第五十一話「代官会議」
第五十一話「代官会議」
「あ、そっか。こちらでは、雨期があるんですね……」
井戸水を飲ませた山羊の様子は数日掛けて様子を見るとして、村内の道路工事を終わらせると、橋周辺の工事に取り掛かかることにした。
「冬の終わりにほんのしばらく、ですけどね」
「漁は続けますが、干物作りは休みます」
ここは私の知るオルフや日本の気候はまったく違い、熱帯ってほどでもないけれど、冬でも暖かい。
本国の暦に合わせて春夏秋冬、とは口にするものの、雪降月――二月にまとまった雨が降った後はじわじわと暑くなり、八、九月をピークに今度は徐々に気温が下がるのだという。
じゃあ、乾期が長くて水不足が心配なのかというと、そうでもなかった。年を通じて雨は降るし、川が枯れることもない。
但し、夏は数年に一回大嵐があるそうで、この時ばかりは漁もお休みだ。
「でも、川上はよく降るみたいで、川が溢れそうになるんですよ」
「山がありますもんね。じゃあ、無理に工事しない方がよさそう」
奥さん方や漁師さんの他、こちらでの暮らしが長い衛兵隊長のルイトポルトさんからもお話を聞いて、大雨で流されることを前提に、簡単な階段と洗い場だけを整備することにした。
洗い場はゴーレムによる踏み固めのみで、土の道と同じく、比較的復旧が簡単だ。
こちらは半日掛からず仕上げたけれど、階段は今後のことも考え、イゾルデさんやファルコさんとも相談の結果、なんと、日干し煉瓦を使うことになった。
村で一番詳しいという炭焼き職人のジーモンさんが、お昼ご飯を『南の風』亭に食べに来たところをつかまえ、早速聞いてみる。
「しち面倒くせえが、そんな難しくはねえです」
「よろしくお願いします!」
食後、鍬や型枠も貸して貰えるというので、村の倉庫に向かう。
道具は重そうだけど、魔法があるから大丈夫だ。
「貝殻は漁師小屋の向こうに捨て場がありますんで、へい。んで、焼いてから砕くんです。粉々に」
この日干し煉瓦、何がいいって、村の中で手に入る材料で作れて、費用もお安く、私がすぐに習得してしまえるという、ある意味最高の技術だった。
雨が少なすぎるって事もないこの地方じゃ、耐久性に少し難があるけれど、家畜小屋の壁はこの日干し煉瓦が使われている。家屋の方はもうちょっと手が込んでいて、日干し煉瓦の外側に石積みをして漆喰で隙間を埋めていた。
「干したミレの茎、貝殻を焼く薪、粘土は炭焼き小屋の向こう側、っと……」
じゃじゃーん!
リヒャルディーネは、日干し煉瓦の技術を手に入れた!
作業場にしたいと思っていた地下室は、これを使えば作れそうだとわくわくしながら、準備に取り掛かる。
少し考えてから、代官所の庭の大穴には、『危険! 工事中!』の立て札を立てておく。
代官所の物置には、高札用の立て札が二十数本も保管されていて、新たに用意する必要はなかった。
……張りっぱなしになっていた昔の布告を見ると、道が崩れて通行止め、迂回路なしと書かれている。
なるほど、仕事柄、本数が必要なんだと分かった。
日干し煉瓦の準備は、貝殻を焼く為の燃料確保が、一番大変だった。
村周辺の灌木や、炭焼き小屋周辺の木々を使うと、村の人が困る。
結局、メルヒオル様に許可を貰って、川の上流をレシュフェルト領外まで魔法で飛び、そこそこ大きな木を五本ほど伐って、ゴーレムで持ち帰ってきたんだけど……。
「代官様、その木、是非売ってくだせえ!」
「へ……?」
持ち帰った木を一目見た船大工のケヴィンさんが、思いっ切り食いついてしまった。
もちろん、漁船の整備はとても大事だ。
この村の経済の根幹である漁師さんの安全に、そのまま直結するもんね。
現物はすぐに渡したけれど、魔法仕事の相場が分からないので、代金は総督府と相談して後日ということになっている。
ついでにもう一つ。
「いやいや、そこまでして貰っちゃ、申し訳ないですって、代官様」
「こっちに移り住む前、故郷で時々修繕はしてたもんで、大丈夫っすよ」
新しく掘った井戸の水は、五日間山羊に飲ませてみたけれど、問題がなかったのでゴーサインを出している。
ただ……井戸の石積みは、マルセルさんとそのお仲間が、引き受けて下さった。
お仕事を増やしてしまったようで申し訳ないけど、井戸掘り職人を呼ぶなら、雇い賃以外にも多額の旅費がかかる。それに比べればただ同然、なんということはないらしい。
「じゃあ、申し訳ないですが、井戸のことはマルセルさんにお願いします」
「はい、もちろん」
「あ、通りの高札にも張り出してありますけど、明日は会議があるので、代官所はお休みになります」
「そりゃあ、お疲れさまですな」
ここ数日は、宣言通りに工事ばっかりしてたけど、代官本来のお仕事も、たまにはあるのだ。
▽▽▽
さて、その会議だけど、議題は『王国各領の現況についての報告』と題されていて、総督府の小会議室には、四人の代官、それに文官見習いの騎士様達が呼ばれていた。
お茶を淹れるのは私のお仕事かなと、断りを入れて小厨房に向かい、時間短縮優先、魔法でお湯を沸かしてさっと戻る。
「お待たせいたしました」
「うむ、申し訳ない」
会議の主催はメルヒオル様で、領主のお二人は呼ばれていなかった。
どうしてかと言えば、領主は領主本人が領地の権利者で、自由な開発を最初から許されていて、国に対する報告の義務はない。
それに対して代官は、許可は出ているとしても、あくまで代理人であり、王政府から監督される立場にあった。
「あれ!? 騎士アーベル、奥様はお連れになられなかったのですか?」
「アンネマリーが実質的な代官であるのは宰相閣下もご存じですが、副業というか……アリーセ様のお薦めもあって、私塾を始めましてね」
騎士アーベルのご夫婦が任されている東のザウケル村は人口三百人ほど、村としては大きい方だし、何より、男女比がまともで夫婦者もその子供も多かった。
「……まあ、年長の子はともかく、ほとんど子守りと変わらないもんで、半日預かりで一ペニヒ、おやつを出すともう赤字って具合です」
「えっと、お疲れさまです……」
お茶を配り終えると雑談タイムが終了、すぐに会議が始まった。
「さて、代官人事の発令より七日、忙しい中集まって貰ったわけだが、貴官らも担当地域の現況を把握した頃だと思う。互いの報告をよく聞いて、担当地域の今後を見定めていただきたい。騎士諸君らは、中央政府の官僚としての立場で報告を聞き、場合によっては意見を述べて貰う」
官僚未経験の素人代官が二人ほど含まれているけど、容赦はない。
それだけ重要な仕事なのだと、暗に示されているわけである。
集められた騎士様達は、研修中ってところかな。
同時に、官吏として関わっていく王国各地の地理や特徴を学ぶ機会であり、将来、領主に指名された時の準備でもあった。
「では、ファルケンディーク代官、リンデルマン男爵よりお願いする」
「了解であります」
指名された順に、各代官が現状を報告する。
私の順番は最後で、これは担当領地の格付け順でもあった。
ファルケンディークの街は、元総督のリンデルマン男爵に一任されていた。
人口二千人、国内最大の都市で、大きな河口の東岸にあり漁業が主体、現在は上流に向けて堤防工事が進められている。
西岸のヴェストファルケンは村というほど大きくはなく、狭い台地の上に川の渡し守や漁師が住む小さな集落だったから、代官も置かれていない。工事の完成後に、本格的な入植と農地開拓が始まる予定だった。
「堤防工事は、予定通りならば完成は再来年。これまでと変わらず、と言えばその通りではありますが、ファルケンディークは現在、王政府の予算にて維持されているも同然であります」
ファルケンディークの街は規模も大きいけど、同時に金食い虫であり、将来性もまた大きい。
特に堤防工事の完成後、手に入るだろう農地は、王国の未来さえ背負っていた。
川上のリンテレン領を預かるのは、元書記官のベリエス氏だ。新大陸配属八年のベテランで、現地結婚組のお一人である。
領地の人口は三百人少々、林業が主体で、食用の実をつけるカサマツや、クルミなども産する。
「入植より二十五年、木材出荷量は徐々に増えております。商品となる松の実なども、領民の生活を助けておりますが……もう一歩、前進させたいところであります」
リンテレンが重要視され、王政府にとって貴重すぎる文官ベリエス氏をわざわざ代官として派遣している理由は、戦略物資である材木の確保が目的だ。
船、家屋、木工品、燃料……本当に、木がないとやっていけないのである。今ならファルケンディークの堤防工事にも、需要があった。
私も数日前に木を引っこ抜いてきたけれど、植樹と伐採を管理して一定量の木材を長年に渡って供給するのは、大変なのだ。
続いてレシュフェルト領内の二ヶ村のうち、大きい方のザウケル村。
騎士アーベルが代官を拝命しているけれど、実質は奥さんのアンネマリーさんが代官を務める。
「ご助言を頂戴し、代官の副業として私塾を開きましたが、子を預けることで主婦の手が空くことを歓迎されておりまして……。領民との関係は良好ながら、読み書きを教えるには時間が掛かりそうです」
この村も漁村で、多少畑があるところもノイエフレーリヒと変わらない。
うちと合わせて、レシュフェルトの小さな両翼って感じだった。
で、最後に我がノイエフレーリヒ。
代官は私で人口二百人、漁業主体で農業も力を入れている。……っていうありきたりな報告になるのは仕方がない。
もちろん、文官候補の騎士様に聞いて貰うという意味では、とても大事だけどね。
「領内に公約した道路工事は、一通り終わりました。また、ミレの増産を助力する為に、井戸を一つ掘りましたが、領民が自主的に管理と整備を申し出てくれました」
「ふむ……」
「それから現在、作業場を設けようと、代官所敷地を整備中です」
「フロイデンシュタット代官、それは何の作業場なのかね?」
「はい、リンデルマン閣下。リフィッシュの製法の改良や、料理の研究に使おうかと考えております。村の作業場は、個人的理由で長期間占有出来ませんので」
「なるほどのう、その心意気やよし」
「ありがとうございます、閣下」
……本当は、一番最初の研究テーマも決めてるけれど、この場では言えない。
失敗と試行錯誤も一緒に覚悟してるので、時間も掛かる予定だった。
秘密の研究、ってほどのこともないんだけど、出来上がってから驚かせる方が、私の励みにもなるもんね。
四人の代官の報告後は、メルヒオル様からロードマップ的な将来の展望が伝えられた。
「レシュフェルト王国は、今後も新たな入植者を受け入れ続け、人口その物を増やしたいのだ。四千という人口は、一つの地域としては大きくとも、国としては余りにも小さい。……各人、そのつもりでいて貰いたい」
「宰相閣下、移民の募集を引き続き行うのですな?」
「それは無論。ですが……北大陸で戦乱が起きた場合、それに乗じようかとも画策いたしております」
旧シュテルンベルク王国は現在、非常に不安定な状況にある。
ついでに、四分割される『予定』のバウムガルテンも。
メルヒオル様が口にされた戦乱の可能性は、割に高いのだ。




