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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第七十話「領主の一人として」

第七十話「領主の一人として」


「ふむ、内戦か……。いや、よく知らせてくれた」

「いえいえ、あちらでは皆が知る噂話、大したことではありませぬ」

「それをこそ、我らは欲しているのだ」


 詳細、というには程遠かったものの、メルヒオル様はバウムガルテンで内戦と聞いて、随分と悩んでおられた。


 四つの勢力に分かれたバウムガルテンは各々に幼い王子を担ぐ二巨頭が戦力を集めて譲らず、残りの二者が裏でそれぞれを支援するという、どこにでもありそうな王位継承の戦い……に形を借りた勢力争いであるという。


 適度なタイミングで、手打ちと見せかけて四分割となる運命が、予定(・・)されていた。


 でも、時期が少し、早すぎるらしい。


 王都を出る前に、もう少しシュテルンベルク両王国が混乱して、本格的に睨み合ってからの分裂と聞かされていたお陰で、大して出来ることはないながらも悩みの種が増えたと、メルヒオル様はため息をつかれた。


「ヘニング船長」

「なんでしょうか、宰相閣下?」

「北大陸の母港クルーゼンへ戻る時、一人便乗させて貰えぬか?」

「それでしたら、お安い御用でございます」

「ありがたい。頼らせていただこう」


 人選はどうするんだろうなあと思ったら、その場で指名された騎士エミールが、目を白黒させていた。


 後からアリーセに聞いたところ、騎士エミールは書類仕事もそれほど恐がらず、算術も比較的苦手ではないそうで、領主候補と目される騎士の中でも一番手になるらしい。


「フロイデンシュタット男爵、こちらを頼む」

「はい、お預かりいたします」


 手渡されたのは、ローレンツ様が裁可されたファルケンディークに於ける新たな加工場の建設許可で場所も既に選定済み、当初は二十人を雇用して、可能であれば施設を適宜拡充せよと、指示が書かれていた。


 外貨の獲得、いや、王政府への現金収入が、本気で必要とされるレシュフェルト王国なのである。


 同じものがヘニング船長にも渡され、新加工場の建設はすぐ動き出すことになった。


 どのぐらい素早かったかと言えば、翌日には堤防工事の現場から半数が引き抜かれ、建設予定地の地均しや、リンテレンでの材木伐採に回されたのである。


 日当が同じで、仕事も似たような肉体労働であるからこその、離れ業だった。 


 


「では、ごきげんよう皆様! 加工場の稼動も楽しみにしておりますぞ!」

「航海のご無事をお祈りしています!」

「騎士エミール、頼んだぞ!」

「お任せください!」


 ヘニング船長とホヴァルツ号は、騎士エミールと共に、王国各地から集荷された二百樽余りのリフィッシュを積み込んで、レシュフェルトを後にした。


 中から小型の商船とはいえ、ワイン樽に換算して最大五百樽を積めるホヴァルツ号なので、まだまだ余裕がある。次回は是非、満杯で送り出したいところだった。


 売り上げの方も立派なもので、一樽あたり五十プフントのリフィッシュを詰めてあるから、単純に計算して二百×五十×半グロートで五千グロート、二百グルデンになる。


 そこから働き手の給金や材料費を差し引いて、王政府には今回、百二十五グルデンの利益が残された。


 当初試算された旧王国の支援がない状態での王政府の歳入が四千グルデンで、年に五回とされたホヴァルツ号の寄航を考慮すると、リフィッシュは新加工場がまだ動いていない今の状態でさえ、国の収入の一割五分(・・・・)を補うことになる。


「リヒャルディーネ嬢、陞爵(しょうしゃく)の推薦ぐらいは喜んでさせて貰うが?」

「へ!? 男爵になったのがつい先日で、まだ馴染んですらいませんよ!」


 ついでに、歳入から差し引かれた働き手の給金や材料費、これもそのまま人々の暮らしに還元されるわけで、リフィッシュは国全体を潤したのだと、メルヒオル様は感慨深げに取引書類を眺めておられた。




 ▽▽▽




 ホヴァルツ号の寄航には少し慌てたけれど、予定の一部ではあったし私達も待ち望んでいたもので、頭を抱えて悩むほどの事態じゃなかった。


 ただ、予定された事柄でも、悩みの種は確かに存在する。


 女官仕事のついで、ってこともないんだけど、レシュフェルトに出向けば会議に呼ばれることもあった。


 雪降り月の後半、ローレンツ様の即位戴冠式までわずか数日。


「……」


 その日、庁舎二階の会議室には、レシュフェルト王国を動かす主要なメンバーが、全員揃っていた。


 上座に近い左右には、王政府を率いる宰相メルヒオル様と、王国騎士団長アンスヘルム様。


 女官長アリーセがメルヒオル様の隣にいて、その向かい側に王政府顧問にしてファルケンディーク代官、『暴風のハンス』こと元総督リンデルマン男爵。


 続いて、内務卿ゲーアマン男爵、オストグロナウ領主ゲルルフ・フォン・グロナウ男爵、ノイエシュルム領主カスパル・フォン・シュルム男爵が座る。


 一番下座にはもちろん、フロイデンシュタット男爵である私がちょこんと腰掛けていた。


 つまりは国内の上級貴族の全員が、この場には集まっているわけで……。


 私が個人的に気にしているのは、オストグロナウ、ノイエシュルムの両領主だった。


 一応、王政府から援護射撃はあったものの、貢納金の件もあって、嫌味の一つぐらいは覚悟しなきゃいけないのである。


 今は幸い、興味深そうな視線だけで済まされているけれど、暮らし振りに直接関わる重大案件だからね……。 


「皆様、まもなく陛下(・・)が参られます」


 露払いなのだろう、王宮総侍女長兼任で宮内卿に指名されたグリースバッハ男爵――アマルベルガさんが現れ全員が起立、その場で跪いた。


 しばらくして聞こえてきた足音は、二つ。


 一つはローレンツ様のもので、もう一つは専属侍女として付き従うギルベルタさんである。


「皆、楽にしてくれ」


 一糸乱れぬ、とはいかないまでも、それぞれに着席、ローレンツ様のお言葉を待つ。


「今日のところは、即位戴冠式の式次第とその前後の予定の確認が主たる内容だが、加えて当日、諸君らの叙爵を祝い騎士達のお披露目も行うことに決まった。紙一枚では味気なかろうし、慶事の余禄として受け入れて貰いたいが、どうだろうか?」


 ローレンツ様は、よそ行きの笑顔ながら、どこか楽しげだった。


 表舞台に立たされるなんて聞いてないなあと思いつつも、ちらりと皆さんのお顔を見れば、私と同じく困惑気味の様子である。


 躊躇いがちに、リンデルマン閣下が挙手された。 


「僭越ながら、陛下」

「どうした、リンデルマン?」

「これまでの南大陸では、小さな式典すらほぼありませなんだ。その名誉はまっこと光栄ながら、我ら一同、何をどうしてよいのかも分かりませぬ。叶いますれば、当日までに、どなたかよりご指導願えれば、と」

「心得た、考慮しよう。……いや、いっそ、見本を見せてしまうのが早いか。リディ」

「は、はい!」


 ローレンツ様に手招きされたので、慌てて上座に向かう。


 っていうか、何で私!?


 小さく頷かれたので、その足元に跪く。


「ノイエフレーリヒ領主、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット」

「はいっ!」

「レシュフェルト王国男爵として、つつがなく当地を治めよ」

「御意!」

「うむ、噂に違わぬ働きを期待している。……ご苦労様、リディ」

「え、あ、はい!」

「……とまあ、このような具合だ」


 視線の集まる中、なんだかなあと思いつつも自分の席に戻る。


 究極的に簡略化されていたけれど、エルゼ夫人から習った最低限の作法は守られていたはずだ。


「名を呼ばれたら決められた位置まで進み出て、陛下よりお言葉を頂戴する。これだけだ」


 十四の女の子にも出来るのだから、出来ないなんて言わせないと、ダシ(・・)に使われたわけだけど、ローレンツ様のお役に立てるなら、まあいいか、とも思う自分がいた。




 会議はその後も紛糾せず……というか、説明会みたいなものかなあ、戴冠式と建国に関連する予定の確認に終始した。


 真面目に聞いておかないと、当日恥をかくことにもなりかねないからね。誰もが真剣で、質問もよく飛び交っていた。


 でも、皆さんの態度や雰囲気から、いよいよ正式な建国を迎えるという軽い高揚感も、多少ならず感じる。


「では、会議はこれにて終了とするが、この場は開放しておく。私も茶杯を傾けながら、皆の話を聞かせて貰おう」


 ローレンツ様が閉幕と無礼講を宣言されると、アマルベルガさんがアリーセと同い年ぐらいの娘さんを連れて、お茶の用意を始めた。


 新しく王宮侍女として採用されたグロナウ男爵令嬢、ロミルダさんである。


 王宮に限らず、人手を増やさないと回らないのはどこも同じで、話には聞いていたんだけどもちろん初対面だ。


「失礼致します、フロイデンシュタット男爵閣下!」

「……ありがとう」


 好意的に微笑まれ、同じように笑顔を返したものの、素直に受けていいものかと頭の片隅で考え込んでいると、隣に座っていた彼女の父親グロナウ男爵が、やはりにこやかに私へと話しかけてきた。


「フロイデンシュタット男爵!」

「はい、グロナウ男爵閣下!」

「おう、俺のことは気軽にカスパルと呼んでくれ!」

「は、はあ……」

「おいカスパル、それじゃあ脅しと変わらねえだろうが!」


 その対面、シュルム男爵までが、口を挟んでこられる。


 いやもう、何がなんだか……。


 仲良さそうだなあと、その口喧嘩をしばらく眺めていると、ロミルダさんが戻ってきて、父親の耳を引っ張った。


「父さん、ゲルルフさん! フロイデンシュタット男爵閣下に失礼ですよ! まったくもう! お礼を言うんじゃなかったんですか!?」

「お礼……?」

「そうです! 漁師病のこと、本当に助かりました! うちの弟やシュルムのフランツ君、どうしようもなくって、死ぬんじゃないかって大慌てしてたんです!」

「もちろん、うちの野郎共や奥さん連中も命が助かった!」

「子供らもな!」


 ああ、なるほど。


 私に対して好意的になる理由があるのなら、まずは納得である。


「その上あのリフィッシュだ、ありがたいどころの話じゃねえ」

「買い上げ価格はもうちょい上げて貰いたいところだが、そのあたりは宰相閣下からも今後次第とお伺いしている」

「期待してるぜ!」

「まあ、同じ男爵様だ、困ったことがあったら遠慮せず、何でも言ってくれ」

「ところで……フロイデンシュタット男爵」

「はい、何でしょうか?」


 初手の挨拶は横に置き、それはそれとして、というあたりかな。


 お二人の視線が、鋭いものに変わった。


「貢納金の話は聞いたが……」

「正味な話、どうだ?」


 今後、お二人の領地に刺さる(・・・)かもしれない貢納金。


 現在はその呼び水として、私だけが支払うことになっている。


 その事で睨まれるかと身構えていたんだけど、予想してたのとはちょっと様子が違う。


 私への意地悪じゃなくて、同じく南大陸の領地を治める領主として、問われているようだった。


 漁師病とリフィッシュの件もあって、既に領主の一人として認めて貰えているのかなと、少しだけ姿勢を正し、お二人に向かい合う。


「魔法仕事は時々受けていますので、そちらで補いをつけようかと……まあ、何とかなると思います」

「ああ、新しい井戸を掘って、加工場を増築したと聞いたな」

「難しいことなんて、思いついても実行出来ないなあと、最初はとても悩みました。取りあえず、今ある売り物の数を増やすことを軸に、領内でも出来そうなことを模索しているところです」

「そうか。だが、無理はせんようにな」


 手の内を晒すのもあれだけど、両領地の経済的成長が促されるなら、それは王国の伸張のみならず、ノイエフレーリヒをも潤してくれることに繋がる。


 そのあたりを考慮しつつ、相場通りでいいなら魔法仕事のご依頼もお待ちしていますと、売り込みをしておくことにした。


「井戸掘りは、頼むことになるかもしれんな……」

「うちもだ」

「ええ、是非」


 何故なら、近日中に売り出すミレ蒸留酒の主な買い手は、レシュフェルト国内の皆さんなのだからして。


 黙っていたことを後で怒られるかなとは思いつつも、ノイエフレーリヒ領主としては流石に譲れない一線でもあった。


 ……恨みまでは買いたくないので、先行者利益をある程度確保出来る見込みが立てば、蒸留器の受注も普通にするつもりだけどね。


 このあたりは後ほど、メルヒオル様とも相談かな。


 ちらりと上座に目をやれば、ローレンツ様達が、揃って面白そうな表情でこちらを見ていらっしゃった。


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