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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第七十二話「今日の良き日に、乾杯!」

第七十二話「今日の良き日に、乾杯!」


 密室で行われた即位戴冠式の後、私達は列を作って王宮の表玄関に移動した。


 今から人々の前でローレンツ様が即位と建国を宣言、となるんだけど……元総督府のこの王宮には、王家の慶事につき物のバルコニーなど、もちろんなかった。


 代わりに木箱や樽で作った、即席の舞台が用意されている。




「我、ローレンツ・フォン・レシュフェルトは、今この時より、レシュフェルト国王として立ち、国難に目を背けず、民を慈しみ、国王として人々を導くことを聖なる主神に誓い、レシュフェルト王国の建国を宣言する」




 王宮『南星宮』の正面、集まった大勢の人々を前に、ローレンツ様は即位の宣誓を繰り返された。


 先ほどの宣誓が主神への誓いなら、こちらは人々への宣言だ。


 大きな歓声は、ローレンツ『陛下』への期待の現われだと思いたい。


『レシュフェルト王国暦』元年、雪降り月の二十四日、旧シュテルンベルク王国南大陸新領土管区は名実ともにその役目を終え、晴れてレシュフェルト王国が建国された。




 王宮の前に設けられた舞台の上で、王政府の重鎮、代官、領主衆と、順にローレンツ様からお言葉を頂戴する。


「ノイエフレーリヒ領主、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット」

「はいっ!」

「レシュフェルト王国男爵として、つつがなく政を行い、民を治めよ」

「御意!」

「うむ、噂に違わぬ働きを期待している」


 これらは見せるためのやり取りなので、言葉も進行も予定通りに済ませることが肝要だ。

 最初の最初から、サプライズは要らない。


 アンスヘルム様を団長としたレシュフェルト王国騎士団の騎士達を大トリとして、爵位持ち貴族の紹介を兼ねたお披露目式が終わり、王宮前の広場には一旦休憩が宣言された。


「よし、振る舞い屋台の担当者は料理を運んでくれ!」

「【浮遊】、【魔手】! リディ、そっちをお願い!」

「はーい!」


 国や領主の慶事につき物の振る舞い屋台の準備に、人々が行き交い、怒号が飛び交う。


 また、乾杯の前には小さな式典も一つ、挟まれていた。

 即位を祝う品々も各地から集まっていて、その献上式が行われるのだ。


「ファルケンディーク漁港、バルドゥル組合長! 献上品目録! 翠玉魚(スマラクト)干物、百連!」


 これもお祭りの賑やかしであり、同時に領主や地元有力者の度量の見せ所なのである。


 先ほどまでの式典っぽい雰囲気じゃなくて、普通に歓声が上がっていた。


 もちろん大概は酒食で、数日前に献上品リストが作られ、現物は既に各地に配分されている。


「ノイエシュルム領主、ゲルルフ・フォン・シュルム! 献上品目録! 羊十頭、チーズ中玉三十!」

「うむ、ありがたく頂戴する。今日のこの良き日に、国内各地で人々の口を大層楽しませることだろう」

「ははっ! それこそが我が名誉でございますれば!」


 うわ、ゲルルフさん、奮発したなあ。


 献上された羊は昨日のうちにお肉にされ、振る舞い屋台で煮込みや焼き肉になっていた。お手伝いしたので間違いない。


「グレーテ!」

「はいっ!」


 私も途中までは屋台の準備に走り回っていたけれど、もちろん領主として国王陛下に献上品を捧げるのも大事なお仕事である。


 順番の直前にグレーテと二人、準備部屋まで布で包まれた小樽を取りに走った。


 何とか間に合わせ、ローレンツ様の御前に向かう。


 最初は領主就任早々ということもあり、約束した貢納金をお祝いの品として受け取るように計らおうかとも言われていた。


 でもそれじゃあ、同じ領主としてゲルルフさんやカスパルさんに胸を張れない。


 それに、お祝いの品はきちんと用意できていた。


「ノイエフレーリヒ領主、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット! 献上品! ミレ蒸留酒原酒、小樽三樽!」


 私の後ろに控えていたグレーテが、メルヒオル様の合図で小樽を覆っていた布を取り去った。


 献上したミレ蒸留酒は全部で三樽、ワイン瓶なら二十本に満たない数だ。……原酒なので、売るときには加水して味を調整するけれど、それでも三十本には届くか届かないぐらいかなあ。


 この場だけでも明らかに足りないけれど、まあ、今後に期待していただきたい。


「……何!?」


 流石に驚かれたのか、仮の玉座からローレンツ様が立ち上がられる。


 今日この瞬間の為、領内には厳しい緘口令を敷き、メルヒオル様にも秘密を守って貰えるよう強くお願いしていた。


 献上品の中身を知って大きく沸いた人々を静めるように、司会進行役のメルヒオル様が一礼する。


「間違いございません、ミレの蒸留酒でございます、陛下。寝かせたというにはまだまだ若すぎると聞き及びますが、この慶ぶべき日に是非祝いの品としたい旨、フロイデンシュタット男爵より懇願がございました」

「まったく、リディは……」


 微苦笑を含んだローレンツ様のお声が小さく聞こえてきて、私はにやにや顔を隠しきれず、よりいっそう(こうべ)を深く垂れた。


「フロイデンシュタット男爵、面を上げよ! 単刀直入に聞く!」

「はいっ!」


 声が王様モードへと切り替わったローレンツ様に、私も背筋を伸ばして顔を上げた。


 そのお顔は笑顔で、期待に満ちている。


「流通は可能か?」

「はい! 現状では年に数樽ながら、市場に出す準備を進めております!」

「ほう、数樽()出せるのか! よろしい、期待させて貰うこととしよう」


 式典は大歓声の中、終了が告げられた。


 さて、次に建国のお祭りと無礼講を告げる乾杯なんだけど……。


 屋台の振る舞いものを配るお手伝いに行こうとしたら、再び壇上に呼び戻された。


「この蒸留酒はまだ若いそうだが、それもまた、今日の良き日に相応しかろう!」


 ローレンツ様はなんと、私のお酒で乾杯して下さるらしい。


 グレーテが小樽を開栓する間に、アリーセが酒杯を三つ運んできた。


「リディ、打合せ通りに」

「はーい。……あ、私の分は少なめでね」


 アリーセと小声でやり取りして、段取りをお任せする。


 ローレンツ様と私、それから、ちゃっかりとメルヒオル様が酒杯を手にした。


 実は私も、ミレ蒸留酒を口にするのは今日が初めてだ。


「では、失礼致しまして。……【毒見】。問題ございません」


 王様が口にする食べ物飲み物には、毒見がつき物である。

 アリーセが呪文を掛けたけど、これは先に話し合っていた。


 もちろん、私が疑われてるってわけではなく、皆に【毒見】の呪文を見せることで、私のような旧王国から付き従ってきた人間でさえ、きちんと国王陛下との距離を適切に守ってますよ、っていうアピールになっている。


 酒杯を掲げたお二人が、人々の方を見た。


 もう、大体行き渡ってるかな。


 羨ましそうに、壇上を見上げてる人も多いけどね。


 ローレンツ様は頃合を見計らって玉座から立ち上がり、一歩前に進み出られた。


「ふむ、では乾杯といこう。……今日の良き日に!」

「王国の未来に!」


 メルヒオル様の言葉の後、少し間が空いてしまった。


 壇上のお二人どころか、会場中から視線が刺さる。


 わ、私も何か言わなくちゃ!


 えっと……。




「ローレンツ陛下、万歳!」




 私の乾杯の言葉に、見物してる人々のそれが大きく続く。


 皆に倣って、私も蒸留酒を一口、ごくんと……苦っ!?


 ローレンツ様も苦笑気味で、酒杯を飲み干された。


「生まれたばかりの王国と若き酒、双方とも熟成には時間が掛かるものだ。この味は、よく覚えておこうと思う」

「ありがとうございます!」


 初めてのミレ蒸留酒は、酒精(アルコール)こそ強かったものの、苦い上にミレの癖も強烈で、正直なところあまり美味しくはなかった。


 これならいつものミレ酒の方が、幾らかましだと思う。


 飲めなくはないけどちょっと惜しいという南大陸のお約束まで、しっかり守らなくてもいいのになあ……。


 寝かせるうちに美味しくなってくれればいいんだけど、これじゃあ、地産地消が限度かもしれない。


 でも、苦笑して顔を見合わせた私とローレンツ様はともかく、メルヒオル様は、酒杯を見つめてはちびりちびりと舐め、真剣に何かを考え込んでおられた。


「メルヒオル、どうかしたのか?」

「はっ。……このミレ蒸留酒、どう化かしたものかと。熟成が進めば多少はまろみが加わりましょうが、この苦味、ノルトグリューネのように上手く活かせぬか、頭を働かせておりました」

「ふむ……」


 メルヒオル様によれば、バウムガルテンの北方でしか採れないクロヨモギを漬け込んだリキュールの一種ノルトグリューネという、苦味が売りの『通好みのお酒』があるらしい。


 ただ苦いだけなら美味しくなさそうだけど、苦味に加えて気になる何かがあるなら、それは売り口上になるという。


 飲兵衛は、転んでもただでは起きないのだ。




 その後、ミレ蒸留酒は全て、この場で振舞われることになった。


「酒の恨みは、恐いらしいからね」

「あはは……」


 壇上でローレンツ様のそばに控え、試飲を望む長蛇の列を眺める。


 鬼気迫る、とまでは言わないまでも、酒杯を手にした皆さんの目がらんらんと輝いていた。 


 料理も沢山並べてあるけれど、そっちは本当に後回しである。


「ええか、これは回し飲みじゃ! 守らん奴は、漁船で引き回して寄せ餌にするぞ!」

「おうともよ!」


 小樽の前では、ルイトポルト隊長が大声を張り上げていた。


 今頃は、ノイエフレーリヒでも同じように、蒸留酒が振舞われているはずだ。


 売る分も残しておかなくちゃ、何の為の蒸留酒か分からなくなるので、一人あたりコップ一杯分が限度になっちゃったけどね。


「蒸留酒なんて、いつ振りだ……」

「ああ、腹にしみるなあ! これだよこれ!」

「……苦い。だが、悪くない」

「これはいつから買えるんだ?」


 まあ、総じて好評というか、他に選べるような蒸留酒があるはずもなく。


 試飲は概ね成功と見ていいかな。


「さっきは聞けなかったけど……リディ」

「はい、ローレンツ様?」


 楽しげに試飲の列を眺めていらしたローレンツ様が、私の方を向いてくれた。


「もう隠してることはないだろうね?」

「えっと……今はないです」

「今は、か……」


 領内事業の計画はミレ増産とリフィッシュ増産、この二つが基本で、報告も済んでいる。

 領主屋敷の建設は産業じゃないし、利益を生むこともないだろう。


 他には……何かあったかなあ?


「えっと、思いついたら、ごめんなさい」

「ああ、うん、それは……お手柔らかに頼むよ」


 苦笑気味のローレンツ様から、手が伸びてきて。


 身構える間もなく、私の頭をくしゃりと撫でていった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小さく生んで大きく育てましょう! [気になる点] 苦いんですね、辛いんじゃなく。 [一言] >「もう隠してることはないだろうね?」 ええと、すいません、前の帝国の逃亡皇子の子孫です。 す…
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