第七十八話「つかの間の昼食」
第七十八話「つかの間の昼食」
戦から一夜明けた、翌早朝。
「お嬢様!」
「リディ!」
「ローレンツ様、グレーテ!」
レシュフェルト王国騎士団やグレーテと共に、苦笑気味のローレンツ様がノイエフレーリヒにいらしてくださった。
「まったくリディは……」
「えっと、ごめんなさい」
「ああ、いや、怒ってるわけじゃないよ。心配は、したけどね」
被害なし、怪我人なしにも驚いたと、ローレンツ様は大きなため息をつかれた。
伸びてきた手が私の頭を撫で、それから、ぐりぐりとされる。
「でも、本当に無事でよかった」
「ありがとうございます」
「しかし、軍艦四隻に捕虜一千人か……。武勇伝を聞きたいところだけど、先に面倒ごとを片付けないとね。まあ、後は任せて。悪いようにはしないから」
「はい、お願いします!」
戦争に勝ったからにはご褒美が貰えるらしいけど、それらは後回しだ。
もちろん、のんびりとローレンツ様のお顔を眺め、その手の感触を味わう暇はなかった。
早速、領主の館を国王陛下の御在所に提供して、謁見という名前をした『尋問』の準備を整える。
「ヨハン、国王陛下のご要望には、叶う限り応えてください」
「畏まりました」
アドルフ総督とグロスハイム艦隊は降伏したけど、戦を仕掛けてきた理由さえ、まだ不明だった。
そのあたりを確認し、しかるべき戦後処理を行うのだ。
いつもならこのような交渉事に欠かせないメルヒオル様は、今後必要になるだろう各種物資や人員の手配に駆けずり回っていらっしゃると聞いていた。
規模から言っても王国の戦力と、ついでに財力が根こそぎ必要だし、初動はものすごく大事だ。
言うまでもなくメルヒオル様は官吏としても有能で、そちらに注力していただく必要があった。
落ち着いてからローレンツ様と交代されるそうだけど、私も頑張らないとね。……何といっても、当事者だし。
「失礼致します、陛下」
「……うむ」
クナーケのお茶を運んだのはクリスタさんだったけど、ローレンツ様は小さく頷いただけで、何も仰られなかった。
こんな時じゃなかったら、ゆっくりとお話していただきたいけれど……。
時間最優先でヨハンさんのベッドさえそのままになっているものの、そんな些細なことは気にもしていられない。
しばらくして、騎士ユスティンがアドルフ総督の到着を報告、テーブルが端に寄せられた。
ちなみに玉座は、いつも私が座ってる執務机の椅子である。
「……グロスハイム都市国家同盟東辺境州フレールスハイム総督、アドルフ・フォン・ヴァンゲンハイムであります」
「うむ。レシュフェルト王、ローレンツだ」
アンスヘルム様を従えたローレンツ様がアドルフ総督にお会いになる一瞬は立ち会ったけれど、すぐに一礼して退出する。
諸々の実務、特に魔法仕事が忙しすぎることが確定していたので、先にご許可を頂戴していた。
どんな『言い訳』をしてるんだろうなあ、なんて頭の片隅で考えながら浜に向かっていると、そちらの方が騒がしい。
「領主様、フラウエンロープ号が来やした!」
「はーい!」
船底がつくぎりぎりまで浜に近づいたフラウエンロープ号に、うちの小船が取り付いている。
メルヒオル様の指示で、早速、足りない食料を運んできてくれたそうだ。
いやほんと、東に向けて一礼しなきゃ。
「あれ? ウルリッヒさんまで!?」
「お久しぶりです、女官様! じゃねえや、男爵閣下! 俺達は応援ですぜ!」
「ありがとうございます!」
「しっかし、たまげましたなあ。軍艦四隻をあっという間に沈めちまうとは……」
「あー、まあ、何とかみんな無事です」
フラウエンロープ号には、レシュフェルトの組合長ウルリッヒさん他、漁師さんや街の人が合計二十人ほど便乗してきていた。
兵隊さんじゃないけれど、見張りの交代には特に人数が欲しいので、とても助かる。
「おう、ファルコ!」
「『串刺し』、ちょいと頼むわ。……眠くてかなわん」
「おうおう、昔は三日三晩の追撃戦でもぴんしゃんしてやがったってのに……年か?」
「お互い様だろが!」
聞けば『串刺し』のウルリッヒさん、『暴風のハンス』の元部下で、海賊だったファルコさん達を捕らえて以来の腐れ縁だという。
……ま、まあ、今は喧嘩友達なので、心配ないらしい。
「【創造】【岩塊】【大型】【強化】。んー……、【浮遊】【魔手】」
「こりゃあごっつい眺めですな」
昼までは荷運びのお手伝い……のつもりだったけど、今後も考えれば負担になり過ぎると判断し、フラウエンロープ号が直接荷役できるよう浜から続く埠頭を作り上げることにした。
ぼこんぼこんと、一辺一メートルから二メートルほどの四角い岩を作り出し、沖へと向けて並べていく。
魔法城壁と同じく、二、三日に一回は魔法の掛けなおしが必要になるけれど、埠頭があれば荷役の手間は格段に減る。
小船に積み替えて浜と往復するのはものすごく大変だし、貴重な労働力が吸われてしまうのだ。
今回は、ほんとに緊急事態だからね。
きちんとした埠頭や桟橋を作るなら、ファルコさん達と位置や規模を相談してからかな。
「男爵閣下、国王陛下がお呼びです!」
「はい、すぐに行きます!」
お昼になって埠頭がだいたい完成した頃、昼食を兼ねた打ち合せをしようとのことで、再びお呼び出しが掛かった。
……ああ、今日は体が二つ欲しい。
▽▽▽
えっちらおっちらと領主の館に戻れば、ヨハンさんとクリスタさんが全ての準備を整えてくれていた。
「リディ、ノイエフレーリヒの無事は先に聞いたけど、双方に死者なしは、本当によくやってくれた。これで交渉がやり易くなるよ」
「はい、ありがとうございます」
ミレ交じりの雑穀パンと魚介スープのお昼は、会食とは呼べないものの、野営より上等ならそれでいいよと、ローレンツ様は受け入れてくださっている。
注文を受けた『南の風』亭が気を遣ってくれたようで、捕虜への配食が忙しい中、リフィッシュとチーズが一かけら、それにゆで卵がのった小皿がついていた。
ちなみにアンスヘルム様は、捕虜の視察に向かわれていてご不在だ。
ローレンツ様の護衛なら、私がいるので問題ないらしい。
「さて、今回の一件だけど……総督の暴挙と、本人の口から聞かされている」
「え!?」
「宣戦布告もなかったし、あまりにも唐突で、実に不可解だったんだ。本当に理由が思いつかなかった」
「は、はあ……」
「『暴風のハンス』への逆恨みは、相当に根深かったようでね。本当に、ただそれだけの理由らしい。もう心も折れたようで、『言い訳』は一つもなかった」
ローレンツ様は生リフィッシュをつつきながら、やれやれだよと、大きなため息をつかれた。
当然ながらローレンツ様もメルヒオル様も、風雲急を告げる国際情勢について、入ってくる情報が少ないなりに様々な工夫をして分析を重ねておられたそうだ。
でも、レシュフェルト王国はあまりにも小さすぎる上に位置も東の果てで、単なる交易は受けてくれるにしても市井の一商人と同程度の扱いなら上等で、政治的には無視されるのが『妥当』だろうと判断されていた。
「だけど……幸運なことに、リディが無傷で跳ね除けてしまった。そのお陰で、小国にしては相当に有利な交渉を持ちかけることが出来るかな」
でも、個人の暴発でここまで大きな騒ぎが起きることは、流石にお二方も想定外だったらしい。
海軍時代から何かと比較され続け、積もりに積もった恨みが数十年分、その爆発の結果がこの騒動を引き起こしたわけだけど……。
無事に済んだからよかったものの、こんな理由で戦争を仕掛けられたんじゃたまらない。
「丁度よい機会ではあったんだろうね。北大陸の旧本国とも縁が切れてしまった上に、フレールスハイムよりも小さな王国なら、勝ってしまえば後はどうとでもなる。……なるほどと、メルヒオルと二人して納得しそうになった」
「四隻の軍艦と三百人の兵士は、レシュフェルト王国にとって相当な脅威になると、うちの組合長も口にしていました」
「正直なところ、その半分でも恐いね」
私もローレンツ様に倣い、大きなため息をついてしまった。
「そうだリディ、数日中にはメルヒオルを代表とした交渉団が、フレールスハイムに向けて出発する。これは決定だね」
「え!? でも、メルヒオル様は……」
小船は大丈夫になったかもしれないけど、メルヒオル様はこの南大陸への海路で、船酔いが酷すぎてずっと寝ておられたぐらいだ。
そりゃあ、大事な交渉事には欠かせないお方だけど……。
「ああ、メルヒオルが自分から言い出したんだ」
「ご本人が!?」
「うん。アリーセが睡眠魔法を掛け続け、リンデルマンに操船を頼むそうだよ。ノイエフレーリヒで自主研鑽してから、何かいい手はないかと考えていたらしい」
「は、はあ……」
実際にこれ以上なく重要な任務だし、メルヒオル様以上の人選は思いつけない。
合理的だなあと思う反面、魔法万能にしてもそれは思い切りがよすぎじゃないのかなと、私は切り分けられたチーズを飲み込んだ。




