第七十七話「後の始末は後のこと」
第七十七話「後の始末は後のこと」
「領主様、西の小船が抵抗してます!」
「はい! ……【浮遊】、えっと、あれかな? 【飛翔】!」
「こっちも船を出すぞ!」
「合点!」
四隻の軍艦は沈めたけれど、それで終わったわけじゃない。
魔法城壁の牢屋を用意した私は、すぐに海上へと飛び立った。
「そうだ、両手を挙げてゆっくり上がってこい!」
「一人づつだぞ!」
「武器は持ってないな、よし上がれ!」
「お、おう!」
「助かった……」
「よし、縄をかけた奴からおやっさんのところへ連れて行け!」
いきなりの艦隊全滅に心折れたのか、陸に泳ぎ着いてそのまま大人しく降伏する人も多かったけれど、逃げたり抵抗したりする荷役兼用の救命ボートも幾つか見つかっていた。
ファルコさん曰く、大抵の場合は『偉い人』が乗っていて、往生際が悪いらしい。
それから、沈めた船のマストにしがみ付いてる人も結構な数だ。
そのうちの一隻は運良く水深が浅い場所で沈んだのか、甲板が足の届く位置にあるようで、大勢が海に立っている。
……全員が一斉に浜まで泳ぎ着いても困るから、しばらくほっとこう。
さて、と。
「……【待機】【創造】、【待機】【水竜】【小型】。【起動】、【指揮】」
ボートなら、小型の竜で十分だ。
向こうに魔法使いが乗っていてもたぶん大丈夫だろうという距離から、小型の竜を海に放つ。
「うわ!?」
「おい、舳先を沖に向けんか!」
「い、いえ、ボートが勝手に!」
「何だと? うおっ!?」
しばらくはボートを押し、立てる船の近くまで来たところで、ゆっくりと水を入れていく。
「う、うわあああ!!」
「ダメだ、飛び込め!」
「こら、軍資金の箱を先に運ばんか!!」
水兵は次々と泳ぎ出したけど、『偉い人』はボートにしがみついて喚いていた。
……命の心配より先にお金の心配してるんだから、ほっといても大丈夫かな。元気いっぱいだし。
「でも、こっちが問題かなあ」
散り散りになって逃げ出されても困る……っていうか、捕まえようとするノイエフレーリヒ側に対し、泳いで遠くへ逃げ出そうとしてる人もいた。
もちろん、捕まるよりは逃げる方がいいって考える人が多くても、不思議じゃない。
……大国グロスハイムに比べて、レシュフェルト王国は小さすぎる。
今現在はともかく、逆襲ぐらいは簡単だ。
攻められたのはこっちでも、後から大群が差し向けられたら対処しようがないし、捕虜だって解放されるだろう。
「……しょうがないか。【浮遊】、【魔手】」
「ちょ、待て、待ってくれ! 降伏する!!」
「うわ!?」
「ちくしょう!」
私は面倒くさいなあと思いながら、元気に泳ぐ水兵を見つけるたびに魔法でつまみ上げては浜に持ち帰り、男衆に引き渡して行った。
この地道な作業を頑張れば、後で行わなきゃならない『山狩り』の手間が減るからして。
傭兵暮らしの長かったお爺ちゃんによると、あっちこっちへ逃げ続け、どこに隠れているか分からない敗残兵なんて、面倒くさいの極みらしい。
それは正に、今の状況だったけど……。
うちのお爺ちゃんみたいな人が、敵に混じってなくてよかったと、心の底から思う私だった。
▽▽▽
「さて、どうします?」
「くっ……降伏、致す」
夕暮れ前には、敵軍の総司令官『言い訳アドルフ』ことフレールスハイム総督アドルフ・フォン・ヴァンゲンハイム氏を捕まえることが出来ていた。
何度も何度も降伏を促したんだけど、あんまり言うこと聞かないもんだから、小船ごと持ち上げて魔法城壁の牢屋に放り込み、魔法で武器を取り上げ、軍艦から飛んできたのより大きな火炎球の呪文をぽこぽこと浮かべる羽目になっている。
「ファルコさん、お願いします」
「はいよ、領主様! ようし、士官以上はこっちに来い!」
ファルコさんの指示で魔法使いは媒体を取り上げて個別に見張り、四人の艦長と上陸部隊の隊長、それからアドルフ総督の為に、屋根の付いた『ちょっと上等な』牢屋を作っていた。
総司令官の降伏を伝えると、マストにしがみ付いていた人たちも、ファルコさん達の出した小船に大人しく乗っている。
幸いにして捕虜の総数は一千人少々、最大の見積もりよりはずっと少なく済んでいた。
「領主様、数えたところ、逃げた奴はおらんようです」
「ご苦労様です、ケヴィンさん」
「ケヴィン、牢屋の様子はどうだ?」
「大人しいもんですぜ」
艦長らの口にした乗組員や上陸部隊の数と、航海長や掌帆長が把握していた部下の数、そして実際に捕まえた人数は、幸いにして一致している。
『その数で間違いないんだな?』
『嘘をつく奴ァ、領主様の前に引っ立てるぞ!』
『あの魔法を見たろ? さあ、正直に言いな!』
なんて聞こえてきた気もするけど、この状況じゃ時間が優先だよね……。
それはそれとして、油断は出来ないし、しちゃいけない。
男衆には夜通しで捕虜の見張りや後続部隊の警戒にあたるよう頼み、呼び戻した女衆にも炊き出しをお願いしていた。
ミレ混じりのパンが四分の一に魚の汁物という、ほんとに最低限の食事だけど、それこそ食器は『南の風』亭から根こそぎ借りてきた上に、パン屋のデニスさんは徹夜確定だ。
その食器だって、戻されたらすぐに海水で洗って使いまわすしかないほど、数が足りない。
人口二百の村に、一千人の捕虜を預かれなんて、最初から無理なのだ。
「領主様、騎士様が到着したぜ!」
「はーい!」
ファルコさんの怒鳴り声に振り向けば、二人の騎士が『ちょっと上等な』牢屋の前に駆け込んできた。
騎乗したまま私に敬礼する。
「騎士ユスティン! 騎士エアハルト!」
「戦時にて御免!」
「男爵閣下!」
とにかく、グレーテが無事にレシュフェルトに到着したことが分かり、少し肩の力を抜いた。
「詳しくは後ほどお伺いするとして……あー、おほん。無事、勝利されたのですな?」
「はい」
ちらりと総督らに目を向けた騎士ユスティンは、複雑そうな表情で私とアドルフ総督らを見比べた。
もちろんのこと、勝った喜びなんて……どこにも、なかった。
流石に敵の総司令官の前でする話じゃないと、見張りをファルコさん達に任せ、作業場の手前まで移動する。
ここなら牢屋も船も村も全部見渡せるし、大声を出せばお互いに聞こえる距離だ。
「四隻の軍艦が攻めてきたところまでは、王宮に駆け込んできたグレーテ嬢から聞いています」
「彼女はどうしていますか?」
「そのままノイエフレーリヒに戻ろうとしたので、ギルベルタ殿が捕まえました」
「あー……申し訳ありません」
「いや、まあ……」
「その、ですな……」
騎士様達は、苦笑して大きなため息をついた。
でも、流石はレシュフェルト王国の誇る精鋭だ。
この特殊な状況にも大して動じず、いつもと変わらないところは、是非とも見習いたい。
「彼女は『お嬢様なら、わたしが戻る頃には四隻とも沈めてるに決まってます!』と断言していましたよ」
「戦場へ戻すわけにはいかんと押し留めたのですが、現地についてみれば、すぐにあれが目に飛び込んできましたのでね。いや、驚かされました」
「流石は男爵閣下の幼なじみ、よくご理解していらっしゃる」
「あはは……まあ、何とかなりました」
騎士ユスティンは、沖合いに並ぶマストに目を向けて苦笑した。
……グレーテは、いつも私を過大評価するけれど。
結果がこうもしっかり残ってるんじゃ、言い訳できるものじゃなかった。
「くれぐれも、よろしくお願いしますね!」
「了解です!」
「はいや!」
簡単な打合せを終えると、戦勝の一報をレシュフェルトへ持ち帰ると同時に増援、特に交代の見張りと食料を届けて貰えるように頼み、ついでにグレーテへの伝言をお願いして騎士エアハルトを送り出す。
騎士ユスティンはノイエシュルムの様子を見に行くべく、西へと駆けて行った。
ノイエシュルムはグロスハイム艦隊にスルーされたらしいけど、確認も必要だ。
「……ふう」
とにかく、今日は乗り切った。
後の始末は後のこと、明日は……もうちょっとましな状況になると信じよう。
「さて、領主様よ。あんたはとっとと寝てくれ」
「ファルコさん?」
「捕虜は任せな。服を乾かせるよう火も用意したし、飯だって……順番は後回しでも全員分用意できる」
「今は気が高ぶってるんだろうが、何だかんだで疲れてるはずさね」
「ですな。さあ、お館様」
「寝具はもう整えて参りましたわ」
「え、ちょ、皆さん……!?」
みんなから寄ってたかって領主の館に追い立てられ、ベッドへ放り込まれる。
……倒れるほど魔力を使ったわけじゃないけれど、疲れている自覚はあったので、素直に従うことにした。




