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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第五十三話「昔語り」

第五十三話「昔語り」


 その日はイゾルデお婆ちゃんのところにメルヒオル様を預け、静かに視察を終えた私達である。


「大叔母は、私が産まれる前に家を出まして……」


 帰り道、一言詫びたメルヒオル様が、ぽつぽつとみんなに事情を語ってくれた。


 イゾルデさんはメルヒオル様の祖母ルーツィンデ様の妹で、当時、遣り手で金回りもいいと評判だった某男爵に嫁がれたんだけど、それが不運の始まりだった。


 その男爵、遣り手であることは間違いなかったんだけど、金回りの良さの正体が悪事なら、大問題である。


「詳細は実に不快であり、省きますが……領内に山賊を囲い、近隣の他領や隊商を荒らしておりました。……大叔母が嫁いだ事で人の流れに変化が出来て、露見したのです」


 館の女主人となる夫人が新たにやって来れば、お外との手紙のやり取りも増えるし、商人だって扱う品を考えて変化をつける。


 山賊に襲われながらも運良く生き残った商人が隣領の領主に証言し、助けを求めた。


 もちろんすぐに、近隣諸侯の軍隊が集合している。……山賊には頭を痛めていたし、(はらわた)だって煮えくり返っていただろう。ついでに領主自らが他領で不法行為を行わせていたなら、『自領の安全を確保する為』に堂々と軍隊を差し向けられる。


 示し合わせた諸侯軍はあっと言う間に男爵領を制圧、イゾルデお婆ちゃんの新婚生活は、たったの一ヶ月で終わってしまった。


「嫁ぎ先の男爵家はお取り潰しになりましたが、悪事に無関係だった大叔母も、最低最悪の評判を免れ得ぬ状況でありました」


 実家に迷惑は掛けられないと、イゾルデお婆ちゃんは離縁をする旨を家に告げた。


 貴族が貴族でなくなることは、身分制度のあるこの国じゃ、とても重い意味を持つ。


 姉のルーツィンデ様も、兄である当時のテーグリヒスベック男爵も、甥っ子で後にメルヒオル様の父となるグレゴール様も、揃って大反対したけれど、イゾルデお婆ちゃんは一度だけ顔を出してお別れの挨拶をすると、そのまま行方知れずになってしまったそうだ。


「大叔母が離縁を申し出てくれたお陰で、テーグリヒスベック家は連座に付き合わされることもなく、生き残りました。……ああ、あ奴らは連座と称しておりましたが、関係のありそうな貴族家を巻き込んで潰せば、運良くおこぼれに預かれるだろうという下衆の発想。付き合ってやる義理はありませぬ」


 その後、テーグリヒスベック家は多少羽振りが悪くなったものの、現在も代々受け継いだ領地と共に存続していた。


 メルヒオル様は分家当主グレゴール様の長男で、ご実家はテーグリヒスベック家の名乗りを許された勲爵士家になるという。


 王都に出てきたのは仕官する為だったけど、文官登用試験に合格して商務府に採用されたものの、能力は十分ながら、そのお堅い性格と女性にもてる外見が災いし、上司の逆恨みを買って閑職に回されたあげく、誰も名乗りを上げなかった後ろ盾のない第三王子の補佐役に抜擢され……。


「お陰でローレンツ殿下の知遇を得ることになったのですから、何が幸いするのか分かりませんな」


 人に歴史あり。


 涼しげに何でもこなしてらっしゃるように見えるメルヒオル様も、見えないところで苦労しておられたんだなあと、改めて考え込んでしまったよ。




 私は、どうなんだろう?


 こちらに生まれ変わってからは、家族から愛され、悪意にさらされることもなく、子供の姿に甘えて気楽にやってきたわけで。


 そりゃ……国の行く末とか、ローレンツ様のこととか、心配事はある。

 俸給も、未だにお支払いがない。


 でも、与えられた代官のお仕事も楽しいし、魔法の副業だけでも食べて行けそうで、当面は懐の心配をしなくてよくなっている。


 でも、それだけでいいってわけでもないと、気付いてもいた。




 メルヒオル様の昔語りを聞いた翌日、いつものように代官所で日干し煉瓦作りに精を出していると、イゾルデお婆ちゃんがお茶に誘ってくれた。


「あの子から、聞いたかい?」

「えっと……少しだけ、です」

「いいよ、気になってるだろうから、あたしのことも、少し話しておくかねえ……」


 年寄りの長話だから真に受けるんじゃないよと、前置きされたけど、イゾルデさんのその後は、私も気になっていた。


「実家に別れを告げた後は、仕事を探しながら町を渡り歩いたねえ。子守り女に洗濯女、女給に針子……魔法は使えなかったけど、読み書きは出来たし、商家の下働きぐらいはあるだろうって高を括ってたのに見込みが甘かったよ」


 苦労の割に、実入りが少なく。


 その後、都会の方が給金も高いし仕事も多いだろうと、イゾルデさんは王都に向かったそうだ。


「王都は確かに都会だったさね。そこそこ大きな隊商を持つ商家に雇われたんだけど……これが見事に大外れ!」

「大外れ?」

「しばらくは真面目にやってたんだが、主人がね、どうせなら愛人にならないかって。そんな気分でもないから断ったけど、もちろん、仕事も辞めざるを得なくなったよ。……で、新しい仕事でも探そうかって時に、移民の募集を見つけちまってね。色々と嫌気が差してたし、新天地でやり直すのも悪くない、ってさ」


 他の移民者と共にイゾルデさんが南大陸新領土管区に来たのは四半世紀ほど前のことで、旧ヴィルマースドルフでさえ、総督府が建設中の頃だった。


「移民は大抵食い詰めで、最初は総督府や領主に雇われて日銭を稼ぐ。男なら村の建設や木の切り出し、女衆なら飯炊きに針子に洗濯に、って具合さ。まあ、みんながみんな同じ暮らしぶりなら、文句はないさね」


 イゾルデさんは移動の途中で仲良くなった数人と一緒に、移民先にノイエフレーリヒ領を選び、働き通した。


 理由は簡単で、旧ヴィルマースドルフは都会の空気が――北大陸の空気がどこか残っていて、なんとなく嫌だったからだという。


「……その頃にゃ、もうこっちだっていい年だ、世の中の酸いも甘いも分かってくる。あたしゃ読み書きの出来ない振りして、人の群れに混じったよ」

「え?」

「こっちじゃ貴重すぎて、知られたらどんな仕事に縛り付けられるか、分かったもんじゃなかったからね。給金は増えてもどうせ銅貨の一枚や二枚、煩わしさは一グルデン貰ったって割に合わないよ」

「あー、なんとなく分かります」


 大学生の時のバイト先で、パソコンが使えますと口にしたばっかりに、時給が二十円増えてたくさん残業させられていた男の子がいたのを思い出す。時給制だったから、損はないんだろうけど、あれは可哀想すぎた。


 上役に尋ねられたからって、出来る技能の全てを口にする必要はないって、その時に学んだよ。


 でも、それとは別に、持てる力の限界まで頑張りたい時もあった。


 就職して数年、店長に指名された時だ。


 雇われながらも自分の任されたお店である。楽しくないはずがない。


 身体が勝手に頑張るし、笑顔だって自然に出てしまう。


 ……ただ、それを部下の子やアルバイトの子に強要しちゃ駄目っていうのも、しっかりと身についたけどね。


「私が来た頃のノイエフレーリヒは、他の領地と比べて悪すぎるってこともなかったけど、もちろん良くはなかった。……特に、領主が大馬鹿なら取り巻きまで似たような馬鹿ばかりで、これはどうしたものかって、本気で頭を抱えたよ」


 よっぽど甘やかされて生きてきたんだろうねえと、イゾルデさんはこれ見よがしに大仰なため息をついた。


 特に領主は、我は開拓領主にしてノイエフレーリヒ家の初代と、とても、すごく、たくさん張り切っていて、何かと賦役は課すし、大したことのない用でも村人全員を集めるという悪癖さえ持っていたという。


「もちろん見栄っ張りでね、他領の自慢話を真に受けて、よく確かめもせず漁船を注文したり、石橋を作らせたりしてたよ」


 流石に領民の間にも、鬱屈が溜まっていく。 


 暴発とまでは行かなくても、愚痴の声を聞かない日はなくなった。


「そんな折、総督が交代するという話を聞きつけたのさ。これを逃す手はない。新しい総督が来るってことは、こっちじゃ滅多にこない外洋船が来るってことだからね」


 当時はまだ、フラウエンロープ号のような総督府の専用外洋船はなく、人口も少なかったから定期便も半年に一回だった。


「どうにも不漁。どうにも不作。小川の流れも悪い。山羊が仔を産まない……」


 イゾルデさんは一計を案じ、村人を巻き込むことにした。


 領主の悪い噂なんて流したら、露見した時に言い訳が出来ないけど、不漁や不作の心配をするという体で、干物の卸しや麦の買い付けで旧ヴィルマースドルフに出入りするたびに、愚痴を言ってまわったそうだ。


「当の領主にも訴え出たよ。あたし達はいつものように、誠心誠意、真面目に働いておりますが、不漁の原因が分かりません。ですが、もしかして、他の領地は豊漁だったりしませんか、ってね」

「うわ……」


 実際には平年並みで漁獲量は変わらなくても、比較の対象を本国にしてやれば、たちまちそれは不漁不作に早変わりした。嘘はついてないけど、数字の錯覚ってやつだ。


 しかし、当たり前ながら、他の領地は平年並みである。……特別の前置きがなければ、普通は自領の前年度とくらべるものだからね。  


 何故我が領地だけが不漁不作なのかと、領主は公の場でついに暴発、総督から謹慎を言い渡される事態になった。


「ま、それまでにも軋轢やらで見栄やらで、領主の評判が悪いのはようく知ってたさ。で、これが決め手の大恥になった。他の領主衆からも相手にされなくなって、居辛いどころじゃなくなったんだろうね、領地を放棄して、取り巻きともども総督と一緒に帰ってくれたよ。……ああ、安心おし。この話は当時の新総督にも伝えたし、この辺りの者なら誰でも知ってるよ」


 新たにやってきた総督は、老齢ながら元は都市代官を任されていた人物で、非常に経験豊かだった。


 状況を知ると、放棄地となってしまったノイエフレーリヒ領を旧ヴィルマースドルフに吸収、すぐに代官を派遣した。


 イゾルデさんは幾度か総督に呼びつけられて事情聴取を受けたけど、表だったお咎めはなく、以後は税も下がり、ほんの少しだけ暮らしが楽になったそうだ。


「多少、釘は刺されたけどね。……その後、人を増やすからなんて通達があって、しばらくしてやって来たのがファルコとそのお仲間だったのさ。元は海賊で、お頭共々縛り首か、鉱山送りかって瀬戸際で、罪と引き替えに新領土まで連れてこられた連中だった。……最初は随分と荒れてたねえ」


 そのファルコさん、早速腕っ節に物を言わせてノイエフレーリヒを我が物にしようとしたけれど、どうにも太刀打ちできない相手が居た。


 当のイゾルデさんだ。


「その頃には、あたしが村の財務一切を仕切ってたからね。あんまりわがままばっかり言うもんだから、食料の分配を頭数から働きぶりに切り替えてやったんだよ」


 ついでにノイエフレーリヒがどれだけ瀬戸際に立たされているのか、懇々と理詰めで説教して、真面目に働けと突き放したそうだ。


「まあ、そのぐらいで言うこと聞くはずなかったけど、あの馬鹿が本気で心を入れ替えたのは、よろず屋のコルネールのとこに子が生まれたあたりかね。あの(つら)で子供好きってんだから、世の中は不思議に満ちてるよ、ほんとに」


 その後も順風満帆とは行かなかったけれど、時に領民総出で移民者の新居を建て、時には代官に訴え出て麦の値段を下げて貰い……。


「どうにかこうにか、二十年で暮らしぶりは安定してきたけど、貧しさからは抜け出せなかったねえ。でもね」


 ふうとため息をついて、イゾルデさんは私を見た。


「呼び水の一つでもあれば、もう少しましな暮らしが出来るようになるかね、なんてため息ついてたところに、フロイデンシュタットって名の代官がやって来たのさ。リフィッシュなんていう、面白そうなものをぶら下げてね」


 そんな大魚、逃がすわけないさねと、笑い飛ばされる。


「……流石に又甥(またおい)までぶら下げてるとは思わなかったけどね」

「あっはっは」

「これ以上の不意打ちは、本気でなしにしておくれよ」


 ほら、年寄りの昔語りは長かっただろうと、代官所に送り返される。


 午後のお茶が終わる時間で、仕事の再開にも丁度いい。


「フラウエンロープ号がそろそろ戻るし、リフィッシュ指導の準備もしなくちゃいけなかったっけ……」


 私はイゾルデさんの昔語りを心の片隅に置いてあれこれと思いを巡らせつつ、日干し煉瓦の材料をこね回した。



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