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第八話「招かれざる客」


 修復済みの本が見かけで八割を越え、ようやく先が見えてきた頃。


 税務官の使い、司法官の見習い、雑務を預かる総務部署の下働きの人といった人々が次々と資料室を訪ねてきて、使わなくなった古い資料を取りに来て欲しいと告げられた。


「こちらが資料室へと移管される、四年前より以前の記録です」

「はい、お預かりいたします。……【浮遊】」


 言われるまま取りに行っては、資料室に持ち帰る。


 男爵閣下が私の仕事量から丁度いい時期だと何か指示を出されたか、それとも、単に仕事の変わり目だったのか。

 ともかく、残り二割が倍ほどに増えてしまった。




 そのようにして、アールベルクに来てからほぼひと月、週に一度のお休み以外は頑張っていたお陰で、追加で押しつけられた新しめの資料も無事、本棚に収まった。……こっちも破けてるのが多くて、ちょっと困ったけど。


 最近じゃ挨拶する人も増えたし、余計な緊張感はなくなっている。資料室に居ても、間借りしてるって気分じゃなく、自分の仕事場だと思えるようになってきた。


 目録も下書きはほぼ完成してるし、後は種別ごとに新しい資料を追記出来るよう、並べ替えて清書するところまでは来ている。


 このあたりは、雑貨屋に勤めていた頃の、在庫管理の手法に似てるかな。パソコンもバーコードもないけれど、商品の代わりに本があると思えば大差ない。


 そんな折に、ギルベルタさんがやってきた。


「失礼いたします、リヒャルディーネ様」

「ギルベルタさん?」

「男爵閣下がお呼びでございます」

「はいっ! すぐに伺います!」


 名指しで呼び出しされるなんて初めてだけど、とにかくほっかむりを外し、身だしなみを調える。


「あ……っと、【振動】、【微風】……【集中】」

「リヒャルディーネ様、その魔法は!?」

「えっ!? 埃を払っただけですけど……」


 集まった埃の玉をぽいっと手桶に捨てれば、ギルベルタさんが驚いた顔をしていた。


 お爺ちゃんから教えて貰った基礎的な魔法の組み合わせだけで出来ているし、教えたグレーテが一週間とかからず使えるようになったぐらいなので、難しいものでも隠すようなものでもない。


 そう珍しがられるような魔法じゃない、とは思うけど……。


「いえ、失礼いたしました。……どうぞ、ご案内いたします」

「はい、お願いします」


 まあいいや、今は男爵閣下の執務室をお訪ねする方が先だ。……二部屋先だからすぐだけどね。

 ギルベルタさんに続いて入室し、礼をとる。


「呼び立ててすまないな、リディ」

「いえ、それは大丈夫ですが……」


 がしがしと頭を掻いた男爵閣下が、執務机に肘をついて大きくため息をついた。

 よく見れば若干の困り顔で、何事かと身構える。


「……」

「……」


 しばらくの無言は、思ったよりも長く続いた。


「……リディ」

「はい、閣下?」

「悪いが、資料室の仕事はしばらく休みだ」

「あ、はい。……はい!?」

「代わりに……王都から産物調査にやってくる一行の世話、これを頼みたい」


 実に難しい顔で、男爵閣下がもう一度ため息をつく。


「……産物調査、ですか?」

「そんなものは、名目なのだ。内情は、どこぞの貴族の子息が箔付けに地方行脚するだけのお気楽旅で……まあそれだけに、こちらとしては迷惑でもあるのだが」


 ここしばらくは誰も来なかったんだがなあと小さく聞こえて来たけれど、そんなものは何の慰めにもならないです、男爵閣下……。


 とにかく、そんな厄介そうな一行をこっちに押しつけられるのは、ものすごく困る。

 これが取り入って実入りのありそうな相手なら、多少は考慮もするけど。


 あ、もちろん正攻法ね。


 取り入るにしても、例えば、新しい産物の提案とか、魔法談義で興味を惹くとか、まともな方法もあるわけだ。


 色仕掛けは悪手かな。あれは超大きな後ろ盾があって、初めて成り立つ。


 もちろん、まったくもってやりたくもない上に、年も足りなけりゃ色気も足りないのでほとんど意味がない。後、今の私のそれに引っかかるような相手は、性癖に問題があり過ぎるってことになるか。どっちにしても、甘い汁だけ吸われてポイに決まってる。


 何とか断る口実が見つからないかな……。


「あの、閣下……」

「……リディ、君しかいないんだよ」

「はい?」

「この庁舎に勤める貴族は私、ゾマーフェルト政務官、そして君だけなのだ」

「え!?」

「去年まではロットナー家の息子が司法官職に就いていたんだが、代替わりで跡を継いで領地に帰ってしまったからな。他に二人ほど君と同じような領主家の娘を預かってはいるが、無論、どちらも庁舎勤めではない。ついでに言えば、礼儀作法の仕込みは儂が思うにリディ以下だ」


 その二人は、代官屋敷のメイドさんだ。


 よくして貰っているけれど、確かに職掌の範囲が違う。礼儀作法の方は自分じゃよく分からないけど。


「貴族でない者を案内役に宛うと、大概はろくな事にならんのでな。……一つだけ幸いなことがあるとすれば、今度来る一行は男爵家の跡継ぎ息子とそのお供で、極端に気を使いすぎることもない相手だ。将来のための経験、丁度いい機会だと……思ってくれないかね?」

「は、はあ……」

「リディはアロイスのように成り上がるんだろう?」

「へ!?」

「一昨日届いた手紙に書いてあったぞ。ものすごく自慢げにな!」


 お爺ちゃん、そんなことまで男爵閣下にバラしてるの……!?

 豪快に笑う男爵閣下とくすっと笑うギルベルタさんに挟まれ、私は真っ赤になってうつむいた。




 もちろん、断る事なんて最初から出来るはずもなく、翌日の夕方、私は庁舎正門の前に立って一行を待っていた。


「詰め所の中で待っていらしては? 椅子もありますよ」

「いえ、大丈夫です」


 衛兵のクロイツさんは気遣ってくれるけど、呼ばれてはいはいと出ていくのもなんだかなあと思うので、影の出来ている詰め所の真横を借りている。


 秋まっただ中、寒くも暑くもない時期でよかったよ。


「もうそろそろ、来ますよね?」

「ええ、いい時間かと」


 馬車の来る時間は、大体決まっている。


 宿場になる隣の町か村までの距離とお天気で幾つかパターンがあって、トラブルでもない限りは大抵その範囲に収まるので、あまりぶれがない。予めお屋敷の御者さんに聞いておいたから、少しだけ緊張しながらも、それほど慌てもせず、お茶や書類の手配を調えられた。


「ああ、あれかな」

「ありがとうございます。……よし」


 通りの奥の方、黒い箱馬車が見える。

 小声で教えてくれたクロイツさんに倣って姿勢を正し、馬車が近づくのを待つことしばし。


「どう、どう! こちらは商務府所属、東部辺境産物調査部東北支隊第二班であります!」

「はっ! 申告ありがとうございます! ……伝令!」

「はっ!」


 羽根帽子の御者さんが名乗りを上げれば、クロイツさんじゃない方の衛兵さんが本棟に向かって走っていった。……って、男爵閣下ほどじゃないけど、この御者さん、ずいぶん大きい人だ。


 あ、もしかすると護衛も兼業なのかな?

 御者台から降りる時、身につけたのか、剣の金具がかちゃりと音を立てた。


 馬車の扉に御者さんが手を掛けるのに合わせ、進み出てお迎えの挨拶に備える。


「到着であります」

「うん」

「ご苦労」


 馬車から降りてきたのは、如何にもおぼっちゃま然とした黒髪の美少年と、文官風の金髪美青年だった。


 降りる仕草も洗練されていて、如何にも王都暮らしの貴族っぽい。ついでに、顔立ちやスタイルまでいいなあ……なんて、見とれてる場合じゃないや。


「遠路ようこそ、皆様方。案内役を仰せつかりました、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフでございます」

「……調査官の王国騎士ローレンツ・フォン・ヴァルケです。こちらの彼は書記方のメルヒオル、そしてあちらが御者兼業ながら護衛のアンスヘルム。以上、東北支隊第二班、全三名、アールベルクへの到着を申告いたします」


 顔を上げれば、三者三様に困惑した視線を注がれていた。


 ……そりゃあ、見習いの小娘が案内役と聞けば、そうもなるかと内心で頷いておく。こちらの台所事情なんて、思い至るわけもないんだし仕方ない。


「ご用件、承りました。どうぞ庁舎へ。アールベルク代官ベーレンブルッフ男爵閣下のお部屋までご案内いたします」


 私がすっと右手を挙げると、手はず通りにクロイツさんが進み出る。


「馬車の方は、こちらでお預かりいたします!」

「宜しく願います」


 時々斜めに振り返りつつ、私は物言いたげな一行を先導し、男爵閣下の執務室へと向かった。


「職責によって誰何させて戴きます!」

「庁舎資料室勤務、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・オルフでございます。商務府所属、東部辺境産物調査部の皆様をご案内いたしました」

「はっ、ご協力感謝いたします!」


 お客様の来訪時には欠かせない誰何のやり取りは、どうにも慣れない。


 監視カメラも何もないから、セキュリティ面ではどうしても人同士のやりとりが主体になってしまうのだ。


 入室と紹介を済ませて執務室を退出した私は、これからどうなるんだろうと、こっそりとため息をついた。

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