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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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挿話その五「クリスタの旅路(下)」

※ 20190113 挿話の上下を同時投稿しています

挿話その五「クリスタの旅路(下)」


 クリスタ達を乗せた馬車はからからと、辺境にしては大きな街道を南に向けて走った。


 寒さは厳しくなってきたがまだ雪には早く、人が過ごすには少々寒いが、馬車は走りやすい季節だ。


 気は急くがしかし、替え馬のない旅では、時折馬を休ませる必要がある。今日と明日は宿場に連泊して骨休めと、当初から予定されていた。 


「クリスタ姉ちゃん、お茶淹れるけど、飲む?」

「……淹れるのはわたしですけどね」


 旅の一行は全員が『オルフの出身』で一族の家長はヨハン、護衛を率いるザムエルが家業に失敗した中年夫婦で、若夫婦は農地が欲しくて移民話に乗り、子供二人は口減らしを兼ねた求職……という設定にも慣れてきた。


 ザムエルからは『大きくなられましたな』と囁かれて驚いたが、大昔、やはりヨハンの指揮の元、クリスタの護衛をしていたことがあるそうだ。


 若夫婦と子供二人には、クリスタの元の身分は伝えていない。ヨハンは東方辺境にある領主家の係累で王都の下級貴族、クリスタはその孫とだけ告げてあった。


「いただくわ」


 驚いたことに、クリストフもグレーテも、本物の護衛であった。


 騎士になりたいと口にするクリストフの剣技は、ヨハンをして将来が楽しみと言わしめたし、グレーテも魔力は並ながら、術式の扱いは既に中級の域に達している。


「どうぞ、クリスタ姉様」

「ありがとう、グレーテ。あなた達も座って。また、『リディ姉ちゃん』のお話が聞きたいわ」


 彼らの幼なじみだという弟の女官の昔話は、滑稽本の一場面であるかのように、王都出立以来緊張続きであったクリスタの心をほぐしてくれていた。


 曰く、突拍子もないことを度々言い出すので、大人でさえ彼女の質問には身構える。


 曰く、幼い頃、魔力を鍛える意味もあって、祖父アロイスは散歩中に領内の道の整備をさせていたが、一度魔力が尽きるまでやらせてみようとしたところ、先に日が暮れてしまった。


 曰く、彼女の作る料理は、作り方も変なら見かけも変なのに、何故か美味しい……。


「ふふ、ますます会ってみたいわね」

「リディ姉ちゃん、家を出る時に成り上がるって言ってたけど、ほんとに女官の試験に合格しちゃったらしいです」

「……今頃は、領地ぐらい貰ってても不思議じゃないですよ」

「あらあら」


 クリスタにとっても、余暇に交わす二人との会話は、旅の慰みにもなっている。


「いえ、あの……」

「どうかしたの、グレーテ?」

「本当に、そんな人なんです。少なくとも、何かやらかしてるに決まってます」

「だよなあ」

「そ、そう……」


 言われてみれば、思い当たる節もある。


 王宮に突然呼びつけ、無茶な話題を振ったにも関わらず、『リディ姉ちゃん』はクリスタが苦心していた魔法製鉄の問題点をその場で見抜き、助言のようなものまで残していった。


 あの時はクリスタにも余裕はなかったが、今度は……多少のんびりと話が出来るだろうか。


 驚かせてしまうことになるだろうが、それは今更だった。




 ▽▽▽




 叔父フェルディナントから狙われれば、弟ローレンツと一緒に潰されかねない可能性を知りつつも、クリスタは当初から向かう先を南大陸と決めていた。




 兄達は頼りにはなるが、ともに覇気が強すぎる上に距離も近すぎて、息が詰まる。大体、あの二人についていくなら、逃亡せずに最初から頼っていただろう。


 バウムガルテンに行けば、見つかった場合取り返しがつかない。シュテルンベルクへの切り札として、いいように使われると想像がついた。


 グロスハイムでも同様だが、彼の国は商人の国、さぞや高値がつけられるに違いない。


 無論、叔父の元へ行くのは本末転倒である。


 ついでに言えば、父王の逝去後、叔父が建国することは既定路線だったが、叔父の公国に組み入れられたゾレンベルグには、意趣返しの仕掛けを施してあった。


 真実を知り、怒り狂っただろう叔父親子を想像するのは楽しいが、間違っても近づきたいとは思わない。




 何処を逃亡先に選んでも一長一短は明確だったが、その点ローレンツの国なら、クリスタは『クリスタ』として、気楽でいられる。


 流れがこちらの予定通りなら、元家臣の幾人かは、レシュフェルトに流れてくるはずだった。


 クリスタも含め、見つかったからと拘束されはしないだろうし、他国に露見した場合は……また、旅立つだけのことだ。


 迷惑を掛けてまで、弟に(すが)る気はなかった。


 弟もしばらくの後には、国王として国を背負う。

 その姉が国難を呼び込むなど、あってはならないのだ。




 ▽▽▽




「お客さん方! 見えてきましたぜ!」

「おお!」

「長かったなあ……」


 東方辺境を旅立って、およそ二ヶ月。


 クリスタはようやくその目的地、レシュフェルトの港を目の前にしていた。


 道中、ほぼ危険はなく、一番警戒したムッシェルハーフェンでの出国手続きも、姿替えの魔法で無事に通り抜けている。


「でも、ほんとにあったかいな。まだ新年月(一月)だろ?」

「南大陸は雪が降らないって、大旦那様が仰ってたわ」

「リディ姉ちゃん、元気かなあ……」

「元気に決まってるわよ。それよりも、また何かやらかしてそうで心配だわ。……周りの人が」


 ……しかし、何が幸いするかは分からないものだ。


 水仕事であかぎれた手が庶民の証となり、元第一王女であるとは疑われもしなかった。


 もっとも、兄達に約束させた通り、第一王女の捜索そのものが行われていなかったようで、ヨハンも家名を隠して平民を装い、やり過ごしている。


 無論、南王国の王たる次兄がゼラフィーネを探し出しても全く得にならないからこその、平穏な旅路であった。


「おーい、何処の船だー!」

「こいつは『クラーニヒ』号、所属はムッシェルハーフェンの『海燕』商会だ! 積み荷はお客さんとその引っ越し荷物、移民らしいぜ!」

「おう、ようこそレシュフェルトへ! 荷役の人手はいるか?」

「大丈夫だ!」


 乗用馬と馬車は既にムッシェルハーフェンで手放していたが、家財道具は全て持ち込んでいた。


 クリストフとグレーテだけでなく、ザムエルらもレシュフェルト王国に移住するつもりだったようで、これからも『一族』として長いつき合いになるだろう。


「グレーテ、手伝って!」

「今いきます、クリスタ姉様!」

「クリストフ、お前は総督府に向かう親父(ヨハン殿)の護衛兼荷物持ちだ。もしお嬢に会えたら、なんとかして引っ張ってこい!」

「了解!」


 弟とも話をしたいが、まだ状況が安全と確認されたわけではない。


 ヨハンには、クリスタが王都を出る際に書いたという体裁の書き付けを預けてあった。




 船からの荷降ろしは船員達にも手伝って貰いながら魔法で手早く終わらせたが、落ち着き先が決まらないと、荷も港から動かしようがない。


 ザムエルとその妻オクタヴィアは情報収集を兼ねて組合の老人とあれこれ話し込み、エッカルトとユールヒェンの若夫婦は皆の昼食を買うべく街へと向かった。


「ヨハンお爺様とクリストフ、遅いですね……」

「多少は話も弾むでしょうから、仕方がないわ」


 軒先を借りている組合は、田舎町とは思えぬほど活気があった。


 奥手に作業場があって、大勢の声が聞こえてくる。


 冬の青空を見上げつつ、私もここで働くのかしらと、クリスタは小さくため息をついた。


 生きるには、お金が必要だ。


 平民として暮らすなら、楽に一生食べていける財産は持ち込んでいたが、働かずに遊んで暮らす若い女など、悪目立ちしてしまうに決まっている。


 同時にその財産は、運悪くクリスタの存在が他国に露見した場合に、雲隠れする為の資金でもあり、簡単には手が付けられなかった。


 魔法研究で稼ぐことも少しは考えたが、旧シュテルンベルクが誇った魔法学、その頂点に近い位置にいたクリスタの作り出す術式は癖も良く知られており、自分の居場所を声高に叫ぶのも同然である。


 では、市井の魔法屋として、魔力を抑え使う術式も初級のみに制限すれば、あるいは……とは思うものの、それもまた、匙加減が分からない。


 田舎では、魔法使いという存在はとても希少なのだと、東方辺境の暮らしで知ったクリスタであった。


「グレーテ! クリスタ姉ちゃん!」

「あ、クリストフ!」


 クリストフの声に、クリスタは答えの出ない思索を打ち切った。


 ヨハンの護衛について行ったはずが、こちらに走ってくるクリストフは一人である。


「グレーテ、ザムエルさんは?」

「組合の中よ。ヨハンお爺様は?」

「まだ話し中。っていうか、大変なんだ!」

「何かあったの!?」


 顔に緊張の見えるクリストフに、グレーテだけでなく、クリスタも身構えた。 


「リディ姉ちゃん、男爵様になってた! 村一つ貰って領主様やってるって!」

「まあ!」

「……やっぱり」


 確かに大事件だし十分驚かされたが、身の安全とは無関係と分かり、肩の力を抜く。


 ザムエルへと報せに行くクリストフの背中を見送ったグレーテは、大きすぎるため息をついて、クリスタを見上げた。


「はあ……。クリスタ姉様」

「なあに?」

「……言った通りでしたでしょう?」

「そ、そうね……」


 弟の女官リヒャルディーネは幼なじみの『期待通り』、ここでも何かやらかしたようである。


 私の落ち着き先は、彼女の領地になるんだろうなと、クリスタは小さく微笑んだ。


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