第七十四話「御前会議」
第七十四話「御前会議」
御前会議の日は、あっという間にやってきた。
ローレンツ様の入場に、皆で跪く。
「陛下」
「うむ」
「ではこれより、御前会議を開催する」
机を元に戻した玉座の間こと、いつもの大会議室だけど、上座となるローレンツ様の背後には緞帳が垂らされていたし、机にも白布が掛けられ多少はそれらしく整えられていた。
……緞帳は戴冠式と同じく他の部屋から集めたカーテンを束ねただけだし、白布はぶっちゃけると予備の帆布だけどね。
「メルヒオル、任せる」
「御意」
司会のメルヒオル様と書記のアリーセを左右に従えたローレンツ様が、軽い笑みを浮かべて皆さんを見回された。
少しだけ目が合うと、小さく頷かれる。
幸いにして、フロイデンシュタット家の出した提案は、そのまま受け入れられることになった。
ついさっき、ローレンツ様ご本人から聞いたので間違いない。
「さて諸君、本日の議題は『フロイデンシュタット男爵領ノイエフレーリヒ産ミレ蒸留酒の取り扱いについて』、としているが、御前会議だからと無駄に緊張せず、各々の自由な意見を聞きたいと、陛下はお考えになられている」
アリーセが、さらさらと藁紙にペンを走らせる。
落としどころも既に決まっていて、軽く教えて貰っていた。
でももしも、より良い意見が出たなら、この場で再検討するとも聞いている。
それらは会議の前に、『この議題を通して、御前会議というものが何なのかを知って欲しいのだ』と、ローレンツ様から出席者全員へと伝えられていた。
「さて、まずミレ蒸留酒の現状についてだが、現在フロイデンシュタット男爵が有するミレ蒸留酒原酒は、小樽が八と報告されている。男爵、間違いないな?」
「はい、宰相閣下」
この数字は今朝の時点の在庫量で、建国のお祭りで少し減ったけど、毎日マルセルさんが頑張ってくれている。
今のところ原酒生産は蒸留器の性能もあって、日産でワイン瓶二本と少しが限界だけどね。
「諸君も聞き及ぶかと思うが、これらは熟成前、本来なら流通に乗せるべき品ではない。しかしながら、本日集まって貰ったように、国が割って入らねばならぬ程度には民の注目を集めている。そこでだ」
ほい、落としどころその一。
「こちらでも検討したが、現在のミレ蒸留酒の在庫について、領地の人口に応じた均等割りで、各領地ごとに購入する権利を与えることを提案したい。なお、卸価格については、当面ワイン瓶一瓶あたり三グロッシェンとする。また、今後しばらく、供給量が市場を満たすに十分となるまでは、継続して均等割りを行うものとしたい。なお、この内容はフロイデンシュタット男爵も了承済みで、陛下にも奏上申し上げている」
これはフロイデンシュタット家からの要望にも入っていたけれど、メルヒオル様も腹案として考えておられたそうだ。
レシュフェルト王国の全人口が四千人、今ある原酒の小樽が八個で、加水調整済みの量を求めるとワイン瓶約百本弱、ってことで、一人あたり大さじ一杯と少しぐらいかな。
子供も含めて飲まない人もいるし、あまりにも少ないけれど、まあ、均等割りなら文句も出しにくい。
裏も表もなく、公平だからね。
「なお、卸された先、小売については各々に任せる。当然、王政府もフロイデンシュタット男爵も関与せぬが、あまりに酷い商売はしてくれるな」
ついでに、初回の卸価格も広く公表されるから、中間搾取――不必要なピンはねもやりにくくなっている。
このあたりはヨハンの入れ知恵で、私としても売り先のトラブルの責任までは持てないけれど、変な噂が立つのはいやだった。
「意見や質問のある者は、発言を」
「ふむ……」
「割り当てを増やしていただきたい、とは思いますが、人数割りでは文句の出しようもございません」
「ですな」
領地の人口を論拠とした人数割りじゃ、流石に誰も反対できない。
国王陛下が御前会議を招集して案件をお預かりになっている上、王政府が上前をはねているわけでもなく、本当に表書きどおりの公平な分配だった。
今回、ローレンツ様と王政府は、新たに税を課さず、手数料も取らないという札を切っている。
建国のお祝いのおすそ分け、つまりは人気取りだ。
もっとも、フロイデンシュタット家が利益を上げればそれだけ年末の貢納金も膨らむから、そっちから取ればいいってだけのお話だけどね。
「皆の意見が揃ったようだな」
「はっ、失礼致します」
メルヒオル様がローレンツ様の元に向かい、書類に御名御璽を頂戴した。
御前会議には、挙手による投票も意見陳述もあり議事録がきちんと残されるものの、出席者に議決権はない。
会議の参加者は、意見を述べることが出来るけど、王様の決定に口を挟むことは出来なかった。
王様が『うん』と言えば、それで決まる。もちろん、王様が嫌だなあと思ったなら却下もオッケーだ。
もちろん、必ずしも出席者が納得するとは限らず、総意に反するなら不満も溜まる。
じゃあ、御前会議が壮大な無駄や茶番かというと、そうでもない。
そもそも御前会議は、王様が重要な決定の前に、国の重鎮や識者の意見を聞く為に召集されるのだ。
出席者の側も、誰かが王様の心を動かせるなら、大事な『うん』を引き出せる。
当然、他の出席者も同じく王様に意見を申し上げられるし、王様の心を動かそうとするだろう。
お陰で出席者同士の駆け引きに発展することも多く、これが酷くなると、どろどろぐちゃぐちゃの宮廷政治が出来上がる。
今の大国の大概はそうなってるだろうし、そうなるのも必然、なのかなあ。
そのぐらい王様――あるいは中央の大貴族に権力を集中しないと、弱肉強食のこの世界じゃ、国が生き残れないってことの裏返しでもあるけどね。
レシュフェルト王国に専業の宮廷政治家が出てくるのは、果たしていつになるのやら。
今のところ、そんな暇人は何処を探してもいなかった。
とにかくこれで、一番揉めそうな分配については、無事に片付いたというか、お墨付きが貰えた。
最初から予定はしていたけれど、皆さんも納得してくれている。
メルヒオル様が、おほんと咳払いをして姿勢を正した。
「続いて今後のミレ蒸留酒についてだが、フロイデンシュタット男爵から提案を受けている。特にノイエシュルム男爵とオストグロナウ男爵には重要な案件となるので、よく聞くように」
「うむ?」
「それは、如何なる内容にて?」
落としどころ、その二。
ふむと真面目な顔で、メルヒオル様が両男爵に視線を向けた。
「フロイデンシュタット男爵は、蒸留器の受注も普通に受けるそうだ」
「まことか!?」
「はい」
元々予定していたし、原料になるミレとミレ酒はどこでも作っている。
それに、今の生産力じゃ需要を満たせず、売り逃げようにも商品在庫が少なすぎた。
代官や領主が率先して買い付け交渉に来る今の状況なら、下手に恨みを買うよりはこっちから札を切る方がいいと、クリスタさんとヨハンから提案されている。
利益は惜しいけど、私もローレンツ様の苦笑を思い出し、やっぱりその方がいいなあと、頷いていた。
新参の男爵なんだから、名前と恩を売る方が後々身を助けるかもねえと、イゾルデさんも笑ってたしね。
「ノイエフレーリヒだけで需要を満たせないことは、当初より分かっていました。もちろん、市場に歓迎されるだろうと考えてはおりましたが、今回のこの騒ぎは予想以上で、困惑しております。まずはこの騒動を落ち着かせるのが最良の手、宰相閣下にもそう申し上げた上で、ご提案いたしました」
「我らはありがたいが、よろしいのか?」
「利権をただで投げ出すようなものだが……」
「その……先に申し上げておきますが、今のところ私が作成可能な蒸留器は、小型で能力の低いもののみ、北大陸の蒸留所で使われているような性能の高いものではありません。能率も低ければ、故障どころか数年で錆びて使い物にならなくなる品です」
「ふむ……」
蒸留器については、いかにも駄目そうな紹介をしたけれど、おそらく皆さん迷っているはずだ。
ただ、私も自分の作った蒸留器を貶めようとしたんじゃない。
これは、『商売』だからね。
商品の欠点をわざわざ説明するのは、常連客をつかむ基本の話術にも含まれている。
トラブルを未然に防ぐと同時に、誠実さをアピール出来るのだ。
「そうだ、先日フロイデンシュタット男爵より相談を受けた蒸留器の価格だが……」
「はい」
身構える両男爵に、メルヒオル様は小さく頷いてみせた。
「王政府で検討したが、一式あたり十グルデンとすることを提案したい。なおこの価格の論拠は、フロイデンシュタット男爵が蒸留器製造に要する日数を元に、旧シュテルンベルク王国女官職三等官にして魔法技術三ッ星相当を認められていた男爵の年俸と、昨年輸入された鉄材の価格、そして、フロイデンシュタット男爵家の現在の年収より求めている。……如何か?」
「ご配慮、感謝いたします、閣下。ご提案を受け入れます」
「うむ」
南大陸割引は適用されていないけれど、魔法薬学の実験に使うもっと小型の蒸留器よりも安いぐらいで、価格はそっち方面に詳しいアリーセに確認を取っている。
そもそも蒸留所で使う業務用の蒸留器は、こんなに中途半端な大きさのものがなく、調べようもない。
また、製造中は領地仕事がストップしてしまうので、その分の損益もお値段に入っていた。
純利益なら半分の五グルデンほど、これにも貢納金が乗るけれど、収入源には違いない。
「買おう!」
「俺もだ!」
「某も一つ、所望する」
両男爵に加え、リンデルマン代官が個人での購入を希望した。
代官には副業が認められているし、ファルケンディークは国内最大の消費地でもある。
王政府に蒸留器を買わせる負担をよしとしなかった……ってわけじゃなくて、自分でも作ってみたいというリンデルマン閣下の個人的興味が優先されたと、後から聞かされたけどね。
「フロイデンシュタット男爵」
ここで、ローレンツ様からお声が掛かった。
「はい、陛下?」
「技術料ぐらいは上乗せしてもよいと、私も思ったが……本当にこの価格で構わないのだな?」
最初に恨みまで買いたくないと宣言しているし、損はしていない。
領外から魔法仕事が貰えるって意味では、十分すぎた。
「もちろんでございます、陛下」
「うむ。……メルヒオル、書類を」
「はっ」
こちらも国王陛下の御裁可を頂戴して、無事に蒸留器の販売と、その価格が公的に認められた。
私の手間賃はともかく、輸入品である鉄の価格は上下するだろうし、銅を材料にするなら制作費はうんと跳ね上がる。
その点についてもメルヒオル様から説明があり、皆さんが首を縦に振っていた。
一応これで御前会議の主題は片付いたけれど、ローレンツ様が右手を上げられたので、姿勢を但す。
「さて、皆ご苦労だった。私から少し口を挟ませて貰うが、構わないか?」
「はっ」
「今回の初会議だが、内容については無論、先にメルヒオルらと協議し、皆が素直に頷かざるを得ないよう、公平な落としどころを探っていた。しかし、この話し合いが上手く行ったのは、フロイデンシュタット男爵の譲歩によるところが、非常に大きい。……領内の産品を囲い込んだところで、何処からも文句は出なかっただろうにな」
ローレンツ様が、ちらりと私の方を見て、にっこりと微笑まれた。
でも……皆が私に注目していたので、気付いたのは私だけかな?
「但し、これではフロイデンシュタット男爵の一人勝ち、国王の面目が立たぬ」
「陛下!?」
皆さんはもちろん、打合せをしていたはずのメルヒオル様まで驚かれている。
私も何事かと背筋を伸ばしたけれど……。
「少し考えてみたが……ノイエフレーリヒ産のミレ蒸留酒には銘を下賜し、王室御用達の品とする」
これは陛下の決定であると同時に、レシュフェルト王家の私事でもある。
どこからも文句は出なかったし、出しようもない。
「陛下のご配慮に、深く感謝申し上げます」
「うむ。これからもよろしく頼むぞ」
王室御用達の大看板を貰うほど、高級な品じゃないんだけどなあ。
……とは思いつつも、その影響力は結構大きそうな気もするし、ローレンツ様の笑顔が嬉しかったので、私は素直にそのご厚意をお受けすることにした。




