ちかちゃんというらしい女の子が手を挙げて答える。
ちょっとぉ、とミカちゃんが咲良さんの髪の毛をひっぱる。
「まだ結論出てないでしょー?逃げないでくださいよぉ」
ふふふ、と彼女は柔らかく微笑んで、ミカちゃんの攻撃をするりとかわす。
「大人には、無理に結論を出すべき問題とそうじゃない問題があるのよ、三日月さん」
「…ったくもぉ、ずるいんだもんなぁ」
「ただいまかえりましたぁ」
ぐでぐでのミカちゃんを見て、草薙くんは目を丸くし、うんざりしたようにうな垂れた。
「ごめんね、何だか…どこに連れて帰ったらいいのか、迷っちゃったものだから…」
騰蛇隊舎には彼一人。他の隊士は見回りに出ているらしい。
わりいな、と笑って彼は、ミカちゃんを椅子に座らせる。
「りょーすけ、お水!」
「………あいよ」
お茶でも飲んでくか?と尋ねる彼に、少しだけ動揺する。
ずるい…か。
「どうする?」
「え?…ええ」
揺れる気持ちを隠すように少し笑って、いいわ、と辞退する。
「明日早いし。後、お願いしちゃっても大丈夫?」
「ああ、いつものことだから大丈夫!手間かけさせちまって悪かったな」
困った顔で笑う彼に、おやすみ、と小さく手を振る。
隊舎を出たところで、背後から声がかかる。
「槌谷?」
振り向くと、草薙くんが真剣な顔をして立っていた。
「何?」
「………あの」
静寂が二人を包む。
「いや………何でもねえ。気いつけてな」
「………おやすみなさい」
「…おやすみ」
空にはぽっかり白い月。
静かな紺青の街をほのかに照らしている。
楽…
その言い方が正しいのかはわからないけど。
居心地がいいのは確か。
草薙くん…
振り返ると、隊舎の前に、もう彼の姿はなかった。
ごめんね。
「もう少しだけ…待ってて」
柔らかい風が吹いて、木々がさわさわと音を立てて揺れた。
窓を開けると、柔らかい月の光と共に、さわやかな風が部屋に吹き込んできた。
静かないい夜だ。
「ねぇねぇどうしたの?こっち来て一緒に飲もうよぉ!」
「うっじはっらさぁん!はやくはやくぅ」
………こいつらさえいなければ、だが。
「そんな怖い顔しなくてもいいでしょー?遊んで欲しかったくせにもぉ」
「うっさいわ!誰がお前なんぞと遊びたいものか!?」
「え?だって昨日言ってたじゃなぁい?明日なら空いてますよぉって」
「う………」
だいたいねぇ、と髪をかき上げながら、ちかが挑発的に微笑む。
「こーんな美女二人、訪ねて来られてそういう態度って失礼じゃないですかぁ?」
こーんな…酔っ払い二人の間違いだろうが。
咲良がぐい、と肩を掴む。
「まあまあ、いいじゃない?本当は嬉しいく・せ・にっ」
…絶句。
「本当は話の内容気になって、立ち聞きしてたんでしょ?咲良ちゃん誰と飲みに行くんやろーって」
「………」
「もお素直じゃないんだからぁ宇治原くんはっ」
「いやーん隊長ってば、それ以上は笑えないですぅ!」
絶叫するちかに、近所迷惑じゃ!!!と怒鳴る。
「だいたいなぁお前ら、男に喜んで欲しいんやったら、一人ずつ訪ねて来んかい!?」
「………四之宮さん!セクハラ発言来ました!!!」
「おーーー、これは橋下伍長に通報ものですかぁ!?!?」
………俺は何で、仕事が終わってまでこいつらと顔を合わせにゃならんのだ?
「もう勝手にせえ!俺は寝る!!!」
「えー待ってくださいよぉ、つまんなーい」
「駄ぁ目ー!今日は朝まで付き合ってもらいますからね、宇治原くんっ」