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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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挿話その四「クリスタの旅路(上)」

※挿話の上下を同時投稿しています

挿話その四「クリスタの旅路(上)」


 その年の秋、クリスタ・フォン・シェーンハウゼンは、『祖父』の故郷だという東方辺境で過ごしていた。


「クリスタ、お爺様にお客様の到着をお知らせしておくれ。アロイス様だと言えば分かるから」

「はい、叔母様」


 元はシュテルンベルク王国第一王女ゼラフィーネ・クリスティン・フォン・ゾレンベルクとして王宮の中枢で生まれ育ち、衣食住の不自由なく育てられたクリスタである。


 祖父の息子の嫁、つまりは叔母にあたる領主夫人に手取り足取り教えられる辺境での暮らしは、驚きと苦労の連続だった。


 炊事に洗濯、掃除に子守。山羊の世話にも、少しは慣れてきている。


 とても領主の家とは思えないほど庶民的な日常に、手はすぐにあかぎれ、髪も日焼けで傷んだ。


 だが、命の危険もなく、多少忙しいだけで気楽に過ごせる今の生活は、悪くない。


 ……この場所が、本当に『祖父』の実家なのかどうかは、些細なことだった。


 父の逝去は行商人の噂話で知ったが、王都では王の長男レーブレヒト、次男マンフレート、そして王弟フェルディナントの三者による政治闘争が本格化している。


 シュテルンベルクは結局、四分割されることになった。


 両王子が即位して王となる南北の王国に加え、王弟は自領を中心に旧王女領ゾレンベルグを含む周辺の数領のみを加えた公国を、そして存在感の薄い第三王子が南大陸の果てに、小さすぎる王国を建国する。


 叔父には共闘するがそれ以外では反目しあう両王子と、諸外国と駆け引きを行いつつ両王子に対抗する叔父という、まことに救いがたい状況だった。


 それに合わせるかのように、バウムガルテンでは王の犯した失策への反発が強まり廟堂は混乱、グロスハイムでは戦乱近しと見て、商人と船の動きが活発になっている。


 東方辺境の果てにさえこれだけの噂話が入ってくるのだから、王都では相当に大きなうねりとなって、人々を翻弄していることだろう。


「お爺様、お客様が参られました。アロイス様と仰るそうです」

「おお、来たか。すまないが茶の用意を頼む」

「はい、すぐに」


 祖父ヨハンは、開いていた冊子を閉じ、クリスタに頷いた。ちらりと見やれば、表紙には『アウグスティヌス・フォン・テュルクによる棋譜研究と新たな定石』と書いてある。


 詰め将棋に挑んでいた祖父の真剣な表情は、かつて第一王女専属侍従であったその姿を思い起こさせた。




 飲む作法ならともかく、茶の用意はまだまだ怪しいが、叔母からどうにか及第点を与えられたクリスタは、茶道具を手に居間へと向かった。


「失礼いたします、お爺様。お茶をお持ちしました」


 客人のアロイスは祖父よりも少々年かさの老人で、泰然とした態度は侍従を辞した後の祖父に、少し似た雰囲気だ。


「ヨハン、お孫さんか?」

「ああ、そんなところだ。クリスタ、挨拶を。こちらはかつて『雷剣』と呼ばれた伝説の傭兵、アロイス殿だ」


 戦場が仕事場の傭兵と、祖父の元の職、王宮侍従には、一見繋がりがないように思えるが、そうではないことをクリスタは知っていた。


 幼い頃、離宮に避難していたクリスタの周囲を守っていた数人は、人相も風体も悪かったが、腕前は騎士に勝るとも劣らず、クリスタの命を守りきっている。


 彼らはヨハンが離宮に引き入れた、傭兵達であった。


 身元と表書きはしっかりしていても、誰とどう繋がっているか知れたものではない貴族出身の近衛騎士より、己の腕っ節と報酬を天秤に掛け、契約が全てと言い切る傭兵の方が信用できる場面も多いのだ。


「やめろ、ヨハン。お前から敬称付きで呼ばれると、背中がかゆくなる。……それに傭兵はもう、とっくに引退してるぞ」

「だが、人脈まで失ったわけではないだろう?」

「……まあな」


 その護衛に目の前の老人が混じっていたかどうかは分からないが、二つ名を持つほどの傭兵は、希だ。ましてや、生き残って引退出来るなど、相当な実力の持ち主であろう。


 クリスタはその話を聞いてみたいと思ったが、仲の良い昔馴染みだと思われる二人に割って入るのも、気が引けた。


 挨拶だけをして部屋を出るのが慎み、よい孫娘というものだ。


「お初にお目にかかります、アロイス様。ヨハンの孫、クリスタ・フォン・シェーンハウゼンと申します」

「こりゃ、ご丁寧に。オルフの前領主、アロイス・フォン・オルフだ」

「……オルフ?」


 その家名には、聞き覚えがあった。


 王都を出る直前に話した弟の女官リヒャルディーネ、彼女の家名だとすぐに思い至る。


 偶然にしては出来過ぎ……というよりも、祖父が引き寄せたのだろう。旧知の仲のようであるし、弟の女官がアロイスの孫であると気付いていたに違いない。


「いえ、失礼を。どこかでお名前をお伺いしたかと、考え込んでしまいました」

「ああ、そりゃあ……」


 アロイスも少し考えている様子で、クリスタとヨハンを見比べていたが……やがて、ヨハンに一つため息を向けた。


「……おい、ヨハン」

「なんだ?」

「今日の話は旅の護衛の仲介と聞いていたが、行き先は……南大陸でいいのか?」

「……何故、そう思う?」


 クリスタは流石に表情が固まったが、祖父は大して動じず、アロイスを見据えた。


「二ヶ月ほど前になるか、お前のお孫さんの『弟さん』と、直接話す機会があってな。……姉弟で口元と鼻筋、そっくりだぞ。もうちょい誤魔化せや」

「……むう」

「ついでにな、弟さんについてった孫娘からの手紙に、『丁寧な執事さん』とやらの案内で、第一王女殿下にお会いしたなんて書いてあったもんだから、俺はむせるほど笑ったぞ」


 伊達に傭兵仕事で食ってたんじゃねえと、アロイスは人の悪そうな笑顔で凄んだ。 


 今はクリスタも、魔法の姿替えなど使ってはいない。あれは一瞬ならとても使い勝手のいい魔法だが、日常で隣人に知られぬよう使い続けるとなると、制御が面倒な上に魔力消費が大きすぎる。


 ……せめてアロイスとオルフ家について、先に一言欲しかったと、クリスタは胡乱な目を祖父に向けた。


「それに、ヨハン。お前は王宮を辞して引退を気取ってるらしいが、この状況……フン、うちの『ご先祖様』に(あやか)ろうってところか?」

「……歴史は繰り返すものだと、この身をもって知った」


 老いた二人は、真剣な目つきで互いを牽制し合った。


 ヨハンとは長い付き合いだが、クリスタでさえ希にしか見たことのない、本気の目だ。


 ……そもそもヨハンの出自は、代々シュテルンベルク王家に仕える侍従や女官の家系である。遡れば旧帝国時代より皇帝家にも同様に仕えていたという裏方の名門で、『家業』として感情を表に出すことはほぼない。


 その迫力にクリスタは息を呑み、同じく鋭い眼光を見せつけるアロイスに、冷や汗が流れた。


 この老人達は、何と戦っているのか。

 クリスタには計り知れない人生の重みや葛藤といったものが、場の空気となって渦を巻いている。


 長い沈黙の後。


 やがてアロイスが、一息入れた。


「フン、世の中ってやつは、随分と面白く出来てるもんだ。……まあいい、護衛についちゃ、四の五の言わず引き受けてやる」

「いいのか?」


 クリスタも、大きく息をついた。


 自らの心音を感じ、知れず額の汗を拭う。


「ああ。丁度、ついでもあるしな」

「む!?」

「お前の心配するような話じゃねえよ。孫娘の幼なじみが、向こうに行きたがってるってだけだ」


 出発は五日後と、その場で決められたが……二人の見せた態度については、聞くことすら躊躇われた。




 ▽▽▽




「護衛のクリストフです!」

「同じく、グレーテと申します。よろしくお願いいたします」


 約束の五日後、二人で一頭の馬に乗ってクリスタの前へと現れた護衛は、どうみても子供だった。


 たぶん、弟の女官の幼なじみだという二人だろう。


 これはどうしたものかと、祖父と顔を見合わせたが、聞けば二人は先触れであった。


 流石に護衛が子供だけという無茶は、仲介を引き受けたアロイスも考えていなかったようで、後から馬車が来ると伝えられ、胸をなで下ろす。


「ヨハン殿、お久しぶりです。今回の護衛のまとめ役は、自分であります」

「ザムエルが来てくれたのか! また頼らせて貰うぞ!」


 しばらくして、言葉通りに馬車の列がやってきた。


 荷馬車二輌に騎馬二頭、合計六人の護衛がクリスタの前に整列する。


 祖父と二人での逃避行に比べれば、頼る相手がいる安心に、クリスタはほっとため息をついた。


 ……ただ、護衛にしては、随分と大荷物を積んでいる。


 引っ越しでもするのかという感じで、箪笥や織機、鍋釜など、家財道具が掛け布の隙間から見え隠れしていた。


 子供二人は移住すると聞いていたから、その荷物だろうか?


「大旦那様……失礼、アロイスより、移民に紛れ南大陸を目指すよう、命令を受けております。船を借りるための紹介状も預かって参りました。但し、先に旅程をヨハン殿と相互に確認し、ヨハン殿が別命を発した場合、そちらに従えとも命ぜられております」


 なるほど、家財道具も必要にして偽装の一部なのだ。


 護衛も四十路男とその妻、若夫婦に加えて先ほどの子供二人で、クリスタ達が混じっても目立たぬように気が配られていた。


「承知した。よろしく頼むぞ、ザムエル。……どちらにしてもアールベルクの先、マルピンゲンまでは一本道だ、道中話そう」

「了解です。おい、お二人の荷物を!」

「はいっ!」


 この旅路は、南部に下ってから海岸沿いを西に――南大陸とは逆方向に旅してムッシェルハーフェンに入り、ようやく海を渡ると聞いていた。


 護衛の仲介を引き受けたアロイスは方々に顔が利くそうで、旧王国内なら船を調達する口利きぐらいは容易いという。


 クリスタとヨハンを目立たせない配慮でもあるのだろう、少々の遠回りで安全が得られるなら、それに越したことはない。


「では、出発!」


 シュテルンベルクが激動した、その年の秋の暮れ。


 クリスタと祖父は、再び旅に出た。


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