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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第六十九話「雪降月の心配事」

第六十九話「雪降月の心配事」


 第二の月雪降月の初旬、こっちじゃ雪なんてどこにあるのやら、なんて口にしつつ、クリスタさんとは仲良くやっていた。


 ザムエルさん達の家を建てる準備も進めていたけれど、即位戴冠式のお手伝いなどで、総督府に呼ばれることも多くなってきたかな。


 もちろん、ノイエフレーリヒ領のことだって忘れていない。


 外貨(・・)を稼いでくれる予定の蒸留酒のことは、特に気に掛けていた。


 現領主屋敷の作業場では、マルセルさんやそのお仲間が、ほぼ毎日ミレ酒を蒸留してくれている。


「マルセルさん、蒸留酒の量は今、どのぐらいになってますか?」

「なんとか小樽六個、大樽には到底届かない、というところです」


 小樽は文字通り小さい樽で、私の感覚だと四から五リットルが入る。

 大樽はもちろんワインやエール、ミレ酒の仕込に使う樽で、小樽四十個分ぐらい、かなあ。


 商売にして回すならまだまだですと、マルセルさんは肩をすくめた。


「宰相閣下から教えてもらったんですが、小樽の方が熟成は早いんですよね? 流石にまだ、味が変わるには早いと思うんですが……」

「でしょうなあ。ですがまあ、多少ならず熟成していると思いますよ。樽に鼻を近づけると、ふふふ、薫りがですな」

「わ、楽しみですね!」


 なんて、湯気を上げて頑張っている蒸留器の前で、マルセルさんと話し込んでいる時だった。


「失礼致します、男爵閣下は何処(いずこ)に!!」

「え!?」

「こちらは任せて下さい!」

「お願いします!」


 珍しくも、レシュフェルトから早馬が駆けてきた。


 昨日も王政府でアリーセの手伝いをしていたし、急ぐような話はなかったんだけど……。


 とにかく、慌てて表口に出る。


「お待たせしました、騎士ユスティン!」

「宰相閣下より、至急のお召しであります! ホヴァルツ号が入港いたしました!」

「はい、すぐに!」


 これ以上なく分かり易い召し出しの理由に、私はすぐに出かける用意を整えた。


 メルヒオル様とは、第二の加工場を建てるならヘニング船長にも少々無理を聞いてもらおう、なんて話をしていたけれど、それはもちろん、総督府直属の漁業加工品専任担当者である私の重要なお仕事だ。


 半額に減ったものの、女官のお給金が支給されているこの身としては断れない。


 ……いや、まあ、今日はそれほど忙しくないし、重要度も理解してるけどね。


「グレーテ、総督府から呼ばれたの! 今日はレシュフェルト泊まりになると思うから!」

「はい、畏まりました!」

「それと、グロスハイムの商船が来て、女官の方のお仕事だから長引くかもって、ヨハン達にも伝えて!」

「分かりました、お気をつけて!」


 グレーテは家事、ヨハンとクリスタは漁港で、今日は家人全員がノイエフレーリヒにいる。


 領内で何かあっても馬で連絡はつくし、万が一の場合はイゾルデさんやファルコさんが力になってくれるはずで、それほど心配することでもないかな。


「ヒンメル、頼むね!」


 ……ひひん。


 やれやれ顔にも見えるヒンメル号の首元をぽんぽんぽんと叩き、騎士ユスティンの先導に、どうにか遅れないよう着いていって貰う。


 服装は……今は領内での雑用に丁度いい野良着のままだけど、向こうの宿舎にあるフロイデンシュタット家の控え室兼荷物置き場には、アールベルクで貰ったメイド服や、女官服の予備など、お仕事に合わせた衣装を用意していた。




 レシュフェルトに到着すると、とりあえず一般公務用の女官服に着替え、応接室に向かったんだけど……。


「大変申し訳ありません、フロイデンシュタット男爵閣下!」

「……はい?」


 ヘニング船長は、いきなり深々と礼をした。


 同席しているのも、何故かリフィッシュの件を主導されているメルヒオル様ではなく、騎士エミールである。


「えっと、ヘニング船長……?」

「まさかまさか、男爵閣下を呼びつけるなど不敬の極み! つい、つい先ほどご出世をお伺いいたしまして、これはどうしたものかと!」


 平にご容赦をと続けるヘニングさんに、騎士エミールは少々困ったという雰囲気で、肩をすくめた。


「あー、男爵閣下、悪いのは宰相閣下ですから」

「はい?」


 その表情に、そこまで深刻そうな問題じゃないらしいと、ようやく気づく。


 騎士エミールの説明によると――。


 二ヶ月あまりの航海を経て、レシュフェルトに戻ってきたヘニング船長だけど、まずはリフィッシュについての報告をせねばと、総督府にやってきた。


 担当の私はもちろん領地にいて不在、応対した騎士エミールが宰相閣下に確認すると、私を呼びにやらせるからと言われ、それを聞いたヘニング船長はおとなしく応接室で待っていた。


 しかしながら、その主担当者の女官殿は知らぬ間に男爵へと出世していたわけで、一介の商人が爵位持ちの上級貴族を呼びつけた形になってしまい、慌てに慌てていらしたらしい。


 いや、呼んだのが宰相閣下だからそこまで気にしなくていいはずだけど……ま、まあ、私も爵位を持った相手を呼びつけて商談する、なんて流れになったら同じように慌てると思う。


「ヘニング船長、お気になさらないでくださいね。伯爵たる宰相閣下から見れば私は一介の男爵、しかも実務担当者ですから、それこそ呼んでもらわないと、お仕事になりませんよ」

「は、はあ……」

「戴冠式が間近で、本当に王政府内が忙しいせいもあるとは思いますが、お騒がせして申し訳ありませんでした」

「い、いえ、こちらこそ! 快くお許しいただけまして、このヘニング、感謝にたえません!」


 もしかして、ヘニング船長を慌てさせる為に――加工場新築の費用を出してもらいやすくする為に、わざとこういう流れにしたのかなと、メルヒオル様の涼しい顔を思い浮かべる。


 あんまりよくないなあとは思いつつも、本当にこのレシュフェルトという国は、そこまでしなくちゃ生き残れないのかもと、私は内心でため息をついた。




 ヘニング船長と騎士エミールの分も含め、お茶を自分で淹れかえれば更に恐縮されたけれど、今日はアマルベルガさんもギルベルタさんもお忙しいので、これは仕方がない。


 いつものことですからと笑顔で押し切り、テーブルについて貰う。


「ヘニング船長、北大陸の様子はいかがでしたか?」

「皆、時を待っている様子ですな。買い控え、売り惜しみまでは行っておりませんが、港も市場もどことなく重苦しい、そのように感じておりますよ」


 ずっと同席している騎士エミールは、本日、私を通して交渉や商談を学べと命じられているようだった。


 メモこそ取っていないものの、雑談にも真剣に耳を傾けていらっしゃる。


「その、リフィッシュはどうでした? きちんと値段がつきましたでしょうか?」

「はい、それは無論!」


 あ、ヘニング船長が身を乗り出してきた。


 先ほどまでの様子はどこへやら、目が輝いている。


「最初は皆、恐る恐るといった様子でしたが、味見をさせて値段を告げれば、一袋、二袋と、荷馬車の隙間に積める分を買っていく者が多かったですな」

「良かったあ……」

「まずは順調な滑り出しかと存じます」


 北大陸での卸値や小売の相場も知りたいところだけど、流石にそれを聞くのは失礼を通り越している。


 でも、自分で調べに行くには、ちょっとどころでなく遠かった。


「無論、今後も商わせて戴きたく思いますが、その……増産はもう、しておられるのでしたな?」

「ええ。僅かながら道具を買い入れ、国内(・・)各地に製法の伝達を済ませたばかりですが、これもまだ、思うようには行かず……。できれば、大きな加工場を建てたいと考えていますが、ヘニング船長からも出資して貰えると、嬉しく思います」


 ヘニング船長の表情を見て、私は真正面から要件を切り出した。


 今回はどのぐらいリフィッシュを仕入れられるのかってヘニング船長の顔に書いてあるのに、メルヒオル様のように言葉をひねり回してややこしい交渉をするなんて、私には無理だ。


 それよりは、二人三脚の必要なビジネスパートナーですよと笑顔を向ける方が、今後の為にもなると思う。


「お任せあれ。計画はもう、男爵閣下のお手元にございますかな?」

「当初はファルケンディークに加工場を、と考えております。漁に出る人の数船の数から計算して、規模はこのぐらいかなと」


 テーブルの上に置いてあった紙に、加工場の建設に掛かる予想費用と、出荷できるリフィッシュの量を書き留める。


 こちらは予め、メルヒオル様と話し合っていた。

 船はもちろん風任せ、天候次第じゃいつヘニング船長とホヴァルツ号が戻ってくるか、分からなかったからね。


「ほう、この額ならば、すぐにでも用意させましょう!」

「ありがとうございます、ヘニング船長」


 出資と口では言いつつも、出資金の回収はリフィッシュの売り上げからヘニング船長自ら回収して貰うので、実質はお金の無心である。


 加工場は当然、日干し煉瓦の平屋建てで、製造に必要な道具類も極端に高価なものじゃないからこそ、ヘニング船長も二つ返事で頷いてくれたんだろうとは思う。


 これで、一番重要な交渉事は無事に終えられたんだけど……。


「そういえば、男爵閣下」

「はい、何でしょうか?」


 ヘニング船長は、やや緊張した顔で言葉を発した。


「我が母港で噂になっておったのですが、バウムガルテンでは小競り合いながら内戦が始まったそうで」

「えっ!?」


 シュテルンベルクの西に位置していた大国バウムガルテンも、旧シュテルンベルク王国の分割と前後して、国が割れるとは聞いていた。


 でも、血を流すことなく分かたれたシュテルンベルク王国とは違い、バウムガルテンは重い選択を決断したようだった。


「騎士エミール」

「はい、閣下」

「出来ればこちらにお越し戴きたいと、宰相閣下にお伝えして下さい」

「はっ、直ちに!」


 もちろん、私だけがふんふんと頷いて済む世間話、ってわけがない。


 すぐにメルヒオル様を呼んできて貰うことにした。



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