第六十五話「王家と帝家」
第六十五話「王家と帝家」
懐かしの幼なじみ達やクリスタさんらがレシュフェルトにやってきた日から、一夜明けて。
「へえ、ここがお嬢の『お屋敷』か! ……お嬢とおんなじでちっこいな!」
「ちっこいは余計です、ザムエルさん! 先に開けてきますね!」
「おう!」
引っ越しの初日、朝の第一便は、馬車を操るザムエルさんと家主の私、それに旅行李をくくりつけたヒンメル号に乗るクリストフだ。
「リディ姉ちゃん、手桶どこ? ヒンメル号、水飲みたいって」
「そっちの物置! 鍵は掛かってないから!」
荷物はベッド優先だけど、ばらしても二往復は掛かってしまう。
でもとにかく、今日中に先行組の私、グレーテ、それからヨハン様とクリスタ様――もとい、ヨハンさんとクリスタさんの四人が住めるようにする必要があった。
「【浮遊】っと。あ、ザムエルさん、ベッドの木枠はそっち側で!」
「おう! じゃあ、戻らあ! 行くぞ、クリストフ!」
「了解! リディ姉ちゃん、また後で!」
ザムエルさんとクリストフは、私一人を残して帰っちゃったけど、今日は馬車とヒンメル号が主役だ。
魔法があれば、そう苦労なくベッドや箪笥のような大物も動かせるからこその、役割分担である。
「さあて!」
幸い、引っ越し前の掃除と片付けだけは、手を付け始めていたところだったから、右往左往しないで済む。
……追加で八人は予想外だったけどね!
第二便でグレーテとオクタヴィアさんが、第三便でヨハンさんとクリスタさんが来て、引っ越しは一気に捗りはじめた。
大荷物を動かすのはともかく、行李を開けて小物を片付けていくのは、魔法よりも手作業の方がずっと早い。
クリスタさんは、『魔法は使えますが、苦手です』と口にしてたけど、自主規制なんだろうなあと思うので、そのあたりの加減はお任せしてしまおう。
「ベッド三つ、ぎりぎりでしたわね……」
「なんとか入ってよかったです……」
奥の寝室に女性三人、ヨハンさんのベッドは、申し訳ないけれど執務室に置かせて貰うことになった。
「お嬢、台所は終わったよ」
「ありがとうございます、オクタヴィアさん!」
「でも四人だと、もう一つ竃が欲しいところだねえ」
今日のところは『南の風』亭で食べることになるけれど、明日からは自炊が基本になる。
作業場にも竃はあるので、ほったらかしでいい煮物なんかはそっちで作るのもありかな。
「じゃあな、明日から俺達は、ファルケンディークで稼いでくる。……親父達のこと、頼んだぜ」
「はい、もちろん!」
「早目に呼んでくれると嬉しいねえ」
「頑張ります! 今日はお疲れ様でした、ザムエルさん、オクタヴィアさん! ありがとね、クリストフ!」
「姉ちゃんもお疲れ! グレーテ、頑張れよ!」
「クリストフ、あなたもね!」
夕方、ザムエルさん達が引き上げる頃には、どうにか住めるようにはなっていた。
▽▽▽
「へえ、領主様と同じ村の!」
「そうなんですよ」
『南の風』亭で夕食を食べている最中、ひっきりなしに質問が飛んできたけれど、これはしょうがない。
新しい住民なんて、そりゃあいい酒の肴というか、話題になる。
特にクリスタさんへ視線が集中してたけれど、独身男性の多いこの村じゃ、これもしょうがないかな。
「恋人ですか? 今のお仕事が一段落すれば、南大陸に来る予定なんです!」
クリスタさんの放った牽制に、軽い落胆と同時に、そりゃあそうだろうという空気が流れる。
私はかなり驚いたけど、ヨハンさんもその通りと頷いていたから、もしかすると、本当に恋のお相手がいらっしゃるのかもね。
さて、その夜。
これからここで暮らす四人で執務室に集まり、寝室から追い出した机に集う。
「お爺様、魔鈴の結界を仕掛けておきました」
「うむ」
魔鈴の結界は、誰かが結界に入ってくると、音で知らせる魔法だ。
……これから密談を始めるんだけど、静寂の魔法では、誰かが緊急の用事で入ってきた場合、都合が悪かった。
「グレーテ、お茶の用意をお願い」
「はい、お嬢様」
幸いにして、追加の茶杯なども昼のうちに用意できていた。
食器類や寝具も新たな三人の分が、総督府宿舎の備品から融通されている。
「さて」
「ええ」
四人でそれぞれに頷き合う。
私はお二人に、会釈して続けた。
「先に……グレーテ」
「はい、お嬢様」
「今日の話し合いは、絶対に他所に漏らせないの。クリストフも含めて……っていうか、クリストフじゃ、顔に出ると思う」
「かしこまりました、お嬢様」
「うん、ありがと、グレーテ」
先ほどご挨拶しているヨハンさんとは会釈で済ませ、『ゼラフィーネ様』へと向き直る。
「改めまして、お久しぶりでございます、えーっと……クリスタ様」
「ええ、お久しぶりね、リヒャルディーネ。あの時は、ありがとう」
「あの、お嬢様? クリスタ姉様とは、初対面のはずでは……」
「今夜はそれも含めて、話し合うのよ」
くすっと笑ったクリスタさんが、私とグレーテを見比べた。
今後のお話、とは言いつつも、そのあたりは既に話し合われているも同然だった。
ザムエルさん達も含めて、本当に表向き通りの移民であればいいらしい。
我がフロイデンシュタット家の経済状況についても、こちらから話すまでもなく、よくよくご理解いただいていた。
「フロイデンシュタット家の収入については、先ほど申し上げたとおりですが、これはヨハン様にお預けします」
「畏まりました」
「……リヒャルディーネをお館様として、執事にヨハン、侍女にグレーテとわたくし。ザムエル達がこちらに来てくれると心強いけれど、屋敷を構えられるまでは、この布陣が限界でしょうね」
フロイデンシュタット家のことも含め、匙加減はヨハン様にお任せだ。
クリスタさんも田舎暮らしを嫌っている様子はなく、グレーテが『姉様』と懐いていることから、暮らし振りそのものが大きな問題になることはないだろう。
私と同じく、たまに甘いものやお酒で息抜きが出来るなら、割と大丈夫そうだ。……ローレンツ様じゃないけれど、ある種の潔さはお持ちだと、私は見ていた。
もちろん、ザムエルさんやオクタヴィアさんらは、幼い頃から知っているオルフの村人である。どっちかというと、お嬢の面倒は俺達が見てやらなきゃ、って思われてる気がした。
……問題は、移民以前のお話の方である。
「ええ、本当にアロイスとは、数十年来の付き合いなのです。幼き日の姫様をお守りする傭兵として、頼ったこともございます」
「それはちょっと、驚きです」
紹介状に書かれていた『オルフ出身』はともかく、ヨハン様は本当にお爺ちゃんの知り合いだったようだ。
どういう繋がりなのかは、すぐに教えてもらえた。
「それこそ、家同士の付き合いとなれば、『十一代』は遡れますな」
「え!? あの、それって……」
「ご想像の通りかと」
驚いた私に、ヨハン様はしっかりと頷かれた。
うちは当代当主のお父様から四代遡れば、旧帝国の皇子様に行き着いてしまう。
そこまで知られてることに、驚きが隠せない。
「やはりリヒャルディーネ様は、ご存知であられましたか」
「家を出る直前、祖父から教えられました。……だから何がある、というわけでもないのですが」
「以前、アロイスも似たようなことを申しておりましたな。『知ったからと暮らしぶりが変わるわけじゃないが、知らなきゃ俺は恩知らずになる』、と」
「あー、そんな感じです」
クリスタさんとグレーテが、不思議そうに私達を見ている。
ヨハン様の種明かしも、驚きに満ちていたけどね。
「我がシェーンハウゼン家は大権に沿う家ながら、内向きのみをお預かりし、権力には関わらぬことで生き残ってまいりました。その中には、個人に付き従う者もおります。例えば、わたくしめもそうですな。他にも……ふむ、わたくしめの祖父の妹――大叔母は、リヒャルディーネ様の高祖父に従っております。分かりやすく申し上げるならば、ザムエルの曾祖母にあたります」
その言葉に、グレーテが目を見開いていた。
グレーテの父クルトさんはザムエルさんの従弟ってことで、ヨハンさんの遠い親戚になる。
それは私も知らなかったなあ……。
クリスタさんも驚きを隠せない様子で、まじまじと私を見つめていた。
「ヨハン、待って。まさかリヒャルディーネは……」
「リヒャルディーネ殿の高祖父にしてアロイスの祖父は、その名を『フリードリヒ』と申されました」
私が小さく頷くと、クリスタさんの口から大きなため息が漏れた。
こちらから問題を起こす気はないけれど、クリスタさんは帝国を滅ぼした元宰相家の娘で、私は落ち延びた皇帝家の一族である。
外から見るなら、不倶戴天の敵同士になってもおかしくはない関係だ。
「……まあ、本当に『だからと何があるわけじゃない』、って感じなんですよ」
「それで、いいの?」
「何かあるなら、先にうちのお爺ちゃんが動いてますって」
お爺ちゃんが、その事を知らないはずはない。
それでもなお、護衛をつけてその身を守り、南大陸に送り出したわけで……。
まあ、それら家同士の事情も含めて、私もゼラフィーネ殿下改めクリスタさんや、ローレンツ様を困らせる気はないし、騒ぎになって困るのは私も一緒だ。
「じゃあ、お世話になるわね。……いえ、お世話になります、リディお嬢様」
「万事お任せ下さい。……今後ともよろしく、クリスタさん」
クリスタさんとヨハンさんも、この状況でうちのお爺ちゃんを頼っているんだから、含むところはないだろうと思う。
だからこそ私も、落ち着いた気持ちでその手を取る事が出来た。




