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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第四十七話「布告の余波」

第四十七話「布告の余波」


「お疲れさまだったね、ヒンメル」


 ぶるるっ。


 私は総督府に帰り着くと厩舎に直行し、ヒンメル号を藁でマッサージしてから、夕食までに報告書を書き上げた。


 代官布告は、受け取る領民だけが面倒くさいんじゃない。

 出す側の代官も、日誌に日時と内容と書き入れ、実施目的やその後の顛末をまとめた書類を出す必要がある。


 ……あんまり厳格に運用されていない規則だけど、初っ端からさぼり癖がつくのもよくないので、自分で自分のお尻を叩いた。


「あら!? リディ、帰ってたの?」

「ただいま、アリーセ」

「ええ、おかえりなさい。どうだったかしら、代官のお仕事は?」

「うん。思ってたよりも大変そうかな。楽なお仕事なんて、ないと思うけどね。アリーセは?」

「女官の監督はしっかり者の貴女しかいないから休業だし、学院なんて先の先よ。今日はずっと、書類の書き方の手引きを作っていたの」

「あらら」


 アリーセと二人、総督府の食堂向かえば、メルヒオル様とアンスヘルム様が頭を抱えてらした。


 ローレンツ様も、難しい顔でお二人を眺めていらっしゃる。


「どうかなさったのかな?」

「騎士達に書類仕事を覚えさせるのが大変すぎて、皆さんお疲れなのよ……」


 子供達に教えるより、騎士に書類仕事を教えるのが先かしらと、アリーセの口からもため息がこぼれた。


 いくら現場主義で荒事が専門の騎士様達でも、全く書類仕事がないってはずはないんだけど……。


「すまん、メルヒオル……」

「いや、俺も見込みが甘かった。お互い様だ」


 元、王立『聖竜』騎士団第三小隊の面々は、地方の農家の次男坊や三男坊が主体だった。


 アリーセに曰く、大抵は隊長であるアンスヘルム様に口頭で報告してそれでおしまい、後はアンスヘルム様がまとめて上に持っていくという形式がまかり通っていたらしい。


「それは最初から分かっていたの。でも、出世にも繋がるし、騎士達にも納得して貰っていたのだけど……」


 役なしの騎士なら、隊長の命令一下、敵を切り伏せ味方を守るのが一番大事なお仕事だ。それが出来れば、問題なかった。


 もちろん、出世を目指すならそうは行かない。


 報告書を書く能力も含めて、部隊の指揮に必要な兵法や、運営に必要な軍学が要求される。


 この軍学の内、軍隊の経理である『主計』や、補給を計画して実行する『輜重(しちょう)』は、領主や代官が必要とする領地経営と密接な繋がりがあるというか、対象が違うだけでほぼ同じだった。


 また、騎士が活躍を評価され、領地を下賜されるというのは、とても名誉なことだ。


 お二人は、その点を拡大解釈しつつ騎士達を王政府に出向させ、将来の領主層に必要な知識も教え込んでいこうとされていた。


 だけどこちらの世界、義務教育などはない。農家の次男坊や三男坊が文字や数字に慣れているはずがなく、騎士になってから必要最低限を詰め込まれただけなわけで……。


「しかし、やり通すしかあるまい。あいつらには、苦労をかけるだろうが……」

「将来の布石、その一歩目で(つまづ)くわけにはいかぬ。騎士達には、別の形で苦労に報いよう」


 無理を押しつけているのは仕方がないんだけど、これはものすごく大変だろうなあと、私も小さく、ため息をついた。


 私達に気付いて、ローレンツ様からお声が掛かる。


「ご苦労様、リディ。そちらはどうだった?」

「はい。今日は一日、代官所のお掃除で潰れてしまいました。代官の仕事としては、布告を一つ、発しましたが――」

「何!?」

「え?」


 ローレンツ様が驚かれて、厳しいお声を出された。

 メルヒオル様達も、こちらを向かれる。


 そこまで驚かれるとは思わなくて、私の方が驚いたよ。


「あの、別に大したお触れじゃなくて……」

「ふむ?」

「道路を補修するので、大きな音が出るというお触れです」

「あ、ああ、そうか……」


 あからさまにほっとした表情を浮かべられると、ちょっとショックだ。


 でも、メルヒオル様だけは、まだ恐いお顔のままだった。


「リヒャルディーネ嬢、私は確かに代官の職掌の範囲でノイエフレーリヒ領を自由にして良いとは言ったが、道路工事となれば、領民に課す賦役の負担も大きい。そのあたりは、どう考えている? 領主家の娘として実地を知り、知識と理解力を併せ持つ君ならば、その点を考慮せずに布告を発したとも思わないが……」

「あ……」


 もしかしてと思いつつも、杖に手をやってぽんと叩く。


「魔法を使って行いますので、ノイエフレーリヒ領の領民は、誰一人動員しません」

「何だと!?」


 そう言えば、工事と口にしてすぐに、ファルコさんも賦役のことを気にした。


 もちろん、魔法がなければ人の手が必要だけど……。


 皆さんがどうしたものかという表情で顔を見合わせ、アリーセまでもがやれやれとため息をついた。


「あの……皆様のご表情から察すると、魔法で道路工事をするのは、あまり一般的ではないのでしょうか?」

「……ほぼ、あり得ないな」

「極希に、緊急に進路を啓開(けいかい)する必要がある場合、魔法使いを投入することはあるが……それこそ戦闘や人命救助が理由で、時間最優先の時に限られる」

「お兄様の言うとおりよ、リディ。普通、魔力はもっと節約するもので、道路の工事には使わないわ」

「そうなんだ……」


 私は幼い頃、お爺ちゃんや父さんに連れられ、村の中を散歩しながら道を補修するのがほぼ日課だった。


 魔法の練習も兼ねていたけれど、指輪を向けて呪文を唱えれば、思うとおりに土が動いたり固まったりするのが面白くて、ついつい熱が入っていたように思う。


 ゼラフィーネ殿下の魔法製鉄はともかく、港での荷役や、竃の炭の着火に火の魔法を使うように、魔法を生活に役立てるのはよくあることだ。


 但しそこには、魔法使いを雇った場合と人海戦術で同じ事を行った場合の費用の差や、消費する魔力の量、あるいは緊急か否かといった、作業以外の要素も絡むから、皆さんはそこに驚かれたのだろうと思う。


 魔力の量に関して言えば、確かに私はかなり恵まれていた。


 結構な無駄遣いに見えても、時間の短縮を優先したり、便利だと思えば迷いなく使う方だ。


「少々慌てたけれど、それなら、まあ……」

「ですな。……この不安定な時期に賦役など課せば、叛乱(はんらん)には至らずとも、抗議の集会ぐらいは起こりかねませぬ」


 ローレンツ様らがほっとした様子で、私に向き直られた。


 ……改めて思い出すと、ローレンツ様をはじめ、メルヒオル様もアンスヘルム様とアリーセの兄妹も王都の上流の生まれで、地方領の実際も庶民の暮らしも、ご存じないに等しい。


 もちろん私は、ここレシュフェルトと似たような田舎の出身だ。


 その暮らしぶりも苦労も、海と山との違いはあれど、なんとなくは察しがつく。


 もしかすると、私が本当にしなければいけない『お仕事』は、ローレンツ様と領民との『通訳』かもしれないね。


 じゃあ早速……小ネタを披露して、理解を深めて貰おう。


「メルヒオル様、実はもう一つお話がありまして」

「……伺おう」


 私の澄まし顔で何かを察したらしいメルヒオル様が、若干身構える。


「そのうち、人頭税の割引を廃止すると明言しましたけど……」

「……待て。待ってくれ」

「受け入れて貰えましたよ」


 今度こそ、メルヒオル様は頭を抱えてしまった。


「リヒャルディーネ嬢、君は一体、どんな手を使ったのだ? 『我が国』は未だ、増税を受け入れられるほど民からの信用もなく、実績も作っていないと思うが……」

「国の信用は、あまり関係ないと思いますよ」


 今の倍の収入が得られるように道筋をつけるから税も倍にしたいと、口約束ながら私の目標を領民の前で披露した話をする。


 もちろん、先に増税を約束したわけじゃない。


 利益が出たら税も増やしますよと、王国側の増税が後手にしてある。


 この順番を間違えると、それこそ暴動が起きてしまうだろう。


 そこだけはしっかりと、皆さんにも念押ししておいた。


「確かにそれは、理屈だが……」

「いいじゃないか、メルヒオル。リディは私達の目の前にぶらさがっていた民への説明という問題を、取り除いてくれたわけだ」

「御意」

「リディ」

「はい、ローレンツ様」

「君の祖父殿の言っていた『変革』の意味が、少し分かった気がするよ」


 これからも驚かせてくれるのかなと、ローレンツ様は小さく肩をすくめて、私に微笑んでくれた。




 ▽▽▽




 そんな一幕の翌日、代官二日目。


 今日は伝令馬のハイマット号が貸し与えられ、私はかぽかぽと、ノイエフレーリヒに向かった。


 ハイマット号はせっかちさんなのか、同じ並足(なみあし)でもヒンメル号より足早だ。


 自分の足で歩いても半刻、一時間はかからないので大した違いはないけれど、馬に乗るのはそれだけで楽しい。


「おはようございます、皆さん!」

「はい、おはようございます、代官様!」


 今日は驚かれたりせず、奥さん方からも笑顔が返ってきた。


 ハイマット号を厩舎に繋いで水を用意し、ベッドの寝具を突っ込んだたらいを抱えて小川に向かう。


 藁詰めのマットレスは、また今度にしよう。藁を取り出して外を洗い、新しい藁に詰め替えて……ってなると、ほんとに一日仕事になってしまう。


 敷布が綺麗ならとりあえず我慢は出来るし、このレシュフェルトへの旅の途中は、もっと酷かった。


「おや、お洗濯ですか?」

「はい、昨日は洗濯まで手が回らなかったので……」

「そう言えば前任のヘロルド様は、よく頼まれていましたね」

「頼む?」

「この村、男所帯が殆どですから、女衆が共同で洗濯屋をしているんですよ」


 リヒャルディーネ様もいかがですかと、洗濯屋のまとめ役、マグダレーネさんが大きなシャツをぱんと伸ばした。


「じゃあ、お願いしてもいいですか?」

「はい、毎度!」


 私は少しだけ迷ってから、六ペニヒの手間賃で、敷布と掛け毛布とシーツのお洗濯を頼んだ。


 毛布などの大物は二ペニヒ、その他は一ペニヒの、良心的なお値段だ。


 三ペニヒあればお昼の軽食が食べられるけれど、そのぐらいの金額なら、今日のところは引き受けて貰った方が助かる。


「じゃあ、いつもの裏の物干しに……って、ああ、代官所の裏庭に物干し台がありますから、そちらに掛けておきますね」

「助かります!」


 ……明日借りるお馬さんは裏庭に繋いで、そっちの草を食べて貰おう。窓から見た限りだと、草ぼうぼうだった。


 私は洗濯物をマグダレーネさんにお任せして、村内の視察……という名の、散歩に出かけた。


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