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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第四十五話「期待と不安と限界と」

第四十五話「期待と不安と限界と」


「【強風】! ……うへえ」


 まずは、ヒンメル号から着替えや小物を入れた荷物を降ろして厩舎の外に一旦繋ぎ、小川の水を汲んできて飲ませる間に、馬房の掃除を済ませる。


 厩舎は使われていた形跡がほぼなくて、清潔にはほど遠い状態だった。


 庭も荒れ放題っていうか、ヒンメル号のおやつには困らないと思う。


「よっこいしょっと。……【待機】【強風】【水流】【圧縮】、【統合】【持続】【誘導】、【開放】!」


 村を流れる川と何度も往復し、高圧洗浄機を真似て作った魔法で、馬房の埃と汚れを洗い流す。ついでに、小一時間かけて代官所の外壁も洗った。


 石積み壁を木の柱で支え、上から漆喰で固めてあるのかな、作りはうちの実家と似たり寄ったりで、悪くなさそうだ。


「うわ、銘板だったんだこれ……」


 玄関口の飾り板が片方しかないなあと思いながら魔法で洗っていたら、『シュテルンベルク王国南大陸新領土管区ヴィルマースドルフ領ノイエフレーリヒ村代官駐在所』と、とても長い表札が現れた。


 一応、屋根まで飛び上がってしっかり洗い流し、一息つく。


 ヒンメル号は私のことなど気にせず草をもぐもぐしてたので、引き綱を長く繋ぎ、馬房と庭を自由に行き来できるようにしておいた。


 さて、次に代官所の中身のお掃除だ。


 同じく代官所であるアールベルクの代官庁舎に比べれば小さすぎるけれど、あちらは管区もまとめていたから、比べるなら総督府になる。


 でも人口二百人のノイエフレーリヒなら、一軒家ぐらいで丁度いいのかな。私一人でなんとかなるし。


「へえ……」


 古びた鍵で正面扉を開けると、中は綺麗に片付けられていた。


 入ってすぐに木のテーブルと椅子があり、その向こう側、窓際に大きな執務机がでんと居座っていた。


 木棚には紐綴じ本が並んでいて、背表紙を見れば日誌や台帳だった。


 他にも、執務机の引き出しには紙束、筆記具などが揃っていて、すぐにでも仕事が出来そうな感じだね。


 入って右手の扉を開ければ、私室だった。

 大きなクローゼットや書類机、ベッドもある。


 書類机の上には、よく使い込まれた将棋盤(チェス)が置いてあった。


 男の人の『高尚な遊び』として知られているけれど、会話の手慰みでもあり、賭け事の一種でもあり……まあ、そんな感じだ。


 オルフでも、お爺ちゃんと村の人がワインを飲みながら遊んでいたっけ。


 ベッドは幸い、そのまま使えそうだ。


 前任の代官殿は住み込みだったから、私も緊急時にはここで過ごすことになるかもね。寝具は念入りに洗濯して、日のある内に干してしまおう。


 もう一つの扉は厨房で、残念ながら竃は一口だけど、地方の生活水準を考えれば普通だ。


 食器も残されていたけれど、一人分プラス来客用という品揃えで、どうやら独身だったのかなと当たりをつける。


 これで三部屋、全部巡った。

 あとは屋根裏かな。厨房に梯子があった。


 でも、庭も含めた外回りと違い、ほんとに中は綺麗に片付けられている。

 前任の代官殿とは話す機会が無くて、どんな人かは知らないけれど、ちょっとちぐはぐな印象になってしまった。


 さーて、もう一回、魔法のお掃除で中の埃を追い出して、それから……。


『代官どのー! おられますかー!』


「は、はーい!」


 初のお呼びに、表口へと出て見れば。


「お待たせしました! ……え!?」


 代官所が、数十人の人々に取り囲まれていた。




「ああ、いや、申し訳ない」

「それほど驚かれるとは思わなんだので……」


 日焼けした壮年男性を中心とした一団には驚いたけど、何のことはない。


 村に新しい代官が来て、それも女性だというので、顔を見に行くついでに挨拶するかと、みんな集まってきたそうだ。


 ……うちの村だって、外からお客さんが来たなんて話はすぐに広まっていたし、田舎じゃニュースも娯楽の一つである。


「えっと、今日からノイエフレーリヒの代官になりました、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・フロイデンシュタットです。よろしくお願いします!」


 着替えは持ってきているけれど、今は行きと同じ乗馬服のまんまだった。……先に着替えておけばよかったかも。


「この辺鄙(へんぴ)な村じゃあ、話題になりそうなことも大してなくて……ごめんなさいねえ」

「いえ、大丈夫です」

「何か、新しいお触れは出てますでしょうか?」

「今朝までですが、先日の独立についての前置き以来、お触れは出ていません」


 独立を公式に報せるお触れには、当面は税も従来通りと、レシュフェルト王位の正式な継承予定者たるローレンツ様と連名で、リンデルマン総督の名前も記されていた。


 だからみんなも、安心してるんじゃないかな。


 代官が変わって一番困りそうなことと言えば、税とお触れだ。


 ちなみに私も、ノイエフレーリヒ村にはお触れ――代官布告を出すことが出来る。


 例えば、言葉は悪いけれど……強制的に村人を集めて働かせたり、任地の管理に必要な税を徴収することも、職権として認められていた。


 それを使って私腹を肥やす悪代官もいるけれど、布告は悪いことばかりじゃない。


 うちのお爺ちゃんもちょくちょく領主のお触れを出していたけれど、『今年は特に雪深いので、春まで西の谷に近づいてはならない』とか、『東の山に二重雲(ふたえぐも)が被さった。数日中に大嵐が来るので、備えは怠らないこと』といった、注意喚起にも使える。

 

 もちろん、出したお触れに対する責任は代官が持つことになるし、日誌の記録は消せても人々の記憶に残る。いい加減な扱いは出来なかった。


「そう言えば、ヴィルマースドルフの街……じゃねえや、レシュフェルトの街じゃ、新しい干物が作られてると聞いたんですが、あれはこの村でも作れそうなものなんですかい?」

「あ、はい。出来ればノイエフレーリヒでも、他の村でも作って貰いたくて、王政府も準備をしています。でも、必要な道具が足りないので、フラウエンロープ号が管区全土の町や村に配る分を買いに行く予定になってるんですよ」

「おお、ありがとうございます!」

「ほらみろ、俺の言った通りじゃねえか! 暴風のハンスが俺達を見捨てるわけねえって!」


 リフィッシュが期待されていたんだと分かって、私も一安心だ。


 しばらく、と言うには長かったけれど、質問責めにされていると、いつの間にかお昼になっていた。


「よかったら、うちでお食べ」

「あ、助かります、ありがとうございます!」


 手前にいた小柄なお婆ちゃんが、声を掛けてくれた。


 お昼用の堅焼きパンとリフィッシュは持ってきてるけど、竃の掃除は出来なかったし、お言葉に甘えさせて貰おう。  


 一通り私を見て満足したのか、村の人々もお婆ちゃんと私を残し、家々に戻っていった。


「あたしはイゾルデ、村一番の長生きさね」

「あ、存じてます」

「ほう?」


 イゾルデさんは、女衆のまとめ役と聞いていた。


 私も集まってきた人達を見て、聞きたいことが出来てしまったので、丁度いい。


「港のカティアさんから、教えて貰いました」

「ああ、あの子かい」


 案内されたのは代官所の三軒向こう、村を貫いて流れる小川の側の、小さな家だった。


 思ったよりも近かったので一度代官所に戻り、味見をして貰おうとリフィッシュを取ってくる。


「へえ、それが噂の干物かい?」

「はい。そのままでも食べられますが、塩気を活かしてスープにしたり、パンに挟む具材にも使えます」


 イゾルデさんが汁物を温めなおす間に、テーブルにお皿を並べる。


 棚を見れば、どうも一人暮らしをされているようだった。


「さて、王都から来たお人の口にはどうかねえ」

「私は山手の田舎育ちなんですよ」

「おや、そうだったのかい」


 魚介のごった煮に、いつも食べてる雑穀パンだけど、堅焼きパンに比べれば上等だ。


 向かい合わせに座り、いただきます代わりに聖なる主神へと感謝を捧げ、ごった煮を一口。


「あ、おいしい」

「へえ、そうかい?」


 よく煮込んであるのかな、出汁が強めで私好みだ。


 こちらのリフィッシュも味見して貰うと、イゾルデさんは不思議そうな顔になった。


「これは、何の魚かねえ……? 魚には違いないんだろうが、知らない味だよ」

「今日のは確か、大きなサメだったと思います」

「サメ! ありゃあすぐに臭くなるというのに、こうして美味しく食べられるのかい?」


 これは一大事だねえと、イゾルデさんは真顔になった。


 捨てていた外道の魚が食べられるようになるという話をすると、ものの見事に食いつかれる。


「ウルリッヒが顔色変えるわけだよ、こりゃあ……」

「あれ!? ウルリッヒさんから、原料のことは聞いておられなかったんですか?」

「そうだよ。製法はまだ調整中だって話でねえ。道具も足りないんじゃ、仕方がないとは思うがね」


 リフィッシュの責任者が私だという話を付け加えれば、もう一度驚かれた。


 他にも、本国のことや、ローレンツ様の為人(ひととなり)などを聞かれる。


「……ふむ、ハンスの旦那も建国に入れ込んでるようだし、新しい王様も、悪いお人じゃなさそうだ。もちろん、新しい代官様もね」

「ありがとうございます、イゾルデさん」


 今度は私からの質問だ。


 先ほどから気になっていたことを、聞いてみる。  


「私からも村のことをお伺いしたいんですが、いいですか?」

「ああ、いいともさ。ノイエフレーリヒのことしか、あたしにゃ分からないけどね」

「じゃあ……気になっていたんですが、この村って、子供が少なくないですか?」

「ほう!? ……そりゃあその歳で、代官を任されるわけだねえ」


 この村は漁村で、働き盛りの男性の大半は昼間漁に出ているはずなのに、さっき集まってきた村の人は、明らかに男の人が多すぎた。


 パン屋さんに鍛冶屋さん、細工師など、自宅が仕事場の職人さんは村から出ないことを考えても、やっぱりおかしい。


 その通りだよと頷かれ、大きなため息がイゾルデさんの口からこぼれる。


「夫婦者は十組ほどで、他はみんな、あちこちから流れてきた男衆か、あたしのような老人ばかりさね」


 人口二百人に対して夫婦者十組は、明らかに偏った比率だ。


 半分の百人しか住んでいないオルフでも、夫婦者は三十組近かった。


「もう二十年は昔になるかねえ、領主が本国に逃げ帰って、ノイエフレーリヒは一度廃村になりかけたのさ。そこに鉱山送り寸前の元盗賊だの、食い詰め貧農の次男坊三男坊だのを詰め込んだ村だからねえ」


 これでも随分ましになったよと、イゾルデさんはもう一度ため息をついた。


 もう少し深く聞いてみると、適齢期ちょっと過ぎ、働き盛りの男性が人口の半分以上を占めているらしい。


 当然、お嫁さんのあてはなかった。


 ……これは流石に、私の手には余る問題かな。


 代官初日、蓋を開けてみれば、なかなかワイルドな状況のノイエフレーリヒ村だった。


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