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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第六十八話「王女領の仕掛け」

第六十八話「王女領の仕掛け」


 漁業権の使用料や畑の借地料は年に二回、六月と十二月――正確には、人頭税と同じく数日の猶予期間を設けて翌月の五日――に徴収されることが決まった。


 一応、ヨハンさんに確認と相談をしてから、正式な公布を行うことにしている。


 自分ひとりで決めてしまうと、なんか穴がありそうで心配なんだよね。


 書類のチェックなんて、複数人でする方がいいに決まってた。


「今期の分なら先納してもいいんだけどねえ」

「ありがとうございます、そちらもヨハンと相談してみます。それに、先に手を付けなきゃいけない貸家は、お金の問題がほぼ絡みませんから」

「それもそうだねえ」


 普通の家なら、日干し煉瓦と領内で手に入る細い木材だけで、だいたいの話が済む。


 先日の地下室の柱のように、隣の王領までゴーレムで伐採に行かなくてもよかった。


 クララ姉さんじゃないけれど、そのうち森目当てに領地を買い増ししたいなあ、なんて……はっはっは、流石にこれは先走りすぎだね。


 今はまだ、気を引き締めて地道にこつこつ行かなきゃ。


「ま、天気次第じゃ伸びちまうだろうな。そろそろ長雨だ」

「はい」


 冬の終わりを告げる長雨は、大嵐ってわけじゃないけれど、しとしとと雨が降ったり止んだりして、日干し煉瓦の作製だけでなく、干物の乾燥にもかなりの不都合が出るそうだ。


 かと言って焼き煉瓦は、燃料を集めるのが大変すぎる。

 魔法だけで焼くのは、流石に数を考えれば無理だった。


 それからもう一つ、魔法建築という技もあるけれど、野戦築城――戦争で一時的に使う陣地と違い、恒久的な建築物にはほぼ使わないし、使えない。


 魔法で建てたその一瞬だけは、強度も大したものだけど、魔力が抜けると、形を保てなくなって崩れてしまうのだ。


 維持をするなら数日に一度、魔法を掛けなおさなければならなかった。


 民家程度の大きさでも、結構な魔力が吸われるんだよね。使われる場面は本当にそれが必要な時、たとえば、大洪水で流された堤防を一時的に修理するとか、それこそ戦争(・・)に限られた。


 私は結構な魔力を持っているものの、流石にちょっと、無駄が多すぎるかなあ。


 というわけで、従来の方法を適切な時期に行うのが、一番良さそうだった。


「やれやれ」

「じゃあ、そういうことで頼まあ!」

「はーい。お疲れ様でした、イゾルデさん、ファルコさん」


 お二人を送り出せば、もうお昼過ぎになっていた。


「お昼に致しましょうか、お館様」

「ありがとう、クリスタ」


 二人で向かい合い、雑穀パンとリフィッシュ、クナーケのお茶だけの昼食を摂る。


 お昼を『南の風』亭まで食べに行って悪いってことはないんだけど、節約できるところは節約しないとね。


「えっと、クリスタ、話し合いは聞いていたと思うけれど……」

「特に大きな問題はなかったと思います。徴収額を控えめにされましたが、万が一、これでも負担が大きすぎるようなら、それこそ領主の権限で廃止にしてしまわれてもいいでしょうね」


 クリスタさんとは、どうも話がしにくい。

 

 意地悪しようとかこれっぽっちも考えてないし、立場が逆転してしまったのはしょうがないんだけど、私の中ではまだ切り替えが出来ておらず、つい目上の人として接してしまいそうになるのだ。


「恥とか気にせず、そのぐらいの余裕を持つ方がいい、かしら?」

「はい。無論、このノイエフレーリヒの民が、領主様を信頼しているからこそ取れる方策でございますが」


 いっそ、気楽に魔法談義が出来るぐらいの関係だと、私も嬉しいかなあ。


 クリスタさんを姉様と慕っているグレーテがとても羨ましい。


「どうかなさいましたか?」

「えっとね、クリスタ」


 だからと、領主と使用人という関係を崩してしまうのも、得策じゃないのは分かってる。


 ヨハンさんはともかく、クリスタさんは隠れ住んでいるわけで、欺瞞は徹底して行った方がいい。


 それでも。


「あの、二人のだけ時は、クリスタ『さん』じゃ、駄目ですか?」

「え!?」

「……あ」


 ぽろっと口から出てしまったものは、止めようがなかった。


 しばし、無言で見つめあう。


「えっと、リディ(・・・)がいいなら……」


 でも。


 無言が苦しくなり始めた頃、他の人には内緒よと念押しされたけれど、クリスタさんは笑って受け止めてくれた。


「本当はね、気軽に魔法談義でも出来れば、とは思っていたのよ」

「あはは、私もです」


 初対面の時は、第一王女殿下と新任女官だったし、クリスタさんもちょっと、話しにくかったらしい。




 夕方までは、公布に必要な書類を作りながら、魔法のこと、レシュフェルトのこと、領地のことなどを、とりとめもなく話し続けた。


 流石は元王女殿下だなあなんて、ちらりとその横顔を見る。


「どうしたの?」

「いえ、なんでもよくご存知だなあって」


 クリスタさんの頭の中には、私の欲しい情報がこれでもかと詰まっていた。


 魔法だけじゃない。


 旧王国の混乱はもちろん、今後問題となりそうな叔父フェルディナント大公のリューゲンヴァルデ公国のこと、もちろん、外から見たレシュフェルト王国の様子までよくご存知だった。


「ふふ、家臣団(うちの子達)なんて、もっとすごいわよ」

「幾人かはレシュフェルトに移ってこられるんですよね?」

「ええ。旧領への仕込みは終わってるはずだけど、もうしばらくは掛かるかしら」

「それ、ずっと聞いてみたかったんです! 詳しく教えてください!」


 実はちょっと、気になってたりして。


 ゼラフィーネ王女殿下が与えられていたゾレンベルク王室公爵領は、フェルディナント王弟殿下の公国に組み込まれていた。


 王女殿下行方不明を主要因とする破談の侘びと、公式には説明されている。


「お爺様……ヨハンから聞いた話では、上手く引っかかってくれたようね。お父様のお陰で時間も稼げたから、今頃は大騒ぎのはずよ」


 一度王領に戻されたゾレンベルク領は、王命により王女殿下の家臣団がそのまま代官とその官僚として鞍替えし、引き継いだ。


 同時に、新たなリューゲンヴァルデ公国への引継がれることは決まっていたから、『大掃除』が始まることになる。


「まず、借財の整理が始まったでしょうね」

「……へ!?」


 ゾレンベルク領の経営は家臣団に丸投げしていたけれど、そこそこ利益を上げていたようなお話を聞いた覚えがあるんだけど……。


「ふふ、利益は出ていたわよ。十分に」

「えーっと?」

「ただね、職を辞して故郷に帰る家臣達に報いるには、余剰がなかったのよ。……引継ぎが終わればすぐにでも王弟派の人間が送り込まれて、要職にある者は追い出されるわ。あれだけ尽力してくれた子達に何もなしなんて、王女の名が泣くもの」


 クリスタさん、口調とは裏腹に、とてもいい笑顔である。


「王都で金貸しを営む元家臣に頼んで、かなり大きな額を借りたの。陶器工房や魔法工房を担保にして。……すぐに売られたらしいけれど、お陰でうちの子達に報いることが出来たわ」


 あー、嫌がらせ目的で、無理に借金作ったんですね。


 ええ、ええ、分かりますとも。


「それから、これはお父様のご指示だけれど、王女の持っていた魔法の利権は資料ともども全て引き上げられたの。あれはシュテルンベルク王家のものであって、王弟家の利権ではない、ですって」

「あっはっは……」

「もちろん、売り払った陶器工房や魔法工房にも、職人や魔法道具は残っていないわ。ふふふ、大変ねえ」


 どんどんうま味がなくなっていくね、ゾレンベルク領。


 貧乏でもしがらみや嫌がらせがない分、ノイエフレーリヒの方が気楽でいいんじゃないかな。


「そうそう、領主の城も、今頃は解体の途中かしら」

「……へ?」

「市街が手狭でね、前々から計画だけはしていたのよ。城は移転の予定で、建材を流用して、市壁を広げるの。……領主が滅多に寄り付かないお城なんて、あっても無駄でしょう? 市域を広げて住民を増やせば、税収も増える。当たり前にして、正しい計画だわ」


 ……ただ、それを王国分裂と王室公爵領併合のこの時期に実行しちゃうっていうのが、ほんとに酷い。


「あら。お父様は、領主としての意気やよし、人手が足りなければ使えって、王軍の連隊を三つも貸し与えて下さったらしいわ」


 その頃にはもう、とっくに出奔されていたゼラフィーネ王女殿下である。


「フェリクスとの婚約が本決まりになってから、三日でこの計画を立てて実行してくれたうちの子達には、感謝のしようもないわ」

「フロイデンシュタット家にも、何人か来てくれたりしません?」

「そうねえ。……一人二人なら、誤魔化せるかしら」


 万が一の場合は家臣団の庇護をと、いつぞや、ローレンツ様宛てのお手紙に書かれていたのは覚えている。


 全員は無理でも、幾人かは実際にこちらへ流れてくると聞いていた。


「楽しみですねえ」

「あら。リディが欲しい知識と知恵の持ち主とは、限らないわよ」

「読み書きソロ……算術が出来れば、それだけでも十分ですって」


 そういえば、板に彫られた溝に石を置いて使う石置きソロバンなら、こっちにもあったなあなんて、私は思い出していた。  


 但し、私はソロバンの使い方を知らない。


 同じ算術の補助具でも、木箱に砂を入れて筆算する方が、ずっと早かった。




「お嬢様もクリスタ姉様も楽しそうですが、何かあったんですか?」


 帰宅後、グレーテが不思議そうにしていたけれど、私達は『内緒よ』と、笑顔で声を揃えた。


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