第五十六話「国家投資債券」
第五十六話「国家投資債券」
甘い物を食べて……もとい、年も変わって気分一新、代官所の作業場建設に本腰を入れることにした。
年初の一大行事である徴税はもう終わってるし、リフィッシュ関連も、大問題なら現地に向かうけど、簡単な質問なら代官所経由のお手紙という形式で返答できる。
「代官様」
「お疲れさまです、ケヴィンさん」
「デトレフももうすぐ来ますよ」
新年早々だけど、注文していた床材の仕上げも終わり、しばらくは修理の仕事もないという船大工のケヴィンさんと、大工さん兼業で漁師もしているデトレフさんが来てくれた。
地下室は煉瓦積みだけでなんとかなりそうというか、日干し煉瓦の事を教えて貰わなければ、掘った土に漆喰を塗って済ませようとしていたけれど、木組みの必要な一階の床や屋根は、最初から大工さんを頼むつもりだった。
「よし、やるか」
「うっす!」
日当四十ペニヒは、南大陸の相場としては少しお高いけれど、専門の知識を持つ技術職ならこれでも安い方だろう。
もちろん、後で揉めては困るので、こっそりとイゾルデさんに確認を取っている。
私の場合、これからも何かと人を雇う可能性が高い。その場限りの契約ではなく、次回のことや他の人に仕事を依頼することも考えておかないと、後で困ることは目に見えていた。
「私も手伝いますから、指示して下さいね」
「頼りにしてますぜ。……特に後ろの、そいつをね」
「はーい」
力仕事に限っては、ゴーレム最高! である。
まずは階段と雨水槽の位置決めだ。
ケヴィンさんによれば、立地まで計算して作る貴族屋敷の地下室のように、きちんと水抜き穴が下水や川に繋がっているなら、雨水槽は必要ないらしい。
でも、このノイエフレーリヒの代官所は、川までの距離こそ近いものの、水抜き穴を作るのに地面を掘り返して川まで繋いだところで、大雨だと逆流が心配になるほどの高低差しかない。
「デトレフさん、随分と手慣れてらっしゃいますね」
「俺っちは元山賊、隠れ家の穴掘りと仕上げなら任せて下せえ!」
「馬鹿、声高に自慢する奴がおるか!」
……まあ、いいけどね。
それはともかく、水の染み出しも心配された。
そこで、ある程度水が入ってしまうことを前提に、雨水槽を作っておくわけだ。
もちろん汲み出しは人力だけど、これ以上ないほどシンプルなシステムなので、管理も修理も容易い。
「砂利はようく踏み固めて下さいや」
「はーい」
川から取ってきた砂利を、ゴーレムの足踏みでぎゅっぎゅと踏み固めたその上に、床となる日干し煉瓦を運び入れる。
並べるのはケヴィンさん達にお任せだ。
継ぎ目に煉瓦の材料とほぼ同じ練り物を塗って煉瓦を並べていくけれど、張った糸で水平を取ってから、雨水槽に向けてわざとゆるい傾斜がつけてある。日本のお風呂の床と似たような感じかな。
「このまま乾燥させますから、今日のところはこんなもんですな」
「ありがとうございました、ケヴィンさん、デトレフさん!」
お二人は暇な時期に仕事が来たって喜んでくれているけれど、ここまで面倒を掛けてしまうなら地下室じゃなくてもよかったかなと、少し反省。
一階部分の床や屋根の材料費込みで、魔法仕事の収入はほとんど消えてしまった。
お金を村の中で回すって意味じゃいいことなんだけど、ちょっとこだわりすぎたかもしれない。
でも、出来上がりも期待以上って感じで、今からわくわくしている。
完成がとても楽しみだった。
「やはり魔法は頼りになりますな」
地下室の建材の乾燥にはしばらくかかるので、その間に一階部分の壁などを作っていく。
私がゴーレムで指示された通りに煉瓦を組み上げ、微調整と隙間を埋める練り物を塗るのはケヴィンさんとデトレフさんという流れ作業だ。
一番の力仕事が疲れ知らずのゴーレム君なので、作業はとてもスムーズに進んだ。
「他の家を建てる時も、魔法仕事をお願いしたいところですな」
「手すきの時なら、是非。でも、明日のように王政府から呼ばれることもありますから、中途半端な仕事で逆にご迷惑をお掛けすることもあるかも……」
「そりゃあ、ええ。本業を投げ出したら、まずいですな」
二日掛かる予定の作業が半日ほどで終わり、そのまま先に、屋根を組んでいく。
作業場の造りは家畜小屋と同じで、壁はむき出しの日干し煉瓦、屋根は板葺きで重石に日干し煉瓦が乗せてある。
「重石がねえと、数年の一度の嵐の時に、屋根が飛ぶんでさ」
こちらもやはり、造りが簡単イコール修理も簡単ということで、土の道と同じく、南大陸のお約束だった。
最近は、馴らされちゃってるけどね。
▽▽▽
徴税締め切り日の翌日は、代官所をお休みするよう指示されていた。
事務仕事をする大部屋の方は忙しい様子だったけど、税の種類が人頭税のみっていう今の状況は、文官修行中の騎士様達には丁度いいらしい。ふふ、頑張って下さいませ。
「失礼致します、ノイエフレーリヒ代官リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット、参りました」
「掛けてくれ」
宰相執務室には、メルヒオル様とアリーセが待ち構えていた。
個別に大事なお話があると前もって聞かされていたから、それほど驚きはない。……ついで中身もね。
促されるまま、ソファに座って向かい合う。
「決めてくれたかね、リヒャルディーネ嬢?」
「はい。全額で大丈夫です」
「すまない。アリーセ、頼む」
「畏まりました」
アリーセがさらさらと作り置きの書類に数字を書き入れ、更にメルヒオル様がサインを入れた。
「確認を」
「はい」
レシュフェルト王国勲爵士家当主、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット。
女官職三等官(旧)、魔法技術三ッ星相当。
ノイエフレーリヒ代官、王政府直属漁業加工品専任担当者兼務。
本年度俸給総額、六十二グルデン。
王国歴一年度の俸給全額を、レシュフェルト王国王政府国家投資債券(別紙参照)による支給に同意する。
国家投資事業総責任者、レシュフェルト王位継承予定者たるローレンツ・フォン・レシュフェルトが代理人、レシュフェルト王国国家宰相メルヒオル・シュテフェン・フォン・テーグリヒスベック。
見届け人、アリーセ・フォン・ヴォルフェンビュッテル。
……難しいことがそれらしく書いてあるけれど、要するに給料の遅配同意書である。
対象はもちろん王政府関係者の全員で、流石に前もって根回しされていた。
暮らしぶりや貯蓄に応じて、全額、五割、三割、一割などと話し合いをすることになっていたけれど、私の場合は副業も好調だし、手持ちも多少ならある。
ついでに、食事と寝床は王国持ちで、当面の生活には支障がない。
前世だったら猛抗議してただろうなあと、小さくため息を飲み込み、サインする。
メルヒオル様曰く、国が債券を発行することは、割によくあるそうだ。
……特に、緊急を要する戦費の調達で、額面も利子も大きなものが出されることが多いらしい。
乱発は出来ないけれど、一時しのぎには効果的なのだという。
償還の期限は一年で、僅かながらも利子があり、額面一グルデンあたり一グロッシェン、約一・六パーセントとされていた。
貸金業者から借りると大概は一割以上なので、それに比べれば本当に僅かだけど、お詫びの意味も入っているそうで、私からは何も言えない。
「他の皆さんは、どんな感じですか?」
「家族のいる者でも、進んで三割を選んでくれている。当初考えていたよりも協力的……いや、この経済的国難については、こちらに残ると決めた時点で、皆覚悟していたようだ。無論、騎士達もな」
「少しだけ、予定よりも予算が浮かせられるかもしれないわ。本当に申し訳ないけれど」
ついでに……私の年俸六十二グルデンは、総督府が受け取っていた本国の開発援助が打ち切られた現在、レシュフェルト王国の『国家予算の一パーセント』に相当する。
あるいは、ノイエフレーリヒの漁師さん六人分で、どちらにしても、相当な高給取りになった。
でもねえ……。
ノイエフレーリヒ代官は、本来の仕事がほとんどない上に、副業まで認められていて、一体何の為のお給金なのかなあと思わなくもない。前任代官殿も、日がな一日詰め将棋をしてたそうだし。
但し、代官の一番大事なお仕事は……身も蓋もない言い方になるけど、暴動や叛乱を誘発せずに規定通りの税金を徴収することなので、副業三昧の私にも、今のところは及第点がついているはずだった。




