第四十三話「王政府の雛形」
第四十三話「王政府の雛形」
まずは、ローレンツ様から、王政府の組織について発表があった。
「外務担当国務卿兼任、国家宰相メルヒオル。王国騎士団長兼任、軍務担当国務卿アンスヘルム。これは予定通りだが、両名の爵位は伯爵とする。……名ばかりの爵位だが、他国からの礼儀ぐらいは引き出せよう」
「畏まりました」
「了解であります」
役職の名前はシュテルンベルク風だけど、メルヒオル様が外務大臣も兼ねる総理大臣、アンスヘルム様が防衛大臣だ。
もちろん、政治の主導はメルヒオル様、軍事のそれはアンスヘルム様という二本柱は、以前から決まっていたと思う。
けれどその枝葉になる私達は、現況に合わせないと非効率だろうし、新たに加わった人達も居た。
「リンデルマン総督には総督退任後、王室顧問兼任でファルケンディークの代官をお願いする。こちらは男爵だ」
「役得ですな」
「ゲーアマン主任政務官は内務担当国務卿だ。同じく男爵とする」
「励みます」
この場にはいらっしゃらないノイエシュルム領とオストグロナウ領の両領主様にも、『建国の労苦を共にした功を賞して』、男爵の位が授けられた。
方便ではあるけれど、『うちは南シュテルンベルクに所属する!』『我が領地はグロスハイムに鞍替えだ!』なんてごねられると、滅茶苦茶になるからね。
話し合いが上手く行かなければ、名前を出された大国に喧嘩を売ることに成りかねなかった。その面倒を回避できたお礼と、言えなくもない。
「アリーセの女官長は変わらぬが、こちらも兼任で、王立学院長を頼む。当初は子供達への読み書き程度が限界であろうが、何もせぬでは将来、官吏が外国人で締められてしまいかねないのでな」
「お任せ下さいませ」
レシュフェルトには、教会の学校さえなかった。
なにせ教会は管区に一つきり、神官様は各地の巡回で忙しい。
王立学院の実体が寺子屋だとしても、看板だけは最初に大きく掲げておきたいのだ。
将来のレシュフェルトを支える最初の一石になることが、期待されていた。
「アマルベルガは王宮筆頭侍女、ギルベルタは国王専属となるが、グリースバッハ家も従属家の枷を外し、男爵家に引き上げる」
「仰せのままに」
執事、あるいは侍従長が置かれていないけれど、ギルベルタさん親子が実質、その役目を果たされている。
同時に、イルミンさんも御者ながら勲爵士に叙され、新たにザイターの家名を下賜されていた。
もしかしたらローレンツ様が、長年御者を努められてきた父親のエメリッヒさんに報いようとされたのかもしれない。
「さて、リディ」
「は、はい!」
私はまだ、自分に割り振られる役目を聞かされていなかった。
ここ数日は港の荷役仕事で忙しかったし、昨日の夕食時にはまだ決まっていなかったので、これは仕方がない。
幾つかの降補は、挙がっていたけれど……。
「代官として、ノイエフレーリヒを任せたい」
「はい、畏まりました」
ノイエフレーリヒは、レシュフェルトの街から見て西、領内にある人口二百人ほどの小さな漁村だ。
まだ行ったことはないけれど、歩いて一時間ぐらいかな、それほど遠くない。
「……リンテレン領の代官には、こちらに残ってくれた総督府の書記官ベリエスに一も二もなく任せたが、レシュフェルト領内の二ヶ村については、最後まで悩んでね。当初は騎士から抜擢しようと考えたものの、検討の結果、無理となった」
各地の代官、王立商館の責任者、宰相府の書記職に宮廷魔術師、果ては農商務担当国務卿。
候補の一つとして聞いてはいたけれど、私に代官のお仕事が勤まるのかなという心配もある。
「憚りながら……リヒャルディーネ嬢」
「はい、メルヒオル様?」
「フェルディナント王弟殿下の動向次第だが……エルンスト陛下の崩御が公になった今、ローレンツ様の周囲は強固にしておく必要がある。騎士達は当面、ローレンツ様の手元に置いておきたいのだ」
「ええ、それは……はい」
そうだった。
私にとっては今ひとつよく分からないフェルディナント王弟殿下親子だけど、ローレンツ様達は敵対者と見なしている。
……距離が遠すぎて直接の戦争にはならなくても、暗殺者の一人二人なら、送り込めないこともない。
「とまあ、そんなわけでね、リディ。足りない代官の一人は無理に確保したが、もう一人は、どう考えてもリディしか思いつかなかった」
ノイエフレーリヒと対を為す東のザウケル村は、騎士アーベルのご夫婦……元は宮内府主計部にいたというアンネマリーさんが夫を補佐することで、どうにか回すらしい。
どうやら、代官の職云々というよりも、書類仕事への慣れとお金の計算、それが問題のようだった。
私が仕事に慣れているのかというと微妙だけど、文官でもある女官の試験に合格している上、領主家の娘でまだ見込みがあるそうだ。
特に徴税と出納は、問題になりやすい。
でも、こちらじゃ徴収するのは人頭税のみ、私でなくてもいいような気がしたけれど……。
「そうだ、もう一つ。リヒャルディーネ嬢、こちらでは村に村長を置いていない。これも代官を必要とする理由だ」
「え、いないんですか!?」
「うむ。領主が不在となった後は旧ヴィルマースドルフ領へと吸収され、派遣された代官がそのまま、村のまとめ役を務めていたようだな」
メルヒオル様から説明が幾つか加えられ、リフィッシュの指導の前準備を進めると同時に、村には本当にまとめ役が必要なこと、また現地の意見や問題点を報告して欲しいことなど、職としての代官はもちろん、私やアンネマリーさんの存在が必要とされているようだと分かった。
もちろん、前向いてやるしかない。
それに、次姉のクララ姉さんが任されていた領主仕事に近い代官のお仕事にも、興味はある。
……あとついでに、成り上がりの第一歩になるかもしれないと気づき、俄然、やる気が湧いてきた。
「それからリディ、君も勲爵士家の当主とする」
「へ!? あ、ありがとうございます、ローレンツ様!」
「家名については、オルフの名をレシュフェルトのオルフ家として引き継いでもいいが、自分で考えてもいいし、こちらで用意してもいい。どうする?」
「……えっと、家名の御下賜を希望しても宜しいですか?」
私はその場で、新たな家名を希望した。
オルフの名を、蔑ろにしたわけじゃない。
身一つから成り上がって家名と領地を得たお爺ちゃんのように、私もそうありたいと憧れていたからだ。
「では、そうだな……。今日中に考えておこう」
「ありがとうございます!」
もちろん、初代当主なんてそうそう成れるもんじゃないし、半歩でもお爺ちゃんに追いつけたなら、夢だって半歩だけ、近づいたことになる。
実家には、後で報告しないとね。
みんな、元気にしてるかなあ……。
今の時期ならかなり寒いはずで、雪もちらほら降っている頃だった。
手紙のついでに、幼なじみのクリストフとグレーテも呼びたいところなんだけど……これはまだ無理かな。
「騎士達には護衛兼業で王政府の事務にあたって貰うが、アンスヘルム」
「うむ?」
「書類仕事も出来る数人には、この際本格的に学んで貰おうと思っている。……遠い将来の、領主層だ」
「実利と共に、名誉もある、か……」
実は王都を旅立って以来、私達一行は収入が途絶えている。
現在の衣食住は総督府預かりで、現在の収入に合わせた切り替えが必要だった。
王政府の組織化は、喫緊の課題でもあるのだ。
「衛兵隊は隊長のルイトポルトが留任するとして、人数が問題だな。……残ったのは二人か」
「流石に募集せねばなりませんな」
「では、そちらは私が。ついでながら、官吏の募集もかけておきたく思います」
「メルヒオル殿、無駄とは言わぬが、貴殿が望むほどの英才は期待薄ですぞ?」
「民の反応も含めて、まずは声を掛けてみたいのです。……しかし、案外いい拾いものが出来るやもしれません」
お昼の休憩を挟み、その他の細かい人事が調整されていった。
もちろん、ローレンツ様の即位前に王政府を実働へと持ち込み、問題点を洗い出しておきたい。
たとえ、王国の実体が北大陸の一地方領にすら及ばなくても、私達にはレシュフェルトしか寄る辺がないのだ。




