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リヒャルディーネ東奔西走~お気楽リディの成り上がり奮闘記  作者: 大橋和代
Ⅲ・建国編

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第四十四話「ノイエフレーリヒ村」

第四十四話「ノイエフレーリヒ村」


「早速だが、前職の引継がある者はそちらを優先、可能であれば明日から実働に入って欲しい。……メルヒオル、補足があれば頼む」

「はっ、予算については当面、面倒ながら上申を受けて随時支給という形式になります。また、代官諸官に於いては、特例を認めるので、上手く計らって戴きたく思います」


 会議の終わりが見えたのは、かなり夜遅くになってからだった。


 気分的には、不思議と疲れていない。


 アールベルク管区の代官庁舎よりも人数が少ない王政府に、素人同然の代官達、ついでに兵力だって最低限以下の小国だけど、自分たちで一から国を作り上げて行くぞっていう気持ちにわくわくしてるのは、私だけじゃないはずだ。


「失礼いたします。夜食をお持ちいたしました」

「ありがとう、助かるよ」


 ギルベルタさん親子の手で、素揚げした白身魚のオープンサンドと、カップに入ったリフィッシュのスープが配られていく。


「宰相殿、宜しいか?」

「はい、無論」

「先ほど述べられた特例とは?」

「閣下には今更ですが、新領土管区では以前より、官吏にも副業を認めるという総督令が公布されておりましたな? あれの追認です」


 雑談オーケーな雰囲気ながら、もう少し延長戦、って雰囲気かな。


 官吏や軍人さんの配置は決まったので、今は基本方針や注意事項を皆で確認しつつ、情報を共有してるところだ。


「ああ、第二代総督であったヴェルンス閣下の発案ですな。特に、不足であった代書屋の数を埋めるべく施行されたのだが……蓋を開けてみれば、代書屋の他に魔法屋も民の助けになっていたかと」

「確かに。……そちらも問題でしたな」


 副業かあ……。


 ちょっと面白そうだけど、そんな余裕があるかは微妙だ。


 代官に与えられる領地管理の予算は基本的にゼロ、消耗品はその都度上申して欲しいという自転車操業すぎるシステムだった。


 流石に『大都市』ファルケンディークには、下働き数名を雇い入れる予算が認められていたけれど、この状況で、可能な限り現状を維持、余裕があれば更なる発展を希望すると宰相閣下より念押しされている。


 たとえ無茶でも、そう口にするしかないのだと、メルヒオル様は肩をすくめてらっしゃった。


「リディ」

「はい、ローレンツ様」


 会議の終盤、アンスヘルム様と警備について話し合っておられたローレンツ様から、お声が掛かった。


 じっと見つめられたので、姿勢を正す。


「家名、決めたよ。僕が自由に出来る中で一番いい名前、『フロイデンシュタット』だ」


 フロイデンシュタット(喜びの地)、かあ……。


 その時は、いかにも上流の響き溢れる家名だなあなんて、一人でテンション上がってたけれど。


「ありがとうございます、大事にします!」

「うん、頼むよ」


 後になって、与えられたその名がローレンツ様のご生母、リースヒェン様のご実家の家名であったと、私は知った。




 ▽▽▽




「冷やす時間は倍で大丈夫そうですね」

「ええ、違いが分かりません」


 会議の翌日は、リフィッシュの作業場が私なしでも回るように、蒸し上がりを冷やす氷水を普通の水にして、代わりに時間を長めにとることなど、まとめ役のカティアさんと幾つか相談を済ませた。


「漁師のことならファルコ爺さん、女衆のことならイゾルデ婆ちゃんに聞けば、大抵のことは分かると思います」

「ありがとうございます、カティアさん」

「ちょっと港が小さいくらいで、ノイエフレーリヒもここと同じ様なものですよ」


 アドバイスのような励ましを貰って総督府に帰り、代官仕事の準備に手を付け始める。


 代官は住み込みではなく、通勤になった。……一人暮らしより集団生活の方が、費用を圧縮できるので。


 代わりに、お馬さんを通勤に貸して貰えるそうだ。


「騎士エミール、私がお借りする馬は、どの子ですか?」

「毎朝、調子を見て決めますから、どの子というわけではないんですよ」


 兵隊さんは減ったけど、今度は持ち込まれた馬が多すぎて、運動させるのも大変だと聞いていた。


 騎士様達の半数は衛兵隊の肩代わりで巡回、残りは書類仕事へと回される。数日おきに交替するけれど、のんびりした田舎暮らしを思い描いていたはずが、とても忙しくなったらしい。


 総督府の衛兵隊には付属の馬場も牧場もあるけれど、伝令馬の維持が目的で、それほど大きくない。

 余裕が出来たらすぐに拡張して欲しいなあと、騎士エミールもため息をついていた。


 宿舎に戻ってリフィッシュ関連の資料を整理し、第一次報告と銘打って魚の種類に対応した製法一覧や、基本のレシピ集をまとめ、メルヒオル様に提出する。


「うむ、大事に預からせて貰おう。どちらにせよ、増産の号令はヘニング船長の帰還次第だが……裏ごし器に足をすくわれるとはな」

「はい。専用の木べらは、リンテレンの木工職人さんが、前回同様に引き受けてくれると思いますが……」


 二人して、報告書の表紙に目を落とし、ため息をつく。

 

 ……後になって、気が付いたのだ。


 新領土では、リフィッシュの製造に必要な裏ごし器が、手に入らない。今使っている物も、総督府の厨房から借りっぱなしである。


 実は裏ごし器、結構高度な技術を必要とする製品だった。


 細い針金は、専門の工房でないと作れない。魔法で補おうにも、私やアリーセに、そんな技術はなかった。


 布製のものにしても、やはり適度な布がこちらでは手に入らず、製作を断念している。……そもそもお試しに使ったそれらの布にしても、輸入品だった。


 都会と田舎の差もあるけれど、私達のいる新領土は、まだまだ発展途上なのである。


 もちろん、世界中を見回せば、ゼラフィーネ様が研究しておられた魔法製鉄のような工場も、なくはない。


 でも、この新領土では無理だった。……オルフのあったアールベルク管区でも、買うことは出来ても作るとなると難しいだろう。


「ローレンツ様の戴冠式に必要な物を入手する為、近日中にフラウエンロープ号を航海に出す予定がある。その時、入手する予定にしている」

「はい、お願いいたします」


 幸い、裏ごし器は国家機密や軍の秘密兵器じゃない。


 ……何処ででも手に入るわけじゃないけれど、交易が行われているような都会なら、お金を出せば誰でも買える品物だった。




 代官就任の初日、私は貸して貰ったヒンメル号に乗り、かぽかぽとノイエフレーリヒへ向かった。


 まだ正式にはレシュフェルト王国じゃなくて、旧シュテルンベルク王国南大陸新領土管区だけど、既に公布はされている。


 大きな混乱は、ないはずだった。  


「いいお天気だねえ」


 ひひん。


 如何にも馬耳東風な相づちを返してくれるヒンメル号に道を任せ、のんびりと海を眺める。


 今日のところは、顔合わせとお掃除で一日潰れるだろうなという予感があった。


 小さな丘を幾つか回り込み、海岸線に出たり灌木の林に入ったりしながら小一時間。


 程良く大きな入り江と砂浜、そしてノイエフレーリヒ村が見えてきた。


 戸数はおよそ六十戸で人口は二百、管区内で一番小さな村だ。


 周囲には、僅かながら畑もある。

 故郷のオルフも、海際にあったならこんな感じになっていたかな……。


 少し遠くの海の上には、帆を下ろして漁をする漁船も浮かんでいた。


 集落に近づけば、小川で洗濯する奥さん方が目に入ったので、早速ヒンメル号を降りて声を掛ける。


「おはようございます!」

「へ!? ああ、おはようさん……」

「見かけない子だねえ? 街で何かあったのかい?」

「あ、いえ、そうではなくて……。皆さん初めまして、今日からノイエフレーリヒの代官になりました、リヒャルディーネ・ケートヒェン・フォン・『フロイデンシュタット』です。よろしくお願いします!」

「……は?」


 奥さん方は、揃って驚いた後、顔を見合わせた。


 まあ、うん、気持ちは分かる。


 私だって、十四歳の女の子が代官だと名乗ったら驚くだろう。


「すみませんが、代官所はどの建物でしょうか?」

「あ、ああ……あれだよ」

「ありがとうございます。あ、何かあれば、ご遠慮なく!」


 教えて貰った代官所は、周囲の家々と変わり映えしない、庭付きの一戸建てだった。小さな厩と物置もついているっぽい。


 ぽかんとした顔で見送られつつ、私はヒンメル号の手綱を引いて代官所へと向かった。


 悪事を働きに来たわけじゃないし、数日もすれば慣れて貰えるだろう。


 とにかく今日は、大掃除だ!


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