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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第四十八話「領内視察と現状の把握」

第四十八話「領内視察と現状の把握」


 たらいを奥さん方に預けた私は、一度代官所に戻って筆記具の入った公用鞄を取ってきた。


 さて、視察と勢い込んでみてもノイエフレーリヒ村は人口二百人、代官所を中心にして、集落はひとまとまりになっていた。


「【浮遊】。……おおー」


 魔法で屋根の高さまで飛び上がり、ぐるっと一周する。




 挿絵(By みてみん)




 港はもう漁船が沖に出ている時間だし、後の方がいいかな。


 とりあえず、東の畑に行ってみることにする。


 微妙に低いけど、海側が断崖絶壁になっている風避け岬から続くなだらかな斜面に、働いてる人達が見えた。


 もちろん、集落から極端に離れてるわけじゃない。


 レシュフェルトの街に続く領道を少し戻り、踏み分け道を登っていく。


 畑じゃないところは、低い灌木(かんぼく)(つる)植物が地面を覆っていた。


「やあ、代官様!」

「こんにちはー!」


 近づくと、畑の方から声を掛けて貰えた。


 このおじさんは農家のまとめ役でマ、マ……名前が咄嗟に出てこない。


「えっと、失礼。……マルセルさん、でしたよね?」

「ええ、そうです。あれだけの人数の挨拶で覚えて貰えてたとは、ありがたいこってす」


 他にも数人、短い目の鍬で、雑草を刈っている人が居る。


 挨拶されたので、大きく手を振り替えした。


「あの、作業しながらで構いませんので、幾つかお伺いしたいことがあるんです」

「へい、お安い御用で」


 公用鞄から携帯用のインク壷と短めの羽根ペン、それから野外用の下敷きにもなる書類ばさみを取り出す。


 これらは全部、王城で与えられた支給品で、替えの申請を笑顔で出来るようになるのは、いつになるやら。ペンはペン先を削りながら大事に使っても、何年も使えるわけじゃない。


 ……それよりも先に、お給金が次にいつ支払われるかを心配しなきゃいけないんだけどね。


「じゃあまずは、時期ごとに植える種類から聞かせてください」


 見れば分かる畑の面積や働き手の数なんかは、すっ飛ばす。

 

 今は晩秋から冬の時期で、作付けはカブがメイン、春から夏場は豆類にキュルビス、蕎麦や夏の葉物を植え、秋までにはそれらが順に収穫されるそうだ。


「キュルビス?」

「ああ、種を食う瓜ですよ」


 ……後から知ったけど、キュルビスは()が美味しくないカボチャだった。種は煎って塩をすると、酒の肴にいいらしい。魚介ばかりじゃ飽きちゃうからね。


 ()せチシャ、あるいは単にチシャと呼ばれるサニーレタスの親戚――こちらに来てからいつも食べてる葉野菜と、パンやお酒にするミレという草丈の高い穀物は、年中育つ。

 暇が出来ると空いた場所を耕し、どんどん植えているらしい。


「昔に比べて、畑も随分と広がったものです」


 マルセルさんは領道を挟んだ南側、放牧地の方を指さした。


 こちらの農業はもちろん輪作で、二年から三年で耕す場所を変えるのだ。


「そのうち麦も育てたい……と思って試すんですが、故郷と勝手が違いすぎて、どうにも上手く行きません」


 土の質や気温、季節の雨量の違いだけでなく、立地、特に海風がよくないと、マルセルさんはため息をこぼした。


 今植えているカブやミレも、比較的距離が近い都市、フレールスハイムで作付けが行われている種類に限っているという。


 もちろん、無理に麦を作るより、とにかくまともに収穫が出来る作物を育てる方が理に適っていた。


「実らぬ麦より実るミレ、というのは、ようく知っとります」

「ええ、それは、はい」

「少なくとも安定して収穫が得られるお陰で、ミレの幾らかは酒の仕込みに回せるようになりました。……それ以上は、贅沢ってものですな」


 私が農業に詳しいならまともなアドバイスも出来そうだけど……うろ覚え過ぎる現代知識の他には、故郷オルフの野菜畑についてしか知らなかった。


 実家の書庫にあった農書も読んでいたものの、中身を思い返せば北大陸の平地の農業のことばっかりだ。


 収入を倍にすると大見得を切った私だけど、前途多難は最初からわかってる。


 でも、ここで躓いてはいられなかった。




 マルセルさんにお礼を言って、次に向かったのは、道を挟んだお向かいの放牧地だ。


「オットマーさん」

「代官様、よっす」


 ぱっと見て百頭以上、たくさんの山羊が飼われているのは、昨日もそばを通ったので知っていた。


 色は黒や褐色のまだらで白ヤギさんじゃないけれど、歌によれば黒ヤギさんもいるはずなので、それはまあいい。


 私の胸のあたりに顔があるけど、山羊って、こんなに大きかったかな?


 実家の隣村のは、もっと小さくて、私でも抱えられるサイズだったんだけど……。


 べうぇえ。


 なんだこいつ、って感じで寄ってきた一際大きな子に、においをかがれる。


「ああ、こいつらは南方種じゃから、でけえよ」


 そう言う種類なんだと、納得するしかないようだ。


 さきほどの畑と同じく、こちらでも聞き取りをさせて貰った。


「なんせ皆、素人じゃったから……」


 ノイエフレーリヒには家畜の専門家なんていなかったけど、たまにはお肉も食べたい。


 何とかお金を出し合って(つが)いを手に入れ、最初は見よう見真似で飼い始めたという。


 山羊が飼われている理由は、牛や馬に比べて世話が楽、これに尽きるそうだ。


 特に、病気に強いことと、粗食に耐えること、この二つはとても重要だった。


「今じゃあ、チーズもバターも作ってるさあ。鶏は、ヨナタンが頑張っとるし」

「おおー」


 食堂に卸してるそうなので、後で行ってみよう。


 家畜を飼う利点は色々あるけれど、その最大のものは、人間が食べられないその辺の草、あるいは鶏なら昆虫などを、お肉や乳に変えてくれることだった。




 お昼には少し早いけど、一度集落に戻って食堂を訪ねる。


 軽食堂兼酒場『南の風』亭は、橋を挟んで代官所と反対の場所にあった。


「こんにちはー」

「はい、らっしゃい!」

「あら、代官様!」


 朝は洗濯屋さんをしていた奥さん方はこちらでも働いているらしく、見知った顔が沢山いる。


 まだ少し早かったようで、席は全部空いていた。


「一人前でいいですか?」

「はい、お願いします」


 もちろん、メニューなんて聞かれやしない。


 奥さんに三ペニヒを渡して出てきたのは、魚介のごった煮と雑穀パンの半割りで、私的には大盛りだ。


 お昼から結構がっつりだなあと、切り身にフォークを突き刺す。


「そうだ、さっきオットマーさんとお話したんですが、チーズはありますか?」

「はい、ありますとも! 一かけ一ペニヒですよ」


 小皿で出てきたチーズは、柔らかくて塩味のきついソフトタイプだった。


 たしか、作ってから塩水につけて保存性をよくするんだったかな、うちの村じゃ乳製品は作っていなかったので、これもうろ覚えだ。


 でも、パンに少しつけて食べると丁度いい塩加減かも。お酒の肴にもいいけどね。


 前に総督府でチーカマもどきを作るのに使ったのはハードタイプだったけど、あれは確かノイエシュルム領のお品だ。


「よう、いつものやつで!」

「……いつもも何もありゃしないけど、はいよ!」 


 大声で入ってきたのは、パン屋のデニスさんだ。

 昨日と同じく、粉まみれのエプロンをつけていてくれたので、すぐ思い出せた。


「おっと、代官様!」

「こんにちは、デニスさん」


 話し相手になってくれるようで、向かいの席が埋まる。


「はい、いつものだよ」

「おう、あんがとよ」


 デニスさんは体も大きいし二人前かな、ごった煮の超大盛りにパンは丸ごと一個で、六ペニヒのお支払いだった。


「どうですかい、うちのパンは! 大きな声じゃ言えねえが、うちはノイエフレーリヒで一番美味いパン屋なんですぜ!」

「あっはっは」


 もちろん、この領内にパン屋さんは一軒きりである。


 それにしても、こういうノリもなんだか懐かしい。


 皮職人のフークバルトさんも、似たようなことをよく言ってた。


「生地に混ぜ込む蕎麦粉やマレ粉の比率だって、これでなかなか奥が深いんでさ」


 そもそも外から買う小麦も全粒粉で、白パンなんて祭りでも作らないのが南大陸の流儀だ! ……なんて叫んで、丁度通りがかった奥さんからトレイで頭をはたかれていた。


 ちなみにデニスさんの『二人前』は夕食で、夕方前には寝て深夜に起き、パンを焼くそうだ。

 ご苦労様です。


「よう、いつもので」

「俺も!」


 しばらくすると、お店が混みだした。


 船大工のケヴィンさんやよろず家の主人コルネールさん、それからファルコさんら漁師さん達や加工場のおじさんが次々とやってくる。


「まあ、あれよ。今は干物が生む僅かな金だけが頼みの綱なわけでさあ」

「海の恵み様々ってな」

「干物を売った金で皆が『南の風』亭の飯を食う、するってえと、この店は俺っちからパンを仕入れ、俺は総督府から麦を仕入れルディガーから炭を買い……」

「巡り巡ってこの店も、デニスのパン屋も、うちも、どうにか保ってるようなもんだしなあ」

「ま、魚だけは自前だけどな!」


 お陰で、村内の事情も色々と聞けたけど。


 それよりも驚いたのは、皆さんが『村の経済』を理解していることだ。


「ん? ああ、イゾルデ婆さんの受け売りだぜ!」

「俺達が自慢して言うこっちゃないけどな!」

「あの婆ちゃん、元はいいとこのお嬢さんだったらしくて、俺達とは違って学があるんでさ」


 そう言えば、村のことしか知らないと言いつつも、イゾルデさんは私の突っ込んだ質問にも、的確に答えてくれていたような……。


「なあ、代官様よ」

「何ですか、ファルコさん?」


 昼間だというのに、マレ酒のジョッキを呷っているファルコさんが、大きなため息をついた。


「俺達はまだ、希望を捨てちゃいない。……だから、頼む。本気で、頼む」

「……」

「おっさん連中のことなんかは、割とどうでもいいが……」


 (ひで)えなおやっさんとヤジが飛んだけど、ジョッキをテーブルに叩きつける音で、食堂が静まり返った。


「カスパルやマリア、それからイリスにアルマントに……。あいつらには、もう少しましな暮らしをさせてやりたい。俺達は、どうしたらいい?」


 ファルコさんが名前を挙げたのは、この村では数少ない、子供達の名前だ。


「そうですね。今日の視察で感じたことは……」


 皆さんが、ごくりと息を呑む。


「この村、頑張りすぎです」


 朝早く、私が代官所に着く頃には、みんなもう働きに出ていた。


 奥さん方なんて、洗濯屋さんや『南の風』亭の給仕の他に、家の仕事だってあるはずなのに……。


「もちろん、そうでなきゃ暮らしていけないのも分かります。うちの村も、以前はそうでした。けれど、その頑張りすぎが逆に、村が育つ余裕を奪っているように思いました」

「ふむ……」


 だから現状じゃ、『ありもの』の中で勝負を仕掛けるしかないけれど、とにかく外貨だ。

 外からどうにかして、お金を持ってくる必要がある。


 リフィッシュはとっかかりになれば万々歳、経済の『着火剤』ではあっても『炭』や『薪』のような燃料には少し弱いと自覚していた。


 ノイエフレーリヒの生活水準を上げるのは大前提として、僅かづつでもいいから、村の外に売り出せる『商品』を増やす。


 最初の一手は、これしかない。


 その為には、どの『ありもの』を増産して売るべきか、またその影響、特に労働力の確保や生活の維持をよく考えた上で、判断を下す必要があった。


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