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第九話「調査官ローレンツ」


 一行を男爵閣下の執務室に放り込んだ私は、合間を利用して応接室の方の準備を確かめてから、急いで執務室の前に戻った。今度は誰何はない。


 応接室の部屋付きメイドさんには昨日のうちに話を通しておいたから、お茶とお茶菓子の準備は出来ているし、調査官に渡す資料は定型で、こちらも商務の担当者から既に貰っていた。


 ……これがまあ、表紙を入れてもたった三枚のぺらっぺらな資料で、私の方が驚いたよ。ほんと、男爵閣下のお言葉通り、遊びに来てるとしか思えない。


「……それにしても、長いですね」

「たまにありますよ。ごねてんじゃあないですか?」

「はあ……」


 実は隊長さんから門衛さんまで、アールブルクの衛兵さん達にはとても仲良くして貰っている。お爺ちゃんがこの地方じゃ身近な英雄なもんで、駐屯地へと挨拶に行ったときも大歓迎だった。


 ぽそぽそと、小声で衛兵さんと雑談することしばし。

 ぎいと扉が開き、三人が退出してきた。


「続きまして、こちらへどうぞ。政務官様のところにご案内いたします」


 この順番は、定められた格の順でもある。

 力関係の差じゃないってところがミソだ。……もちろん、代官の男爵閣下と政務官の仲はあんまりよろしくない。


 私は……最初から代官派、なんだろうなあ。

 だから困るってほど、派閥の影響力はないけどね。


「お疲れさまでした、騎士ローレンツ、皆様」

「いえ、お気遣いなく」


 こちらは短い時間で挨拶を終えた一行だった。

 政務官は中央から派遣されている人だけど、厳格で暗い感じの人で、私も少し苦手だ。挨拶はするけど、世間話はしたこともない。うん、性格の合う合わないもあるかもね。お金と地位と出身地だけで、話が済むってわけでもないし。


「どうぞ、お茶の用意が調えてあります」

「ああ、ありがとう」


 緊張した風でもないローレンツお坊ちゃんと、目つきの悪い……鋭い文官メルヒオルさん、無表情な護衛アンスヘルムさん、それぞれがそれぞれに頷く。よし、名前と顔は覚えたぞ。




 三人とも、こっちじゃあんまり見かけないタイプのイケメンで、印象も強くて忘れにくい存在感がある。


 主人のローレンツお坊ちゃんは如何にも名家の公子様って感じで、嫌みのなさそうなさわやかさんだ。お城の廊下で書類束をばさっと落としちゃって、慌ててるところを助けてくれたところからはじまる恋……なんてボーイ・ミーツ・ガールな甘い物語が似合いそうでたまらない。


 メルヒオルさんは目つきも鋭いけどそれを活かすようなクールタイプの顔立ちで、正に氷の貴公子。舞踏会なんて行ったこともないけど、女の子が群がって動けない状態で仏頂面してるのとか見たすぎる。


 アンスヘルムさんはあれだ、鍛錬場で黙々と剣を握って日々訓練に励むような人柄で人付き合いも上手くないけど、絶対に年頃の娘さんが影から見守って応援してるはず。そう決めつけてやりたくなるぐらい、実直で頼り甲斐のありそうな雰囲気だった。本当に話し下手かどうかまではわからないけどね。


 ……柄にもない紹介をしたけど、それが似合いそうな人達で、私としては茶化さないとやってられない気分も含まれているので勘弁して欲しい。




 応接室への道中、屋敷のお嬢様メイド達にすれ違ったので、小さく合図を送る。ふふ、彼女達も見とれてた。


 彼女達は、一行の宿泊先となる屋敷が寄越した迎えだ。後で交替だからもう少しお待ちあれ、っと。


「どうぞ、こちらへ」


 ソファを勧めるとお坊ちゃん――ローレンツ様だけが座り、左右に二人が立つ。


 座り際、三人は小さく目を見交わしてたけれど……これはあれかな、私とクリストフとグレーテみたいな関係の三人なのかな? まあ、いいけどね。


「道中、いかがでしたか?」

「好天続きでしたから、苦労はありませんでしたよ」

「それはようございました」


 立っているお二人には申し訳ないけれど、私もお仕事なのでその向かいに座る。ホスト役としての作法の一つ、ってやつね。


 しばらくは定型通りの応対と雑談に留め、お茶が配膳されるのを見届けてから、私は本題を切り出そうとした。


「騎士ローレンツ、早速ですが……」

「ただのローレンツで構いませんよ、フロイライン・オルフ」


 ……フロイラインとか付けて呼ばれたの、すっごい久しぶりだわ。

 お爺ちゃんのお客さんが領地に来た時ぐらいだよ。


 それにしても……。

 身構えていたけれど、これはいい方に外れたかな。


 中央の名家のお坊ちゃんには違いないだろうけど、私のような小娘相手にも横柄なところがないし、物腰も柔らかだ。まっすぐ素直に育てられたんだろうね、この人。


「ありがとうございます、ローレンツ様。では、私もリヒャルディーネ――リディと。ローレンツ様は男爵家のご子息とお伺いしています。私は地方領主の三女ですから、お気遣いは不要です」

「はい、リディ」

「……?」


 ……返事はいいけどさ。

 なんでじっと見つめてくるんだろう、ローレンツ様は?


 ついでに脇の二人もこっち見てるけど、心当たりは……そうだった。男爵閣下が、なんか余計なことをこの三人に吹き込んでないか心配になってくる。


 その後は、強引に気を取り直して予定を聞き取り、詳細を詰めていった私だった。


「では、明日はアールブルクの街区の視察、明後日は庁舎内で資料の調査、明々後日が休憩日を兼ねた予備日と致しますが、これでよろしいですか?」

「リディ、予備日はもう一日、予定に入れて下さい。そろそろ中間報告を入れる時期で、落ち着いて書き物をする時間が欲しいのです」

「では……後ろにもう一日、予備の日を追加するように致しましょう」

「ええ、頼みます」


 うん、中身もまともそうで何より。


 名目だけでも、視察と調査はやっておかないとね。


 ……『アールブルク近辺には景勝地なんてないが、視察なんて名目で観光旅行の手配を要求する奴までおるからな』と、男爵閣下からは調査団の悪口を吹き込まれていたので、付ける点数も甘くなる。


 もちろん、ご希望がお金と準備のほとんどかからない街歩きだけなら及第点以上だよ。一昨日、今月のお給金が出たところだし、お茶ぐらいなら公費を通さずにご馳走してもいいぐらいだ。


 さらさらと予定を表に書き付けて、ローレンツ様に見せる。


「では、こちらのように」

「……。はい、間違いありません」

「御確認、ありがとうございます。では、宿泊先となる屋敷から迎えが来ておりますので、交替いたしますね。明日の視察、出発時には私が屋敷の入り口までお迎えに上がりますので、よろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそ、よろしく頼みます。……ありがとう、リディ」

「は、はいっ! ありがとうございます!」


 おお、別れ際までさわやかさ全開で、優しげな笑顔と付け加えられた一言にちょっと感心する。


 私は出迎えの二人と交替し、後ろの二人は全然喋らなかったなあなんて考えながら、自室代わりの資料室へと戻った。


「ふう」


 それにしても、ローレンツ様は……。

 中身はともかく、私の見かけは年相応で、まだ『大人の女性』とは扱って貰えないのが普通だ。


 そこを見越して一声加えた……ってことが透けて見えたのなら、このロリコン! と、毒づきたいところだけど、明らかに邪推だろうなと思ってしまう。


 ……あっはっは、それに比べて私と来たら。

 成り上がってやるとか言ってるし、今だって余計なことを頭の片隅で考えているわけだ。


 よし。


 一行滞在の四日間は、ローレンツ様のオーラをいっぱい浴びて、きれいな心を取り戻そう。


 正しくは、その物腰と言葉遣いをよく観察しようと、私は決めた。

 目の保養も半分ぐらい……いや、七割ぐらいは入ってるけど、それは今更だった。


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