第六十三話「やってきた幼なじみ『達』」
第六十三話「やってきた幼なじみ『達』」
「クリストフ、グレーテ!?」
「リディ姉ちゃん!!」
「お嬢様!!」
飛びついてきたグレーテを抱きしめながらも、驚きすぎて、何が何やら……。
馬から下りたクリストフは、また少し、背が伸びていた。
とりあえず、王政府に頼んで借りたというハイマット号を馬房の外に繋ぎ、メルヒオル様やマグダレーナさんにも二人を紹介して、食事を追加する。
「ほう、東方辺境からリヒャルディーネ嬢を追ってきたのか」
「そうなんです、『騎士』メルヒオル!」
……訂正は、帰り道でいいかな。
「リディ姉ちゃん、おかわり頼んでいい?」
「いいけど……あ、マグダレーナさん! この子におかわりと、生リフィッシュ一皿、追加でお願いします!」
「はい、毎度!」
そのうち食べ慣れるだろうけど、早速味わって貰おう。
「生リフィッシュ?」
「南大陸の新名物だよ」
「……お嬢様、またなんかやりましたね?」
「ばれたか。……でもさ、あんた達、どうやってここまで来たの?」
「リディ姉ちゃん、手紙くれただろ? あれ見た大旦那様が、行ってこいって」
「王都で出したやつだよね!?」
先行きがどうなるかも分からなかったし、呼ぶとか来て欲しいとか、書いてなかったと思う。
南大陸に来てから書いた手紙は、次に船が出る時預けるつもりだったから、まだ出していない。
領主の館もベッドは一つきりだし、あんた達の住むとこ、ないんだけど……。
「でも、丁度いいからって、大旦那様が道中の護衛仕事まで用意して下さったんですよ。ザムエルさんご夫婦と、それからエッカルトさんとユールヒェンさんも、レシュフェルトの街に来てます」
「ほんとに!?」
我が家の出自や秘密は横に置いて、うちの村は傭兵仕事で領主に成り上がったお爺ちゃんが仲間と共に作った村なだけあって、『そっち方面』の人材には恵まれている。
戦場にはもう出ないけど、護衛仕事なら、今でもたまに受けることがあった。
ザムエルさんは父さんよりも年上の鹿追組で、グレーテの父にしてオルフ家の執事クルトさんの従兄になる。
詳しいことは知らないけれど、若い頃はもちろん、傭兵仕事に携わっていた人だった。
その奥さんのオクタヴィアさんもうちの村出身で、今じゃ機織り名人として名が通っているけれど、それはそれとして、弓の名手――元傭兵でもある。
エッカルトさんは職人頭フークバルトさんの次男で、ユールヒェンさんはその妻だ。
フークバルトさんに鍛えられていたエッカルトさんはともかく、別の村から嫁いできたユールヒェンさんが護衛仕事を受けて大丈夫なのかはよく分からないけれど、護衛対象が女性だったなら、世話役を付けることもある。……会えたら聞いてみよう。
「それでさ、リディ姉ちゃん」
「なーに?」
「姉ちゃんって、領主様なんだろ? ザムエルさんが、みんなでそっちに引っ越すから、住むとこ何とかして貰えって」
「あー……」
……やっぱり、そう来たか。
幸い、今夜は総督府宿舎の空き部屋を借りられたそうだけど、いつまでもそのままってわけにいかない。
ノイエフレーリヒにまともな空き家はあったかな……。
「はいお待たせ、おかわりと生リフィッシュだよ!」
「ありがとうございます、マグダレーナさん。ほら二人とも、食べてみて」
「……リディ姉ちゃん、なにこれ?」
「こ、これは予想外の見た目です……」
見た目はのっぺりとしてるからね、知らなければ謎の食べ物に見える。
「ぐにゅってしてるけど、結構美味しいよ、これ!」
「お嬢様は、相変わらず見た目は変なのに、美味しい物作ってるんですね」
「変は余計だよ!」
魚の練り蒸しだと伝えれば、二人とも納得した。
「……おや、見ない顔だね?」
「あ、イゾルデさん! 私の幼なじみなんです!」
イゾルデさんに二人を紹介して、東方辺境からやってきたと口にすれば、やはり驚かれていた。
「……三人であの代官所に住むのかい?」
「それが、もう四人いるんでどうしたものかと……」
「あ、ごめんリディ姉ちゃん。もう二人追加で」
「へ?」
「ごめんなさい、お嬢様。一緒に来たヨハンお爺様とクリスタ姉様の住むところも、お願いします」
「……えっと、どちら様?」
二人はうちのお爺ちゃんのお友達とそのお孫さんで、王国の混乱を嫌ってこちらにやってきた元貴族様なのだという。
幸い、貴族向けの気遣いは不要らしい。道中も隊商向けの宿で問題なかったそうだし、ザムエルさん達と同じ程度に暮らせればいいそうだ。
「床に雑魚寝ならともかく、六人はちょっと無理かな。イゾルデさん、すぐに使える空き家って、なかったですよね?」
「ないねえ……」
「リディ姉ちゃん、領主屋敷って、そんなに小さいの?」
「待合い兼用の執務室と寝室しかないよ。元は代官所だし」
「前の領主が使ってた屋敷は、かなり大きかったんだけどねえ」
イゾルデさんが説明してくれたところによれば、村を流れる川の上流にあったその屋敷は、ファルコさん達がやって来た時に総督府の命令で解体して、建材を新しい家々や代官所に流用したそうだ。
「リヒャルディーネ嬢」
「はい、メルヒオル様?」
「宿舎の部屋をしばらく提供するぐらいなら、私の裁量だけでなんとかなる」
「助かります!」
よし、数日は余裕が出来た!
宰相閣下のお言葉なら心強い。
ただ、長期間となると、他の移民者の手前もあるので、半月程度が限度とのことである。
「しかし……そうだな、例えばファルケンディークなら、宿だけでなく貸家もあるし、何よりも、すぐに就ける仕事がある。お勧めだ」
「堤防工事ですね」
「その通り」
堤防工事は規模の大きな日雇い仕事だからこそ、数人が加わり、あるいは抜けても大きな影響はないし、何よりも、お給金が毎日貰える。
ノイエフレーリヒに家が建つまで、ファルケンディークでの生活になりそうだけど、床に雑魚寝して貰うよりはましだろう。
とりあえず、ザムエルさんにこちらの現状を聞いて貰って、すり合わせかな。
よし、今日はもう、帰ることにしよう。
気になって仕方がないし、久しぶりに会えるのも楽しみだ。もちろん、今後の相談だって早い方がいい。
仕事もいつも通りで、屋根裏倉庫の整理だとか、厨房のお手入れだとか……移り住むための準備ばかりで、緊急の案件は一つもなかった。
……帰り道、メルヒオル様が伯爵の位を持つ宰相閣下だと二人に教えたら、めちゃくちゃ怒られた。
▽▽▽
「この調子で、移民が増えてくれるとありがたいな」
「ですねえ」
レシュフェルトに戻って馬を馬房に預けていると、騎士ユスティンが走ってきた。
何やら慌てていらっしゃる。
「宰相閣下、男爵閣下! 陛下がお呼びです!」
「了解した!」
「すぐに行きます! クリストフ、グレーテ、馬をお願い! それから、ザムエルさん達には後で絶対に行くからって!」
「うん、分かった!」
「いってらっしゃいませ!」
後を二人に任せ、騎士ユスティンの先導でローレンツ様の執務室に向かう。
「ユスティン、何か聞いているか?」
「いえ、特には。ですが、陛下と旧知のお客様が、今も執務室にいらっしゃるはずです」
「ほう?」
「今朝の船で到着されたと伺っております」
クリストフ達と同じ船で来たのかな?
ローレンツ様がご存じの方なら、長話にもなるだろう。
あとついでに、貴族である可能性が高い。……気を引き締めておこう。
「失礼いたします! 宰相閣下とフロイデンシュタット男爵閣下をご案内いたしました!」
執務室の扉が中から開けられ、ギルベルタさんが出てきた。
「ご苦労様です、騎士ユスティン。どうぞ、お二方は室内へ」
ローレンツ様のお客様なら最初のご挨拶が肝心だよねえ、なんて思いつつ、メルヒオル様に続いて入室する。
「メルヒオル殿、お久しぶりでございます。過日は急な呼び出しにお応え戴き、ありがとうございました、リヒャルディーネ殿」
少しだけ、いつもより気楽なご様子のローレンツ様の向かいで、第一王女殿下ゼラフィーネ様の専属執事だったヨハン様が微笑んでおられた。




