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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第五十五話「年末年始」

第五十五話「年末年始」


 リフィッシュの指導でノイエフレーリヒを留守にした翌々日の、大晦日。


「ノイエフレーリヒ村の人頭税、二百六人分の百と三グルデン、確かにお預かりしました」

「はいよ」

「やれやれだぜ……」


 イゾルデさんとファルコさんの手により、貸し出していた備品の銭枡(ぜにます)と一緒に、小銭含みの税金が持ち込まれた。


 年に一度の徴税の日は六日後の年明け六日になっていたけれど、リフィッシュの指導に問題があれば、私の不在がかなりの確率で起きる。その予想の元、メルヒオル様やイゾルデさんと相談の上、この日に前倒しして貰っていた。


 普通は少しでも奥にずらすところが、こんな離れ業が出来たのは、イゾルデさんが村の帳簿を預かっていて、全員分の人頭税を積み立てているからだ。


 現金はファルコさんら村の顔役数人で分割して預かり、必要に応じて引き出す決まりになっていた。


 ちなみに預かったお金を使い込むようなことは、イゾルデさんの鋭い眼光とファルコさんの腕っ節のお陰で、あり得ないらしい。


 ついでにノイエフレーリヒじゃ、それぞれの収入がお互いに知れ渡ってるからね、ミレ酒のおかわりや食事の大盛りが続くと、即座にばれるんだそうで……。


「気が重いぜ。……毎年のことだがよ」

「これもまた、生きるってことさね」

「うちの実家も、貢納金には頭を痛めてました」


 私は一家族ごとに残す納税証書のチェック、ファルコさんは空になった袋を畳み、イゾルデさんは銭桝を磨いていた。


 銭枡はコインカウンターのご先祖様で、一々並べて数えなくてもいいようになっている『文明の利器』だ。


 見かけは小さな仕切りがついた四角い木のお皿で、上にコインをじゃらっと置いて揺すると、升目一つにコイン一枚が入り込み、全部に一枚ずつ入ると丁度五十枚になった。


 それを使っても、数えるのに丸々一刻掛かったけど、幸いにして過不足もなく、私もイゾルデさんもほっと胸をなで下ろしている。


「でも、税をまとめてくださってありがとうございます、イゾルデさん。すっごく助かりました」

「……そろそろ誰かに代わって欲しいところなんだがね」

「誰かって、誰がいるよ?」

「誰でもいいさ。あたしより若けりゃね」


 イゾルデさんはかなりのお年であるからして、仰ることもごもっともなんだけど、教えようにも大人はその日の暮らしに懸命で、少ない子供も親を手伝ううちに仕事を継ぐって方向になっている。


 もちろん、これまでのノイエフレーリヒじゃ、次世代の教育にまで気を配る余裕がなかった。


『代官殿、おられますか? ルイトポルトです』

『エミールです』

「はーい!」


 衛兵隊長のルイトポルトさんと騎士エミールは、私のお迎えだ。


 ノイエフレーリヒに限って言えば、金額も極端じゃないけれど、税金の移動には規則で必ず護衛がつくことになっていた。


 私一人でも……まあ、魔法を使わず運べる『重さ』なので、護衛も二人と少ない。


 でも、たとえばファルケンディークなら単純に考えてこの二十倍、荷馬車も用意されていた。


「隊長さん、騎士エミール、お願いします」

「封緘済み現金袋一点、徴税書類一式、確かにお預かりいたしました!」


 大金は、物理的に重いのだ。小銭含みだと、もちろん更に重くなる。……無い物ねだりだけど、本気で紙のお札が欲しい。


 国や大商人同士の取引だと、ほぼ貿易専用の大きな金貨や銀貨が使われるけど、もちろん嵩張る上に重くなった。


 あるいは送金業に近い銀行業を営む商人もいて、立ち会った公証人の署名まで入った預かり証書が、お金の代わりに動かされる。


 書類一枚で支払いが済ませられる利便性と大きな手数料、護衛の費用や輸送の手間などを勘案して、使い分けるそうだ。


 但し、この南大陸に於いては、今のところ、護衛はあまり必要ないかもしれない。

 本当に辺境の一番端っこで、逃げ場がないからね。


 奪うだけなら簡単だけど、それこそ外洋船を用意して、規模の大きな海賊仕事同様の段取りを組まないと、奪ったお金を持ち逃げできないのだ。ここいらじゃ、余所者はものすごく目立つ上、使う場所すら探すのに苦労するだろう。


『暴風のハンス』が抑止力になるかどうかは横に置いて、そんな苦労と手間を掛けるぐらいなら、もっと中央に近い場所で商船でも襲った方が、ずっと儲かるし逃げやすい。……と、暴風のハンスこと、リンデルマン閣下ご本人が仰ってた。


『代官様ー!』

「はーい、どーぞー!」


 この声は、リフィッシュを任されたヘロルドさんだ。


 製造は今日からだし、分からないことがあれば、気軽に聞きに来て欲しいと伝えてある。


「練り蒸しの試作品、出来ま……っと、ルイトポルトの旦那!?」

「おう、久しぶりだな、ヘロルド」

「ああ、徴税の日でやしたか。婆ちゃんに預けっぱなしで忘れてたぜ」

「お気楽だねえ、あんたは……」

「っと、それはともかく、とりあえず、味を見て下さいや」

「……誤魔化したね?」


 お願いしますとお皿を差し出されたので、干す前の蒲鉾もどきを一切れ、それぞれ口にする。


 うん、ちょっと()が多いけど、味は問題ない。


「味はいいですよ。しっかり練られているから食感もいいし、このままで大丈夫です」

「おお!」

「但し、()がたくさん入りすぎてますね。削るときに困るかもしれません。えっと……そうですね、蒸す前のぺたぺたはしっかり、とんとんは優しく、でお願いします」

「うっす、頑張ります!」


 蒸す前、型に盛る時に空気を抜く作業をしっかり目にして下さいねと、身振り手振りで説明する。


 とは言っても、三日間の研修でこの味が出せるヘロルドさん、作業自体は覚えてくれてるから、私の言いたいことは伝わった。


「俺は干したやつより、こっちの方が好きだなあ」

「あたしも、そうだねえ」

「干さなくても一日ぐらいは保ちますから、『南の風』亭で肴として出すのもいいかもしれませんね」

「チーズや干物ばっかりじゃ飽きるからな。ヘロルド、頼んでいいか?」

「へい。『南の風』亭にゃ、声を掛けておきやす」


 さて、これで今年の代官仕事は終わり……のはず。


 工事中の地下室付き作業場は通常業務とほぼ無関係だし、布告を出して工事した道や井戸も、昨日見回って問題ないと確認していた。


「イゾルデさんもファルコさんも、お疲れさまでした。来年もよろしくお願いします」

「来年はいい年になってくれるといいねえ」

「まったくだぜ。じゃあな」

「はいよ」

「気ぃつけてな。……腰」

「余計なお世話じゃ!」


 村人のお二人を見送り、贅沢を言えば、醤油とワサビが欲しいなあ、なんて余計なことを考えつつ、帰り支度を済ませて代官所に鍵を掛ける。


「じゃあ、帰りましょうか」

「はっ!」


 あんまり新年を迎えるって気がしないけど、これは仕方がない。


 一日だけは休むけど、皆さんほぼ平常営業である。


 収穫祭の方ずっと盛り上がるし、冬はそもそも、耐える季節なのだ。




 ▽▽▽




 明けて正月一日、旧シュテルンベルク王国歴一四四年にして、後にレシュフェルト王国歴一年。


「今年がよい一年でありますように」

「幸多き年でありますように」


 丸一日お休みを貰ったけれど、久しぶりに部屋の大掃除をして、昼に少しお馬さんの世話を手伝い、先日書きかけていた実家への手紙を仕上げると、もうすることが終わってしまった。


 新年の行事としては、教会でのお祈りがある。でも、熱心な人以外はあんまり行かないらしい。

 うちの実家も村に教会はなかったし、南大陸じゃ特に影響力が小さいしで、正直なところ、教会のことはよく分からない私である。


 国や人々が忙しくなるのは、六日の徴税締め切り日の前後だ。


 人口比と同時に経営状態も特殊にならざるを得なかったノイエフレーリヒはともかく、多くの領地では、一家の主が各々領主の館や村長宅、代官所などに赴いて税を納める。


 管轄の村に百家族が住んでいれば、百人の納税者に応対しなければいけないわけで、この時期の徴税担当者や代官は大変だ。


 その集計をする王政府も大変だろうけど、今は人頭税のみで話が済むからまだましなはず。多少はメルヒオル様やアリーセも楽が出来る……かな?


 休みの日に休むことも大事かなあと、行儀悪くベッドに寝ころんで今年の抱負などを考えていると、そのアリーセが午後のお茶を誘いに来てくれた。


「ここのところ、忙しかったものね」

「ほんとに、そうだよね」


 私は代官所で彼女は王政府と、最近は朝夕にしか会わないので、私もお喋りには飢えている。


 今日は食堂じゃなくてこっちよと誘われた彼女の部屋には、ギルベルタさんもいた。


 なんと、甘い焼き菓子付きで!


「干した果物なら手に入るとリンデルマン夫人からお伺いして、先日の便で取り寄せたんです。ローレンツ様にお味をお確かめいただく前の試作品ですから、お二人からもご意見を戴ければ、と」

「もちろん、喜んで!」

「お砂糖も買い入れたいけれど、今はまだ、無理よね」

「高いよね、お砂糖……」

「サトウキビはグロスハイムの砂糖ギルドが独占していて、生産も精糖も、ものすごく厳重に管理されてるのよ」

「そうなんだ……」


 木の菓子皿の上には、基本の干し果物入りビスケットの他に、すりつぶした干しぶどうをジャムに見立てたスコーン風のもの、粒のまま煎ったミレを使って粟おこしのような食感に仕立てたものなど、工夫に富んだ菓子が並んでいた。


「ほんとにすごいですよ。今度教えて下さい!」

「ええ、お時間があれば、是非」

「材料だって、こちらでは集めるのも大変でしょうに、これだけのものを仕上げるのだから、ギルベルタは本当に凄いわね……」

「こちらの山羊のミルクやバターは、王都ハインスベルク近郊のものよりも味が薄く、そこは少し苦労しましたわ。工夫は楽しいのですが、つい力も入ってしまいます」


 お菓子作りが職業上の特技に入るのかどうかはともかく、ギルベルタさんって、何でも出来る人っぽいと、ついつい思ってしまう。


 お屠蘇もお餅もなく、私自身もお正月って気分にはほど遠いけれど。


 その日は夕食前まで三人でお喋りをして、試作品のお菓子を――久々の甘味を楽しんだ。


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