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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第四十六話「代官布告」

第四十六話「代官布告」


「田舎料理でいいなら、また食べにおいで」

「はい、ありがとうございます!」


 お茶までご馳走になってイゾルデさんのお宅から帰り、私は代官所の掃除の続きをはじめた。


 今日のうちに台所を使えるようにしないと、お茶も沸かせない。


 食器や鍋釜を残してくれた前任の代官殿には大感謝だ。……買うとなると、意外に高くつくからね。


「ふう……」


 イゾルデさんのお話は、とても参考になった。


 男性の比率が高い理由はともかく、漁業で食べているこの村に昼間から男性が多いのも、同じ理由からの派生だ。


 レシュフェルトの街の作業場だと、干物の作り手は奥さん方がメインだけど、ノイエフレーリヒには女性が少ない。

 だから必然的に、作り手も男性が中心になる。


 その他の職業に就いている人も、思ったより多かった。


 農家、山羊飼い、炭焼きに船大工、パン屋さん、よろず屋さん、食堂兼酒場と、人口が多いだけあって実家のオルフよりも数段発展しているようで、これも朗報かな。


 外洋船が入港できる大きな港に隣接しているので、上手く活かせれば強力な切り札にもなる。


 ついでに言えば、男衆が多いことの裏返しで、確保できる労働力も格段に大きい。


 停滞した今の状況を打破するほんの小さな一手があれば、大きな経済的発展に繋げられそうだった。


 もちろん、先立つものはない。


「よしっ!」


 何かいい手はないかなあと頭の片隅にあれこれ思い浮かべつつ、杖を振って、風の魔法で窓から埃を追い出していく。


 ……寝具の洗濯は、明日にしよう。


 今からじゃ、干しても乾かない。


 魔法で乾燥させてもいいんだけど、分厚い毛布や敷物を乾かすのは、結構手間が掛かるのだ。


『おーい、代官どのー!』


 夕方には少し早い時間、大方の掃除を終わらせて、客間兼用の執務室を使いやすいように整理していると、またお呼び出しが掛かった。


「はい、お待たせしまし……た!?」


 表に出ると、朝とは顔ぶれが違うけど、似たような人だかりが出来上がっている。


 昼間、漁に出ていた漁師さん達だった。


 別に文句を言いに来たとか、そんな感じでもない。朝と同じく、興味本位の視線を沢山注がれた。


 珍獣扱いは当面続きそうだなあと、小さくため息をついて気分を切り替え、とりあえず、ご挨拶――朝と同じく名乗りを上げて、向かい合う。


「組合長のファルコだ。ウルリッヒから話は聞いてる」

「私もファルコさんのことは、ウルリッヒさんから聞きました」


 ファルコさんは男衆のまとめ役だ。白髪頭を見るまでもなく、かなりのお年だと思える。


 アールベルク代官のベーレンブルッフ閣下ほどじゃないけど、上背もあって筋骨隆々、如何にも海の男です、って感じの人だった。


「代官殿、あんた、イゾルデと何やら話し込んでたらしいが……このノイエフレーリヒで、一体何をするつもりだ?」

「……はい?」


 何故か、じろりと睨み付けられる。


 なかなかの大迫力だ。うちのお爺ちゃんが、本気で怒った時のことを思い出してしまったよ。


「お、おやっさん、こんなちっこい()脅しつけんでも……」

「そ、そうですよ! 可哀想ですって」

手前(てめえ)らは黙ってろ! 代官ってのは、俺達の生き死に握ってんだ! 若いとか女だとか関係ねえ!」


 言ってることは間違いじゃないんだけど、まあ、ありがちな内容だ。


 若さも女も、使い方次第かな。……なんてね。


 もちろん、口に出して茶化したりはしない。


「そうですねえ……。まだ村の見回りは全部出来ていないんですが、今日一日、お掃除をしながら考えていたのは、道路の補修と小川の工事です」


 特に道路はオルフより酷いでこぼこ道ばかりで、流石に専門家じゃない私でも気になった。


 あと、小川に掛かる橋の補強とか、代官所のリフォームもしたいかな。


「ハン! 早速俺達をこき使おうってわけか? 村のことをよく知りもしねえ奴が、頭でっかちに考えそうなこった」

「え? 賦役(ふえき)なんて面倒なことしませんよ」


 ますます睨んできたファルコさんによく見えるよう、腰から杖を引き抜く。


 そのまま、ごくゆっくりと斜め後ろに杖先を向け、背後の庭の土に魔法を掛ける。


 本来なら切羽詰まって慌てるような状況でも、大きな魔力は私に心の余裕をもたらしてくれることが多かった。


「【待機】【創造】、【待機】【戦人】【大型】……」


 ごごごごと、庭土が大きく盛り上がり、身長十メートルほどの土人形――ゴーレムが形成される。


 流石にしんと静まり返ってしまったけれど、ちょっと大きすぎたかもしれない。


 お爺ちゃんと訓練する時に用意する『いつものサイズ』なので、慣れきっているのもまずかったかな……。


「【起動】、【指揮】。これがあるので、人手は集めなくても大丈夫ですよ」

「あ、ああ……」


 ゴーレムを座らせ、手を振らせる。


 一応、無意味にゴーレムを作ったってこともなくて……。


 代官や領主は、領民から舐められるとものすごく仕事がやりにくくなるってことぐらいは、私も領主家の娘として知っていた。


 代官と領民の関係は、市長さんと市民のそれとは大きく違う。


 ファルコさんが言ったように、代官が領民の生死を握っているのは、本当のことだった。


 意地悪で、力を見せつけたわけじゃない。


 本当にいざという事態になった時、私の指示が徹底されるように打った布石だ。


「皆さんお集まりなので、丁度いいかな。ノイエフレーリヒ代官リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタットは、代官として初の布告を発します」


 もちろん、このまま解散したんじゃ後味が悪すぎるし、関係もぎくしゃくしてしまうだろう。


 布告と聞いて、誰かがごくりと息を呑んだ。


「えっと……正直に言いますけど、ノイエフレーリヒには予算が与えられてないんです。もちろん、ノイエフレーリヒだけじゃなくて、他の村も同じですけどね。その代わり、代官の職掌の範囲でなら、好きにしていいとお墨付きを頂戴しています」


 皆さんの顔を見回してから、しっかりとファルコさんに視線を合わせる。


 これで怒り出されたら、こっちも後に引けなくなるけど……たぶん、大丈夫だろう。


 右手を挙げて、宣誓の挙手をする。


「村内の視察を終えた後、数日中にゴーレムによる道路工事を開始します。工事中は大きな音を立てると思いますが、危険はありません。また、本工事について、ノイエフレーリヒ在住の領民より徴発(ちょうはつ)や賦役を行わないことを、『陛下』より下賜されたフロイデンシュタットの名に賭けて、ここに誓約します」


 私は敢えて、ローレンツ様のことを陛下と表現した。


 ご即位までは数ヶ月あるけれど、ここがレシュフェルト王国であるという意識を、徐々に浸透させたいと思っている。小さすぎる援護射撃だけどね。


「ファルコ」


 布告を発してしばらくは、誰もが黙り込んでいたけれど、その沈黙を破ったのは後ろから現れたイゾルデさんだった。


 いつの間にか、いらしてたらしい。


 三軒向こうにお住まいなら、この騒ぎが聞こえても仕方がない。


「……おう、ババア」

「どうだい、あたしが言った通り、『いい代官』だろう?」

「フン、大当たりだちくしょう!」


 ファルコさんはイゾルデさんに怒鳴り返すと、態度を一変させ、私に向けて膝をついた。


「代官殿!」

「は、はいっ!」

「数々のご無礼、お許しを! この『潮風のファルコ』、代官殿の心意気に感服いたしました!」


 え、えっと……。


 私が新任代官として舐められちゃいけないって気を張ってたのと同じで、最初が肝心と、漁師さん全員の『未来』を、背中に背負ってたのかもしれない。


 今もファルコさんは真剣だけど、さっきとは表情が違った。


「ですが一つだけ、お聞かせ願いたい! どうしてそこまで、ノイエフレーリヒに入れ込んで下さるんで? この村は、言ってしまやあ廃村にくっせえ男共を押し込んだだけの、夢も希望もない村ですぜ。それをあんたのような本土貴族の娘さんが、どうやら本気で面倒見ようとしてくだすってる。正直、わけがわからねえ……」


 その理由はまだ、イゾルデさんにも言ってなかったかな。


 私にも一応、小さな目的がある。


「そうですねえ……。この村に限ったことじゃないんですが、今の新大陸じゃ、税は確か、人頭税は本土に比べて半分で、それ以外の税はありませんよね? でも割引なしにすると、皆さんの生活が成り立たないと聞いています」

「ええ、仰るとおりで」

「でも『王国』は、出来れば割引したくないんです」

「……そりゃあ、そうでしょう」

「じゃあ、どうするか、なんですが……」


 前世の知識と知恵と工夫、それから少しの魔法で何とかなったりしないかなと、代官に指名されてから考えていた。


 ファルコさんだけでなく、イゾルデさんも私に真剣な目を向けている。




「皆さんの収入が今の倍になるなら、本土と同じ割引なしの人頭税でもいいんじゃないかなって思うんですが、どうですか?」




 口で言うほど簡単じゃないけれど、所得が倍になるなら、今の倍の人頭税を集めても、ここに暮らす人々が生活に困る状況には陥らない。


 その為の道筋をつけるのは、代官の職掌の範疇になる。


「それは……今の倍取られても、文句は言えねえですな」

「だけどそんな夢みたいなこと、出来るのかい?」

「すぐには無理ですよ。でも、ちょっとづつなら、どうでしょう? たとえば……リフィッシュの準備はもう、始めてますよ」

「そうだったねえ……」


 もちろん、人頭税が倍集められるようになれば、王国の税収は倍増する。


 ……ついでに言えば、私のお給金は、次にいつ貰えるのか、今後も安定して支給されるのか、本当に分からない。


 税収増は王国だけでなく、私にとっても死活問題なのだ。


 ぱんぱんと、イゾルデさんが大きく手を叩き、ファルコさんも立ち上がった。


「あんた達、これで分かったろう? 代官殿は、本気だよ」

「前任の代官ヘロルドは将棋(チェス)一辺倒の趣味人で、最低限の仕事以外何にもしねえ奴だったが、賦役の命令や臨時徴収どころか、布告さえ出しやがらねえ『いい代官』だった。だが、今度のフロイデンシュタット代官殿は、いろいろとやる『いい代官』だと、俺は信じる!」

「おう!」


 イゾルデさんとファルコさんは、あっと言う間に領民の皆さんをまとめ上げてしまった。


 不満の声が上がらないどころか、期待に満ちた目になっている。


 ……なんでこの二人、村長をしないんだろう?


 レシュフェルトへの帰り道、ヒンメル号に揺られながら不思議に思った私だった。


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