第五十話「道路工事と水脈探し」
第五十話「道路工事と水脈探し」
『代官布告
予告通り、本日から道路の工事を行います。
工事中は不用意に近づくと危ないので、代官に用のある場合は近づく前に大きな声で呼ぶようにしてください。
王国歴一四三年 落葉月 十八日
ノイエフレーリヒ代官、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタット記す』
馬通勤三日目、今日もいいお天気だ。
私は代官拝命以来、二つ目になるお触れを代官所入り口の高札に張り出した。
「おや、早速今日からですか?」
「はい、他の皆さんにも伝えて下さい。音が大きいのでご迷惑かと思いますが、よろしくお願いします」
もちろん、洗濯中のマグダレーネさんら奥さん方や、仕込み中の『南の風』亭にも声を掛けておく。……識字率の問題もあるけれど、噂に乗せて貰う方がはやく伝わった。
「【待機】【創造】、【待機】【戦人】【中型】、【待機】【戦鎚】【中型】……」
身長五メートルの中型ゴーレムを選んだのは、小回りがきくからだ。
集落のあたりは、割と軒と軒の間が狭かった。
「よし、……【起動】、【指揮】」
魔法を掛けるとゴーレムが立ち上がり、代官所の庭土がごっそりと減る。
暇が出来たら、地下室でも作ろうかな……。
「よいしょ、っと。……【浮遊】」
のっしのっしと歩くゴーレムの肩に座り込み、まずは村のメインストリート、『南の風』亭と船溜まりになっている浜まで、百メートル弱を地均ししていく。
「よ! ……えいっ!」
ゴーレムに持たせた戦鎚は、釘抜きつきのトンカチのおっきいやつ、みたいな感じで、片方は尖っていて、片方は平らだ。
戦鎚を操って、盛り上がってる所を削り、あるいは凹んだ所に土を足してがんがん叩く。
本来は、お城を攻撃したり、敵の目の前で陣地を作ったりするのがゴーレムのお仕事だった。もちろん、ゴーレム同士で戦うこともある。
「あ、どうぞ! 通って下さい!」
「すんません!」
こちらでも気を付けているけれど、流石に危ないからね。工事現場の重機と一緒で、安全第一ですことよ。
二時間ほどで、村の中心地と漁師小屋や加工場のある浜付近まで、道を均し終える。
手引きの荷車がつける轍の後が、結構目だってたかな。そんなに手間でもないけどね。
百メートルの工事を二時間で……っていうと、ものすごく早く思える。
けれど、現代日本のような舗装道路を造ったり、砂利を埋めて補強した石畳や煉瓦の道を作ってるわけじゃなかった。
いらない盛り上がりを力技で削り、穴が空いていたら土を盛ってごんごんとゴーレムに叩かせているだけで、子供のどろんこ遊びと変わらない。
もしも私が人力だけで同じ事をしようとすれば、毎日頑張っても半月は余裕で掛かるかもね。
そりゃあ、石畳の道ならその方がいいのは、みんな知っている。普段でも歩きやすいし、耐久性も抜群で、雨の後に道がぬかるんだりはしなかった。
でも土の道には、専門家じゃなくても簡単に、しかもお安く補修出来るという利点があって、田舎じゃこれが無視できない。
そもそも、南大陸の街や村に石畳の道路はなかった。
大きな石を産地から運んで来たり、石工を雇ったりするのは、とってもお金がかかるのだ。
「代官様、道、見ましたぜ!」
「考えてみりゃ、ここ数年、道に手なんざ入れてなかったもんで……」
「なんか、気分がいいですな!」
お昼を『南の風』亭で食べておじさん達の声援を受け、今度はレシュフェルトに伸びる道を均して行く。
小川に架かる橋とその周囲は、後回しにさせて貰った。奥さん方と相談して、洗い場の整備なんかも一緒にやってしまおうと思う。
「そーれ!」
がっちんがっちんと、土を盛っては戦鎚を打ち付け、道を平らにしていく。
流石にレシュフェルトまで工事をするつもりはなかったけど、大仕事になりそうな残りの道は、炭焼き小屋への道と橋の周囲ぐらいかな。
荷車を使わない集落の路地は、ちらっと見た限りじゃ、それほど不都合なさそうだった。
「やあ、代官様!」
「マルセルさん、こんにちはー!」
さあ、本命の水脈探しと井戸掘りだ。
まずは、マルセルさん達が楽を出来そうな場所から探してみる。
水脈探しというものは、当たり外れがあるというか、水は人間の都合で流れてるわけじゃない。
探知魔法も、教えて貰う前は、ダウジングのようなものかなと思っていたけれど、魔法の水脈探しはある意味、『科学的』ですらある。……魔法なのにね。
予め、水なら水、金なら金などの対象物をよく知っておかないと、この魔法は使えない。
魔力波を地中に通し、求める対象と同じ反応が戻ってくるかを調べるんだけど、その方向や距離はどうか、その感触は大きいか小さいかなど……ほとんどレーダーか金属探知機を魔法で肩代わりしているようなものだった。
杖をするっと抜き、地面に左手をつく。
「【待機】【魔力波】【倍力】、【待機】【感知】【水脈】、【開放】。……あ!」
「代官様!?」
「いえ、ちょっとびっくりしただけです。……この辺りにはないみたいですね」
水脈の反応はなかったけれど、杖が優秀すぎるお陰なのか、探査の範囲が広くなり、精度が高くなっていた。
一回目で見つかるほど甘くはないかと、父さんに頼まれて鹿の水場を作った時のことを思い出す。
北に南にと、放牧地の各所に掘ったから、結構経験も積めたんじゃないかな。未だに体が覚えてるし。
「ちょっと上から探しますね。【浮遊】」
次に、近場で水脈のありそうな場所を探す為に、少し高い場所から周囲の地形を読んでみる。
まあ、ここからが本番だ。
「へえ……」
北にはもちろん、海が広がっていた。綺麗だけど、今日のところは関係ない。
南には、数リーグ――十数キロメートル離れているけれど、それほど高くない山が連なっている。
ノイエフレーリヒの周辺を上空から見ると、山から流れている小川の一つが、小さな丘や灌木の林を避けて海に流れ込んでいる場所だった。もう一本、枝分かれした川があって、そちらはレシュフェルトに向かっている。
当然、水は高い方から低い方に流れるわけで、ここだと山からの地下水だけでなく、小川と水源を同じくする伏流水さえ期待できた。
「えーっと……」
さて、よさげな場所はないかなー、っと。
丘の切れ目や山の谷筋、周囲より緑が多い場所みたいに、水が出やすいポイントも、知識と経験で知られている。
この近辺で言えば、丘を避けて通っている道沿いが、一番確率が高い。
「……たぶん、あの辺が『当たり』かな」
周辺の地形や地層、地質、気候でも変わってくるから、結局は確かめてみるしかないけれど、放牧地に使われている丘の切れ目、道沿いに丈の高い草が多い場所見つかった。
さっき魔法を使った場所から、三十メートルぐらいレシュフェルト寄りだ。村の小川よりはもちろん近い。
「マルセルさん、少し離れてしまいそうですが、大丈夫ですか?」
「ええ、そのぐらいの場所なら大助かりですよ! 畑を広げるなら、どうしても東になりますから!」
「はーい」
OKが出たので、作業再開っと。
「【待機】【魔力波】【倍力】、【待機】【感知】【水脈】、【開放】。……よし!」
さて、水脈が見つかると、そのまま掘ってもいいんだけど、大抵は横に、あるいは斜めに薄く広がっていて、水の出の善し悪しがある。
ついでに、雪が積もる山の際の実家オルフより、水量は少ないような感じがした。これは、厳密に場所を選んだ方がいいね。
「【土塊】【魔手】」
目印に、ぼこっと五十センチほどの穴を掘り、反応の大きい方に歩いて二度、三度と魔法を使って水脈の主流を特定していく。
残念ながら、水脈は村から遠ざかる方向に流れていた。最初の場所が、一番良さそうだ。
「【土塊】【魔手】【倍力】」
場所が決まれば、魔法でさくさくと掘り進めるだけでいい。
素人同然でお爺ちゃんに教わっただけの私がこれだけ出来てしまうんだから、本当に、魔法万能と言い切ってしまいそうになる。
「え、もう水が出たんですか!?」
「あ、はい」
深さは四メートルぐらいかな、変なにおいもしないし水もすぐに透き通ってくれた。
ここでもしも潮のにおいがすると、海から浸透してきた水が混じっていることになり、畑に使うことが出来ないけど、幸い、そんな感じはない。
但し、味見は……申し訳ないけれど、山羊さんにお願いしよう。
距離も近いし二本の小川に挟まれているので、元を辿れば同じ水源だとは思うけれど、毒が絶対にないとは、流石に言い切れない。
これももちろん、お爺ちゃんから厳しく教えられていた。
山羊飼いのオットマーさんに事情を話し、目印を付けた五頭に井戸の水を飲ませてみる。
「おー、飲んどる。……でえじょうぶのようで」
「一応、数日は様子を見てください。山羊五頭ならまだ、私が買い上げれば補いはつけられます。でも、誰かが病気になったりすると、何の為の井戸かわからなくなりますから」
「そこまで気にすることですかねえ?」
「布告も出しておきますけど、お二人も飲んじゃ駄目ですよ。皆さんにも伝えて下さいね」
この後、崩落を防ぐ為に石積みしたり、水が汲みやすいように井戸周りを整備する必要があるけど、井戸掘りの基本は、こんな感じだった。
無事にいい水が湧いていてくれますようにと水の神様に祈りつつ、お二人に挨拶して代官所に帰る。
庭の大穴だけど、埋めるか地下室を作るか、私はまだ迷っていた。




